384:そして結局
「嘘です」
ルーイーは笑顔で応える。返答までに一秒もなかった。いまや視認しているミードをキラキラした瞳で見据える。
「ミード様は、そんな、悪い人じゃないです」
「お前には、わかんねえかも……」
「わかり、ます。ミード様は、スールーズの恩人。すべてを賭けて、信じています」
……重ッ! スールーズは真面目で純朴ぽいだけに、その思いもムッチャ重い。
目を逸らすとミルリルさんも“どうしたもんかのう”という顔で首を捻っており、俺たちふたりがエルケル侯爵に視線を送ると彼女も苦笑して首を振った。“わたしにいわれても困る”ってとこかね。そらそうだ。
「我らは、ミード様の……我らが主人の帰還を、一日千秋の思いで、待っていたのです!」
「え? ルーイー、待ってたって……ずっとか?」
「はい」
あっさり。
「俺ぁ死んだ後の時間の流れは知んねえけど、十年以上は経ってねえか?」
「はい」
至極当然というように。
なんていうかな。こいつら、すごく拗らせてるよな。
「俺たちは……いや少なくとも俺とミルリルは関係ないと思うんだけど、帰っていいかな」
「「「おい!」」」
ミードと吶喊とエルケル侯爵の三者から同時にツッコミが入る。
「心配すんなミード、ネコババなんかしねえって。ドル札の両替はしてやるよ。買いたい物があったら注文もお届けもするぜ」
「そういう話じゃねえんだよ兄さん、わかんだろ」
「わからん」
「ヨシュア。わらわが口を挟める話ではないがの。ミードにとってのスールーズは、おぬしにとってのケースマイアンなのじゃ」
「だからだよ。俺にはわからん。なんで逃げた。生かすなら生かす殺すなら殺すで最後までやんなかった……って御免わかった俺が悪かったからそんな生温い目で見ないでミルリルさん」
「その言葉は全部自分に刺さっておるのう」
まったくだ。考えなしで中途半端に手を出して、ぬか喜びさせた挙句に丸投げして、結果的にケースマイアンは上手く回ってるし、ここで俺が死んでもどうにかなるだろうけど……それはたまたまだ。
「おじちゃーん、ミルねえちゃーんお肉焼けたよー♪」
ドヨーンとした空気をノーラちゃんが救ってくれた。開いていたドアをノックして、満面の笑みで俺たちを見る。
「まあ、メシでも食おうか。なんか良い考えでも浮かぶかもしれないし」
自分でも信じてないことをいって皆を階下に誘う。
「エルケル侯爵もどうぞ。昨夜、運良く新鮮な地龍の肉が手に入りましてね」
庭で解体中の姿を見ていたから驚きこそしないものの、ハーフエルフの貴族領主は苦笑して首を振る。
「あ、ああ……貴殿らにとっては、幸運かもしれんがな。ふつう、地龍が出ると領地持ちの貴族はゴッソリ寿命が縮まるのだ」
「そうですか」
「当然ながら資産も、手持ちの兵もだ。場合によっては爵位や自らの命も失う」
「勉強になります」
ラファンの料理上手なお母さんたちに手伝ってもらって、地龍肉は素晴らしい料理に変わっていた。
「これは素晴らしい。本当に、ありがとうございました」
「いやいや、簡単なもんだけどね」
「それじゃターキフさん、あたしらはウチで家族が待ってるからこれで失礼するよ」
皆さん香草やら根菜も持ち寄ってくださったようなので、手間賃の銀貨とお土産の地龍肉の他に、収納の在庫を見つくろって酒やら保存食やら菓子を付ける。持てるかな、と思ったら手で引っ張るように子供用の橇を持ってきてるそうな。雪国の生活の知恵か。
「ありがとうねターキフさん、またなんかあったら呼んでおくれ」
「はい、お疲れ様でした」
「ミルねーちゃん、またね〜♪」
「おおノーラ、助かったのじゃ」
さて。一階の食堂で俺たちと吶喊とスールーズと侯爵、全員がテーブルについて朝食となる。ミードはついてきているが、換気してもまだ悪霊除けの御香が残っているらしく少し落ち着かない。
家主のティグやマケインたちが素早く丁寧に給仕を行う。マッキン領主の護衛に決まってからついでに教え込まれたんだそうな。護衛なのに何でまた、と思わんでもないがその姿は妙に板に付いてる。
「お代わりは好きに取ってくださいね。侯爵もどうぞ」
「いただこう」
「「「我らが神とハイベルンの慈悲に感謝を」」」
「うぉい」
スールーズの食前の祈りを聞いたミードがギョッとしてツッコミを入れる。
「俺ぁ神さんと並べられるような人間じゃねえよ……」
「わかる」
いつの間にやら魔王になってしまった俺は、そこだけなんとなく共感が持てたりする。
「まあ、いただきましょうかね」
地龍肉はむっちりしてジューシー。滋味溢れる絶品だった。魔力なのかわからんけど、身体に力が湧いてくる感じがある。脂の乗った塊肉のスパイシーなローストと、あっさりした部位がスライスされて根菜と混ぜられたポテトサラダ的なサイドメニューに、骨付き肉を根菜と煮込んだポトフ的なスープ。
横にはチャパティみたいな平焼きパン。添えてある炒めた肉と細切り野菜を挟んで巻くようだ。サワークリーム風なものとグレービーソース風なものがあるから、これをお好みで付けるのかな。北京ダックみたいだ。
取り分けられたものを食べてみるが、どれも唸り声が出るほど美味い。みんな黙々と詰め込んでく。特にエルケル侯爵……ってアンタ上級貴族様なんちゃうんか。
「う、まッ! なんだこれは⁉︎」
「なにって、地龍ですよ。表で解体してたの見てたでしょう?」
「うむ。期待はしていたが、まさかこれほどとはな。以前、貴殿らには陸走竜と有翼竜をご馳走になったが、あれの比ではない美味さだ」
スールーズの面々は“何その龍種フルコース”と目を白黒させているが、ティグたち吶喊の連中はウンウンと能天気に頷く。
「確かにワイバーンも美味かったけど、こいつもムッチャクチャ美味いな」
「あたしも地龍なんて初めて食ったけど、ターキフと一緒にいるとスゲーもんばっか食えるな。この前の、シーサーペントもな」
「おお、マッキン元領主から聞いたぞ。ラファンを挙げて朝までの大宴会だったとか」
大宴会だったのは事実だけど、朝まで飲んでたのは一部の脳筋ズだけです。
「兄さん、なにもんだ、あんた」
「ただの商人だ。俺もこっちに来て以来、色々あったんだよ」
俺は手早く食事を終えると、テーブルの隅に置かれた“血盟誓約の剣”に魔力を注ぐ。ミードはそこに込められた魔力で霊体を維持しているのだそうな。十何年もよく保ったなと思ったら無理で、地下倉庫にあった魔石から蓄えられた魔力を吸収して生き永らえてきたそうだ。
「地下に石なんてあったっけ?」
「倉庫の壁に埋め込まれた魔石ランプの石じゃの。昨夜エイノが触れたときには尽きておったから、危ないところだったようじゃ」
「剣の魔力が尽きたら、ミードはどうなる」
俺がいうと、ミルリルは剣に刻まれた紋様を順に指で辿る。
「“状態維持”から先の紋様はないのう。横に文言はあるが、見覚えのない文字じゃ。これは、スールーズの者にしか読めんのではないか?」
ルーイーは俺たちの視線を受けて、ついっと目を逸らす。その間も口はモグモグしてるけどな。他のみんなも耳はこちらの会話を聞いてるようだけど、話半分で食事を続けている。あまりの美味さにそれどころじゃないのね。それは結構だけどさ。
「兄さん、頼みがあるんだけどな」
そうなるよな。ミルリルを見ると、彼女は柔らかく笑って頷く。
「いいよ。乗り掛かった船だ。なんとなく先輩の行状にも興味あるしな」
俺は、魔力を込め終わった“血盟誓約の剣”を木箱に戻して蓋を閉める。
「行こうか、スールーズの村に」




