第三十七話 ”神話世界の怪物”
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「あらためて……ワシはこの【アオバ村】の村長をしております。キヨナリと申します」
「村長だったか……。先ほども伝えたが、私はヨヅキ。いっしょにいるのはセッカ。私たちは……しがない旅人だ」
「うんうん……!」
畳の上に置かれた座布団、四つ。丸い机を介し、ひとつの空席を設けて客人の身分は正座する。
私の真似をして足を折りたたむセッカは、必死に首を縦振りしてはいるが、用を我慢しているかのように落ち着きなく、ずっと足をこすり合わせている。手入れの行き届いた庭を楽しむ余裕はなさそうだ。
(――チリン)
風が吹き抜け、鈴がなる。
「セナ……足で戸を開けるのはやめなさい。客人の前で、はしたない」
「…………」
白で統一された障子紙。下部は色がくすんでいる。
開かれた障子の向こうには、なんの彩りもない湯呑を三つ持った、睨み顔。
覇気のない村長の注意を、「フンッ……」と、そっぽを向くというこたえで返し、畳の部屋へと入室。
開けた戸を再び足で閉めて、持っている三つの湯呑を机の中心に――上る湯気に乱れがないほど静かに置いた。
「茶か……どうも」
「あっ、どうも」
ヨヅキ、セッカ、村長の前へと順番に渡していき、セナは空席を渋面のあぐらで埋めた。
私たちと目を合わせようとしないセナに、猫背の村長の背中に丸みが増す。
「孫のセナです。態度は悪いですが、根はいい子です」
「はあ……」
「お二人は旅をしてらっしゃるのですね。もし時間があれば、休憩がてら、村に滞在するのはいかがでしょう?」
休憩か。
セッカの疲労もある。ここは、素直に受け入れるのが得策か……。気がかりがないわけではないが……
「セッカ、どうする? 私は、村長の言葉に甘えてもいいと思うが……」
「……うん! 迷惑にならないな……ら……」
セッカの横目にうつったのは、これ以上ないくらいに眉間に皺を寄せて、目元を震わせているセナ。膝で地団駄を踏んでいる。
数秒の放心を置いて、セッカは小さく「やっぱり……」と裏声。
その先を遮って村長が発する。
「おぉー、歓迎しましょう! ウチに空いている部屋がありますので、ぜひそこを利用してください。セッカ殿、足を崩しても構わないですよ」
「ウ“ゥ”ー……」
悔しそうに唇で山をつくり、あぐらになおる。
「いろいろと、気遣い、感謝する」
「いいえ、恩人への対応としては、まだまだ足りないくらいです。この村には、今、あなた方を十分にもてなせるほどの余裕はありません。なので、あなた方の問いにこたえるという形でお礼をさせていただければと思います」
先ほどと同じく、『私たちの問いにこたえる』と。
村長は、どうやらなにかを察しているかのようだな。ただの『変態』というわけではないらしい。その察しは、やはり、経験からくるものなのだろう。いい勘をしている。
それを踏まえたうえでの厚意ならば、もう無理に隠す必要はない。
まずは、現状把握か。
「では、まず……この村でなにが起きたのか教えてくれ」
「わかりました」
村長は、首を落として語り始めた。
「この村は、広大な土地を利用して、農業を中心に生計を立てていました。田舎ゆえ娯楽は少なく、贅沢はできませんが、それなりに幸せな日常でした。
しかし、あれは……数日前のこと。
なんの予兆もなく、なにが原因なのかわかりませんが、朝目覚めると、【魔法】が使えなくなっていたのです。
みな、仕事が手につかなくなっていたとき、お二人もご覧になったであろう、あの【悪鬼】が村にやってきました。それも二体……。ヤツらは田畑を荒らし、家屋を壊し……そして、勇敢に戦った二名の村民を殺し……。
魔法が使えない我々には対抗するすべはなく、その蹂躙を傍観することしかできませんでした。
村人を中心部にかき集め、神が奇跡でも起こしてくれないかと、暗闇で祈っていた……。ですが、中心部にきた【悪鬼】は、気味の悪い笑みを浮かべたかと思えば、森に帰っていったのです。なにも壊さず、だれも襲わずに、です。
『神の奇跡だ!』
当時は、そんな声で溢れていましたが、奇跡なんか起きていなかった。
歓喜は束の間。悪鬼は、村近辺の森に居座り始めたのです。我々は、森に入れなくなったため、村の外に助けを呼ぶこともかなわず……完全に袋の鼠でした。
備蓄の食料を消費して、救援を待つだけの生きた心地がしない時間……。
みなが死を覚悟していたとき、森から村民の叫び声がきこえてきたのです。
『本当に死ぬ』
【悪鬼】が再び活動を開始して、我々を殺しにきたのだと、そう思いました。たとえ死ぬ運命なのだとしても、ワシとセナは、あの二人のときのように村人を見殺しにはできないと、剣を携えた。
二人で助けに向かい、森に入ろうとしたとき、そこからカイラを連れたお二方が出てきた。
…………というのが、ことの顛末です。
なので、そんな窮地から救ってくれたお二方には、感謝してもしきれません」
「……かまわん」
「うん! 戦った二人が死んじゃったのはさみしいけど……みんなが無事でよかった! 本当に!」
私たちの返事をきいても、村長は「それでも……」と、深々、頭を下げ続ける。
隣できいていたセナは頭を下げない。が、足首をつかむ手の震えは隠せていない。閉じた口のなかで奥歯を噛みしめていることも、外側から簡単にわかる。
それほどの、恐怖だったということか。
どうやら私は、この村の救世主になったらしいが、実感がまるでない。そんなことどうでもいいと置き換えた方が適切なほどに。
自分の心について考えても仕方がない、か。
ある日、急に【魔法】が使えなくなり、【悪鬼】という存在が襲ってきた、と。
きっと前の村も、似たようなことが起きて、あのような結果になったのだろう。この村の死者が少ないのは【悪鬼】の気まぐれか…………やはり……
「村長、感謝の念は十分伝わった。頭を上げてくれ」
「本当に、お優しい方々なのですね」
頭を上げさせたが、これはなにも優しさではない。それは村長の勘違いだ。
ただ、その心にどう反応すればいいか……返し方に困っているだけなのだが。
「この村で起きたことは理解した。率直にきくが、【魔法】とはなんだ?」
村長とセナの瞼に一瞬の震えが走る。
――推測どおり。
「ヨヅキ殿は、【魔法】に明るくないのですか?」
「ああ。言葉程度の知識しかなくてな」
セッカは、「魔法……」と小さくぼやいて、それまでの笑みを、茶といっしょに飲み込んだ。
目の前の二人は目を合わせ、数秒の後、セナは大きくため息をつき、再びしかめっ面。
「……わかりました。【魔法】というのは、約二千年前に、地上に降臨した神々が人類にもたらした力です。体内にある【魔力】を性質変化させて、外界に出力することで、火を出したり、水を出したり、身体強化したり――そのほかにもさまざまな現象を引き起こすことができます。この力で、人類は、邪神に抗ったとされています」
セッカの湯呑のなかで、さざ波が巻き起こる。
「【魔法】は、戦うための、いわば“武器”……ということか」
「えぇ。それもありますが、【魔法】は我々の生活を豊かにするうえでも欠かせない力です。水を生み出して作物を育てたり、身体強化によって力仕事を効率化したり。あとは……」
ハッと目を見開いたセッカがうつる茶の水面に、苦みがとける。
それを横目に見た村長。しかし、説明を止めない。
「天井をご覧ください。【魔法】が使えなくなったことで今は消えていますが、天井に吊るされているあの球体は、【魔力】によって動作する道具――【魔法道具】のひとつで、本来なら【魔力】を流すと明かりがつきます。が、【魔法】が使えなくなったのと同時に、村にあるすべての【魔法道具】も使えなくなってしまいました。おかげで、通信道具も使えず、助けを呼べないのです」
村長の誘導を置いて、セッカは茶とのにらめっこに没頭している。
きっと、【魔法】という存在に思うところがあったのだろう。向こうから話す気になるまで、余計な詮索は不要か。
これもまた、 “トモダチ”という関係ならでは、だな。
「【魔法】とは、便利なのだな。我々にも使えるのか?」
「失礼とは存じますが、体内の【魔力】を知覚できていますか?」
知覚……体内にそれらしき感覚はないような…………
目を瞑って、手を閉じたり開いたりしても、これといった違和感は……まるでない。
「さあ……セッカはどうだ?」
「ん……あっ、えっ? なに、ヨヅキ?」
「【魔力】、感じられるか?」
セッカは、顔の部位を中心に集めて唸りを上げる。が、自分のなかに結論があったかのように、すぐこたえを出す。
「よくわかんない」
「……どうすれば知覚できる?」
「【魔力】を持ってさえいれば、なにをする必要もなく知覚できます。筋肉を動かすことで、座ったり、立ったりするのと似たような感覚が【魔力】にも存在するのです」
なるほど。
【魔力】を知覚するための特殊な工程等は存在しないらしい。てっきり、キッカケとなりうる行動が必要なのだと思ったが……。
言われてみれば、筋肉を動かす感覚というのは無意識だ。現に私は今さっき、手の開閉に筋肉を知覚するという工程を挟んでいない。
持っていれば、息をするかの如く、扱えるようになるもの――それが【魔力】であり……筋肉でいうところの目的動作への変換――それが【魔法】というわけか。
村長は、自身の唇をひとなめして、鼻で深呼吸。
それがきこえた私とセッカは、これから告げられるであろう村長の言葉に耳を傾ける。
「…………もし、本当に【魔力】が知覚できないのであれば、そもそも【魔力】を持っていないということでしょう――となると、【魔法】は使えないと思われます」
【魔力】が使えないということは、もっと簡単に表現するなら、私たちには、彼らに存在する重要な器官が丸々ひとつ抜け落ちているともいえるわけだ。
だがまあ、こうして普通に生きている。セッカも、私も。
最初から持っていないからか、今さら【魔法】が使えないとわかっても、どうということはない。
セッカは「へぇー」と坂道を上るような音で、間の抜けた返事をした。
「そんな人類もいるのだな」
「稀です。村を救ってくれた恩人にこんなことを言うのもおこがましいのですが、【魔力】を持たない人類のことを、世間では、【叛徒】と呼びます」
私たちのほかにも、【魔力】を持たない存在がいるのか。
たしかに、そのようなモノらへの呼び方は当然、生まれるわけだ。
「セッカと私は、その【叛徒】とやらのわけだな」
「はい……。そして、【叛徒】は……」
村長がまたしても喉を開き渋り、唇にわずかな硬直が生まれる。
私たちの茶に視線を落として、震えながらに、ひときわ強烈ながなりを含ませて発する。
「この世界に災いをもたらす、邪神の使いとして、忌み嫌われているのです」
隣のセナは、話を流している風を装って目を瞑っている。が、こっそりとセッカを薄目で見ていることに私は気づいた。
村長とは違って、セナは隠し事が苦手なのだろう。バレバレだ。
セッカもおそらく見られていることに気がついている。ときおり、セナをチラチラ見ては、すぐに逸らしている。
セナは、そこまでセッカに思うところがあるのか? これもやはり、【叛徒】が忌み嫌われていることの、ひとつの証明なのだろうか……。
そういえば、セッカは前の村でも嫌われていたような発言をしていた。本人はあまり気にしていないようだったが、なるほどこれも【叛徒】ゆえの嫌悪だったのだろう。
世界の常識がそのようなものだったのだとしても、やはり疑問は残る。
「なぜ、【魔力】を持たないだけで邪神の使いとみなされる? 少なくとも、セッカは人類に敵対していないが……な?」
「もちろん!」
セッカは、人類をどうにかしてやろうという気持ちは、おそらくない。
だれかのため、自ら身を挺すほど、心優しく、笑顔溢れる明るい子どもだ――嫌われるいわれはないはず。まさにこれこそが人類への敵対行為だと言われればそれまでだが。
その心の内をすべて理解できればよかったものだが、あいにく、それは私の不得意な分野だ。
口を尖らせて、大きくうなずいたセッカ。村長も呼応するよう小さくうなずき、私の目を見て話す。
「……【魔法】は、人類が邪神に対抗するために神が授けた力です。それを受けとれない存在は、神に嫌われた存在と同義……すなわち、 “神の敵対者”。邪神側の存在だと、昔から言われています。当人が善かどうかは関係なく、【叛徒】は、存在そのものが悪の象徴なのです。お気をつけくだされ。今はどうなっているかわかりませんが、【叛徒】というだけで、犯罪者として監獄送りになることも珍しくありません。できれば、お二方が【叛徒】だということは隠しておいた方が賢明かと」
「かなり物騒だな。肝に銘じておく」
【叛徒】として産まれると、その瞬間から犯罪者なのか。
前の村でセッカがひとりだったのは、ただ嫌われていたからというだけでなく、厄介ごとにかかわりたくなかったからという側面もあったのかもしれない。
犯罪者を抱えていることが、ほかの村や国にバレたとき、彼らもまた犯罪者扱いされてしまうだろう。
となると、村にとって、もっとも効率のいい手段――それはセッカを“殺すこと”ではなかったのだろうか?
嫌悪しているうえで森に放るだけとは……なんとも半端な手段。
なぜそのような悪策としか思えないようなことをしたのか……。非合理極まりないように感じられて仕方ない。
――やはりこういうのは、私の不得意分野だ。
村長の忠告に対する、セッカの、裏のない真剣なうなずきを見て、セナは胸に秘めた思いをすべてため息に詰め込んだ。
セッカは肘を伸ばして肩を上げ、おもむろに立ち上がるセナを上目で見続ける。
立ち上がったセナはなにも話さず、だれとも目を合わせないまま障子を手で開けた。
部屋の向こうへと足を出し、障子を閉める寸前、わずかに見えた横顔に、曇りが満ちていた。
それを見ていたセッカの眉にも曇りが浮かんだ。
村長は、呼吸の過程で肩を落として、苦笑のなかで「すみませんねぇ」とヨヅキに向き直る。
私は、「いえ……」と形だけの返事をして、続けた。
「次の質問だが、【悪鬼】とはなんだ?」
村長は狙いすましたかのように、スラリと口を回し始める。
「はい。【悪鬼】とは、邪神の力が込められた存在で、我々に危害を加える強大な敵です。たいてい出てくる敵は【魔獣】と呼ばれる、動物の身体の一部分が黒く変色した、いわば変異体のような、我々で倒せる程度の存在です。これらの敵の危険度は、身体の黒などによって決められており、全身の半分以上が黒くなっていれば、【魔獣】ではなく、【悪鬼】と呼ばれるようになります」
「ほう。私たちが出会ったアイツらの身体は全身ほとんどが黒くなっていたな。だから村長は【悪鬼】と呼んだのか」
「左様でございます」
先の【悪鬼】は、黒いドロドロの身体に獣の皮……おそらく狐の皮をくっつけたような見た目をしていたが、逆なのか。
動物の身体を黒いドロドロが浸食していった結果があの巨体になった、と。
その過程で、身体構造に変化が起きて、二足歩行になった……ということか? なんとも不思議なことが起きるものだ。
名前も【魔獣】から【悪鬼】になるくらいだし、言葉どおり獣要素が薄れているのは納得感がある。
「して、【悪鬼】とはどれくらいの危険度なんだ?」
「――厄災級。まさしく、 “神話世界の怪物”と言っていい。【悪鬼】一体の襲来で、大国であれば、よくて半壊、最悪滅亡。小国であれば、有無をいわさず、一晩ですべてが消滅するほどの危険度です。【魔法】が使えたとしても、おそらく……いいえ、絶対に我々だけでは勝てなかったでしょう。なので、助けていただけて本当にありがたいです」
――あれが、 “神話世界の怪物”か。
「何度も頭を下げる必要はない。ところで、外が騒がしいようだが……」
静寂の独壇場にうっすら灯る煩い。
騒がしいといっても、砂を削る音が何個かあるだけ。無音に比べれば聴覚のする仕事が多い程度の騒々しさだ。ここが閉じきった部屋ならきこえてこないほど、小さな煩い。
セッカの顔にも光が伝播する。
外を眺め、膝を上下に激しく揺動。主人の帰りを待つ愛玩動物の尾さながらだ。
村長は安らぎの笑みをこぼす。
「あれは、今日の配給ですな。孫のセナが担当しております」
「なんだか、いい匂いがするー!」
「先に離席したのは、このためだったか」
食糧難ゆえの配給制。
みな平等に食事ができるよう、村単位で食料の管理をしているのか。
――そのとき、匂いにつられた空腹の音がひとつ。
たまたまだれも話していないときに、場に和みをもたせるかのように響いたそれに、セッカは赤面。
村長は「はっはっはっ……」と年配ならではの弱弱しくも豪快な笑いを見せて提案する。
「お二方も、ぜひ彼女から食事をもらってください」
「いいのか? この村に、よそ者に振る舞える余裕はないのではなかったか?」
「いいのです。お二方は、決してよそ者ではない。立派な客人なのですから。それに、お腹の音をならしている子どもを前に、村事情を優先する阿呆がどこにいましょう」
そこまで言ってくれて、断れるわけがない。
セッカの食糧事情も、これで一旦は解決……とまではいかないが、一時的な凌ぎにはなる。真の解決には、村全体の食糧事情の改善が必要にはなるが、これは私たちではなく、《アオバ村》の問題……無用な口出しは極力避けるべきか。
「……そうか、感謝する」
「ありがとう……本当にありがとう! 村長!」
ボロボロの服の襟で口元を拭ったセッカは、目元を震わせながらも、前のめりになり笑って感謝を伝えた。
村長は慈愛を浮かべ、丸机に手をつき、息を止めてゆっくりと立ち上がる。
「まだ村人に、悪鬼がもういないということは伝わっていません。この後、本当に倒したのか自身で確認します。みなに伝えるのはワシに任せてください。では、行きましょうか」
朗報ならば、すぐに伝えた方がいいと思うが……
「わかった」
直後、セッカを凝視し、とってつけたように「それと……」と前置き。
セッカは、口をポカンと開け、首を傾げてその先を待つ。が、それは「なんでもないです」のひとことで一蹴される。
「ささ、行きましょう」
「はあ……」
間の抜けた返事が、先ほどよりも多くなった砂を削る音にまざって消えた。




