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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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星降る王都の特務部隊殲滅戦 09

 圧倒的な質量を誇る天狼の大剣が、極低温の爆縮魔法を真っ向から両断した瞬間、空間そのものが悲鳴を上げたかのような錯覚が王城のバルコニーを包み込んだ。


 ザガードが自らの命の炎を燃やし尽くし、魂の髄まで削り取って練り上げた絶対零度の魔力。それは大気中の水分を一瞬にして凍結させ、触れるものすべてを物理的に破壊し尽くすはずの、絶対的な死の象徴であった。しかし、その死の奔流は今、獣の如き闘気を纏った鋼の塊によって無残にも粉砕され、微細な氷の粒子となって虚空へと散華していく。

 微細な氷の粒子となって宙を舞う欠片と、霧散していく青白い魔力の残滓を前にして、氷雪公国コルデアが誇る特務暗殺部隊のリーダー格、ザガードの時間は完全に凍りついていた。

 氷雪に閉ざされた苛烈な祖国において、任務の失敗はすなわち凄惨な死を意味する。だからこそ、彼らは死を恐れない。痛みにも屈しない。勝利と任務完遂のためならば、自らの命を使い捨てることすら厭わない狂気の歯車として生きてきた。ザガードの胸中にあったのは、標的である統星を確実に仕留めるという凍てつくような殺意と、そのためならば自らが爆炎に呑まれても構わないという強固な覚悟だけだった。


 だが、眼前で起きた事象は、彼のそれまでの過酷な人生において培われてきたすべての常識を、あまりにも容易く踏みにじるものであった。

 魔法が、ただの物理的な剣撃によって打ち払われる。それも、己の命を燃やし尽くして編み上げた最大火力の広域魔法が、たった一人の武将の腕力と、荒々しい生命エネルギーの奔流によって完全に消滅させられたのだ。ザガードの明晰な頭脳は、目の前で展開された理不尽な光景を理解することを拒絶した。極限まで張り詰めていた彼の精神に、致命的な驚愕という名の楔が打ち込まれる。瞳孔は限界まで見開き、魔法を放ち終えた両腕は空を切ったまま、微かな震えとともに宙で硬直していた。


 死を恐れぬ狂気の暗殺者が、自らの存在意義そのものを真っ向から否定され、思考の泥沼へと沈み込んだその一瞬。時間にして瞬き一度にも満たないそのわずかな空白を、闇に潜む狩人たちが見逃すはずもなかった。

 暗殺者の意識が完全に外に向かい、自らの防御が完全に手薄になったその決定的な隙。遊撃の任に就いていた刹那とジェベの二人は、示し合わせることすらなく、極めて自然に、そして苛烈にザガードへと牙を剥いた。


「遅い」


 静寂の闇を鋭く切り裂くような、感情の揺らぎを一切感じさせない無機質な声が、ザガードの鼓膜を容赦なく叩き据えた。

 声の主である刹那は、すでにザガードの認識の外、すなわち死角から圧倒的な速度で肉薄していた。深窓の令嬢を思わせる小柄で華奢な体躯は、極限まで無駄な脂肪と筋肉を削ぎ落とした鋼線のような肉体である。その完璧に計算された体格は、大気を切り裂く際の空気抵抗を極小に抑え込み、常識外れの神速の機動を可能にしている。

 刹那の足先が冷たい石床を蹴り上げたが、そこには一切の踏み込み音も、衣擦れの音すらも生じていない。音という物理現象すらも置き去りにするような圧倒的な踏み込みで、彼はザガードの懐へと滑り込んだ。首元に巻かれた長いマフラーが、夜の闇に青磁色の残光を長く引いていく。


 刹那の洗練された動きに、いささかの迷いもない。彼の氷色の瞳は、眼前の敵をただ排除すべき障害物としてのみ捉えていた。滑るように移動しながら、刹那の手は腰に帯びた長大な長刀の柄へと吸い込まれるように添えられる。

 その刃は、反りが極端に浅く打たれた特注品であった。すべては抜刀速度、すなわち鞘走りを極限まで高めるためだけに設計された、美しくも残酷な芸術品である。刹那の研ぎ澄まされた筋肉が連動し、長刀が鞘から放たれるその瞬間、周囲の空間がわずかに歪むほどのすさまじい剣気が迸った。


 だが、ザガードに迫る死の刃は、刹那の長刀だけではなかった。

 空気を切り裂く刃と全く同調するように、王城の暗がりからは、大自然の理を完全に掌握した古騎族の将、ジェベの放つ必殺の矢が飛来していた。

 ジェベにとって、この暗闇は彼自身の狩場に他ならなかった。天狼の闘気によって極低温の爆縮魔法が粉砕された瞬間、周囲の大気は急激な温度変化と衝撃波によって極めて不規則な気流を生み出していた。並の射手であれば、この予測不能な風の乱れの前では弓を引くことすら躊躇うだろう。

 しかし、ジェベの研ぎ澄まされた感覚は、その複雑怪奇な大気の揺らぎを瞬時に読み解いていた。ザガードの放った魔法が打ち砕かれたことによる爆発的な気流のうねり。その明確な動きこそが、暗がりから標的を捕捉するジェベにとって絶対の合図となったのだ。彼の手にある精巧な複合弓がギリリと軋みを上げ、半眼に開かれた黄金色の瞳が、獲物を狙う猛禽類のような鋭い輝きを放つ。ジェベは指先を微かに濡らし、吹き荒れる魔力の残滓と夜風の動きを完全に計算し尽くすと、一切の力みを感じさせない滑らかな動作で弦を弾いた。

 バツンと鋭い音を立てて放たれた矢は、不規則に渦巻く気流をまるで自らの意思を持っているかのように縫って進む。それは風に逆らうのではなく、風を完全に味方につけた芸術的な軌道を描き、刹那の斬撃が到達するのと寸分違わぬタイミングでザガードへと迫っていた。


 極限まで鞘走りを高めた刹那の神速の居合いと、大気の流れを完全に読み切ったジェベの精密無比な矢。双璧をなす圧倒的な個の武力が、ザガードという一点において完璧に交差した。

 驚愕の呪縛からようやく逃れ、自らの命に迫る明確な死の気配に気づいたザガードだったが、もはや彼に残された時間は存在しなかった。反撃のために再び魔力を練り上げることも、身をよじって回避を試みることすら許されない。

 空気を裂くような鋭い刃鳴りと共に、刹那の長刀がザガードの首筋すれすれでピタリと静止し、その鋭利な切先が脈打つ皮膚を微かに押さえつける。同時に、風の道筋を抜けてきたジェベの矢が死角から足元を射抜き、ザガードの靴を床へと深々と縫い止めていた。

 二つの圧倒的な死の気配に挟まれ、ザガードの肉体は完全に硬直した。鍛え上げられた暗殺者の身体が、自らの意思を無視して冷たい石の床へと強引に押し付けられ、ねじ伏せられる。膝から崩れ落ちた彼は、無念と絶望が入り交じった息を荒く吐き出しながら、自らが完全に制圧されたという事実を受け入れるほかなかった。

 彼の手のひらにわずかに残っていた編みかけの魔力は、力なく霧散していく。頭上の統星を狙っていた凍てつくような死の気配は、ここに完全に拭い去られたのである。


 眼下で繰り広げられたその凄絶な制圧劇。

 常人であれば、己の命を奪おうとした凶刃が文字通り背中にまで迫っていたことに気づけば、恐怖に身を竦ませるか、少なくとも何が起きたのかを確認するために振り返るだろう。だが、次期国王たる統星の態度は、常人のそれとは次元を異にしていた。


 統星は、ただの一度も視線を下げることはなかった。

 眼下の暗がりで暗殺者が地に伏せられ、二人の将が制圧を完了させたその瞬間においても、彼の纏う空気には微塵の揺らぎも生じていない。微動だにせず、真っ直ぐに背筋を伸ばし、腰の剣の柄に手をかけるような素振りすら見せなかった。彼の黄金色の瞳は、底なしの暗闇に包まれた眼下の広場と、そこに設けられた巨大な篝火だけを、まるで世界の中心を見定めるかのように真っ直ぐに見据え続けている。

 彼にとって、自らの命を狙う暗殺者の存在など、己の進む覇道を妨げるに足るものではなかった。王城の高台から己の眼として王都のすべてを把握し、絶え間ない激痛に耐えながら絶対的な座標を伝達し続けるハズラ。そしてその観測情報をもとに、いかなる困難な状況下でも完璧に敵を排除する配下の将たち。統星は、彼らの忠誠と実力を誰よりも深く信頼し、この盤面が自らの勝利で終わることを最初から確信していたのである。

 だからこそ、王である彼が自ら剣を抜き、振り向く必要などどこにもない。彼の務めは、暗殺者と血を流して戦うことではなく、この星祭という神聖なる儀式を滞りなく進行させ、暗闇に沈む数万の民に希望の光をもたらすことにある。


 漆黒の闇と静寂が支配するバルコニーに立つ統星の姿は、絶対的な存在としての威厳に満ち溢れていた。その横顔には、世界を統一するという途方もない野望を抱き、すべての責務を一人で背負って立つ王としての圧倒的な孤独と強さが刻み込まれている。

 眼下での戦闘が完全に終結し、沈黙が降りたことを気配のみで察知してもなお、統星の意識は儀式への研ぎ澄まされた集中から外れることはなかった。彼はゆっくりと、そして力強く右腕を掲げ、星の光を思わせる青白い聖火を手に取る。

 それは、いかなる闇の脅威が迫ろうとも、王たる者の歩みが乱されることは決してないという、確固たる事実の証明であった。統星の黄金色の瞳は、これから自らの手で光を灯すことで始まる新たな時代を、揺るぎない確信とともにはっきりと見据え続けていた。

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