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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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怠惰なる天才との遭遇 02

 ユグドラフの中枢、天を衝くような巨大な古代樹の内部に造られた荘厳な広間では、数千年の歴史と重厚な静寂を感じさせる式典が厳かに執り行われていた。

 見上げるほど高い天井には、複雑に絡み合った無数の太い枝が巨大なアーチを描き、その葉の隙間から差し込む淡い陽光が、空間に満ちる清謐な魔力と混じり合って大気そのものを柔らかく発光させている。足元に敷き詰められた滑らかな木目の床は塵一つなく磨き上げられており、居並ぶエルフたちの静かな衣擦れの音すらも、古代樹の深い奥底へと吸い込んでしまうようだった。


 他種族との関わりを断ち、悠久の時にわたって永世中立を貫いてきた選民国家。その中枢の最も神聖な場に足を踏み入れることが許された異種族の使節団として、グラン・ヴァルディア王国の若き王子、統星の姿はあまりにも堂々としていた。

 月明かりのようなプラチナブロンドの髪を気高く揺らし、一切の物怖じを見せることなくエルフの重鎮たちと対峙する王子の姿には、やがて世界を統べる王者の風格が確かに備わっている。その主君の斜め後ろで、ハズラは背筋を真っ直ぐに伸ばし、息を潜めて控えていた。


 かつて泥にまみれた奴隷であった自分を拾い上げ、一人の人間としての誇りと生きる意味を与えてくれた統星の背中を守るためならば、ハズラはいかなる労苦も惜しむつもりはなかった。しかし、現在のハズラの胸の奥には、王都を出立する前に内政官の紫苑から直々に託された密命が、重い石のように横たわっている。

 世界最年少の『魔導六杖』、ルルティアの存在確認。

 特定の国家や陣営に縛られることなく、純粋な魔術の技量がこの世界における最高峰に達していると目される、わずか六人の人物にのみ与えられる畏怖の呼称。その一人が、この閉ざされた森のどこかにいるというのだ。


 外界との接触を極端に嫌うこの国において、何の手がかりもないまま一人の人物を探し出すのは至難の業である。見知らぬ異国の地で無闇に動き回れば不審を買い、統星が心血を注いで築き上げようとしている外交の盤面を根底から崩しかねない。ハズラは観測者としての己の思考を静かに研ぎ澄まし、一つの論理的な推測を組み立てていた。

 これほどまでに高位で規格外の魔術師がこの国に存在するのであれば、当然、国の重鎮としてこの歴史的な式典の場に列席しているはずである。

 ハズラは前髪の隙間から覗く光のない黒い瞳を静かに動かし、儀式の進行を見守るふりをしながら、周囲の警戒と観察を開始した。

 視線の先には、厳格な意匠が施された伝統的な魔導衣を身に纏い、彫像のように美しく整列する多数のエルフたちがいる。ハズラが静かに狙いを定めたのは、その大勢のエルフたちの中でもとりわけ若く、そして周囲の者たちから一目置かれているような威厳と気配を持つ、優秀な魔術師たちであった。

 彼らを一人一人、その視界の中心に据えながら、ハズラは密かに己の異能を起動する準備を整え始めた。


 魔眼による透視と遠隔追跡の能力を十全に発揮するためには、前提条件として、対象が放つ精神の揺らぎや感情エネルギーといった特有の波長をあらかじめ自身の脳裏に記憶し、マーキングする工程が不可欠となる。ハズラは式典の重苦しい静寂に紛れ、対象の姿を直接視認するという確実な方法をとることで、彼らの波長を一つ残らず拾い上げていった。

 いずれ彼らが分厚い城壁や巨大な樹木の向こう側に隠れたとしても、その動向を決して逃さず透視するための、静かで決定的な仕込み。誰に悟られることもなく、ハズラは己の役割を完璧に全うすべく、ただひたすらに魂の火を収集し続けた。


 やがて、長い時間をかけた厳かな式典が終了し、広間に集っていたエルフたちが足音すら立てずに散っていく。統星をはじめとする両国の重鎮たちは、より深い議論を交わすべく、非公開の政治的な会談の場へと連れ立って移行していった。

 統星に随伴していたハズラたちには、その重要かつ極秘の会談が終わるまでの間、短い自由時間が与えられた。ハズラは案内された静かな控室の片隅に深く腰を下ろし、ゆっくりと息を吐き出して精神を極限まで集中させた。


 いよいよ、仕込んでおいた網を引き上げる時だ。

 ハズラは目を閉じ、再び魔眼の力を意識の深淵から引き上げた。先ほど記憶したばかりの無数のエルフたちの波長を脳内で一つ一つ正確に呼び起こし、彼らの現在の動向を透視する確認作業へと入る。

 瞼の裏に広がるのはモノクロームの世界である。一切の障害物が存在しないかのように見通せるその広大な視界の奥底で、記憶した魂の火が夜の闇に浮かぶ灯火のように点在しているのがはっきりと視認できた。

 ハズラはその燃えるような赤やオレンジ色の光を頼りに、彼らが今どこで何をしているのかを詳細に分析していく。魂の火はランタンのように内側から彼ら自身の肉体を照らし出し、透明化した輪郭や微かな表情、細かな動作のすべてをハズラの脳裏へと直接伝達してきた。


 しかし、視界に次々と映し出される光景を前に、ハズラの心に微かな焦りの感情が生まれ始めていた。

 一人の若きエルフは、自室らしき場所で膨大な書類の山と格闘しながら羽ペンを走らせていた。別の者は、広間に残って式典で使われた祭具を丁寧に片付けている。また別の者は、静寂に包まれた図書室で古びた書物のページをめくっていた。

 そこから読み取れるのは、いずれもただの事務方や文官としての一般的な業務を淡々とこなしている姿ばかりであった。魂の火から伝わってくる精神の揺らぎも、仕事に対する生真面目な疲労や、平穏な日常の緩やかな感情に過ぎない。

 魔導六杖という伝説的な称号に相応しい、特別な力を窺わせるような行動をとる者は誰一人としておらず、皆一様に、ごくありふれた平凡な動きを繰り返しているだけだったのである。


 ハズラは静かに魔眼の力を解き、ゆっくりと目を開けた。視界に本来の鮮やかな色彩が戻ってくるのと同時に、深い徒労感が胸の奥に広がる。

 有力な候補だと目星をつけていた若きエルフたちは、皆ごく普通の役人に過ぎなかった。あの荘厳な式典の場に、探している天才魔術師の姿はなかったのだ。ハズラの論理的な推測は、見事なまでに完全な空振りに終わってしまった。

 果たしてルルティアは、この国の中枢にはいないのだろうか。あるいは、結界の維持など全く別の極秘任務を与えられ、人前に姿を現すこと自体が許されていないのか。数千年にわたり外界との接触を絶ってきたこの閉鎖的な森において、何の情報も持たないまま闇雲に探し回っても、これ以上の有益な成果が得られるとは到底思えなかった。


 手元から次の行動に繋がる有力な手がかりが完全に失われてしまった事実を受け止め、ハズラは音を立てずに立ち上がった。

 このまま控室に留まり、行き詰まった思考を堂々巡りさせていても事態は決して好転しない。張り詰めていた神経を一度休ませるための息抜きと、華やかで厳格な中枢部とは異なる、全く別の視点からの情報収集を兼ねて、広大な樹上都市の散策に出ることに決めた。


 ハズラは控室を後にし、清謐な魔力が満ちる上層の広間から遠ざかるように歩みを進めた。彼が向かったのは、陽光に溢れた荘厳な中枢エリアから大きく下へと降りていく、樹上都市の下層エリアであった。

 古代樹の途方もなく太い枝が、巨大な網の目のように複雑に絡み合って形成されたその領域は、エルフたちの一般居住区となっている。幾重にも重なる上層の分厚い葉の天蓋に完全に遮られ、そこには温かな木漏れ日すらもほとんど届かない。


 下層へと降りる緩やかな階段を進むにつれて、周囲の空気はより重く、そして一段と冷たく変化していった。昼間であっても常に夕暮れのような薄暗さが支配しており、肌にまとわりつくようなしっとりとした重い湿気が澱むように溜まっている。

 足元には、数え切れないほどの年月をかけて踏み固められた苔が、深い緑色の絨毯となって果てしなく広がっていた。かすかに鼻を突く青臭い土の匂いと、家々の小さな窓から漏れてくる微かな調理の匂いが混じり合い、ここが地に足の着いた生活の場であることを静かに主張している。


 しかし、人間や魔族の街にあるような騒々しい喧騒は一切存在しなかった。行き交う一般のエルフたちの足取りは音もなく滑らかで、生活の息遣いは確かにあるものの、やはりこの国特有の静寂と厳しい規律が底流に深く根付いているのがわかる。

 複雑に枝分かれし、まるで終わりのない迷路のように奥へ奥へと続く枝道。ハズラは異種族の外交使節という自らの身分を示す上質な軍服の気配を極力薄めながら、その薄暗い静寂の中へと一人、ゆっくりと歩みを進めていった。

 上層の光り輝く舞台からは決して見えない、この国のもう一つの素顔。もしかすると、こうした暗がりにこそ、表向きの歴史や式典には決して現れない真実の欠片が隠されているのかもしれない。そうした微かな予感を抱きながら、ハズラは苔むした歩道を慎重に踏みしめていくのだった。

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