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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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極寒の白銀要塞籠城戦 07

 グラン・ヴァルディア王都セプテントリオンの片隅に佇む療養所は、吹き荒れる凍てついた吹雪や、すべてを飲み込む大河の濁流といった過酷な戦場の記憶とは無縁の、穏やかな陽だまりに包まれていた。磨き抜かれたガラス窓から差し込む柔らかな光が、清潔な白いシーツの上に淡い四角形を描き出している。


 薬品の微かな匂いが漂う静かな病室には、二人の男の姿があった。

 一人は、かつて国境の大河を塞ぐ水上要塞の頭目であり、現在は統星の軍門に下って怪我の療養中である若き設計者、カイリ。もう一人は、極寒の死地であった白銀の砦から生還した「歩く要塞」こと巌鉄である。巌鉄は、内政官である紫苑の手配によって送られた交代要員に過酷な防衛任務を引き継ぎ、死闘で極限まで削られた身体を休めるために王都へと戻ってきていたのだ。

 常人の倍近い巨躯を持つ巌鉄が横たわるには、療養所の特注ベッドでさえいささか窮屈そうであった。しかし、幾日も続いた不眠不休の激戦を終えた彼の実直な顔には、張り詰めていた糸が緩んだような微かな安堵の色が浮かんでいた。だが、その静寂な休息の時間は、同室となった若き天才建築家の底なしの探究心によって小気味よく破られていた。


「ほいで、その『白銀の砦』の城壁の厚さは具体的にどれくらいじゃったんや? 猛吹雪の中で敵の猛攻を受けた時、石垣の継ぎ目はどう持ちこたえたんじゃ?」


 機能的なエンジニアコートを脱ぎ、肩や腕に生々しい包帯を巻いた姿のカイリは、身を乗り出すようにして隣のベッドの巌鉄を質問攻めにしていた。彼の凪のような瞳には、未知の建築物に対する純粋な好奇心と、職人としての熱い炎が揺らめいている。カイリは今後、自らの手でグラン・ヴァルディアの新たな砦の設計を手掛けてみたいと目論んでおり、実際に極限の防衛戦を経験した巌鉄の生の声は、どんな詳細な図面にも勝る何にも代えがたい貴重なデータであったのだ。


「投石用の隙間の角度や、内部の通路の広さはどうじゃった? 実際の防衛戦において、人の動線を邪魔するような使い勝手の悪い死角はなかったんか?」


 矢継ぎ早に飛んでくる専門的な問いに対し、巌鉄は嫌な顔一つせず、休息を取りながらも持ち前の誠実さで一つ一つ丁寧に記憶をたぐり寄せていた。


「城壁の厚さは、大の男が横に三人は並べるほどだ。だが、構造自体は古く、特攻を受けた箇所からは石積みが脆くも崩れ落ちた。通路はひどく狭く、我々のような重装兵がすれ違うには苦労したな。あれでは兵の円滑な配置転換は望めない」


 自身の巨体を窮屈そうに動かしながら答える巌鉄の言葉を、カイリは脳内の見えない図面に刻み込むように深く頷きながら聞いている。二人の対照的な、しかしどこか奇妙に噛み合ったやり取りが続く中、病室の重厚な木製の扉が静かな音を立てて開かれた。

 現れたのは、月明かりを固めたようなプラチナブロンドの髪を揺らす若き指揮官、統星と、その影のように静かに付き従う黒髪の少年、ハズラであった。


「二人とも、調子はどうだ」


 王者の威厳を漂わせながらも、統星のよく通る声には、共に死線を潜り抜けた仲間への確かな気遣いと温もりが込められていた。統星はベッドの傍らまで進み出ると、これからの果てしない覇道に欠かせない稀代の建築家と、絶望的な防衛戦を耐え抜いた忠義の将の働きを心から労った。

 巌鉄は慌てて巨体を起こそうと身をよじったが、統星は手袋に包まれた手でそれを優しく制した。ハズラもまた、自身の目が導いた勝利の立役者たちへ、静かで穏やかな敬意の視線を向けていた。窓から差し込む王都の光が、新たな時代を築く者たちの束の間の平穏を暖かく照らし出している。

 統星は彼らの回復が順調であることを確かめると、長居は無用とばかりに短く言葉を交わし、再び静かに病室を後にした。


 薬品の微かな匂いが漂う、清潔で静寂に包まれた療養所の廊下。見舞いを終えて病室を出た統星とハズラが、窓から差し込む柔らかな陽光を浴びながら歩みを進めていると、前方からひときわ華やかな色彩がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 艶やかなピンクブロンドの髪を弾ませ、軍服をスカートやリボンで愛らしくアレンジした小柄な少女。先日の白銀の砦での激戦を経て、グラン・ヴァルディア軍に降った新たな将、カネル・ルーチェであった。その小さな両腕には、抱えきれないほどの色鮮やかな花束が大切そうに抱えられている。彼女もまた、過酷な攻城戦を共に生き抜き、傷ついてこの療養所に運び込まれた自らの部下たちを見舞うためにここを訪れていたのだ。


 カネルは統星とハズラの姿を認めると、花束の陰からルミナスピンクの瞳をパッと輝かせた。死と隣り合わせの凄惨な戦場で見せたあの時と全く変わらない、一点の曇りもない天真爛漫な笑顔を浮かべ、小走りで二人のもとへ駆け寄ってくる。


「あ、統星さん! それにハズラちゃんも! 奇遇だねえ」


 弾むような明るい声が、重苦しくなりがちな療養所の空気をパッと華やかに払拭した。彼女は抱えた花束を少し持ち直すと、まるで古い友人に話しかけるような無邪気さで、唐突な提案を口にした。


「ねえねえ、二人ともこの後ヒマ? 私、お見舞いが終わったら王都の街に遊びに行こうと思ってるんだけど、よかったら一緒に行かない?」


 ついこの間まで血みどろの殺し合いをしていた敵国の王子に対するものとは到底思えない、屈託のない誘いである。しかし、統星はその無防備な親愛の情を不快に思うことはなく、口元に微かな笑みを浮かべた。


「せっかくの誘いだが、あいにく私はこの後も城で政務が山積していてな。街歩きに付き合ってやることはできそうにない」


 統星が穏やかな声で辞退を告げると、カネルは「そっかぁ、残念だなあ」と心底惜しそうに丸い肩を落とした。だが、統星の言葉はそこで終わらなかった。彼は傍らに静かに控えていた黒髪の側近へと視線を向けた。


「ハズラ。お前がカネルに付き合い、この王都を案内してやれ」


 突然の主君の命令に、ハズラの感情の起伏の乏しい顔に一瞬の戸惑いがよぎった。ハズラの役割は、戦局を俯瞰し、複雑な事象から論理的な最適解を導き出す観測者である。平和な王都の街歩きの案内役など、およそ自分の任務とはかけ離れているように思えた。

 どうして自分が、と問いかけそうになったハズラだったが、統星の深淵を覗かせるような黄金色の瞳を見て、ハズラの明晰な頭脳にひとつの直感が閃いた。


 記憶の底に蘇るのは、かつてエルフの国であるユグドラフへと向かう道中のことだ。あの時、統星はハズラをジェベに同行させ、血を流さずに他国を盤上の駒として操る政治の恐ろしさと、局所的な戦術に留まらない広い視野を学ばせた。統星の采配には、常に先を見据えた意図がある。今のハズラに足りないもの、論理や計算だけでは決して導き出せない何かを、この常識外れに無邪気な少女から学べと言っているのだ。

 主君の奥深い意図を察したハズラは、微かな戸惑いを心の奥底へと沈め、真っ直ぐに姿勢を正した。


「承知いたしました、統星様。ご案内します」


 静かで確かな受諾の言葉を口にし、ハズラは静かに頷いた。


 ◇


 王都セプテントリオンの商業区は、抜けるような青空の下、圧倒的な活気に満ち溢れていた。磨かれた石畳の通りには所狭しと露店が立ち並び、香辛料の刺激的な匂いや、焼きたてのパンの甘い香りが空気を満たしている。行き交う人々の顔には豊かな生活に裏打ちされた明るい笑みが浮かび、商人たちの威勢の良い掛け声が四方八方から飛び交っていた。

 病院を出てこの喧騒の中に足を踏み入れたカネルのルミナスピンクの瞳は、見るものすべてに対する驚きと感動で、きらきらと眩いばかりに輝いていた。


「わぁ……すごい! 暖かくて、こんなにたくさんのお店があるんだね!」


 カネルは弾むような足取りで通りを進み、あちこちの店先を覗き込んでは歓声を上げた。彼女が生まれ育った氷雪公国コルデアは、一年の大半が雪と分厚い氷に閉ざされた極めて過酷な地である。肌を裂くような猛吹雪と、常に背中合わせの飢えが支配するその国では、これほどまでに物資が溢れ、人々が心から笑い合って行き交う光景など存在しなかった。今の彼女にとって、温暖で豊かなセプテントリオンの街並みは、まるで御伽噺の中に迷い込んだかのような異世界そのものであった。


「ハズラちゃん、見て! あのお肉、すっごくいい匂いがする! こっちのキラキラした石も綺麗だね!」


 艶やかなピンクブロンドの髪を弾ませ、愛らしくアレンジされた軍服の裾を翻しながら、カネルは次々と珍しい食べ物や美しい装飾品に目を奪われていく。鉄紺の軍服を着こなすハズラは、彼女の少し後ろを歩きながら、その無邪気な様子を光のない黒い瞳で静かに観察していた。

 見慣れぬ異国の光景にはしゃぐカネルであったが、彼女が品物を手にするたびにこぼす言葉は、決して己の欲求を満たすためのものではなかった。


「あ、この甘そうなお菓子……これなら、みんなと一緒に食べられるかな。あっちの果物も、みんなで分けたら絶対に美味しいよね!」


 ショーケースに並ぶ煌びやかな菓子を見つめる彼女の脳裏にあるのは、自身の欲求ではなく、兵舎で待つ自らの部下であるコルデアの兵士たちの顔だった。どんなに珍しいものや美しいものを前にしても、彼女の意識は常に自らの部隊の仲間たちへと向かっているのだった。


「私、決めたよ。今日はいっぱいお買い物するの」


 カネルは振り返り、ハズラに向けてひまわりのような満面の笑みを向けた。


「私たちを受け入れてくれたこの新しい環境の美味しい味を、部隊のみんなにも食べさせてあげたいんだ。数千人いるから、いーっぱい探さないとね!」


 彼女の今日の真の目的は、自身の物見遊山などではなく、王都の片隅にある兵舎で待つ数千人規模の部隊全員に新しい国の味を振る舞うための、お土産選びであった。天真爛漫な笑顔の奥底に揺るぎない仲間への愛情を宿し、カネルはさらなる賑わいを見せる大通りへと元気よく歩みを進めていった。

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