383:告解の行方
ミードの言葉に部屋のなかがしんと静まり返る。
「……なに?」
「贄だ。俺は、元いた世界に帰りたかった。どんなことをしてでも。それ以外のことは、どうでもよかった。だから、こっちの人間が欲しがったら、何でもくれてやったさ。見返りなんて求めなかった。この世界に欲しいものなんて、何にもなかったからな」
「ミード、様」
「様なんて呼ぶな! 俺は聖人君子なんかじゃねえ。善人でも何でもねえ! ただの……身勝手で残酷なクズだったんだよ!」
一気にそこまで叫ぶと、ミードはペタッと木箱に座り込んだ。とっくに死んでいるはずだが、憔悴しきった顔で項垂れる中年男は、ひどく小さく見えた。
「……それは、わかったがのう、ミード。それで、おぬしは……どこぞで贄を手に入れたのかの?」
「そう簡単に行くかよ。魔力量を考えれば、健康状態の良い一般市民が百人は必要だ。術式の制御が可能な腕の良い魔導師と、専用の魔法陣もな。それに、目的地の座標もだ。行きたい先に“接点”を持っている俺なら、最後のそれはどうにかなったかもしれんが、他は全然ダメだった」
……そっか。実際に生贄を使い潰したわけではないのか。
ホッとしたのは俺だけなのか、スールーズやエルケル侯爵は固まったまま反応しない。吶喊の五人はイマイチよくわからんという顔で首を捻る。王国だけでなく皇国や共和国でも似たような行為は試みられていたはずだが、一般市民にまで伝わってはいないのかもしれない。
ミルリルがチラッと俺を見て、ミードに目を向ける。
「いまさらじゃがの、獣人や亜人なら、魔力は人間の何倍も高い。魔物の魔珠を利用する方法もあったのではないかの?」
「魔珠か。集めたさ。魔女によれば、魔獣の魔力では力の流れが揃わないんだそうだ。本当かどうかは知らんがな」
「魔女……って、王国にもいたのか」
「出身は共和国だって聞いたがな。エッケンクラートって小生意気な女の魔導師だ。がめつい小娘だが腕は立つ。そいつの試算でも俺の跳べる先は、せいぜいがこの世界の端っこまでだそうだ」
なんかまた聞き流せなさそうな名前が出たけど、スルー。それでミードは心が折れて、帰還の夢を諦めたようだ。出自を偽り家名を変え、家族を作って共和国に骨を埋める決意をした。そう語るミードを俺は黙って見る。さっきの質問の答えを、聞いてない。生きた人間よりよほど人間らしい幽霊は、俺の視線に気付いて肩を竦めた。
「……俺が王国で暮らしてた頃、亜人とは接点がなかった。それに、獣人は……ダメだ」
その言葉には、ティグより先にルイが反応した。わずかに目が細められ、探るような光が宿る。
「元いた世界から、いきなり訳もわからんまま召喚されて、命からがら逃げ出してな。あちこち必死で逃げ回ってたときに、手ェ貸してくれたのも、匿ってくれたのも、食いもん分けてくれたのも獣人だ。みんな虐げられて貧乏で、薄汚れて腹減らしてたのにな。そんなヤツらを贄にするくらいなら……死んだほうがマシだろよ」
ルイの視線がフニャリと柔らかいものになる。背を向けたままのミードは気付いていなかったようだが。
「その後、共和国に流れて……おかしな話だけどな。帰ることを諦めた途端、商売が上向き始めてな。最初の商館も手に入れた。そんなときに、出会ったのが、スールーズの連中だったんだよ」
俯いてたスールーズの面々が顔を上げる。
「商館の前で行き倒れてた若いのから、“助けてくれ”って、いわれてな。共和国と皇国の間にある辺境の村で、疫病が発生したんだとか」
「……ふむ。それで、おぬしが助けに行ったんじゃな?」
ミードは首を振る。俺たちを見て、暗い目で笑った。
「獣人みたいな暮らしと見た目で、獣人みたいに虐げられて、誰からも見放されたこいつらは、でも獣人じゃねえ。人間だ。しかもルーツは、俺をこんな世界に引きずり込んで死ぬような目に遭わせたサリアント王家の血筋で……」
「「「え?」」」
「事実」
キョトンとする俺たちに、ルーイーが簡潔な返答を返す。
「我らの祖は、王位争いに敗れて、北限の地に流された、サリアントの、王子」
うそやん。だって、そんな蛮族の記号をコンプリートしたような原人チックなビジュアルなのに。ふとミルリルさんに目をやると、少し考えて納得したかのように頷いた。
「なるほどのう。正確には、“スゥル・ウードゥス”なのじゃな?」
「なにそれ」
「“運ばれた種子”という意味の古語じゃ。飛ばされた、ではなく運ばれたとなると高貴なものの扱い。種は男を指すので、“逃げ落ちた嫡男”とも解釈できるのう」
「愚王と呼ばれた、いまの王より、ずっと、ずっと、純血」
「そうなんだよ、兄さん。だから俺はな、これも何かの縁だと、スールーズの集落に行くことを承諾した」
そっか……って、ちょっと待て。“だから”で繋がった文脈が、ひどく物騒な印象を受ける。
「おい、ミード。お前まさか……」
「ああ。復讐のために、スールーズを贄にしようと決めたのさ」




