第13話:仕様変更(チェンジリクエスト)と旅立ちの朝
第12話をお読みいただき、ありがとうございました。
至高の報酬である「黄金の拉麺」を味わい、人間としての充実した眠りについたシン。
第13話は、ルータン村・第九十九中継所編の締めくくりであり、新たなプロジェクトのキックオフとなるエピソードです。
神の加護という名の不透明な奇跡に頼るのではなく、自分たちの手でインフラを維持するための「保守計画書」。
それを手渡したシンは、リィルと共に次なる「エラー」が待つ未知の地平へと歩み出します。
そして、エンジニアとしてシンが提示した、リィルの折れた翼に対する「仕様変更」とは。
元神様と助手による世界再起動の旅、その新たな幕開けをぜひご覧ください。
ルータン村の朝は、心地よい喧騒で始まった。
窓の外からは、水路を流れる水の音と、活気を取り戻した村人たちの笑い声が聞こえてくる。昨夜の「黄金の拉麺」の余韻が胃のあたりに温かく残り、人間としての目覚めもそう悪くないと感じ始めていた。
「……ふわぁ。あんた、もう起きてたの」
暖炉のそばで毛布にくるまっていたリィルが、眠たげな目を擦りながら起き上がった。村娘風の新しいワンピースは、朝の光に照らされると彼女の快活な印象をより際立たせている。
「アイズの定期メンテナンスを終えたところだ。それと、ルータン村の長期的運用(保守計画)を村長に渡してきた」
「保守計画?」
「ああ。龍脈の流路が再びズレないよう、導魔杭の点検周期と、水路の清掃手順をまとめたマニュアルだ。神の加護に頼らなくても、自分たちでインフラを維持できるようにしておいた」
俺が端末を片付けると、部屋のドアが控えめにノックされた。村長が、申し訳なさそうに、だが晴れやかな顔で立っていた。
「恩人様、お発ちですか。……これ、村の皆からの感謝の気持ちです」
差し出されたのは、ずっしりと重い革袋だった。中には少量の通貨と、保存の利く干し肉、そして驚いたことに、魔導回路の絶縁体として重宝する「銀糸の織物」が詰め込まれていた。
「……資材は昨日もらった分で十分だが」
「いいえ! 昨日の拉麺一杯では、とても報いきれません。それに……」
村長はリィルの折れた翼に視線をやり、優しく微笑んだ。
「そのお嬢さんの翼が、いつかまた空を飛べるようになることを、村の皆で祈っております。これはそのための『路銀』だと思って受け取ってください」
リィルが小さく肩を震わせ、俯いた。俺は黙ってその袋を受け取り、背負い袋に詰め込んだ。
「……預かっておく。村長、この村の『稼働率』は、もう心配ない。何かあれば、空のアイズが検知する」
「はい! ありがとうございます!」
村を出て、俺たちは再び第九十九魔導中継所への道を登り始めた。
だが、今回の目的地はそこではない。中継所を経由し、さらにその先――マップ上に「黒いノード(沈黙した領域)」が広がる、未踏の隣領へと向かう計画だ。
「……ねえ、監督」
リィルが俺の少し後ろを歩きながら、ぽつりと声を漏らした。
「何だ。歩く速度を落とすか?」
「そうじゃなくて。……あの神官が言ってたこと、気になって。あいつの背後にいる『教団』って、この国最大の魔導ネットワークを管理してる組織でしょ? 私たち、とんでもない相手を敵に回したんじゃないの?」
「敵に回した? 表現が不正確だな」
俺は立ち止まり、木漏れ日の中に浮かぶ第九十九中継所の無骨なシルエットを見上げた。
「俺は、設計ミスを放置し、脆弱性を突いて私腹を肥やす『無能な管理者』を解雇しただけだ。もし教団そのものがバグの温床なら、組織ごとリファクタリング(再構築)してやるまでだ」
「……相変わらずの自信ね。でも、あんたはもう神様じゃないのよ? 魔法だって、その端末がなきゃ使えないし」
「だからこそ、知恵と技術が必要なんだ。……それに」
俺は彼女に向き直った。
「リィル。第九十九中継所の本調整が終われば、その余剰出力を使って、お前の翼の『ハードウェア診断』を行う。筋肉の萎縮を魔力で強制解除すれば、飛行機能が復旧する確率は、理論上六十八パーセントまで上がる」
リィルの瞳が、大きく揺れた。
「……私の翼を、治すつもりなの?」
「放置された欠陥品をそのままにするのは、俺の美学に反する。……お前は俺の『現場助手』だ。機動力が低いままでは、今後の大規模プロジェクト(旅)に支障が出る」
リィルは呆れたようにため息をついたが、その唇は微かに笑っていた。
「……ふん。あくまで『仕事のため』ってわけね。……わかったわよ。どこまでも付いていってあげるわ。その代わり、お給料(美味しいもの)ははずんでよね」
「善処しよう」
俺たちは再び歩き出した。
新しく塗り直された中継所の琥珀色が、青空の下で誇らしげに輝いている。
神の座を追われ、泥を啜り、麺を啜り、俺はようやく理解した。
世界を救うのは、全能の奇跡ではない。
一歩ずつの観測。
一箇所ずつの修繕。
そして、信頼できる仲間との、泥臭いまでの「現場主義」だ。
「アイズ、次の座標をセットしろ。世界のバグを、一つずつ潰しに行くぞ」
『ピィッ!』
上空を舞う銀色の翼が、輝く光の跡を引きながら、未知の地平線へと先導していく。
元神様と、片翼の翼人の、世界再起動の旅は、ここから本格的に加速していくのだった。
第13話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて、物語の第一部とも言える「ルータン村編」が完結となります。
今回のサブタイトルにある「仕様変更」は、リィルの翼というハードウェアの修復計画、そして神の座を追われ、泥と麺を啜って「現場」を知ったシン自身の生き方の変化を象徴しています。
「世界を救うのは、全能の奇跡ではない。一歩ずつの観測。一箇所ずつの修繕」。
このシンの確信こそが、本作の核となるテーマです。
さて、ルータン村を後にした二人の前には、マップ上に点在する無数の「黒いノード(沈黙した領域)」が広がっています。
次章からは、新たな領地を舞台に、さらに巨大で複雑な「世界のバグ」との戦いが始まります。
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