第三十五話 理想の勇者像
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「ヨヅキ……! 大丈夫?」
刹那の雨が降り止んだころ、怪物を木端微塵にしたヨヅキに駆け寄り、セッカは眉間を上げて服の裾をつかむ。
ヨヅキは、「ああ」と短く返し、セッカの手を包むように優しく握った。
「セッカも、大丈夫、だったか?」
「……うん」
首を小さく縦に振り、セッカはこたえる。
今にも泣きだしそうな顔のセッカ。ヨヅキは片膝をつき、セッカの身体についた黒い泥を、なでるように落としていく。
「…………これで、いいだろう」
「ありがと……」
ヨヅキは立ち上がり、死人のような瞳で少年を見る。
セッカは、自分から外れた視線を追い、その先にいた、腰がすっぽ抜けた黒い泥だらけの少年に駆け寄った。
「キミ、大丈夫だった?」
そう言いながら片膝をついて、セッカは、少年の身体についた黒い泥を、なでるように落とし始める。
会ったばかりで、なぜ自分のことを本気で心配してくれているのか。そしてついさっきの非現実としか思えない光景。少年は目を丸くして、セッカにきいた。
「……お前ら、いったいなにものだ?」
「…………」
セッカは手を止める。
少年の目をまっすぐ見つめて、「それは……」と、前置きした。その瞬間、
(ズゥゥゥゥゥゥン…………)
セッカと少年を覆った影と、「うわぁ!」と、片膝が崩れてしまうほどの地震。
倒れると悟ったセッカは、少年の上から被さって四つん這いに。倒された少年は、セッカにそのまま身を委ねる。
自身の顔横の土を削りつかんで、吹き飛ばされないように全身で踏ん張るセッカ。目を細め、輪郭が歪むほど奥歯を噛みしめ、息を止めている。
垂れ落ちた汗が顔に触れて小さく弾けるが、本気で守ろうとしてくれている存在に、少年はそんなこと微塵も気にならなかった。
それは恐怖に支配されていたからではなく、驚愕したゆえだった。
気づけば地震は止んでいた。とても短い振動だったが、二人の子どもを覆う影はなくなっていない。
全身に込めていた力を少しずつ抜いていき、セッカは「ヨヅキ!!」と振り返る。
先ほどと変わらない位置に突っ立ったままのヨヅキ。
そして、その背後にはヨヅキの何倍もの体格をした黒いドロドロ。
「ソイツは…………!」
肘をついて上体を起こす少年も、ヨヅキの背後の存在に、唇を震わせる。
頭部についた動物の顔。皮が裂けるほどに、口は強引な半円を描いている。
二人の声で、ヨヅキは凡に振り返る。
バキバキに割れた地面の上に立つ黒を下から順に眺めていき、黒一色の腹を超えて、最後は、自分を見下ろす目らしきものを見つける。
その目をしばらく見つめていると、相変わらずの笑顔のまま、ソイツの右足は一歩、後退。
「え……?」
少年のつぶやきが空にとける。
その後もソイツとヨヅキは見つめあい……ついにソイツは周囲に黒い泥を撒き散らしながら震えだした。逃亡を図ろうとして、振り返りかけたころには、もう遅かった。
ソイツは、振り返りの途中、ヨヅキの目から視線を外した。が、腹に残る違和感ゆえに目をやると、そこには美しい深紅の手が触れていた。
(――パーン)
爆散。
一瞬の衝撃波がヨヅキの服を揺らし、セッカと少年の目を細めさせる。
“ソイツ”だったものは、ヨヅキが手を伸ばしている方向へ、水飛沫となって飛んでいき、木や地面を真っ黒な血で染め上げた。
「すげぇ……」
さも当然かのように敵を吹き飛ばした女に、少年は安堵と驚嘆で肩の力を抜く。
セッカは顔を明るくしてその場に立ち上がり、手を戻したヨヅキに歩み寄る。
ペタペタと裸足で地面を踏む足音で振り返ったヨヅキと、セッカは目を合わせ、
「さすがだね! ヨヅキ!」
「……ありがとう」
手を後ろに組んで、顔をのぞき込むように前傾姿勢になり、歯を見せて笑った。
まっすぐな視線に、ヨヅキはそっけなく返して、すぐさま続ける。
「ところで……セッカが見た黒いドロドロは、二体で間違いなかったか?」
「うん! 自分が見たのは二人! でも、こっちにきてるのが二人だけとはかぎらないしー…………」
セッカは腕を組み、自分のまつ毛を見るよう目玉を上げて思考。
語尾の余韻をわずかにつくり、ニコッと笑って少年へと再び駆け寄る。
「キミ、大丈夫だった?」
「ああ……」
セッカが差し出した茶色い手を握り返さず、少年は自らで体勢を整えて胡坐をかく。
目線を合わせるようセッカは膝を抱えて屈んできいた。
「キミの名前は?」
「…… “カイラ”」
ゆったりとヨヅキも歩み寄り、立ったまま話をきく。
「 “カイラ”だね! 自分はセッカ! そしてこの人がトモダチの……」
「ヨヅキだ」
カイラは目の端でヨヅキをとらえて、「どうも……」と不満げに首だけを前に突き出す。
『目を合わせない…………警戒されている?』
「カイラにききたいことあるんだけど……いいかな?」
「……なんだよ」
自身に覆い被さったとき、セッカの真剣な顔が見られたからか、その馴れ馴れしい呼び捨てに心地悪さの欠片も感じない。
カイラは視線をそらし、口を尖らせて返した。
目を合わせないカイラを見ても、セッカは問答無用で続ける。
「カイラはさ、さっきの怪物たち、あの二人以外に見た?」
「……見てない」
「周囲を見渡してみてはいるが…………いなさそうだな」
「ってことは、もう大丈夫だね! よかったね、カイラ!」
セッカは首を傾けて、カイラに微笑む。そのあまりにも純粋無垢な顔へ、カイラは目をチラリと動かすが、すぐそらす。
唇をもにょつかせて、瞬きついでに小さく「ん」とうなずくと、「ふふっ」という鼻息がなり、直後、暗闇に覆われる。
「ちょ、なんだ!?」
「顔、拭いてあげるからね!」
顔全体を昔ながらのパリパリの紙でくしゃくしゃにされているかのような感覚。
目は開けられないし、うまく言葉が出せないし、息も吸いづらい。
「ちょっ、待っ……急…………ぷはっ! なにして……ムググ……」
「いしょ……おいしょ…………はい、終わり!」
危うく溺れてしまいそうになるほど、もがき苦しんだ末、ついに視界に光が戻る。
足りない空気を吸い込もうと、カイラの肺は激しく伸縮を繰り返す。
「ハァ……ハァ……急に……なに……すんだよ……! …………」
「顔、拭いてたんだよ?」
「なんで……そんなこと…………」
顔面をかきまぜられて方向感覚を失っていたカイラ。
目をこすり、頭を振って、セッカが屈んでいた場所に目をやると、そこには、膝立ちで自分を見下ろす浅葱の瞳。その眩しさに目をそらす。
そして足には謎のくすぐったさ。
そらすついでに見てみると、自身の足に触れていたのは、揺れ動く、かたそうな服――一部分だけ濡れたかのように変色している。
「……!! ありがと……」
小さく呟いた礼。
着ている服を犠牲にしてまで、自分の顔を拭いてくれたセッカに、最近もっぱら礼とは無縁だったカイラも、そのひとことを伝えずにはいられなかった。
「どういたしまして!!」
すると、セッカは、自分の方が施しを受けたかのように、うれしそうに笑って数倍の大きさで返した。
カイラは「フンッ」と鼻をならしてテキパキと立ち上がり、「ところでさぁ……」と前置き。カイラを見てボーっと佇むヨヅキに対し、眉間に皺を寄せる。
「さっきの、なに?」
「……さっきの?」
数秒、考える素振りだけ見せて、ヨヅキは返す。
カイラは前のめりになり、両手を横に大きく広げる。
「あれだよ! ほら、アイツらをパーンって吹き飛ばした、あれだよ!!」
「……さあ?」
「とぼけんじゃねぇ!!」
「ところで……」
「ところでじゃねぇ!!」
出会っていちばんの大声を出し、『元気だ。よかった!』とカイラに微笑むセッカ。一方ヨヅキは、ツッコミに反応しないよう、のらりくらりとかわし続け、話題をこっそりすり替える。
「カイラはこんなところで、なにをしていたんだ? 木の枝なんか持って」
「おい! …………そりゃ、さっきのやつらを倒しにきたんだよ!」
一時ツッコミを諦めたカイラは腕を組んで、自信満々に顎を突き上げる。
ビクビク震えていた先ほどまでとは異なって言葉端に歯を見せるカイラに、ヨヅキは思考を強制される。
顎に手を置き、斜め上の空を見上げ、思っていることをまっすぐ伝える。
「倒しに? …………本当か? ずっと腰を抜かしていたようだが……」
「うるせぇ! はぁ……まあいいや……。とにかく、これで助かった。村のみんなに伝えに行くから、ついてきてくれ……」
場を和ませるための冗談か、ただの本心かよくわからないヨヅキの言葉は、カイラの疑問を忘れさせるには十分すぎる効果を発揮していた。その証拠に、言葉ひとつひとつ、力がない。
「村……やはり、ついたか」
「やったね……! ヨヅキ……!」
一連のできごとに……というよりも、このやりとりに体力を消耗させられたようすで、ため息を吐きながら歩き始めたカイラ。その後ろで、こっそり話す二人。
片目を瞑って親指を立てたセッカに、ヨヅキも親指を立て返した。
『なんなんだ、こいつらは、ほんと……。急に出てきて、助けにきてくれたと思ったら、オレと同じくらいのガキだしよぉ……。勝てないのに、なんで守ろうとしてくれたんだ。死ぬのがこわくない……? 頭おかしいのか。ずーっと笑ってるし……。……で、もう片方ときたら、アレはなにものなんだ? どんな【賜物】を持ってれば、あんなバカげた威力の攻撃が出せるんだろう。愛想がよければ、理想の【勇者】像って感じなんだけどなぁ。ま、いちばん疑問なのは……あの二人、共通点なんかひとつもなさそうなのに、なんでトモダチなのか、だ。いったいどうやったらトモダチになれるんだ? でも、不思議と相性はよく見える。なんでだろ…………。はぁ……悪いヤツらではないんだろうけど……ほんっと、なんなんだ、こいつらは……』




