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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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霧の谷の要塞攻略戦 01

 重厚な石造りの天井に、低い声が反響していた。

 グラン・ヴァルディア王城、「謁見の間」。

 世界を統べる魔王の居城にふさわしい威容を誇るこの大広間には、今日も軍の上層部や文官たちが整列し、張り詰めた空気の中で次々と案件を読み上げていた。

 だが、その内容は今のところ、兵站の輸送状況や、小規模な魔獣駆除の報告といった事務的なものばかりである。

 窓から差し込む午後の陽光が、宙を舞う埃を照らし出している。停滞した空気。列席者たちの間には、退屈な時間が澱のように溜まり始めていた。

 そんな倦怠感を破るように、進行役の文官が羊皮紙の束をめくりながら声を張り上げた。


「――続きまして、西方国境守備隊よりの報告です」


 その言葉に、幾人かの将軍がわずかに眉を動かした。西の国境。そこは最近、きな臭い噂が絶えない場所だ。


「国境付近の『霧の谷』にて、森の民によるゲリラ活動が活発化しており、交易路に支障が出ております。現地守備隊からは、正規軍による増援の要請が届いておりますが――」

「父上」


 文官の言葉を遮るように、若く、凛とした声が響き渡った。

 静まり返っていた広間の空気が、一瞬にして震える。まるで冷水を浴びせられたかのように、列席者たちの視線が一斉に一点へと集中した。

 列の最前列にいた統星が、大理石の床を軍靴で踏み鳴らし、一歩前へと進み出たのだ。

 その姿は、まさに「星々を統べる」の名にふさわしい輝きを放っていた。

 シャンデリアの光を浴びて煌めくプラチナブロンドの髪。王族の証である天を衝く一対の角は、天然の王冠のようにその頭上で孤高の威厳を主張している。

 統星・ヴァルディア。この国の王子である。

 均整の取れた肢体を包む軍服は、彼が単なる飾り物の王子ではなく、戦場を知る指揮官であることを雄弁に物語っていた。


 そして、その背後には、巨大な影が一つ。

 天狼てんろ・シリウス。

 統星の幼馴染にして、その身一つが凶器とも呼べる偉丈夫である。

 謁見の場ゆえにトレードマークの大剣こそ帯びてはいないが、丸太のように太い腕と、衣服の上からでも分かる岩のような筋肉の隆起は隠しようがない。

 逆立った灰色の髪と、獲物を狙う猛獣のような金色の瞳。ただ黙って統星の背後に控えているだけで、周囲の文官たちが本能的な恐怖に息を呑み、思わず後ずさるほどの強烈な威圧感を撒き散らしていた。


 統星は周囲の視線を意に介さず、手にした一通の書類を掲げた。

 それは、彼の腹心たる宮廷占い師――紫苑によって綿密に作成された報告書だった。


「その『霧の谷』の件、この私、統星にお任せいただきたい」


 統星の申し出に、広間がどよめいた。さざ波のように囁きが広がる。


「殿下が自ら? まさか」

「あそこは視界の効かぬ天然の要害……正規軍が攻め入れば泥沼化は必至だぞ」

「次期国王たる方が、あのような辺境の小競り合いに出向くなど……」


 彼らの反応は無理もない。

 『霧の谷』はその名の通り、年間を通して濃霧に閉ざされた難所だ。視界は数歩先すら定かではなく、地形を熟知した森の民による狙撃や奇襲に遭えば、大軍といえども一方的に消耗させられる。

 戦略的な価値よりもリスクの方が大きい、手を出すべきではない貧乏くじ。それが重臣たちの共通認識だった。

 だが、統星の黄金色の瞳に迷いはない。

 彼はただ不敵な笑みを浮かべ、玉座を見据えたまま、周囲の雑音を悠然と受け流していた。


 玉座の主が、重厚な口を開いた。


「――統星よ」


 腹の底に響くような低い声。

 それだけで、広間を支配していたざわめきが、潮が引くように消え失せる。

 現国王である父王は、頬杖をついたまま、眼下の息子を見下ろしていた。その眼差しには、父親としての慈愛と、それ以上に冷静な統治者としての厳格な光が宿っている。


「其方の武勇と才覚、疑う余地はない。だが、『霧の谷』は視界が悪く、攻めるに難い天然の要害だ。……其方が直々に出向くほどの価値が、あのような辺境にあるとは思えんが?」


 王の言葉に、周囲の古参将軍たちが無言で頷く。

 彼らにとって戦争とは、明確な利益と損失の計算の上に成り立つものだ。泥沼化のリスクを冒してまで、小規模なゲリラを相手にするメリットが見合わないと判断しているのだ。

 この場にいる誰もが、次期王たる統星が自ら剣を取る必要性など感じていなかった。

 だが、統星は父王の懐疑的な視線を真っ向から受け止め、恭しく一礼してみせた。その端正な顔には、一点の曇りもない「建前」が張り付いている。


「辺境の憂いを断つのもまた、王族たる私の責務。……違いますか、父上」


 統星が口にしたのは、誰も反論できない王族としての正論だった。

 父王は、息子の瞳の奥にある野心を見透かそうとするように、しばし沈黙した。やがて、短く息を吐き出す。


「よかろう」


 父王の言葉は、統星の熱意を受け入れると同時に、冷や水を浴びせるような厳格さを帯びていた。

 王は玉座の肘掛けに深く体重を預け、諭すように言葉を紡ぐ。


「その意気やよし。……だが、統星よ。ゆめゆめ『蛮勇』を振るうことなかれ」


 王は卓上に広げられた地図の『霧の谷』の一点を指差した。


「我が軍の至上命題は兵の保全である。魔族の血は重い。兵を無為に損耗させる愚だけは犯すな」


 その言葉には、長きにわたり国を維持してきた賢王としての重みがあった。

 魔族は人族に比べて個々の戦闘能力こそ高いが、絶対数が少ない。ゆえに、王としては一兵たりとも無駄死にさせるわけにはいかないのだ。

 父王は、霧の中で視界を奪われ、どこから飛んでくるとも知れぬ凶弾に兵を晒すような戦い方を、明確に否定した。


「泥沼化必至の森へ踏み込み、兵の命を危険に晒してまで、たかが砦一つを制圧する価値などない」


 王は淡々と、そして最も合理的な解決策を口にする。


「入り口を厳重に封鎖し、森ごと焼き払えば済む話だ」


 広間の将軍たちが、その言葉に深く頷く。

 見えない敵を相手にするより、外から火を放ち、炙り出すか焼き尽くす。それならば、こちらの兵が傷つくことは万に一つもあり得ない。最も堅実で、確実な一手だ。


「……よいな、統星。確実な手段を選べ」


 念を押すような王の言葉に、統星は深く頭を垂れた。


「――御意」


 その所作は洗練されており、父王への敬意と服従を示す完璧な臣下の姿そのものだった。


「賢王陛下の深慮、この統星、感服いたしました。必ずや『無策な戦い』はせず、ご命令通り『損害を出さずに』解決してまいります」


 統星の従順な言葉に、父王は満足げに頷き、周囲の将軍たちも安堵の息を漏らした。

 彼らは皆、思ったはずだ。血気盛んな王子も、賢王の諭しには従い、大人しく森を焼き払う堅実な策を選んだのだ、と。

 

 だが、統星が顔を上げ、踵を返した瞬間――その口元には、誰にも見えぬ角度で冷ややかな笑みが刻まれていた。


(……父上。貴方の仰ることは正しい。だがそれは、盤上の駒が『すべて見えていない』場合の正解に過ぎない)


 統星はマントを翻し、大理石の回廊を歩き出す。

 父王に見えているのは霧という不確定要素だけだ。だからこそ、リスクを回避する消極策しか選べない。

 だが、自分には見えている。霧を透かし、敵の配置を丸裸にする切り札が。

 前提条件が違うのだ。見えている情報が違う以上、導き出される正解もまた、父のそれとは決定的に異なる。


 父王の命令は「危ないから中に入るな。安全に外から燃やせ」という、リスク回避の徹底だ。

 だが、統星はその言葉を脳内で鮮やかに書き換えていた。

 『無策で』挑むなと言われただけだ。

 ならば、策を持って完封すればいいだけの話。

 父王が求めたのは兵の保全。ならば、結果として兵が死ななければ、その手段が焼き討ちである必要はない。


(損害ゼロが絶対条件か。……いいだろう。ならば、兵を一人も死なせずに砦ごと奪い取ってやる)


 燃えカスを持ち帰って褒められるのは子供の使いだ。

 王座を継ぐ者ならば、王の想像を超える成果を持って答えねばならない。

 玉座の間を出て、人気のない回廊へと差し掛かった時。

 背後を無言でついてきていた巨躯が、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「……ケッ。シケた話だぜ。結局、離れたところから火遊びして終わりかよ?」


 天狼が、不満げにボヤく。

 彼は背中の見えない大剣の重みを確認するように肩を回し、恨めしそうに主人の背中を睨んだ。


「俺の剣は薪割り用じゃねえんだぞ、統星」

「安心しろ、天狼」


 統星は足を止めず、背後の幼馴染に向かってニヤリと笑いかけた。

 その瞳には、獲物を前にした猛獣のような、凶暴な野心が宿っていた。

 父の前で見せていた従順な王子の仮面は、もうそこにはない。


「私の『剣』を錆びさせるつもりはない。……派手にやるぞ。ついて来い」

「! ……へっ、そうこなくちゃな」


 天狼の顔に、獰猛な喜色が戻る。

 彼もまた、主人が型通りのつまらない作戦で終わらせるはずがないと、どこかで信じていたのだ。

 主従は視線を交わし、足早に戦場へと向かう。

 父王が求めた妥当な成果ではなく、誰もが不可能と思う最高の戦果を叩き出すために。

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