第三十九話 立ち直る理由
***
列に並ぶ。
途中で目があったセッカから控えめながらも熱烈に手を振られ、私も小さく振り返す。
そのまま列の最後尾に並び、そのときがくるまで、気配を殺して静かに待つ。
奥に行くほど小さくなっていく後頭部と背中――途中で切れるそこにいるのは見慣れた服。最前をチラチラ見るその子は、私とトモダチかどうかは関係なく、つい動きをうかがってしまうほど頭の激しさで目立っている。
本人は、きっと目立たないように気を使っているのだろうが……
――ひとつため息。
「……ん?」
頭の動きが激しい子の向こうに、つい見てしまう存在感がもうひとつ。
椀に寸胴の中身を注ぎながら、私を睨みつけている、セナ。
大勢がいるなかでも、セナは私に特別ご執心らしい。眉間には若いながらも村長並みの皺がある。出会ってから、あの皺が消えたところを、私はほとんど見ていない。あれがそもそものセナの顔だと言われても納得してしまうくらい。
――見て見ぬふり。
セナに向けていた目をゆっくりと自分の一個前の背中に戻していく。すると、横目にぼんやり見えるセナの口に歪みが起こる。
音は空気に拡散されているが、あの動きは、舌打ちか?
見合っていると睨まれ、目線を外すと舌打ちされる。
いったい私にどう振る舞えと……
そんなどうでもいい考えを巡らせていると、列の最前にはセッカがいた。
その場で小さく駆け足をしたり、寸胴のなかをたしかめようと、数度の跳ねを繰り返したりしている。
顔が見えてなくても、その表情はあの背中だけで十分伝わる。声を出していなくても、その上ずり方はあの地面と素足の衝突音で十分伝わる。
セナは真顔で椀に寸胴の中身を入れる。
相手を見て、「はい」と眉間の皺をもって渡す。
大事そうに両手を出して、差し出された椀を受けとるセッカ。その中身を見る前――だれも言わなかったことを、無邪気にはなつ。
「ありがとっ!」
周囲からの注目はない。ただ、どことなく、村人の背中に丸みが増した気がする。
不愛想なセナは、セッカの顔を見て、目を見開く。いつもの調子が取り戻せないまま「おう……」と返す。その頬には寸胴の熱気で赤みがついていた。
それからセッカは列からはなれながら、椀の中身を見て、静かに笑みをこぼす。周囲を見渡し、私たちがきた道を戻るように両手で椀を大事そうに抱え、中身を目で味わいながら歩いていった。
「ッチ……」
セナのあの顔を見るのは、二度目だ。
***
「…………」
あれからは、やはり、だれも礼を言わない。セナもそれを完全に受け入れている
そしてついに、私が先頭に立った。
セナは最前に立った私を上目で睨みつけ、すぐ寸胴に視線を落として、椀に食事を入れていく。
私になにか思うところはあっても、仕事は忠実にこなすのか……と感心していたのも束の間。おたまを動かしたまま、セナは口から小さくこぼす。
「あたしは、あんたのこと、信用してない。【悪鬼】を倒したのも、嘘に決まってる……」
「……好きに思ってもらってかまわん」
「……ッ!」
動きが止まり、椀を持つ手に力みが走る。
「クソ……」
また動かし始め、椀に寸胴の中身を注ぐ。
椀をまっすぐ差し出し、私の胸元へ。
皺だらけの鋭い目元は、切り裂くように私の瞳を見てきている。
いいようには思われていないな。
「ありがとう」
そう思いつつも、椀を両手で包むように受けとり礼を言う。
セナは「フッ……」と鼻で短く息を切り、皺をとり去って目を瞑った。
***
「さて、セッカはどこに行ったのか……」
セッカが向かった方向に進んでいく。
人の気配が少なく、家の残骸があちらこちらに見え始めてきた。
手元の椀。中身は縁ギリギリまで詰められている。
あのような態度でも、平等に扱ってくれてはいるらしい。なんだかんだ、セナは村長の言うとおりの人柄なのかもしれない。
――お。
家の原型がない地帯に差しかかったころ、静寂のなかで小さな椅子に腰かけ、身震いさせながら椀をすすっていたのは、頭巾を被った子ども。
私は静かに近づいていき、狭い椅子――セッカの隣に座る。
「あ、ヨヅキ!」
「待たせたな。うまいか?」
「うん! とってもおいしい!」
鼻で笑い声を出し、足をバタバタ前後に振りながらセッカは言う。
「ヨヅキも、食べてみてよ! すっごくおいしいよ!」
「ああ」
私は匙を手にとり、汁に入れる。
茶色い液体に、なんらかの肉。大豆、米。それと、大きめに切られた色とりどりの野菜。
この料理は、それらをひとつにまぜあわせたもの。
配給制で複数の料理をつくるのは効率が悪いのだろう。味よりも栄養が大事だろうし。すると、この形が最適、というわけか。この野菜の多さは、農業が盛んなこの村ならではなのだろう。
煮た芋がとけたようなドロドロの液体を複数の具材といっしょに匙に含ませ、持ち上げる。
そのまま自分の口へと運び、咀嚼。
「どう? おいしくない!?」
「……うまいな」
セッカはうれしそうに笑って、食事の続きを始める。
てっきり、開口一番、私が村長にきいたことについてきかれると思ったが、予想とは違った。セッカは、いつもどおり笑って、なにげない会話を展開している。
村のみんなが自身をよく思っていないと気づき、すぐ頭巾を被るようなセッカ。ここできかないのも、セッカなりの気遣いなのだろう。
だから私は、トモダチとして、素直に言う。
「セッカは、【叛徒】をどう思った?」
食事の手が止まる。
匙を縁に立てかけて、腿の上に椀を置いた。
口元には笑みがあっても、目元は重そうに、語る。
「……【叛徒】のこときいて、今までわかんなかったことが、わかった。かな。おじいちゃんが、どうして自分を外に出さなかったのか、ムスコがなんで自分を“ゴミ”って呼んできたのか…………。みんなが死んじゃったのは、もしかして、本当に、自分のせいなのかなって、そう思っちゃった……。【叛徒】の自分が近くにいたから……おじいちゃんも、みんなも……」
だんだんと声の光が少なくなっていく。
この村にきたときから……いや、前の村からため込んでいたであろう想い――セッカは壊れた家を眺めながら、吐露した。
だが、その相手は不運にも私だった。
「……さっき村長にきいてきたことだが、セッカの銀髪は、昔、人類を苦しめていた【魔族】の白髪を彷彿とさせるらしい。みんなにとって、その髪は恐怖の象徴となっているようだ」
「…………」
直接的な慰めはない。淡々と事実だけを並べていく、情などとは縁もゆかりもない存在――それが私。
セッカの肩は無言で落ちる。頭巾をさらに深く被ったそこに、私は「だが……」と事実の陳列を続ける。
「――セッカには堂々してもらいたい。だそうだ」
下がっていた顔が上がり、私に丸い目を向ける。
「……どうしてそうなるの?」
「さあ……詳しいことはよくわからない。村長いわく、セッカは決して悪い存在ではない。ならば、気に病む必要がどこにあるのか、と。出会ったばかりで、なにを根拠にそう言いきれるのか、私にはわからなかった。…………セッカは、みんなにどうなってほしいんだ?」
「そりゃ、みんな、元気に笑って生きててほしい!!」
「そうか……」
笑いなく、いつにも増してまっすぐな瞳。
私は、腕を組んで目を瞑る。首を傾けて、思い出そうとする仕草をとって、「そういえば……」と前置き。
「村長はこうも言っていた。――もし、【叛徒】や銀髪の影響で周りに不幸なことが起きるのだとしても、それを乗り越えるくらい、セッカがみんなに幸せを届けてあげればいい。そのための最初の一歩こそ、セッカが堂々とすることだ、とな。……幸せや不幸について、私は素人だ。助言はできない。だが、できるかぎりの手伝いはする。 “トモダチ”だからな」
論理がどこまでとおっているか……やはり、私に慰めは向いてないな。どこにどのような言葉をつなげていけば、心に響く傑作ができあがるのか、見当もつかない。
あげくの果て、自分でもなにを言っているのかわからない文章のできあがり。すべてが半端な慰めは、ひどく滑稽で、みじめだ。
――回答は沈黙。
「えーっと……」と言いながら、意味のない私の言葉を咀嚼。瞬きをして、首をあちらこちらに回して――
セッカは鼻から息を強く吐いて、突然、銀髪を陽のもとにさらした。
そこにあったのは――いつもの笑みだった。
「ヨヅキ、ありがとう!」
身を乗り出して、私の肩に触れるくらいに顔を近づける。
「なぜ、私に感謝する?」
「それは…………えへへ、自分は【叛徒】とか、髪のこととか、まだもしかしたらって思ってる! けどさっきの、ヨヅキぃ……じゃなくて! 村長ぉ? の言ってたこと……というか、えーと…………とにかく! 自分のことを、こんなにも想ってくれるだれかがいて、その心がうれしくって……だから、堂々としよって思えた! ありがとっ! ヨヅキ!」
「それなら……よかった……」
歯切れ悪く言った節々に、歯を見せる無邪気を体現した笑顔。
やはり、セッカはこの顔の方がいい。慰める必要がなくなるからな。
だが、それにしても、セッカの論理もどうなっているんだ。村長への感謝の理由はあれど、私への感謝の理由は述べられていない。
不思議な言い回しをしているが……どうあれ、私の慰めがうまく腑に落ちてくれたならそれでいい。目的は達成だ。
まったく……人の心が読めたら、余計な苦労をせずに済むのだがな…………




