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アマリッカ ~魔法が消える日~  作者: 沢木キョウ
第一章 出会い ??編
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第三十三話 旅の始まり



 ***



「ずっと森だね」


「ずっと森だな」


 足元に咲く木陰の揺らめきを無視して歩くヨヅキと、それを避けながらペタペタ飛び跳ねて進むセッカ。村で見つけた、子ども用の肩かけ鞄をこれでもかというほどに振れさせている。

 きかずとも楽しさの度合いがわかる、銀髪の暴れ具合だ。


「あっ!」


 関節が逆に反るほど元気に差した指の先には、茶色い木の根元にへばりついた、木の葉一枚分の白い傘。

 傘の下からは、飢えた肉食動物の口元のように透明な唾液がにじみ出てきている。


 その手の形と興味津々な目の輝きで、セッカがなにを考えているのか、ヨヅキにはすぐ理解できた。


「食べるのか?」


「うん!」


「……それを食べたら死ぬぞ」


 それだけ伝えて、ヨヅキは再び進み始める。


 セッカは「へぇー、そうなんだぁ」と軽く流して、また跳ねて、ヨヅキを数歩追い越す。

 が、すぐに止まって落ち着いて考えてみると、血色のいい頬に青白さが加わっていき、


「…………えっ!? 死ぬの!?」


 理解した。

 

 旅が始まった直後に死んでしまっては、情けないどころではない。村のみんなにも、おじいちゃんにも、せっかく手を伸ばしてくれたヨヅキにも顔向けできない。

 セッカは、そこらへんにある食べられそうなものを手当たり次第に食べてはいけないのだと、このときはじめて知った。


 食べてはいけないのだとわかったうえで歩いているが、どうしても、あの白い傘とか虹色の花とか毛むくじゃらの虫とかが目に入ってきてしまう。


 歩きやすい道と、首を左右に振るだけでさまざまな動植物が目に入る森。世間知らずの権化であるセッカでも違和感を覚えた。


「なんかこの森、自分が過ごしてた場所と、ぜんぜん違う感じする。同じ森だよね? なんか……明るくて、いろんなのが……見やすい?」


「セッカがいた森は、人の手が入っていなかったからな」


「人の手? この森、もしかして……あっ、そっか!」


 セッカは小さい穴に詰まっていたものが排除されて、一気に水が流れ出したかのようなスッキリした快感に身を包む。


「ほぉ? ほぉー?」と、周りをもういちど見渡して、自分のなかに出たこたえに沿っているかを確認。

 かたく(なら)されている草のない地面に、はるか先まで見える道、適度な間隔の木。


 「フムフム……」と唇と目を細長くして、眉を上げ、セッカは顎を出す。


「ヨヅキ……これは、人の手が入ってる道…………」


「…………つまり?」


「クックックッ……つまり、この道の先には、なにかがある! ってことだ!」


 関節が逆に反るほど自信満々に真正面を指すセッカ。

 マジメか、それともふざけているのか、その判断に時間を要しているところに流れる奇妙な静寂――鳴き声で場をつないでくれた見知らぬ小鳥と虫に、心のなかで礼を言って、ヨヅキはこたえる。


「では、セッカ。この先には、いったいなにがあるんだ?」


「んー、それはねぇー…………なんだろ……?」


「私はこう思う。この道は、人がとおるためにつくられたもの。それも一度や二度ではなく、何回もとおるからこそ、このように整備されているのだと。そして、先ほどの村。あの村にあった本や服、農具はすべて、あの村でつくられているのか? とな」


 セッカは口を包んで、自然に心地よく溶けあっているような小さく長い唸りを上げる。

 その息を切らさないまま、ひと息であらためて思考。そして、


「あの村でつくられてないなら、じゃあどこから…………そっか、他の村!」


「ほう、他の村か」


 薄く、長い息の先――少し間を置いて出てきたこたえに、ヨヅキは相変わらずの抑揚のない返事をして、感心の意を伝えようとする。

 隣を歩くセッカは、雲ひとつない空のような笑顔をヨヅキに向け、「うん!」と、髪が驚くうなずきをみせる。


「この道はきっと、村と村をつなげる道なんだ! だからこのまま歩いていけば、村につく!」


「そういうことか。都合がいいな。やはり情報を得るには、人と会うのがいいだろうしな。セッカの言うとおり、このまま進んでみるか。助かった。ありがとう」


「いぃえぇ、へへっ!」



 ***



 鞄のなかにパンパンに詰めてきた干し肉を、セッカはボリボリと、ヨヅキはセッカが手渡してくれる分だけ食べて、ただひたすらに道を進む。村で見つけた革袋には水を入れて、ヨヅキがそれを、持ち手部分を手首に引っかけて持ち運び、大事に、少しずつ、二人の共有水として飲んでいく。


 歩いて歩いて……


 それでも景色は一向に変わる素振りを見せない。


 あの動きの激しかった髪も、陸に出て長い魚のように元気を失ってきている。

 空の青もすっかり黒くなり、セッカが目をこする回数も増えてきた。


「セッカ。眠いか?」


「……ん」


 なにも事情がなければ、歩みを止めて休憩に入るところ。

 しかし、ヨヅキはその選択を取りたくはなかった。


 ヨヅキはセッカに背中を向けて、膝を折り曲げる。


「乗れ」


「……ん」


 セッカはその背中に、倒れ込むように抱きつき、柔らかい頬を押しつけ、そして気持ちよさそうな寝息をならす。


 脱力しきった身体はヨヅキの背から滑るように落ちていく。

 落ちきりそうなところで、ヨヅキはセッカの身体を持ち上げて、自分の肩に腕を乗せる。

 両足を脇腹に抱えて、前傾姿勢を崩さないままゆっくりと立ち上がる。

 首を回してセッカの寝顔を確認。そしてまたいつもの歩みを始めた。


 ヨヅキが止まりたくない理由――それは、セッカの鞄のなかにあった。


『心もとない……か』


 この道が、どこか人のいる場所につながっている可能性は高い。が、その距離は不明。どれほどの歩みになるかわかっていない一方、食料は有限。

 人を見つけるより先に、食料が尽きてしまっては、その辺にある、食べられるかどうかわからない草や実に頼るほかなくなる。動物を狩ることもできなくはないが、調理方法を知らない。焼くだけでいいのか、なにか手順があるのか。

 もちろん、生で食べさせるわけにもいかないだろうから、それも最終手段にとっておきたいところ。


 安全面を考えると、できるだけこれらの方法には手を出たくないというのがヨヅキの心情だった。


 だからヨヅキは、鞄を見つめ『干し肉が尽きる前に人に出会いたいところだが……』と考える。


 だがしかし、人の気配がまったくしない静寂。

 きこえるのは、セッカの寝息と虫のコロコロとした鳴き声くらい。


 ヨヅキは、空に浮かぶ月を見上げ、『食べられそうなもの、早めに探しておくか』と思い始めていた。


 セッカを背負いながら、ヨヅキは道端に生えている紫の木の実を食らう。

 ――無味無臭。体調の変化なし。


 木にくっついた虫の抜け殻を食らう。

 ――無味無臭。体調の変化なし。


 太陽があるときにセッカが指差した、あの白い傘を食らう。

 ――無味無臭。体調の変化なし。


 ヨヅキは察する。自分の身体はあてにならないということを。


 セッカの寝息にため息を紛れ込ませて、


「肉の調理も視野に入れなければな……」


 と、呟いた。



 ***



 心地よく揺れる身体と、瞼を貫通する眩しさ。


「んー……あ、ヨヅキぃ……」


「起きたか」


 セッカは目の左右に皺をつくって、こする。

 ヨヅキは歩みを止めて、膝を折り曲げ、セッカは自分の足で地面に立った。


「あれ……ここは……そうだった、森、歩いてたんだった……」


「歩けるか?」


「ん……」


 欠伸をかまし、胸を張って両腕を天高く上げて、全身に力を入れて伸びをする。

 そこから一気に脱力し、今日の青空のように笑って、


「おはよっ! ヨヅキ!」


 と、うれしい朝の挨拶をする。



 ***



「肉は、あとどれくらい残っている?」


「半分くらい」


「そうか……」


 旅を始めてちょうど一日。

 この時点で半分ということは、つまり、肉はあと一日分しかもたないということ。


『やはり、現地調達も視野、か……』


 そうヨヅキが心で呟くと、


「肉食べるの、遅くした方が、いい?」


 セッカがヨヅキの顔を見て、おずおずときいた。

 その子どもとは思えない気遣いに、ヨヅキの思考は停止させられそうになるも、やはり体よく返す。


「いや、食べたくなったら食べていい」


「わかった。食べたくなったら食べるね。はい!」


 セッカの手には干し肉。向かう先はヨヅキ。


 それがどこまでもつかという話をした直後に、この行動。

 しかしヨヅキは「ありがとう」と返事をして、その肉を受け取る。

 そしてセッカは、いつもどおり、自分が干し肉をもらえたかのような笑顔を撒いて、頬に薄い赤を灯す。


 ヨヅキが肉にかじりついた瞬間、それを見たセッカは目を輝かせて、パァーっと口を広げる。

 そして自身も鞄に手を突っ込んで、小さな肉にかじりつく。

 ムシャムシャしながらも、抑えきれない笑顔が不安定な鼻息となって漏れ出し、「おいしいね! おいしいね!」と何度もヨヅキに話す。

 そのたびに、ヨヅキもまた「そうだな」と返し、そしてまたセッカが笑う。


 このいつものやりとりは、あてのない旅に、たしかな光を恵んでいた。



 ***



『もうそろそろ人に会いたいところだな……』


 昨晩と同じくセッカをおぶって歩き続け――すっかり夜が明けて、昼頃。


 干し肉もかなり少なくなってきて、丸々二日歩き続けた影響でセッカの疲労も限界を迎えている。湖か川を見つけたら、その都度、水の調達をしたり足を冷やしたりして小休憩をとるようにしているが、それでも疲れが完全にとれるわけではなかった。


 セッカの息が上がり、もう腕を振れずに肩を落としている。

 「休むか?」ときいても、「えへへ……大丈夫!」とセッカは笑って返しているが、もう限界。汗の出も悪くなってきている。


『これ以上は…………』


 そんなとき、ヨヅキの耳に入ってきたのは、サァーっという小さな音。きき逃してしまいそうになるほど静かにせせらいでいる。

 「待て」と言って、耳を澄ますと、それは森のなかからきこえてくる。

 ヨヅキはその方向に指を差して、


「水の音だ」


「川……あった?」


「おそらくな」


 ヨヅキがセッカに目をやると、セッカは口を絞って恋しそうにヨヅキの指の方向を見つめている。


「……休むか」


「うん……」


 セッカは申し訳なさそうに返事をして、震えた足で森のなかに入っていくヨヅキについていった。



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