第三十六話 青葉枯れゆく村
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なんとか村についたようだが、果たして、どのような村か。
先ほどのカイラの言葉から、おそらく村にはまだ他の人がいるのだろう。ひとまず、セッカのような状況ではないだけマシかもしれないが、こんな小さな子どもが戦いにこなければならないほどに逼迫しているのか……。
この世界の人は、今までどう生活してきたんだ……?
「そろそろ村だ……」
前を歩くカイラの背中に陰が落ちる。
その向こう――木々の隙間から見えたのは、記憶に新しい家々。
それが目に入ったセッカの顔が光り、足取りが軽くなる。
私の隣をはなれ、カイラを追い越し、一足先に新たな世界へ――
「おい、待て……!」
追いかけるよう、カイラも駆ける。
二人の背中が追いきれなくなる寸前、木と村の境界で最前の背中がピタリと止まる。
「いって……。待てって言ったけど、急には止まんなよ…………は?」
止まった背中は、背筋を伸ばして、カイラを背中で覆ってジリジリと後退。
私もその背中に追いつき、新たな世界を視界に入れた。
――二人。
森を見張るように立っている、下駄を履いた老人と、私とセッカの中間くらいの身長の女。反った剣を構え、瞳をギラつかせるほどの殺意をその目に宿している。向かう先は――セッカ。
剣を握る手は震え、その刃先には落ちつきがない。裾が広がっている服で足元は見えないが、緊張で動くことができていないのはわかる。肩は上がっていて、肘の関節は伸びきっている。
剣を持っているのに、剣を使う気がない構え。
これではまるで――小動物の威嚇だ。圧のひとつも感じない。
ならば、私がなにかするまでもないか。
「おい、なにしてんだよ! お前ら!」
「…………」
「はぁ……セッカ、大丈夫だ、はなれてくれ……」
呼びかけにこたえない二人。
守るセッカの肩に手を置いて、カイラは堂々と横に立った。
「え」の口で止まったキョトン顔を差し置いて、胸いっぱいに息を吸い、
「はぁ“~あ“!!」
全員にきこえるよう、わざとらしく一発ため息。
「いいか?? こいつらは敵じゃねぇ! むしろ、アイツらを倒してくれた恩人だ!」
「……は?? そんなこと信じられるわけ……」
「……そうだったか」
歯を食いしばって剣を構え続けた女と、潔く、すぐ鞘に納めた老人。
女は「な……!?」と老人を睨みつける。が、老人は睨み返し、ゆっくり、小さくうなずく。
毛立ったまま、女はセッカを再び睨んで、そのまま剣を納めた。
胸に手を当てて「ふぅー」と息を吐いたセッカは、私の服の裾をつかむ。
出会ったばかりで人に嫌われるとは。セッカの特異体質か?
え……なぜ私まで睨まれている……。
「……クソッ!」
そんな怒られるようなことをしてしまった記憶はない。
黒いドロドロを倒したことが、実はよくないことだったり……いや、カイラの口ぶりからして、その線は薄いだろう。『倒してくれた』なんて言っていたくらいだ。では、なぜ……
私が女に首を傾げると、カイラがうつむいて肩を竦める。
「これだから臆病者は……じゃあな」
「カイラ、どこいくの?」
「かーえーる!」
セッカの呼びかけを声量で押しつぶして、地面を踏み荒らすよう、はやあしで去っていくカイラ。
その背中に一抹の視線を送っていた老人は腰の後ろで手を組んで、一歩前へ。
「剣を向けてしまって申し訳ない」
「構わない。こちらも急に出てきてすまないな」
老人は白い髭を整えるようになでおろす。
「いえいえ、あなたたちが、【悪鬼】を倒して、あの子を救ってくれたのですね?」
「アッキ……?」
「そうだ。私たちが倒した」
セッカが語尾を上げた瞬間、老人がなでおろしていた手を止める。
私はすかさず話の筋をとおしなおした。
すると、老人の手は再び動き始めた。
私はセッカの肩に手を置いて目配せ。
どうやら気づいてくれたようすで、目を見開いて、やる気を見せる。
「う、うん! 倒した!」
「…………そうだったか! いやはや、こんな日がくるとはねぇ~。ぃよかった、ぃよかった~。そうだ、自己紹介をしましょう。恩人に名乗らないのは、無礼極まりないですから。――ワシの名は、『キヨナリ』。そしてこの、気難しそうな子は、孫の『セナ』です」
「…………」
弱弱しく掠れた声だが愛想のいいキヨナリと、一方は、密度が高くよくとおる声だが愛想のアの字もない睨み顔。
本当に血がつながっているかと疑問が湧くほどだが、剣の構え方はたしかに似ていたような気が…………やっぱり、よくわからない。
「私は『ヨヅキ』。そして……」
「『セッカ』!」
私が目配せした影響か、セッカの背筋が伸びきっている。いつもの笑顔もうまくできていない。
セッカのことだ。私に迷惑をかけまいと、いろいろ、気を使っているのだろう。
「ヨヅキ殿と、セッカ殿、ですね。ささ、お礼がしたいので、ぜひウチにきてください。案内しましょう」
「……わかった」
キヨナリとセナは、私たちに背中を向けて、村へと歩きだす。
前の村で見たようなボロボロの家があって、道が広くて、だが、人は見えない。広大な地には田んぼが敷かれていて、だが、しばらく手が入っていないような荒れ具合。ところどころに大きな穴が開いていて、作物の葉は元来の碧を失って草臥れている。
そんな道の真ん中を歩く二人は、互いに目配せしながら歩き、セナはその後、私たちをひと睨みして、先に走っていった。
数歩、前を歩くキヨナリは、加齢ゆえ腰が悪そうに見えるが、足運びにはまったくブレがない。
…………いつでも戦闘態勢になれる。ということか。
「(セッカ。やはり警戒されている)」
「(え……)」
「(慎重にいこう)」
「(うん!)」
前を歩くキヨナリは、なにもない道の真ん中で、急に足を止めた。
なんの脈絡もないその行動に、私たち二人はなにを言われたわけでもなく、ある程度の距離を保ったまま同じく止まる。
キヨナリはゆったりと私たちへと振り返った。
「そう警戒しなくてもいいですよ」
「…………」
「いっしょにいるのに、なんの会話もないのは、ちょっと気まずいです。ワシのことを都合のいい道具かなにかだと思って、気になることがあれば、なんでもきいてください」
「…………わかった」
「道具扱いされるの、嫌な気分にならないので……むしろ、うれしいというか……。想像しただけで、寿命が一日ずつ伸びてくるぅぅぅぅ!」
なんだ? この老人は。
こちらが警戒していることを見てもいないのに察知してきた。
それに、あの腰の奇妙なくねり……。腰が悪いのではなかったのか?
「ヨヅキ、キヨナリはなにをしてるの?」
「あまり見ない方がいい。あれは、『変態』という種類の人間に違いない。あと、どうやら無理に警戒する必要はなさそうだ」
「わかった!」
いつもの元気な返事。
こういう心がキレイな人は、きっと心理的な駆け引きには向かない。だからこそ、やはりセッカは自然体で過ごしている方がいい。人と接する経験が浅いのならなおさら。
「冗談はさておき……」
考えている間にキヨナリは元の、腰の悪いおじいちゃんに戻っていた。
切り替えの速度が尋常ではないことから、ああいった冗談をきっと普段からも言っているのだろう。場を和ませるための常套句、というわけだ。
本当にすべてが冗談なのかは、私が知るところではないが…………まあせっかくだ。
「なんでもきいてください。歩きながらこたえましょう」
「感謝する。では、遠慮なく……。さっそくだが、ほかの村人はいないのか?」
私が最初にきいたこと、それは、村人がどうなっているか。
前の村では、みんな無惨な姿で死んでいた。セッカだけが森で過ごしていて生き残っていたらしいが、この村でも似たようなことが起きたのか…………不躾であることは認識しているが、気になってしまった。
周囲の家は、前の村と同じく壊されているようす。おそらく、あの黒いドロドロ――キヨナリたちが言うところのおそらく【悪鬼】にあたる存在に襲われたのだろう。ただ、死体、ましてや血すら見えない。
まるで、最初から無人だった村が襲われたかのように。
セッカは服の裾に皺をつくって強く握った。
前を歩くキヨナリは、振り返らず、そのままの歩みでこたえる。
「みな、村の中心部にいます。ここから少し先の家々は壊れていないでしょう? 今ごろは、全員あの近辺にある建物内にこもっています」
「(すべては破壊されていないのか……)なぜ、こもっているんだ?」
「森から、あの子の――カイラの叫び声がきこえたからです。あの【悪鬼】どもがやってくるのに備えて、もしものために身を隠してもらっていたわけですが、お二方が倒してくださったのであれば、もういいでしょう。二人をウチへ案内したら、全員の警戒を解かせるようセナに伝えます」
『二人をウチへ案内したら』か。
きっとこれくらいの気持ちでいた方が、彼らにとっては都合がいいのだろう。
「わかった」
「みんな生きてるのはよかったけど、寂しい感じだね」
「……仕方のないことです。みな生きることに必死になった結果なのですから。…………もうすぐ着きます」
***
閑散としている。
周囲は森に囲まれていて。家の数は前の村よりも多そうだ。
家のつくりは、まったく壊されていない家を見るのは初めてだから確証はないが、おそらく、前の村と同じで木造建築。この家々の屋根が三角だというところを見るに、あの村の屋根もきっと三角だったのだろう。素材は……茅葺か?
ただ、異なる点もある。それは一軒一軒が広くて大きいこと。きっとこの広大な土地があるからこそ、贅沢に敷地を使えるのだろう。農作物を保存する用の、小さな倉のような高床も村のいたるところにある。
しかし、その広さゆえに、村の中心部にまとまらざるを得ない彼らの物悲しさが際立っているようにも感じられる。
「…………」
広くなっただけで、前の村とほとんど変わらないはずだが、セッカはおのぼりさんのように首を振り回す。
その顔にワクワクはない。恋焦がれているように、なにかを探し続けている。
そんななか、
「ねぇ、ヨヅキ。すごいよ、あの家」
セッカが目を丸くして、とある家を指差した。
複数あるなかでも、ひときわ目立つ木造の家。外からでも内装が一部分見える独特なつくり。私たちとは反対側にも同じくらい大きな建物があって、その二つが近すぎるくらいに隣接している。チラリと見える屋根の素材も、茅葺ではなく、苔が染みついた瓦だ。
「すごく立派な家だな」
「はっはっはっ……そう言われると、照れますね」
ガラガラと笑ったのは、目の前のキヨナリ。
彼が反応するということは……
「到着です。ここが、ワシの家です」




