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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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豊穣の大地と三つ巴の戦渦 28

 視界を遮るものが一切ないプレンブルグ大平原。平原魔族にとって最も力を発揮できるその広漠たる大地において、グラン・ヴァルディア王国の誇る戦闘都市アルカイドの精鋭たちは、水を得た魚のように躍動していた。


「ロイガー、右翼のゴブリンどもが互いにぶつかり合い、同士討ちを始めている。後方からの指示が完全に途絶えた証拠だ。ここが一気に押し潰す好機だぞ」


 第三部隊長であるクレイヴァンが、手にした湾曲した双剣を流れるように振るいながら、すぐそばで暴れ回る猛将へと声を飛ばした。彼の洗練された刃は、風を切るような鋭い音を立ててゴブリン族の急所を的確に貫いていく。常に戦場全体を俯瞰し、冷静な判断を下す彼は、敵の陣形に生じた致命的なほころびを誰よりも早く見抜いていた。


「ハッ、言われなくとも分かってるぜ! こいつら、ただの的になり下がってやがる!」


 第二部隊長のロイガーは、獰猛な笑みを顔いっぱいに張り付かせながら、己の身の丈に迫る巨大な双刃の戦斧を豪快に振り回した。

 ブォンと空気をへし折るような重い風切り音が響き渡り、斬撃の軌道上にいた数匹のゴブリン族が、彼らの持つ赤茶けたジャンク兵器ごと真っ二つに両断される。ガキンと金属が砕け散るけたたましい音が鳴り響き、無残な肉塊と化した敵兵が血しぶきとともに吹き飛ばされた。


「おいおい、もっと骨のある奴はいねえのか! これじゃあ準備運動にもなりゃしねえぞ!」


 もはや勝利は揺るぎない。あとはこの残敵を掃討し、目的地へと進軍するのみである。

 しかし、アルカイド軍の兵士たちを束ねる頂点に立つ男は、この程度の戦果で満足するような器ではなかった。


「退け、お前ら! そこは俺の獲物だ!」


 地鳴りのような怒号が戦場を震わせた。その声の主は、アルカイド軍の最後尾から悠然と、しかし圧倒的な威圧感を伴って歩みを進めてくる星辰第三将、ファルシオンであった。

 彼の出現に、ロイガーやクレイヴァンをはじめとする前線の兵士たちが、道を譲るように左右へと分かれていく。

 日焼けした褐色の肌と、野生の獣のように引き締まった強靭な肉体。獲物を狙う猛獣のような金がかった瞳が鋭く光り、前方の瓦解する敵陣を真っ直ぐに射抜いている。彼の胸の奥底では、これまでの戦いで押し殺してきたどす黒い感情が、激しく煮え滾っていた。


 数日前の出来事が、ファルシオンの脳裏に生々しく蘇る。

 多大な犠牲を払い、人類同盟の軍勢を正面から打ち破って手に入れたはずの豊かな穀倉地帯。それを、突如として北方の山脈から雪崩れ込んできたこのグルゴタ連邦の異形たちによって、理不尽に横取りされたのだ。

 全滅を免れるための戦術的撤退であったことは、頭では理解している。それが軍を存続させるための正しい判断であったことも分かっている。だが、純粋なる武人として、軍の最先鋒として常に血路を切り開いてきた彼にとって、敵に背を向けて逃げ出すという行為は、自らの魂を泥で汚されるに等しい屈辱であった。

 祖国の果てしない覇道に心底惚れ込み、自らが軍の最先鋒としてその道をこじ開ける刃でありたいと願っている。それなのに、あの日、自分の刃は道を切り開くことを放棄し、撤退のための盾となることしかできなかった。


「この俺が、小賢しい羽虫どもに背を見せたんだ。その落とし前は、きっちりと命で払わせてもらうぜ」


 ファルシオンの口元が吊り上がり、鋭い犬歯が剥き出しになる。彼の全身から放たれる殺気は、まるで目に見えるかのように濃密な闘気となって大気を震わせていた。味方の兵士たちすら本能的な戦慄を覚えるほどの凄まじい威圧感が、戦場全体を重く覆い尽くしていく。

 彼は右肩に担いでいた身の丈ほどもある無骨な大剣を、ゆっくりと両手で構え直した。その巨大な野太刀は、歴戦の血を吸って黒光りしており、持ち主の抑えきれない破壊衝動に呼応するように微かに震えているように見えた。


「野郎ども、よく聞け!」


 ファルシオンの声が、大平原の風を切り裂いて響き渡る。


「この先にあるプレンブルグは、俺たちが祖国グラン・ヴァルディアへ持ち帰るべき大切な獲物だ。どこの馬の骨とも知れねえゴミクズどもに、いつまでも踏み荒らさせておくわけにはいかねえ!」


 その言葉に、アルカイド軍の兵士たちの目の色が変わった。彼らの内にもまた、ファルシオンと同じ撤退の屈辱と、それを晴らしたいという熱い思いが燻っていたのだ。


「道がねえなら、俺がこの剣でこじ開けてやる! 俺に遅れずについてきな!!」

「「「おおおおおっ!!」」」


 総大将の熱い檄に呼応し、アルカイド軍の全軍から地鳴りのような鬨の声が上がった。

 極限まで研ぎ澄まされたファルシオンの肉体が、強靭なバネのように深く沈み込む。そして次の瞬間、大地を蹴り砕くような凄まじい踏み込みとともに、彼は単騎で敵陣の最深部へと向かって弾き出された。

 それはまさに、猪突猛進という言葉を体現するような突撃であった。


「オラァッ!!」


 裂帛の気合いとともに、巨大な大剣が真横に振り抜かれる。

 ズバァンと空気が爆ぜるような轟音が轟き、ファルシオンの前に立ち塞がっていた十数匹のゴブリン族が、一瞬にして上半身と下半身を切り離された。彼らが掲げていた盾や粗末な剣は、ファルシオンの膂力の前では薄紙と何ら変わりはない。ギャアアアッと異形たちの断末魔の悲鳴が上がるが、ファルシオンの耳には届いていなかった。彼の意識はただ、目の前の敵を粉砕し、前へ進むことだけに集中している。

 無尽蔵の体力と圧倒的な速度を持つ彼に追いつける者は、敵にも味方にも存在しない。彼は一人で敵陣の真っ只中へと深く潜り込み、荒れ狂う嵐のように大剣を振り回し続けた。

 上段からの豪快な唐竹割りが、蟲人族の硬い甲殻ごと頭部から股下までを両断する。バキィッと骨と殻が砕ける無惨な音が響き、緑色の体液が周囲に撒き散らされた。

 返す刀で斬り上げる一撃が、背後から忍び寄っていたゴブリン族を空高く打ち上げる。ファルシオンは一切の小細工を必要としない。戦術も駆け引きもかなぐり捨て、ただ己に備わった圧倒的な暴力のみで、敵を物理的に蹂躙していくのである。

 ファルシオンの金がかった瞳は、獲物を引き裂く喜びに爛々と輝いていた。彼が振るう刃は決して止まることなく、敵の肉と血を貪り続ける。

 かつて彼らを苦しめた特攻戦術も、今のファルシオンの前では無意味であった。死を恐れずに飛び込んでくる蟲人族に対し、彼は大剣の腹を向けてフルスイングで迎え撃つ。ドゴォンという破裂音とともに、蟲人族の身体は原型をとどめないほどに叩き潰され、はるか後方へと吹き飛んでいった。

 彼の戦いぶりは、まさに軍の最先鋒たる鋭利な刃そのものであった。己自身が巨大な質量兵器となり、群がる異形たちを次々とミンチに変えながら、プレンブルグへと至る進軍の道を力ずくでこじ開けていく。


 そのファルシオンの無双の活躍に触発され、アルカイド軍の兵士たちも怒涛の勢いで追撃を開始した。

 機動力に優れた異形の軍馬、デュラハン・ホースを駆る漆黒の騎兵隊が、前方視界が完全に開けた大平原を文字通り風のように疾走する。首のない馬の背から放たれる矢は、障害物に遮られることなく真正面の敵を正確に射抜き、重厚な馬体は逃げ惑うゴブリン族を容赦なく踏み躙っていく。


「逃がすな! 一匹残らず叩き潰せ!」


 ロイガーの戦斧が再び唸りを上げ、クレイヴァンの双剣が敵の死角を的確に突き刺す。ゼルガノフの盾と斧が、崩れかけた敵の防衛線をさらに粉砕する。


 指揮官を失い、増援の望みも絶たれたグルゴタ連邦の群れには、もはやこの絶望的な戦局を覆すいかなる手段も残されてはいなかった。ただ無秩序に逃げ惑うことしかできないゴブリン族と蟲人族の残党は、陣頭で血路を切り開くファルシオンの猛攻と、それに続くアルカイド軍の蹂躙を前に、抗う術を何一つ持たず、為す術もなく無惨に打ち破られていく。

 ザクッ、ドリュッと肉を断ち切り骨を砕く不気味な音が、広大な平原のあちこちで響き続ける。

 それは一方的な殺戮であった。強者としての誇りを取り戻したグラン・ヴァルディア軍は、これまでの屈辱を晴らすかのように、徹底的に敵を殲滅していった。

 やがて、大平原を覆い尽くしていた不気味な蠢きは、一人、また一人と数を減らし、最終的には完全に沈黙した。

 風に乗って漂ってくるのは、強烈な血と内臓の臭いだけである。


 ファルシオンは、足元に転がっていた最後の蟲人族の頭部を、重いブーツで無造作に踏み砕いた。グチャッと嫌な音が鳴り、動かなくなった残骸を一瞥すると、彼は大きく息を吐き出して大剣を肩に担ぎ直した。

 彼の褐色の肌は返り血で赤黒く染まり、荒い呼吸を繰り返しているが、その金がかった瞳には満足げな光が宿っていた。


「……終わったな」


 彼が低く呟くと同時に、生き残ったアルカイド軍の兵士たちから、地鳴りのような勝利の咆哮が沸き起こった。

 武器を天高く掲げ、仲間と抱き合い、喜びを爆発させる兵士たち。その光景を眺めながら、ファルシオンは視線を前方へと向けた。

 血風の吹き荒れる大平原を完全に制圧した彼らの視線の先。地平線の向こうに、巨大な城の輪郭がうっすらと浮かび上がっている。


 人類同盟の要衝であり、豊かな穀倉地帯を擁する大都市、プレンブルグ。

 幾度もの苦難を乗り越え、多大な犠牲を払い、そして屈辱に耐え抜いた末に、グラン・ヴァルディア軍はついにその最終目標を己の手で奪取することに成功したのである。


 空を覆っていた分厚い雲が僅かに切れ、陽の光が血に染まった平原を照らし出す。

 ファルシオンは不敵な笑みを浮かべ、その輝かしい未来の拠点へと向かって、力強く一歩を踏み出した。その背中には、一切の迷いも後悔も存在していなかった。

 軍の最先鋒として道を切り開くという己の使命を完璧に果たした誇りだけが、今の彼を満たしていたのである。

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