第11話:未定義の粘体(メモリ・リーク)と緊急冷却
第10話をお読みいただき、ありがとうございました。
管理者権限を奪取し、悪徳神官を追い詰めたシン。
しかし、長年の杜撰な管理によって蓄積された「負の遺産」が、予期せぬ形で牙を剥きます。
第11話で対峙するのは、魔獣でも機械でもない、処理されずに放置されたマナの不純物の塊――**「未定義の粘体」です。
物理装甲も論理防壁も溶かす最悪のバグに対し、シンは現場にある「冷却配管」を使った強引な「強制冷却」**で立ち向かいます。
そして、粘液によって装備(衣服)を剥がされていくリィルの窮地と、それを救ったシンの不器用な「エンジニアとしての配慮」にもぜひご注目ください。
地鳴りのような咆哮と共に、管理室の強固な床板が内側からひしゃげ、吹き飛んだ。
割れた床の底から這い出してきたのは、獣でも機械でもなかった。
それは、どす黒く粘り気のある「巨大な泥の塊」だった。過剰な圧力で圧縮され、行き場を失って澱んだマナの不純物が、長い年月をかけて自我を持ったもの。エンジニアの用語で言えば、処理されずに放置されたゴミの山――「未定義の粘体」だ。
「ヒィィッ!? な、なんだこの化け物はぁっ!?」
神官が悲鳴を上げて後ずさる。防衛兵たちが主の危機に反応し、刃を振りかざして黒い粘体に斬りかかった。
だが、刃が泥に触れた瞬間、ジュゥゥゥッという不快な音と共に、特殊な合金でできたドローンの腕がドロドロに溶け落ちていく。
「……高濃度のマナ溶解液か。物理装甲も論理防壁も意味をなさない。完全な『バグ』だな」
俺が舌打ちしたその時、粘体の表面がボコボコと沸き立ち、何本もの触手のような腕を四方八方へと伸ばした。
触手の一本が神官を弾き飛ばして壁に叩きつけ、気絶させる。そして残りの触手は、室内にいる「最も高純度なマナの匂い」――天界の因子を持つリィルへと一斉に襲いかかった。
「きゃあっ!?」
折れた翼を庇いながら逃げようとしたリィルだったが、足元の絨毯を溶かしながら這い寄る泥のスピードに追いつけなかった。
ぬちゃり、と。
黒い触手が彼女の細い足首に巻き付き、そのまま逆さ吊りにするように宙へと持ち上げる。
「あんたっ……! いやっ、なにこれ、熱い、気持ち悪……っ!」
リィルが必死にもがくが、粘体は彼女の抵抗をあざ笑うかのように、さらに何本もの細い触手を彼女の身体へと這わせた。
問題は、その粘体が発する「溶解液」だった。それはマナを編み込んで作られた防具や布地を、標的として優先的に分解する性質を持っていた。
「ひ、ひぃっ……! ふ、服がっ……溶けてる……っ!」
ビリッ、ジュゥゥ……。
リィルが身につけていた革の胸当てが、ドロリと形を崩して滑り落ちる。さらに、その下に着ていた薄手のチュニックが、熱を帯びた粘液によって透け、見る見るうちに破れていく。
露わになった白く滑らかな肌。そして、触手が彼女の敏感な「翼の付け根」や太ももの内側を、まるで構造を解析するかのように這い回る。
「あっ、んんっ……! や、やめて……そこは、ダメっ……!」
粘液の異様な熱と、肌を這う生々しい感触に、リィルの目から生理的な涙が溢れ、頬が羞恥と熱で真っ赤に染まる。半分以上が溶け落ちた衣服の隙間から、彼女の柔らかな胸の谷間と、身をよじるたびに震える肢体が露わになっていた。
「……マナの波長に反応し、外装の被膜から剥がしていく仕様か。悪趣味極まりないな」
俺は極めて冷静に(あくまでエンジニアとして)事態を分析していた。
あのままでは、衣服だけでなく彼女の肉体にまで深刻なダメージが及ぶ。物理攻撃が通じない流体相手に、俺の持っている鉄パイプでは「暖簾に腕押し」だ。
「論理が通じない暴走プロセスには……物理的な『強制冷却』をかけるしかない!」
俺は視線を走らせ、先ほど神官が座っていたコンソールの裏側に、太い銀色のパイプが通っているのを見つけた。マナ圧縮タンクの熱を逃がすための「超低温冷却液」の配管だ。
俺は手元の鉄パイプを、その配管の継ぎ目に向けて全力で投擲した。
ガキィィンッ!!
鈍い音と共に配管のバルブがへし折れ、マイナス数十度にも達する白い冷却ガスが猛烈な勢いで室内に噴き出した。
「リィル、息を止めろ!」
俺は吹き出す冷却ガスの源流に飛び込み、へし折れたパイプの口を強引に掴み取ると、その噴射口をリィルを拘束している黒い粘体の「中心部」へと直接向けた。
『ギギ……ボボボボボボッ!?』
超低温のガスを直接浴びた粘体は、断末魔のような沸騰音を上げた直後、急激な温度変化(熱ショック)に耐えきれず、瞬く間にその動きを止めた。
ドロドロだった流体が、カチカチの黒い氷の彫像へと変わっていく。
「処理能力の限界だ。……そこで大人しくフリーズしてろ」
完全に凍結し、脆くなった触手を、俺は手刀で叩き割った。
拘束を解かれたリィルが、空中でバランスを崩して落ちてくる。俺はパイプを手放し、一歩踏み込んで彼女の身体を両腕でしっかりと受け止めた。
「……っ!」
俺の腕の中に収まったリィルは、恐怖と寒さ、そして極度の羞恥でガタガタと震えていた。
見下ろせば、彼女の衣服はほとんど原型を留めておらず、破れた布の隙間から、雪のように白い肌と、粘液で濡れて艶めかしい胸元やすらりとした脚が、俺の視界に無防備に晒されていた。
「……け、怪我はないか? 内部データの破損は……」
「み、見ないでよっ、このバカ監督……っ!」
リィルは真っ赤な顔で涙目を潤ませながら、必死に両腕で自分の胸元と下半身を隠そうと身をよじった。その柔らかい感触が、俺の腕にダイレクトに伝わってくる。
……神だった頃には存在しなかった、「心拍数の上昇」という不器用なエラーが俺の胸の奥で起きていた。
「……すまん。外装(服)の損傷率が、想定より高かったな」
俺は少しバツが悪そうに視線を逸らし、自分が着ていた泥だらけの長コートを脱ぐと、震える彼女の肩からすっぽりと被せた。
俺の体温と匂いが残るコートに包まれ、リィルは少しだけホッとしたように息を吐き、俺の胸元に顔を埋めた。
「……助けてくれて、ありがとう。……でも、後で絶対に、新しい服、買わせるからね……」
「ああ、経費で落としておく」
俺は小さく苦笑し、凍りついた「バグ」の残骸と、気絶している神官を見下ろした。
ハプニングはあったが、これでこの山の違法施設は完全に沈黙した。
ルータン村と、第九十九魔導中継所の完全復旧。
そして、思わぬ形で発生した「ヒロインの衣装代」という新たな借金。
神から人間への転職は、どうやら俺が計算していた以上に、波乱と刺激に満ちているらしい。
第11話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
物理攻撃が通じない流体相手に、設備の「超低温冷却液」をぶっかけるという、いかにも現場監督らしい解決策となりました。
溶解液によって衣服を失ったリィルを腕に抱き、自分のコートを被せるシン。
設計者としての冷静な分析の裏で、神だった頃には存在しなかった**「心拍数の上昇」というエラー**が起きるシーンは、彼が少しずつ「人間」としてのバグを抱え始めている象徴的な瞬間でもあります。
「経費で落としておく」と言いながらも、リィルのために不器用に視線を逸らすシンの姿に、少しでもニヤリとしていただければ幸いです。
さて、なんとか「バグ」を凍結させた二人ですが、事件の後は、溜まりに溜まった「報酬」の時間です。 次回、第12話は**「事後処理と黄金の麺」。労働の後の至高の報酬、「異世界ラーメン」**回となります。
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