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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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魔眼の奴隷の登用 03

 執事は音もなく歩みを進め、ハズラはその半歩後ろを、借りてきた猫のように縮こまってついていった。

 先ほどの部屋からスバルの執務室へと向かう道すがら、通る回廊はどこも圧倒されるほど壮麗だった。

 高い天井には精緻なレリーフが刻まれ、等間隔に配置された窓からは、計算された角度で光が差し込んでいる。

 すれ違う衛兵たちは、執事の姿を認めると無言で敬礼を送り、ハズラのような小柄な少年が後ろにいても、疑問の色一つ浮かべずに通り過ぎていく。

 その規律正しさと、城全体に満ちる張り詰めた空気が、ここがただの屋敷ではなく、大陸覇権を狙う魔族の王城であることを無言のうちに告げていた。


 長い回廊の中ほどに差し掛かった時だった。

 前方から、二つの人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 執事はその姿を認めた瞬間、流れるような動作で足を止め、通路の端に寄って深々と頭を下げた。

 それは、相手がこの城において極めて高い地位にあることを示す、最上級の礼だった。


 ハズラも慌てて執事に倣い、壁際へ寄って頭を下げる。

 だが、チラリと盗み見た視線の先にある存在感に、ハズラは息を呑んだ。


 先頭を歩いてくるのは、人間離れした美貌を持つ魔族の少女だった。

 艶やかな薄紫色のロングヘアが、歩くたびに波打つように揺れている。

 身に纏っているのは、夜空の星や月を模した刺繍が施された、神秘的なローブ。

 その立ち振る舞いには、スバルとはまた種類の違う、洗練された自信と知性が滲み出ていた。

 少女の双眸は、全てを見透かすようなアメジスト色に輝いており、すれ違うだけで肌が粟立つような強烈な気配を放っている。


 そして、その少女の影に隠れるようにして、もう一人の小柄な少女が歩いていた。

 こちらはハズラよりもさらに背が低く、身体を覆うような大きめのローブを着ているため、まるで布の塊が動いているようにも見える。

 その腕には、彼女の身長の半分ほどもありそうな巨大な羊皮紙の束と羽ペンが抱えられており、栗色の癖っ毛の間からは、尖った耳と分厚い眼鏡が覗いていた。


 堂々と回廊の中央を歩く紫の少女と、その背後に怯えるように付き従う茶色の少女。

 対照的な二人が近づいてくるにつれ、空気の密度が変わったような圧力がハズラの肌を刺した。

 ハズラは本能的に理解した。彼女たちもまた、あのスバルという規格外の主君の側に立つ、特別な存在なのだと。


 彼女は、まるでそれが定められた運命であったかのように、ハズラと執事の目前でピタリと足を止めた。

 ふわりと漂う高貴な香気とともに、彼女のアメジストのような瞳がゆっくりとハズラを見下ろす。 それは統星の持つ、全てを焼き尽くす太陽のような烈しい黄金とは対極にある輝きだった。夜空に浮かぶ月のように静謐で、しかし心の奥底にある真実まですべてを見透かすような、恐ろしいほどに澄んだ静かな光。

 その視線には、路傍の石を見るような冷たさはなく、かといって獲物を狙うような獰猛さもない。ただ、未知の標本を観察するような知的な光が宿っていた。


 彼女は優雅な仕草で小首を傾げると、少し考えるように細い指先を顎に当てた。


「あら。貴方が、例の?」


 その声は鈴を転がしたように心地よく響いたが、同時に有無を言わせぬ貴族的な響きを含んでいた。


「統星君が戦場から拾ってきたという……人族の男の子ね?」


 彼女の言葉にはあからさまな敵意はなかった。

 むしろ、珍しい異国の玩具でも見つけたかのような、純粋な好奇心とわずかな驚きが混じっている。

 ハズラはおっかなびっくり顔を上げた。

 至近距離で見る彼女の美貌は圧倒的だった。透き通るような白い肌、精巧な人形のように整った目鼻立ち。だが、その華奢な身体から発せられるオーラは、彼女がただ美しいだけの少女ではなく、この城の中枢に関わる権力者であることを雄弁に物語っていた。


 彼女はハズラの強張った表情を見てとると、ふっと柔らかく微笑んだ。


「そう身構えなくていいわ。私は紫苑シオン・ベルヴェデーレ。この城の内政……要するに、統星君が散らかした後始末を一手に引き受けている者よ」


 冗談めかした口調の中に、彼女の聡明さと自信が垣間見えた。

 ハズラは圧倒されながらも、慌てて執事がしたように深々と頭を下げた。言葉は通じなくとも、この場における彼女への敬意を示すのが、生き残るための最善手だと理解していたからだ。


 紫苑はそんなハズラの恭しい態度を見て、満足げに頷いた。


「ええ、よろしくね。仲良くしましょう」


 その言葉は社交辞令のようにも聞こえたが、嘘偽りのない彼女の本心のようでもあった。

 だが、その背後で何かがビクリと動く気配がしたことに、ハズラは気づいていた。


 紫苑のその余裕ある態度の裏で、背後の少女は、小動物が天敵から身を隠すかのような必死さで縮こまっていた。

 ハズラの視線がその影に向いた瞬間、影はビクリと大きく肩を跳ねさせた。


「ひっ……!」


 短い悲鳴と共に、影はさらに紫苑の背中へと潜り込む。 抱え込んだ巨大な羊皮紙の山に顔を埋め、栗色のくせっ毛の間から覗く分厚い眼鏡の奥で、瞳が忙しなく泳いでいるのが見えた。


 紫苑は背後の気配に気づくと、呆れたように、しかしどこか楽しげに苦笑した。

 彼女は背中に隠れる少女の手を引き、強引に自分の横へと促した。


「ほら、くるみ。いつまで隠れているの? ご挨拶なさい」


 紫苑に促され、少女は嫌々といった様子で、震えながらその姿を現した。

 極度の人見知りなのか、その視線はハズラの足元あたりを彷徨い、決して目を合わせようとはしない。

 抱えた羊皮紙の束を盾にするように身体の前で握りしめ、その指先はインクで汚れていた。


 「あ、あの」と唇が微かに動く。

 その声はあまりに小さく、蚊の羽音のようだった。耳を澄ませなければ、回廊の空気にかき消されてしまいそうだ。


「く、くるみ・ネイピア、です」


 名前を告げる。ただそれだけのことに、彼女は全身の力を使い果たしたようだった。

 言葉を発した次の瞬間には、弾かれたように再び紫苑の背後へと逃げ込み、抱きかかえた羊皮紙の山に顔を埋めてしまう。

 これ以上の会話は不可能、という強固な拒絶の姿勢だった。


 ハズラは呆気にとられ、瞬きをした。

 この城に入ってから目にした魔族たちは、誰もが圧倒的な強さと自信に満ち溢れていた。

だが、この少女からは、そうした威圧感が微塵も感じられない。むしろ、かつて奴隷小屋で怯えていた自分自身を見ているような、不思議な既視感を覚える。


 この人も、僕と同じように、この威圧的な城や、見知らぬ他人が怖いのだろうか。


 ハズラの中に、戸惑いと共に、奇妙な親近感が芽生えた。

 統星や紫苑のような煌びやかな支配者層とは違う、この城の影の部分で息を潜めて生きる者。

 自分と同じように、何かに怯えながらも、必死に役割を果たそうとしている小さな存在がそこにいた。


 紫苑は、怯えるくるみの様子を見て、やれやれといった風情で肩を竦めた。

 その仕草には呆れが含まれていたが、決して冷たいものではなく、不出来な妹を慈しむような温かさがあった。


「ごめんなさいね。この子は少し、人見知りが激しいのよ」


 紫苑はハズラに向き直り、再び優雅な微笑みを浮かべた。


「引き止めて悪かったわね。統星君によろしく」


 彼女は短く告げると、流れるような動作で身を翻した。

 その裾が翻ると同時に、ふわりと甘い香りが漂う。くるみも慌てて小さな頭をぺこりと下げると、小走りで主人の後を追っていった。その背中は、必死に母鳥についていく雛鳥のようだった。


 執事は二人の姿が回廊の角を曲がり、完全に視界から消えるまで深々と頭を下げ続けていた。

 やがて静かに顔を上げると、何事もなかったかのようにハズラに向き直った。


「参りましょう。統星様がお待ちです」


 執事に促され、ハズラは再び歩き出した。

 歩きながら、ハズラは一度だけ後ろを振り返った。

 誰もいない回廊には、まだ紫苑の纏っていた残り香が微かに漂っている気がした。


 この城には、あの恐るしい騎兵隊や、得体の知れないスバルのような魔族ばかりがいるのだと思っていた。

 だが、紫苑のような洗練された女性や、くるみのように臆病な少女もまた、この城の住人なのだ。

 スバルという絶対的な中心点の周りには、ハズラの想像よりも遥かに多様で、複雑な魔族たちの営みがあるのかもしれない。


(仲良くしましょう、か……)


 紫苑の言葉を反芻しながら、ハズラは前を向いた。

 執事の背中は既に先へと進んでいる。ハズラは小走りでその後を追い、主君の待つ執務室へと足を速めた。

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