第三十八話 銀髪
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村長家の目の前に設置された、配給場。
横長で低い机に置かれた灰色の寸銅、一つ。セッカが丸ごと一人スッポリ収まりそうなほど大きく、縁からは、すでに乾いているが、黄色い液体の垂れた跡が垣間見える。
その横には、角ばりつつも、凡そ半球だと理解できるくらいの木でできた椀。傍らで山をつくっているのは、食事するのにうってつけの、これまた木でできた匙。
円柱の鉄箱におたまを持って立つは、村にきたばかりの二人でも見覚えのある、一つ結びの若い女――セナ。
机を介した対面には、長蛇の列。
温かみを感じる、主張の少ないまろやかな香りがセナの周囲を支配し、拡散。
セッカは、鼻をスンスンならしては、口のなかに溢れた唾液を飲み込んでいる。
村長とセナ以外の、どこから出てきたかもわからないくらいの群衆に、瞳を輝かせて、同時に襲いくる幸せの嵐を、胸の膨らみに詰め込んで、飽和させる。ワクワクで身体を動かさずにはいられず、小さな跳ねで銀髪を暴れさせてしまうほどに。
――しかし、寸胴の列は、それとは真逆。
ボサボサの髪と、薄汚れてニオイを発し始めている服を身にまとっている彼らの顔に精気はない。みな、なにもない茶色い土とにらめっこし、まだ老人とはいえないくらいの大人でも猫背をつくる。
会話もなく、セナが寸胴の中身を椀によそって手渡しても返ってくる礼はない。列の進みにならって、砂のザリザリが周期的に響くだけの奇妙な光景。
――まるで、村の幸せをセッカがすべて持っていってしまったかのような差。
椀を受けとった彼らは、方々に散っていく。自宅に帰る者もいれば、ポツンと立つ木の陰で不承不承に孤独を謳歌する者もいる。
たった今、椀を受けとった無精ひげは、ボサボサの前髪の隙間から上目を使う。彼の猫背歩きの先にあったのは、無人の空間。
あぐらをかいて、椀の淵に唇を振れさせる。その椀を傾けていき、すする。
――これが、村長が戸を開けたとき、ヨヅキが見た世界だった。
村長が先に出て、私たちに向き直り、小さくうなずく。
なんとも言えない静寂に、髪を暴れさせていたセッカも無声をつくり、口を『ホ』で止める。
そのまま私の顔を見て瞬き数回。
私は「なにも気にしなくていいのではないか?」と、言葉のない問いにこたえ、セッカは「おん……」と、口の形そのままうなずく。
村長も、私たちのやりとりを見ては肯定らしき笑みを浮かべる。
そして外に出たとき、口を横に開いた生意気そうな笑いをはなった少年の声が静寂に一縷の煩わしさをもたらした。
「へへっ……きいてくれみんな! 悪鬼はもういない! 本当なんだぜ! なんてったって、このオレが倒したんだからな!」
長蛇の列の横から彼らに向かって、空の椀と匙を持ち、仁王立ちしている小さな背。
尻についた土と、子どもながらに独特な威張り口調。
あれは、私たちがこの村で出会ったもう一人――カイラだ。
死んだように生きている彼らとは違い、村の事情を知らない風来坊のような、空気を読まない不遜ともいえる態度。もし本当に知らなかったのだとしても、テキトウに怪訝そうな顔をしておけばいいものを……。案の定というべきか、いい顔をされてないように見えるが……。しかしあれは、嫌悪というよりも、哀れみに近いような。
――“孤独”か。
ひとり、だれに見向きもされずに善がっているカイラには、よく似合う言葉だ。
本当にたったひとり――迫害されて生きてきたセッカの孤独とは、また少し違う気がする。
周りに人がいて、しかし見てきた世界が異なるような……心の向かう先が異なるという意味での、孤立ゆえの孤独。
…………そういえば、
私たちと別れたとき、不機嫌そうにしていたな。『これだから臆病者は……』と吐き捨てて――
カイラもまた村人たちに対してはあまりよく思っていないのだろうか。そしてあの“臆病者”とは……
ところで……
「村長、あれは大丈夫なのか? 村長が自分で確認してから伝えるという話だったが……」
「問題ありません。あの子の言うことを真に受ける人はいませんから」
村長がカイラに向ける目にも、強烈な哀れみがある。
たしかに、カイラの言ったことには少し嘘がまざっている。倒したのは彼ではない。自身はずっと腰を抜かしていただけ、という。
孤独に見えるのは、村でホラ吹きとして有名だとか、そういうことなのだろうか。
だから、今回もまた嘘をついているのだとして、真に受ける人はいない、と?
「……カイラは、どういう人なんだ?」
素直にきいた私の問いに、村長は喉をならして鼻からため息。
老化で垂れた目尻をさらに垂らし、カイラを見据えて、下瞼の洪水を必死に制御する。
「……あの子は、つい先日、悪鬼によって両親を殺された、かわいそうな子どもです」
「そうか」
――“悪鬼に殺された、勇敢に戦った二名の村民”
……そういうことか。
話をきいていたセッカは、胸の前につくった拳をもう片方の手で包み込む。
目を閉じて、眉間を震わせ……ひとつ深呼吸。
息を吐ききって空になった体内に、新たな風を送り込み、眉を晴らして口角をあげる。
「おーい、カイラー! カーイラー!!」
「どうだ! すごいだろ!」と独りで威張り続けているカイラに続き、静寂を切り裂く二つ目の煩わしさが生まれた。
右手を掲げて背伸び。上半身も左右に揺れるくらい、パーっと広げた手を左右に振る。
表情は空模様と同じく晴れわたり、銀髪の白光りが、太陽のような存在感を出している。
笑顔の節々に現れる無邪気な笑い声は、村の空気にまったくそぐわない。が、孤独を強いられた少年とだけは、均衡がとれているようだった。
その存在感は、カイラ含め、それまで下ばかりを向いて、他人との不干渉を貫こうとしていた村人たち全員の注目を浴びるほどに圧倒的だった。
すべての視線を一身に集めるセッカ。
笑みを浮かべた見知らぬ少女に向けられていたのは、カイラのときとは違う――完全なる嫌悪そのものだった。瞳と口をガタガタ震えさせて呼吸を乱す人、ボサボサの髪の内側の皮を裏側まで削りとろうかという勢いでかきむしり始める人、力が抜けて崩れ落ち列の最中で土をトントン叩き始める人……どこかからかきこえた「最悪……」の一声。
カイラはセッカを見つけるや否や、下の歯を出して「やっべ……」と小さく漏らし、たたらを踏みながら走り去っていった。
「え」
セッカは呟く。
自信満々に開いていた手は徐々に閉じていき、背伸びをやめると同時に恐る恐る、その手を下ろしていく。
上げていた口角も勢いを失って、泳ぐ視線は行き場を失う。
最後に行きついた先は私のもと。
「なにか、迷惑、かけちゃったかなぁ……?」
「いや、そんなことはない」
カイラの逃亡は理解できる。私たちは、先ほどの発言の嘘がわかるからな。
しかし、それ以外は……
腹を空かしたセッカは、村長に再度たしかめる。
「本当にいいの……? 自分が行って……」
「いいですよ。さあさ、お二方とも、あそこに並んで食事をもらってきてください」
「ありがとう……村長」
セッカは、控えめに笑む。
村長の対応は、依然として好意的。
どちらかといえば、セナの態度の方が、セッカに対する普通の反応らしい。
【叛徒】というのは、こんなにも嫌われているのだな。しかし、それでは私も嫌悪の目を向けられているはずだが…………よくわからないな。多少、見られているとは感じるが、あれは嫌悪なのか? ただよそ者として不思議そうに見てきているだけのような気がしなくもないが……
「セッカ、先に並んでいてくれ。少し、村長にききたいことがあってな」
「わかった!」
即答。
セッカは長蛇の列と、方々で食べる人をひと眺めして、「んー……」と唇の横に人差し指を立てる。
鼻から息を吐いて、「先行ってるね!」と、私に言って、自身の首の後ろに両手をまわす。
服に付随している被り物で頭を覆い、セッカは、気持ち程度のうつむきをつくって、歩き始めた。
列の真横をとおるボロ服の子どもに、熱心な視線が向けられる。が、その返しはない。できるかぎり目を合わせないよう、左右を頭巾で遮り、上目で真正面を見据えて歩く。
列の最後尾に並んだ。
先頭が配給をもらい、列は一歩前進。それが繰り返されるたびに、セッカに向けられる視線は少なくなっていく。
一方のセッカは、袖で口を拭ったり、鼻をスンスンさせては悦に浸ったり、忙しない。
私がいっしょに並んでいれば、ほぼ一方通行ではあるが会話も生まれたに違いない。が、前の村から予想を立てていたことのこたえを、ハッキリさせておきたい。
「村長、セッカはなぜあのような目を向けられている? 【叛徒】とは外見でわかるものなのか?」
「それは……あの髪色が原因でしょう」
村長は、私と目を合わせず、列に並ぶセッカを見つめて言った。
たしかに、あまり見ない髪色だとは思っていた。
前の村でも、この《アオバ村》でも、村人全員、髪色が白っぽくない。私のような黒々しさを持つ人もあまりいないが、悪目立ちするという意味で、あの銀色は浮いている。
だが、それだけであれほどまでの注目を浴びるとは考えにくい。
「髪色か。銀色だと、なにか問題が?」
「……はい。約五百年前まで存在していたという【魔族】。彼らはとある身体的特徴を持っていました。瞳が赤く、そして――髪が真白だということです。【魔族】は邪神とともに、人類圏への侵略を繰り返していました。【悪鬼】もそのときに生まれた存在で、この世界は地獄と化したとされています。五百年にわたり、彼らは、人類に、死んでも忘れられない恐怖を与え続けた。ただ殺すだけに飽き足らず、病を伝染させて一つ、心を操り内乱を起こさせて二つ、地震や干ばつの災害で三つ――国を滅ぼし、世界を終焉に近づけた」
「…………」
「今、みなは敏感になっているのです。【悪鬼】に襲われた直後ですから。だからこそ、こんなときに現れた、【魔族】に近い特徴を持つセッカ殿は、恐怖の対象でしかないのです。ゆえの視線。本当に、申し訳ない」
セッカの後ろに伸びた列。
頭巾被りの背中を見る人は、他人と近づくことが苦手なようで、律儀にも前とおよそ二歩分の距離を確保している。
「そのことを、なぜセッカに伝えなかった?」
「ワシは……セッカ殿が悪い人ではないと知っている。ならば、その銀を隠させる必要はないでしょう。しばらく、みなから反発があることは目に見えていますが、きっとあの子が受け入れられる日がくると、そう信じたかったのです。……他人からの見られ方など気にせず、セッカ殿も、もちろんヨヅキ殿も、堂々としていればよいのですよ」
「…………」
その笑みの裏に隠れている葛藤がどれほどのものなのか……私には理解できなかった。
「ヨヅキ殿は、気を利かせてくれたのですね」
村長から、突如告げられた記憶にない行動。
無意味な見つめあいのなか、数秒の思考を挟んでも、やはり思いあたることはない。腕を組んで、「なんのことだ」と当然の返しをする。
「ワシが先ほど、セッカ殿に言い淀んだこと。ヨヅキ殿は、それがこのことだと、気づいていた。だから、あの子を先に行かせたのですよね。ワシがなにかセッカ殿に話しづらい理由があると踏んで……」
「それは、たまたまだ」
この言葉に嘘偽りはない。が、それでも村長は、弱々しくも嬉々とした高笑いを浮かべた。
「はっはっは。……いいのです。もし、それがワシの勘違いなのだとしても、そのまま勘違いさせてください」
「……どういう意味だ?」
思わずきいてしまった。
「ただの自己満足です。さ、ヨヅキ殿もぜひ配給を……」
返しは短い。
どこかで見たやり口とよく似ているごまかし方だ。ならば、私は詮索しない。
「私はいい。食事は必要ない」
「お願いします。どうか、食べてください」
「……わかった」
私はしぶしぶ了承した。
セッカもそうだったが、ものすごく食べさせようとしてくるな。外からきた異物に食料を与える余裕がないだろうに。
それでも与える方は、恵みをもたらされた側のように、うれしそうな顔をする。
なんとも不思議でならない。




