豊穣の大地と三つ巴の戦渦 27
第七将ラングレー率いる助攻部隊の完璧な戦術遂行により、背後から迫るグルゴタ連邦の進軍ルートは物理的に完全に封鎖された。さらに敵将ギルバが討ち取られたことで、異形の群れを統率していた指揮系統は崩壊し、敵陣は致命的な混乱に陥っていた。
その決定的な戦況の変化を示す報告は、プレンブルグ大平原で待機していた第三将ファルシオンのもとへも、伝令によって即座に届けられていた。
「へっ、最高じゃねえか! あの理屈野郎にしては上出来な働きだぜ!」
ファルシオンは、褐色の肌に引き締まった強靭な筋肉を躍動させながら、獰猛な笑みを浮かべた。野生の獣のように鋭い犬歯が剥き出しになる。彼の背負う身の丈ほどもある無骨な大剣が、主の昂りに呼応するように鈍い金属音を鳴らした。
「これで背後を気にする必要はなくなった。待ちくたびれたぜ。さあ、ここからは俺たちの番だ」
ファルシオンは猛獣のような金がかった瞳を細め、視界の先、広漠とした平原の中央で無様にうごめく異形の群れを睨みつけた。
「よぉ野郎ども、俺は先に行くぜ! 敵の喉元は完全に開かれた、遅れずについて来い!!」
ファルシオンの腹の底から響く怒号が、大気をビリビリと震わせる。それはただの命令ではなく、兵士たちの闘争心に火をつける強烈な起爆剤であった。彼の大音声は、プレンブルグ大平原を吹き抜ける乾いた風を切り裂き、果てしなく続く空の彼方まで響き渡った。その声に応えるように、グラン・ヴァルディア軍の最先鋒を担うアルカイドの将兵たちから、地鳴りのような歓声が巻き起こった。
この上ない絶対的な戦略的優位を背景に、ファルシオン率いる主攻部隊は、最終目的であるプレンブルグ大平原の奥深くへと猛然と進撃を開始した。
彼らの眼前に広がるのは、視界を遮る障害物が一切存在しない広大な平原である。起伏のないこの広漠とした大地は、大部分が平原魔族によって構成されるグラン・ヴァルディア軍にとって、自らの強みである圧倒的な機動力と個々の武勇を最大限に発揮できる、極めて戦いやすい理想的な地勢であった。森や山岳のような複雑な地形では制限されがちな彼らの真価が、この平原において完全に解き放たれる。
進撃を先導するのは、機動力に優れた異形の軍馬デュラハン・ホースを駆る漆黒の騎兵隊である。生物としての限界を超えた超常的な速度で疾走する彼らの蹄の音は、さながら迫り来る雷鳴のように大地を揺らしていた。前方視界が完全に開けた大平原において、彼らは巨大な質量兵器としての凄まじい突撃力をいかんなく発揮する。蹄が大地を叩くたびに重厚な地響きが戦場全体を揺るがし、巻き上がる土煙が彼らの威容をさらに恐ろしいものへと変え立てていく。
デュラハン・ホース最大の戦術的優位性は、その特異な身体構造が生み出す完璧な前方視界にあった。通常の騎馬であれば、前方に矢を放つ際や長槍を突き出す際に馬の首が邪魔になるため、兵士は身を乗り出すか斜めに構える必要がある。しかし、首が存在しないデュラハン・ホースを駆る兵士たちには、視界や武器の軌道を遮る障害物が一切存在しない。
騎兵たちは鞍に深く腰掛けた安定した姿勢のまま、馬の首があったはずの空間を通して、真正面に正確な狙いをつけることができた。彼らが放つ矢の雨や、長槍による死角のない直線的な突撃は、孤立した敵群に向かって容赦なく降り注いだ。
矢による苛烈な牽制に続いて、巨大な質量兵器としての凄まじい突撃が敵陣を襲う。限界突破の速度で突き進む重厚な馬体は、立ち塞がるゴブリン族の歩兵たちを枯れ枝細工のように容易く粉砕し、はね飛ばしていく。デュラハン・ホースの騎兵隊はその機動力を武器に、敵の陣形を正面から引き裂いていった。
一方、第三勢力であるグルゴタ連邦の異形たちは、視界を遮るもののない広大なプレンブルグ大平原において、今や完全な孤立状態に陥っていた。
これまで彼らを恐るべき脅威たらしめていたのは、後方から湧き出す無尽蔵の繁殖力による物量と、命を度外視して波のように押し寄せる特攻戦術という最大の強みであった。しかし、進軍ルートの物理的な封鎖と指揮系統の瓦解により、その強みは根本から絶たれていた。
明確な指示を失ったゴブリン族と蟲人族の群れは、大平原の只中でただ無秩序に彷徨うだけの烏合の衆へと成り下がっていた。狂気に突き動かされていた彼らは戦う意志すら統一することができず、ただ混乱のままに不気味な蠢きを繰り返すばかりである。
パニックに陥ったゴブリンたちは、他国の廃棄物から作り出した赤茶けたジャンク兵器を、意味もなくでたらめに振り回していた。恐怖から逃げ惑うあまりに隣の仲間を殴り倒し、互いにいがみ合って同士討ちを始める者まで現れる始末である。
また、自我を持たない完全統率社会の蟲人族も、指揮官という頭脳を失ったことでその機能に深刻な支障をきたしていた。彼らには自己保存の本能が欠落しているため、後退するという判断ができない。ただ直線的に突進を繰り返し、見境なく味方のゴブリン族にまで激突して自爆を引き起こすなど、その行動は完全に統制を失っていた。
その致命的な隙を晒す異形の群れに対し、ファルシオン直属の精鋭であるアルカイド軍の各部隊長たちが、容赦なく牙を剥いた。
軍の最先鋒としての誇りを胸に抱く彼らは、この決定的な好機を逃すことなく、一斉に苛烈な猛攻を仕掛ける。明確な戦術と圧倒的な武力をもって襲い掛かるアルカイド軍の怒涛の蹂躙を前に、指揮を失ったグルゴタ連邦軍はもはや抗う術を何一つ持たず、ただ無惨に削り取られ崩れ去っていくのであった。
プレンブルグ大平原の最前線、敵の最も激しい抵抗が予想される激戦区の中央において、漆黒の分厚い重鎧に身を包んだ威風堂々たる影が屹立していた。第一部隊長を務めるデュラハン族の騎士、ゼルガノフである。
彼は進撃する味方の前に立ち塞がる、絶対的な防壁であった。言葉を一切発することのない彼の左脇には、彼自身の首が大事に抱えられている。兜の奥から覗く静謐な眼差しは、眼前に広がる混沌とした戦場を揺るぎない意志で見据えていた。
彼の空いた右手には、身を隠せるほどに巨大で強固な大盾と、長柄の戦斧が同時に握られている。常人であれば両手で扱うことすら困難なその非常識な重武装を、彼はデュラハン族特有の並外れた膂力により、右手一本で軽々と、そして精密に振るっていた。
彼の眼前に迫り来るのは、耳障りな羽音を立てて波のように押し寄せる蟲人族の群れであった。彼らは痛みや死への恐怖すら完全に欠落しており、ただ機械のように無慈悲な死の特攻を幾度となく繰り返してくる。
ドゴォッ、と鈍い衝撃音が連続して響き渡った。自らの命を投げ打つような蟲人族の狂気的な突撃が、猛烈な勢いでゼルガノフに激突する。緑色の不気味な体液が盾の表面に弾け飛ぶが、ゼルガノフは大地に深く根を張った大樹のように微動だにせず、一歩も退くことはなかった。
彼は蟲人族の特攻を真正面からすべて受け止め、分厚い漆黒の重鎧と大盾によって完全に弾き返していく。そして、反撃として振るわれる長柄の戦斧が、風を切り裂く重たい音を響かせた。右腕の筋肉がはち切れんばかりに隆起し、遠心力を伴って放たれた一撃は、迫り来る三体の蟲人族を一度に薙ぎ払い、その硬質な甲殻ごとまとめて粉砕して肉片へと変えていく。
味方の進撃を支え抜く軍の要石として、ゼルガノフが陣取るその場所は、いかなる激流にも決して崩れることのない強固な戦線として維持され続けていた。一切の隙を見せずに敵を粉砕し続ける彼の偉大な背中は、後続の兵士たちに絶対的な安心感を与え、軍全体の士気を力強く底上げしていた。
一方、激しく戦況が動く右翼側では、グラン・ヴァルディア軍の斬り込み隊長としての誇りを胸に、アルカイド軍第二部隊長のロイガーが暴れ回っていた。
彼の手には、己の身の丈にも迫る巨大な双刃の戦斧が握られていた。その尋常ならざる重量を全く感じさせない豪快な身のこなしで、ロイガーは孤立して統制を失ったグルゴタ連邦の群れへと単騎で突撃を仕掛けた。
「オラオラァ! どうした、そんな玩具で俺を止められると思ってんのか!」
雄叫びとともに振り抜かれた戦斧の双刃が、空気を引き裂きながら凄まじい速度で敵陣を薙ぎ払う。立ち塞がろうとしたゴブリン族の兵士たちは、手にした赤茶けたジャンク兵器ごと真っ二つに両断され、宙に舞い上がった。無軌道な防具ごと肉体を断ち斬られた異形たちの血が弾け飛び、戦場に生々しい血煙がもうもうと立ち上る。
全身に浴びた返り血が彼の褐色の肌を赤黒く染め上げるが、彼はそれを気にも留めず、むしろその生温かい感触を楽しむかのように笑みを深めていた。遊撃と突撃による前線破壊を真骨頂とするロイガーの歩みは、いささかも止まることがない。彼は血に塗れた戦斧を休むことなく豪快に振り回し続け、強固な物理的破壊力をもって敵の脆弱な防衛線を次々と粉砕していく。
「おら、ボヤボヤしてんじゃねえ! 俺についてきな!」
ロイガーは背後に続く部下たちに向けて、兄貴肌の豪快な声で叱咤激励を飛ばした。
「総大将にいいところを全部持っていかれる前に、お前らも暴れ尽くせ! 蹴散らせェッ!」
好戦的な闘争心を一切隠すことなく剥き出しにしたその姿は、周囲の兵士たちの闘志を限界まで引き上げる。彼に率いられた第二部隊は、瓦解しかけていた敵陣をさらに激しく内側からかき乱し、決定的な崩壊へと追い込んでいった。
荒々しい猛攻と血の匂いが立ち込める戦場において、ただ一人、水を打ったような静けさを保ち続けている男がいた。アルカイド軍第三部隊長のクレイヴァンである。
彼の細身で洗練された佇まいは、熱狂の渦に包まれる血と泥に塗れた戦地において異彩を放っていた。ゴブリン族と蟲人族の連合軍が、指揮系統と物量という最大の武器を失い、完全に烏合の衆と化して大平原で孤立している様を、彼は極めて理知的な瞳で俯瞰している。
彼の視線は目の前の敵だけでなく、左右に展開する味方の配置、さらには後方から続く騎兵隊の動きまでも同時に把握していた。彼の目には、力任せに暴れ回る味方の突出による陣形のほころびや、敵の無秩序な動きの中に生じるわずかな隙が、まるで盤面の上に並べられた駒のように明確に見えていた。
「第二小隊、突出が過ぎる。三歩下がって陣形を立て直せ。右翼の隙を突かれるぞ」
熱に浮かされた兵士たちの中で、クレイヴァンのよく通る声が的確な指示を飛ばす。声高に叫ぶのではなく、感情を排した静かな響きを持つその声は、喧騒の中でも確実に部下たちの耳に届き、彼らの過剰な熱を冷まして冷静な行動へと導いていた。
彼の手には、湾曲した独特の形状を持つ双剣が握られている。彼自身もまた、滑らかなステップで戦場を舞うように駆け抜け、圧倒的な速度と洗練された技をもって敵陣に切り込んでいく。
力任せの破壊ではなく、緻密な計算に基づいた機動戦。クレイヴァンの双剣が翻るたびに、無軌道にジャンク兵器を振り回すゴブリン族や、無意味に徘徊する蟲人族の急所が正確に貫かれ、一切の抵抗も許されずにその命を散らしていく。最小限の動きで最大の効果を上げるその洗練された剣技は、見る者を感嘆させるほどの美しさを伴っていた。
荒々しい猛攻が続くアルカイド軍の陣容にあって、クレイヴァンは軍全体の勢いが無謀な突出に繋がらないようコントロールする、完璧なバランサーとして機能していた。彼の冷静な刃と的確な戦術指揮は、混乱する敵の戦力を確実に、そして着実に削ぎ落としていく。
ゼルガノフの決して崩れぬ絶対的な盾、ロイガーのすべてを粉砕する豪快な矛、そしてクレイヴァンの軍全体を統制する緻密な戦術指揮。それぞれの強みを完璧に噛み合わせたアルカイド軍の怒涛の進撃は、広大なプレンブルグ大平原を瞬く間に制圧していく。
すべての状況を味方につけたグラン・ヴァルディア軍の前に、指揮官を失い孤立無援となったグルゴタ連邦の異形たちは、もはや抗う術を何一つ持っていなかった。




