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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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豊穣の大地と三つ巴の戦渦 29

 血と泥に塗れたプレンブルグ大平原を吹き抜けていた熱風が、ゆっくりと温度を下げていく。

 大地を赤黒く染め上げた凄惨な激戦は、ついにグラン・ヴァルディア軍の完全なる勝利をもって終結した。無秩序に蠢いていたグルゴタ連邦の群れは完全に打ち破られ、戦場にはもはや抗う者の姿は存在しない。大平原の覇者となった将兵たちの荒い息遣いと、勝利の喜びを分かち合う歓声だけが、静けさを取り戻しつつある空へと響き渡っていた。

 重厚な漆黒の馬体を持つ異形の軍馬、デュラハン・ホースたちも、首のない胴体から蒼白い蒸気を吹き出しながら歩みを緩めている。生物としての限界を超えた疾走と突撃を繰り返した彼らでさえ、戦いの終わりを感じ取って静かに蹄の音を落としていた。


 最先鋒として敵陣を蹂躙し、力ずくで血路を切り開いた第三将ファルシオンは、血に濡れた巨大な大剣をゆっくりと振り下ろした。野生の獣のように引き締まった褐色の肌には、無数の傷と幾筋もの汗が光っている。獲物を狙う猛獣のように鋭く金がかった瞳に宿っていた凄まじい殺気は徐々に鳴りを潜め、代わりに大きな仕事を成し遂げた純粋な充実感が満ちていた。

 彼は深く息を吐き出しながら、遥か後方から規則正しい足音を立てて接近してくる一団へと視線を向けた。敵の進軍ルートを完璧に封鎖し、戦局の優位を決定づけた第七将ラングレー率いる助攻部隊である。

 過酷な任務を完遂した二つの部隊は、凄惨な戦禍の跡が残る大平原の中央でついに合流を果たした。


「見事な暴れっぷりだったな、ファルシオン」


 馬から降りたラングレーが、感情を一切交えない平坦な声で口を開いた。分厚い漆黒の軍用コートにはわずかな泥が跳ねているだけで、血みどろの激戦をくぐり抜けてきたとは思えないほど整然とした佇まいを保っている。色付きの丸眼鏡の奥にある瞳は、静かに戦果の全貌を見極めようとしていた。


「へっ、お前のおかげで背後を気にせず存分に剣を振れたぜ。あの厄介な蟲や小鬼の増援を完全に断ち切ってくれるとはな」


 ファルシオンは豪快に笑い、大きな手で自身の肩をバンバンと叩いた。相反する性質を持つ二人の将軍だが、互いの能力に対する深い信頼がその短い言葉に滲み出ている。


 ハズラは、まだ戦闘の余韻が情報の断片として整理され続けている頭の中で、現在の状況を改めて確認していた。敵の残存兵力はゼロに等しく、周囲数日間の距離に新たな脅威となる魂の火は確認できない。この広大なプレンブルグ大平原は、完全にグラン・ヴァルディアの支配下に入ったのだ。


 合流した部隊の様子を見渡すと、先に拠点の制圧を終えて合流地点まで移動してきたカネル軍の兵士たちは、行軍の疲れは見せつつも、どこか晴れやかな顔をしていた。彼らの表情は、カネルの天真爛漫な笑顔に応えるように無事に任務を完遂した達成感に満ちていた。

 一方で、オルセン率いる第七軍の魔法兵たちは、まるで日常の業務を終えたかのように淡々と武器の手入れを始めていた。彼らのドライな態度は、狂乱の戦場にあって異質なほどの静けさを保っている。


 将兵たちの間にも、長きにわたる悲願が達成されるという高揚感が急速に広がっていた。彼らの視線の先には、大平原の奥にそびえ立つ巨大な城壁の輪郭が浮かび上がっている。人類同盟の中心都市として栄華を極め、見渡す限りの豊かな穀倉地帯を擁する至高の都、プレンブルグ城である。

 この豊かな土地と都市を手に入れること。それこそが、主君である統星が掲げる壮大な野望、魔界と人間界すべてを統一するための人間界侵攻への盤石な足がかりとなるはずであった。ハズラは統星の目論見を思い返し、改めて気を引き締める。戦いは終わったが、真の目的はこの都市を確保し、次の戦術的拠点を構築することにあるのだから。


「さあ、チンタラしてねえで入城しようぜ。あの堅苦しい城の中で、どれだけ美味い酒と食料が待ってるか楽しみで仕方ねえ!」


 ファルシオンが豪快に笑いながら大剣を背の鞘に納めると、周囲の兵士たちからも賛同の歓声が上がった。激戦で極限まで疲弊した彼らの肉体は、温かい食事と安全な休息を強く求めている。ラングレーもまた、静かに顎を引いて同意を示した。


「全軍、プレンブルグ城へ進軍せよ。周囲の警戒は怠るな」


 ラングレーの指示に従い、合流を果たした巨大な軍勢は一つのうねりとなって、最終目標であるプレンブルグ城へと歩みを進め始めた。


 青空の下、広大な平原を吹き抜ける風が将兵たちの熱気を冷ましていく。城へと続く道中、かつては豊かな実りをもたらしていたであろう麦畑の跡が広がっていた。今は無数の足跡と戦火によって無残に踏み荒らされているが、その土の柔らかさは、ここが間違いなく肥沃な穀倉地帯であったことを示している。彼らの足取りは軽く、誰もが勝利の果実を疑っていなかった。かつての美しい街並み、豊かな貯蔵庫、堅牢な防衛設備。それらすべてが、グラン・ヴァルディアの強大な力をさらに底上げしてくれるはずである。

 しかし、城の威容が近づくにつれて、ハズラの胸の奥に小さな違和感が芽生え始めていた。

 視界に入る城壁の輪郭が、どこかいびつなのだ。本来であれば天を突くようにそびえ立っているはずの尖塔の姿が見えず、城壁の一部は不自然に崩れ落ちているように見える。近づくほどにその違和感は確信へと変わり、静まり返った城の気配が不気味に感じられた。

 ハズラは思わず歩みを緩め、目を凝らした。彼の周囲を歩く兵士たちも、次第にその異変に気づき始めていた。先ほどまで響いていた陽気なざわめきが、波が引くように静まり返っていく。


「……おい、どういうことだ、ありゃあ」


 ファルシオンの低い呟きが、沈黙の落ちた空間に重く響いた。

 彼らが重厚な城門であったはずの巨大な空間へと辿り着き、その内側へと足を踏み入れた瞬間、期待に満ちた足取りは不自然なほど唐突に停止した。

 誰もが言葉を失い、ただ目の前に広がる光景を呆然と見つめることしかできなかった。


 かつて栄華を極めた美しい都市の面影は、そこには微塵も存在していなかった。勝利の喜悦を一瞬にして凍り付かせるような、目を覆うばかりの凄惨な光景が、見渡す限り果てしなく広がっていたのである。

 死線をくぐり抜けた歴戦の猛者たちの、息を呑む音だけが不気味な静寂の中に空しく響いていた。


「これ……いったい、何があったの……?」


 カネルは震える声で呟き、立ち尽くした。いつも絶やさない天真爛漫な笑顔は完全に消え失せ、ルミナスピンクの瞳には戸惑いと恐怖が浮かんでいた。


 プレンブルグの街は、言葉で表現することすら躊躇われるほどの、徹底的な破壊の痕跡に覆い尽くされていた。グラン・ヴァルディア軍がこの地に到達するよりも先行して、都市を一時的に占拠していたグルゴタ連邦のゴブリン族たち。彼らによって、かつて美しかった街並みは無残に蹂躙され尽くしていたのだ。

 街路を見渡せば、壮麗さを誇っていたであろう石造りの建造物は無残に打ち砕かれ、見る影もなく崩落している。しかし、それは単純な戦闘による破壊跡ではなかった。

 ゴブリン族が生まれ持つスカベンジャーとしての特異な性質。それは、通常の軍隊が行う略奪とは根本的に次元を異にするものであった。人間の軍隊であれば、目に留まる金銀財宝や高価な装飾品、あるいは食料や武具といった富を奪い去るだけであろう。


 だが、彼らの貪欲な略奪の対象は、そのような表面的な価値に留まらなかった。

 彼らにとって、この都市を構成するあらゆるものは等しく再利用可能な資源に過ぎない。建物を支えていた強固な鉄の支柱、精巧に組み上げられていた木材の梁、そして石のブロックを繋ぎ止めていた金属の結合部に至るまで、都市の骨格を成す基礎的な建材が、彼らの手にかかれば有用な物資として容赦なく解体されていた。

 壁は乱暴に打ち壊されて鉄の骨組みが根こそぎ引き抜かれ、床板は一枚残らず剥がされている。街を形作っていたはずのあらゆる部品が執拗に剥ぎ取られ、持ち去られていた。石畳すらも剥がされ、その下にあった水道管までもが掘り返されて失われている。目ぼしい物資はすべて奪われ尽くし、後にはただ骨抜きにされた無機質な瓦礫の山だけが、虚しく風に吹かれている。


「ふざけやがって……! あいつら、ただの泥棒じゃねえか!」


 ファルシオンが怒りに任せて叫び、傍らにあった石の破片を力任せに蹴り飛ばした。石は乾いた音を立てて瓦礫の山にぶつかり、虚しく転がっていく。彼の純粋な武人としての誇りは、このような卑劣で徹底的な略奪行為を理解することを拒絶していた。敵と真正面から刃を交え、勝利の証として城を手に入れる。そのための戦いだったはずが、彼らの手に入ったのはただの無残な残骸でしかなかったのだ。


「……見事なまでの徹底ぶりだな。ゴブリン族の生態を甘く見ていたと言わざるを得ない」


 ラングレーは極めて静謐な瞳で周囲を見渡し、呟いた。しかし、その声は普段よりもさらに一段低く、沈み込んでいた。彼の脳内では、この深刻な被害状況がいかにして今後の戦術に影響を及ぼすかという計算が、凄まじい速度で弾き出されているはずだった。

 ハズラは瓦礫の山へと歩み寄り、崩れ落ちた壁の断面を静かに見つめた。


 人間の技術の結晶であったはずの都市が、これほどまでに無残な姿へと変えられてしまった事実。それは単なる物質的な損失以上の意味を持っていた。

 本来であれば、このプレンブルグという要衝は、完全な形のままで彼らの手に落ちるはずであった。豊かな大平原の中心に位置し、堅牢な城壁と豊富な物資を備えたこの都市を無傷で手に入れること。それさえできれば、統星が描く人間界侵攻において、誰にも揺るがすことのできない盤石な足がかりとなるはずだったのだ。

 グラン・ヴァルディアの強大な軍事力を維持し、さらに先へと進むための重要な中継地点。その完璧な目論見は、眼前に広がる光景を前にして、音を立てて無残に崩れ去ってしまった。

 そこにあるのは、もはや都市と呼ぶことすら憚られるような、基礎すら残らないほど徹底的に破壊され尽くした絶望的な瓦礫の海であった。かつての栄華を誇った建物の影はどこにもなく、ただ荒涼とした灰色の風景が果てしなく続いている。

 屋根を失った家々は風雨を凌ぐことすらできず、引き抜かれた鉄材の跡は痛々しい傷跡のように街の至る所に刻まれている。井戸は瓦礫で埋もれ、食料庫は壁ごと持ち去られていた。


「……これでは」


 ラングレーは色付きの丸眼鏡を中指で静かに押し上げ、感情の読めない低い声で言葉を絞り出した。彼の並外れた演算能力が、この空間のいびつさを瞬時に数値化し、絶望的な被害状況を弾き出している。


「軍を駐留させることすら困難だ。防御陣地として再利用するための基礎的な構造物すら残っていない。防風や防雨の機能すら失われており、前線拠点として成立するかどうかも極めて怪しい状態だな」


 ラングレーの冷徹な状況分析は、将兵たちが薄々感じていながらも直視を避けていた事実を、残酷なまでに突きつけていた。

 これはグラン・ヴァルディア軍にとって、全くの想定外であり、あまりにも甚大な被害であった。彼らが多大な血を流し、極限の死闘を乗り越えてまで手に入れたものは、ただの無価値な廃墟だったのである。


 勝利の歓喜は完全に消え失せ、代わって重苦しい徒労感と深い絶望が、軍全体をどんよりと覆い隠していった。

 ファルシオンの怒り狂う声も、兵士たちの戸惑う囁きも、この虚無に満ちた空間では虚しく響くだけだった。


 ハズラは空を見上げた。青く澄み渡っていた空は、いつの間にか厚い雲に覆われ始めていた。

 主君である統星の壮大な覇道。その道筋に立ち塞がる障害は、他国の強大な軍隊や強力な魔法だけではない。こうした理不尽で予測困難な悪意や生態、様々な思惑が複雑に絡み合い、彼らの足元をすくおうと待ち構えているのだ。

 極めて合理的な思考を巡らせる統星をもってしても、この事態は完全な想定外であったに違いない。


 この無惨な瓦礫の山を前に、これからどのような一手を打つべきなのか。

 ラングレーの眼鏡の奥の瞳は、微動だにせず目の前の惨状を見据えている。ファルシオンはギリギリと歯を食いしばり、大剣の柄を強く握りしめていた。


 ハズラは、自らの内に静かなる闘志が燃え上がるのを感じた。

 この絶望的な状況下であっても、決して立ち止まることはできない。自分は統星に見出され、人間としての存在意義と生きる場所を与えられたのだ。この最悪の盤面からどのように次の一手を打ち、主君の果てしない覇道を支えていくか。それこそが、統星の側近として今自分が果たすべき役割である。


 静まり返ったプレンブルグ城の廃墟に、冷たい風が吹き抜けていく。

 グラン・ヴァルディア軍の前に突きつけられた現実は、あまりにも過酷であった。しかし、彼らの歩みがここで終わることはない。この瓦礫の中から新たな未来を築き上げるための過酷な戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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