第10話:管理者権限の上書き(ルート・アクセス)
第9話をお読みいただき、ありがとうございました。
いよいよ違法施設の中枢へと乗り込んだシン。
第10話では、彼が「元・創造神」としての本領を発揮し、暴力ではなく**「論理」**で敵を圧倒します。
教団が豪語する「聖なる封印」を、シンがどのように切り崩すのか。
**「現場のセキュリティ意識」**という、現代の私たちにとっても耳の痛いテーマが鍵となります。
かつての管理者が魅せる、鮮やかな権限奪取劇をお楽しみください。
俺が投げた光のケーブルがコンソールに噛み合った瞬間、神官は一瞬怯んだものの、すぐに醜悪な嘲笑を浮かべた。
「ハッ、ハハハ! 泥まみれの端末で何をする気かと思えば! 貴様のような下賤な輩が、教団の『聖なる封印(暗号化)』を解けるはずがない! それは高位の司祭十名がかりで構築した、強固な防壁だぞ!」
神官が喚く間にも、四体の防衛兵がガチャガチャと金属音を立てて距離を詰めてくる。振り上げられた鋼鉄の刃が、壁際で固まるリィルに迫った。
「……ッ!」
リィルが絶望して目を閉じる。
だが、俺の指先は焦ることなく、端末の画面上で正確に魔導言語を叩き込んでいた。
「十名がかりで構築しただと? 船頭が多くて仕様がまとまらなかっただけだろう。見ろ、アクセスの認証経路が複雑すぎて、裏口のポートが開きっぱなしだ」
俺は画面に表示された、教団の紋章を模した仰々しいロック画面を鼻で笑った。
「それに『聖なる封印』と聞いて嫌な予感はしていたが……」
俺は認証パスワードの入力欄に、この世界で最も単純な初期文字列――『教団の祈り・第一節』――を入力し、実行キー(エンター)をターンッ、と強く叩いた。
『――ピロリンッ。管理者の変更を承認しました』
気の抜けるような電子音と共に、コンソールを覆っていた赤い警告光が、穏やかな青緑色へと一変した。
「なっ……!? ば、馬鹿な! なぜ初期設定のパスワードを知っている!?」
「誰でも知っているような祈りの言葉を、マスターパスワードのまま放置するな。現場のセキュリティ意識が低すぎるんだよ」
かつて天界から世界を管理していた俺にとって、人間の造る論理防壁など、薄い障子紙に等しい。
俺はすぐさま制御権を掌握し、次のコマンドを流し込んだ。
「防衛兵。敵対者識別(IFF)のパラメーターを更新。現在の管理者(俺)を保護し、旧管理者の権限を剥奪。拘束しろ」
ピタリ。
リィルの鼻先数センチまで迫っていた鋼鉄の刃が、静止した。
防衛兵の赤く明滅していたコアが、一斉に青い光へと切り替わる。そして、四体の機械人形は踵を返し、今度は神官を取り囲むようにしてその凶悪な腕を突きつけた。
「ヒッ……! や、やめろ! 私は教団の司祭だぞ! 動くな、止まれぇっ!」
神官が慌ててコンソールに駆け寄ろうとするが、防衛兵の刃に阻まれて一歩も動けない。完全にチェックメイトだ。
リィルがへたり込み、荒い息を吐きながら俺を見上げた。
「……あんた、本当に、指先一つで……」
「論理で組まれたものは、論理で上書きできる。それだけのことだ。……さて、一番の厄介事を片付けるか」
俺は泥だらけのブーツでビロードの絨毯を踏みしめながら、コンソールの前に立った。
ガラス張りの向こうには、龍脈の奔流を無理やり圧縮している巨大なタンクがある。この施設の「心臓部」だ。限界まで圧をかけられたタンクは、今にも悲鳴を上げそうな金属の軋み音を立てていた。
「な、何をする気だ……! その『魔力結晶』は、王都の貴族たちに高値で売れる極上品だぞ! 莫大な利益を生むんだ!」
命の危機に瀕してもなお、金のことしか頭にない神官に、俺は冷たい視線を向けた。
「インフラとは、万人に平等に供給されて初めて『公共事業』と呼べる。一部の人間が勝手に配管のバルブを絞り、自然の等高線を無視して利益を貪るなど、設計者として断じて許さん」
俺はメインバルブの解放プロセスを走らせた。
「これは『略奪』への正当な『返金処理』だ。……強制排出、開始」
ガコンッ!!
施設全体が、大きな地震が起きたかのように激しく揺れた。
タンクを覆っていた分厚い装甲板が次々とスライドして開き、内部で暴力的に圧縮されていた高純度のマナが、眩い閃光と共に解放される。
結晶化しそうになっていたマナは、本来の「流体」としての姿を取り戻し、施設に突き刺さっていたパイプを逆流していった。
『ゴオォォォォォ……ッ!!』
解放された龍脈の奔流は、大地の地下深くへと還り、枯れ果てていた本来の道脈を通って、第九十九魔導中継所や、ルータン村の方角へと一気に流れ込んでいく。
モニター上の流体データが、美しい正弦波を描き始めた。
「ああああっ……! 私の金が! 昇進の切符がぁぁっ!!」
神官が、防衛兵に囲まれたまま床に崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。
「……これで、この周辺の枯渇は根本的に解決する。お前の違法建築は、これにて契約解除だ」
俺は端末から光のケーブルを引き抜き、コンソールの電源を物理的に叩き割って完全に沈黙させた。
管理室の照明が落ち、非常用の薄暗い灯りだけが残る。
「……終わったの?」
リィルが、ふらつく足で立ち上がりながら聞いてきた。
「ああ。根本的な害虫駆除は完了だ。あとは、この神官と施設の残骸を、どう事後処理するかだが……」
その時。
沈黙したはずの施設の奥から、システムのエラー音とは違う、地鳴りのような「生きた咆哮」が響き渡った。
「……なんだ? パージは完全に終わったはずだぞ」
俺が訝しんだ瞬間、足元の床が波打つように隆起した。
神官が圧縮していたのは、ただのマナだけではなかったのだ。大地の底で眠っていた、本来なら絶対に触れてはならない「巨大なノイズ(バグ)」まで、この施設は無計画に吸い上げてしまっていたらしい。
「……次から次へと。本当に、現場のトラブルには事欠かないな」
俺は舌打ちをし、再び鉄パイプを握り直した。
第10話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
誰でも知っている祈りの言葉を初期パスワードのまま放置する……。
現実のシステム運用でも起こり得る**「人為的な脆弱性」**を突く、エンジニアらしい解決策となりました。
「インフラとは、万人に平等に供給されて初めて『公共事業』と呼べる」というシンの言葉は、設計者としての彼の強い矜持を表しています。
私利私欲のために龍脈をねじ曲げる「バグ」は、彼の手によって正当な**「返金処理」**として世界へと解放されました。
しかし、無計画な増改築の末に溜まっていたのは、マナだけではなかったようです。
次回、第11話は**「未定義の粘体と緊急冷却」**。
物理も論理も通じない「本物のバグ」を相手に、シンが現場にある「超低温冷却液」を武器にどう立ち向かうのか。
そして、災難に見舞われるリィルの衣装の運命は――。
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