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第21話 :機巧の鼓動と、虚空の眼

前回、完璧なユートピアである帝都の街並みの裏側に、巨大な空洞バグの存在を確信したシンとリィル。

今回はいよいよ、管理AIが最も神経質に守る心臓部、地下の「機巧鍛冶区画オートフォージ」へと潜入します。


灼熱の蒸気と巨大な歯車の轟音が渦巻く、まさに「鉄の化け物の胃袋」のような迷宮。

最新鋭のセンサーすら通用しないノイズの海の中で、二人が頼りにしたのは、かつて空を飛んでいたリィルの「目」でした。息の詰まるような潜入劇の幕開けです!

 帝都の地下深くに位置する「機巧鍛冶区画オートフォージ」。その巨大な鋼鉄の隔壁を押し開いた瞬間、シンは喉を焼くような熱気に思わず顔を背けた。

 視界を埋め尽くすのは、狂気じみた巨大な歯車の列と、天を突くほどに巨大なピストン群。それらが一定の律動で、ズシン、ズシン、と帝都の心臓の鼓動のように地面を揺らしている。


 「……まるで、鉄の化け物の胃袋の中に放り込まれたみたいね」


 背後で、リィルが熱風を避けるようにシンのコートの端を掴んだ。

 シンの視線は、彼女の背にある「折れた片翼」に落ちる。本来なら風に乗り、自由を象徴するはずのその羽が、今は熱に曝されて弱々しく垂れ下がっている。その痛みと悔しさは、シンにとっても自分自身の傷のように疼いた。


 「ここは帝都の全ての機能を支えるエネルギーの源泉だ。……つまり、管理AIが最も、神経質に守っている場所でもある」


 シンは愛用のポータブル端末を起動した。画面上には、周囲に張り巡らされた監視網が赤く明滅している。

 だが、最新鋭のセンサーですら、この区画に満ちている過剰なマナのノイズまでは拾いきれない。


 「リィル。……あんたの『目』が必要だ」

 「わかってるわ。……少し、集中させて」


 リィルは静かに、深く息を吐き、黄金色の瞳を閉じた。

 彼女は空中土木魔導士。かつては空高く舞い、空中に「風の道」を敷くスペシャリストだった。その能力の本質は、目に見えない空気の流れや、物質の奥底を流れるエネルギーの「澱み」を、肌で、そして感覚で捉えることにある。


 リィルの世界から、機械の轟音が消えていく。代わりに、熱風に混じって流れるマナの細い糸が見え始めた。

 正常に稼働するパイプは真っ直ぐな青い線を。そして、過負荷に耐える連結部は、濁った黄色い渦を巻いている。


 「……シンの右、三メートル先。あそこの蒸気弁の向こう側だけ、マナの糸が不自然に『断ち切られて』いるわ」


 リィルが震える指先で闇を指した。

 シンはその言葉を信じ、端末の感度を極限まで引き上げる。

 ――いた。

 影に溶け込み、熱源すら遮断した防衛機巧兵が、獲物を待つ蜘蛛のように天井から吊り下がっていた。


 「……よく見つけたな。あいつ、完全に背景に同化カモフラージュしてやがる」


 だが、見つけたからといって安全ではない。機巧兵の単眼が、シンの端末の微弱な電波を察知し、カチリと不快な音を立てて赤く光った。

 

 「来るぞ、リィル! 俺の後ろに隠れてろ!」


 機巧兵が天井を蹴り、弾丸のような速度で二人の間隙へと肉薄した。巨大な六本の金属脚が、床の鉄板をバターのように切り裂いていく。

 シンはリィルを抱き寄せ、床を転がって初撃をかわした。背中の負傷がズキリと疼くが、今は止まっている暇はない。


 「リィル、あいつの『コア』はどこだ! 隙を見つけろ!」


 機巧兵は、狂った振り子のように刃を振り回しながら迫ってくる。リィルはシンの腕の中で、必死に目を見開いた。


 「……あいつ、左の三本目の脚を動かす瞬間に、胸元の冷却ダクトがわずかに開く! そこだけ、魔力の流れが外に漏れ出してるわ!」


 「その瞬間を待て……。……今か!?」

 「まだ……あと一秒! ……今よ!!」


 リィルの叫びと同時に、シンは端末に仕込んでいた「高電圧パッチ」を近距離通信で強制実行した。

 瞬間、機巧兵が開いたダクトから、目に見えない論理の火花が内部回路へと飛び火する。

 

 ガガガッ! と機巧兵の動きが激しく痙攣した。制御を失った金属脚が自分の体を串刺しにし、凄まじい火花を散らしながら、巨体が床に激突した。


 「……はぁ、はぁ……。やった、のか?」


 リィルが、シンの胸元に顔を埋めたまま、恐る恐る顔を上げた。

 機巧兵は、赤い瞳を弱々しく明滅させた後、やがて完全に沈黙した。


 「……あんたの直感、やっぱり凄いわ。あの状況で、私の言葉を信じてキーを叩くなんて」

 「信じるしかないだろ。あんたは俺の『目』なんだから」


 シンがリィルの肩を軽く叩くと、彼女は少し顔を赤らめ、気まずそうに視線を逸らした。

 

 「……別に、感謝なんて求めてないわよ。仕事をしただけ。……ほら、次の敵が来る前に、さっさとこの熱気を抜けましょう」


 リィルはそう言って先に歩き出したが、その手はまだ、シンのコートの裾を固く握りしめたままだった。

 二人の前には、さらなる熱と闇が渦巻く、迷宮の深部が口を開けて待っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、油の匂いと熱気が漂う地下区画でのエピソードでした。

ハイテクなセンサーが無効化される場所で、最終的に道を切り拓くのがリィルの「かつての職能(空中土木魔導士としての感覚)」である……という展開は、執筆していて特に思い入れがあります。翼を折られてもなお、彼女の誇りは死んでいないということを表現したかったポイントです。


さて、無事に機巧兵の目を盗んで深部へと辿り着いた二人ですが、次回(第22話)は一転して「絶対の静寂」が支配するエリアへ。そこでシンは、自らの自我を賭けた文字通りの「命懸けのデバッグ」に挑むことになります。

物語がさらに加速していきますので、続きが気になる!と思っていただけましたら、ぜひ「★」評価やブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!

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