記憶の章 ひとりめ 《まちがいさがし ※むずかしさ――とってもかんたん》
どこでまちがえたんだろう。
オレは自然豊かなこの村で生まれて、昔から魔法の英才教育を受けてきた。
なんていったって、師匠兼、父は後に《闇の賢人》と呼ばれる、世界で五本指に入る偉大な魔法使いだ。
母は光系統魔法に優れた魔法使いで……そんな両親が誇らしかった。
同じ村で育った幼馴染二人もいいヤツらで、いっしょに魔法の訓練をした。
オレが十二歳になって、《アマツ王国》魔法都市にある王立の魔法学校に幼馴染二人と入学した。
世界でも屈指の魔法学校だったが、オレは次席で卒業できた。
主席を幼馴染のアイツにとられたのは癪だが、悪い気分ではなかった。
ここまではきっと、なにもまちがえてない。
オレが青春していた一方、王国は大変なことになってたらしい。
次期国王と言われてた人が、神剣を奪って国から逃げたんだってな。
そのときに、《闇の賢人》が殺されてしまったと。
次の賢人をだれにするかの会議で《光の賢人》が、当時、田舎で魔法を教えていただけのオレのオヤジを推薦したって。どんな人脈だよ。
オヤジは正義感が強くて、敵にはいっさいの容赦がないことで有名だったらしい。扱う魔法も、なかなか殺意の高いヤツだったとか。
言われてみれば、オヤジが教えてくれた魔法って、全部、敵を殺すためのものだったような。
学校を卒業したあと、オレたち三人はいっしょに、《アマツ王国》の魔法兵になった。《闇の賢人》のムスコだからと、謎に期待をされまくったっけな。
新兵になってすぐ、戦争が起きた。
魔法学校在学中に起きた、国王候補が神剣を奪って逃げた件とつながる戦争だ。
どうやら、その国王候補は逃げてすぐ新たな国を興したらしい。肝が据わってるというか、こんなことをされたら、《アマツ王国》側が怒り心頭になるのもうなずける。
ついにオレの活躍の場がきた!
えっ? 待機??
新兵だから、オレたち三人は国で待機していないといけないらしい。
その国にいるのは、ほとんどが叛徒で、戦う力なんてほとんどないってよ。だから新兵のオレたちは必要ないんだって。
オレは弱者をいたぶる趣味はない。だがしかし、戦争に赴く人たちには、相手に戦う力がないからといって情けなど不要。ぜひ悪を成敗してもらいたい。《闇の賢人》としての活躍の場、オレのオヤジなら、きっとすごい戦績を持って帰ってきてくれる!!
えっ、負け?
それも、大敗??
意味不明。なんで、世界最上級の《アマツ王国》の兵が負けた? 負けたのに、死者はなし? どういうことだ?
やっぱりみんな手加減しちまったんだろ。
無理言ってでも、オレはこの戦争に参加して、叛徒を殲滅するべきだったのかもしれない。
やっぱり、叛徒は邪悪なんだ。
それからの《アマツ王国》は、ずっとピリついてた。
戦争をしようってヤツらと、戦争をやめようってヤツらが言い争ってる。
そんなことを他所に、幼馴染の二人が、同士で結婚した。
幸せそうな顔しやがって、オレはずっと思ってたんだよ、お前らさっさと結婚しちゃえよってな。やっとかい。
あっ、そういうオレも恋人ができたんだよな。めちゃかわいい人。王都で行きつけの飯屋の看板娘。
オレにはもったいないくらいのよくできた人で、もっと相応しい男になんねぇとってやる気が湧いた。
みんなが幸せになってたとき、戦争準備が始まった。
相手は、あのときと同じらしい。
違うのは攻める規模。
世界中で連合をつくって、全員で攻めるらしい。できたばかりの小国に酷なことをしやがるなぁ、《調停神使》。相手がかわいそうだぜ。
今回は俺も参戦する。幼馴染も参戦するが、もうひとりはどうやら授かったらしくて故郷で旦那の帰りを待ってるんだとよ。アイツのこと、親友として誇らしいけどよぉ、ずっと鼻の下伸ばすのはやめてくれ、キショク悪ぃ。
オレは後衛、アイツは中衛、そしてオヤジと母さんは最前線。
同じ村出身のオレたちはみんな別の部隊に配属されちまったわけだな。まあ、叛徒が相手なら、死ぬ心配もないでしょ。
勝った。
けど、ヤツらはやっぱり、邪神の使徒だ。最悪だ。
アイツはケガしてたけど、目に光があった。
オヤジは精神が壊れてた。
きっと、叛徒に壊されたんだ。
母さんは、死んだ。
まだ、まちがえてない。
オヤジのケガがひどくて、故郷でしばらく安静にするよう命令が下った。それと同時に、オレはオヤジの代わりに村を運営していくために、魔法兵をやめてきた。アイツも育休をとって村に帰るらしい。だから、そのニヤケ顔をやめろ。…………ま、いっか。
だから三人で、村に帰った。
みんな元気に過ごしてた。
昔いっしょにやんちゃしたヤツとか、口うるさいババアとか、酒好きなジジイとか、みんな元気だった。
けど、ひとり、いなかった。
アイツは走り回った。
村のあらゆる場所、全部を見た。
けど、いなかった。
そして彼は森に入っていった。
オレはあとを追いかけた。
追いついたころ、そこには、包丁で自分の首を横から貫いて倒れてる、アイツの嫁。
まだ艶を帯びた血は地面に滲んで、銀髪を生やした赤ん坊の入っている木かごを赤く染めていった。のんきなことに、そいつは両手を広げて、眠ってやがる。
アイツは壊れた。
赤ん坊に手の平を向けて、ブツブツなにか言い始めたと思ったら、その手には炎。
震えた声は、歪なままに形を成していって、怪物の咆哮に変わっていった。
オレは動けなかった。どうするのが正解で、どうするのがまちがいか、わからなかった。
アイツはそのまま詠唱を完成させて、アイツが使えるなかでいちばん強い魔法を解き放った。極限まで圧縮した炎の玉を。
でも、届かなかった。
赤ん坊の身体の周りには小さな結界。
魔法をはじかれたアイツはもういちど同じ魔法の詠唱を始めた。けど、その瞬間、アイツの身体が吹き飛んでた。
吹き飛ばしたのは、あれからひとことも話さなかったオヤジだった。
オヤジは杖をつきながら、ゆっくりと赤ん坊に向かって歩いてきて、その子の前であぐらをかいた。
なにをするんだろうと思ったら、オヤジは、涙を流して銀髪のソイツを、優しく抱きかかえやがった。オレが人生で見たオヤジの涙は、これ以外に存在しなかった。
もう、わけがわからなかった。
オレは、今みたいに立ち尽くすことしかできなかった。
なにも考えられなかったとき、頭から血を流した怪物が目を真っ赤にして、嫁だったものから包丁を引っ張り出した。
オレは、人が本気で怒る瞬間を初めて見た。人が本気で怒ったら人じゃなくなるんだなって、そのときは感心してたと思う。
怪物は血のついた包丁を持って、フラフラ左右によろけながら、でも視線は自分たちの赤ん坊からはなさないで、突撃していった。
オヤジは怪物を吹き飛ばさないで、赤ん坊を見て涙を流し続けてる。
怪物は赤ん坊にたどり着いて、その包丁を、柄の部分まで貫かせるくらいの勢いで振り下ろした。
けど、結界があった。そのあと何回振り下ろしても、けっして届かなかった。
怪物の涙は、すっかり赤くなっていた。赤ん坊をいっかいも殺せないとわかった怪物は、持っていたソレで、自らの両眼を切りつぶして、最期に、世界に響く咆哮を出し続けて、自分の首を貫いた。
ザックリいったあとも、ガラガラと嗚咽みたいな音を少し出して、怪物は死んでいった。
オレは、どうすればよかったんだ。
それから、オレには子どもができた。幸せのはずだったのに、そう思いきれなかった。
オヤジの家に、ソイツがいたからだ。
あとからきいたんだけど、アイツの嫁は生まれた子どもが銀髪の叛徒だってわかって、森のなかでソイツをこっそり殺そうとしたんだとよ。家にあった包丁を持って、森に入っていったんだってな。
けど、それが刺さってたのは、親のほう。それがどういうことか、親になった今なら少しわかる気がする。
だが、こんなことをさせちまう叛徒は、消すべき存在だってことが、よーくわかった。
オヤジの心も乱してるみたいでよ、この村で戦闘魔法の練習を禁止したり、村長交代を拒んだり、なにがしてぇんだよ、ったく。
親ができないなら、オレが殺ってやる。かたき討ちだ。
って思って、五年が経っちまった。
何回かオヤジの家に行って、話をきいてみてはいるが、どう説得してもきいてくれねぇ。
なにか深い理由で保護してるわけではないことだけはわかった。じゃあさっさと手放せよってな。
そして、もう何回めかになるかわからない説得に、オレは秘策を用意していった。
《第二次狐龍戦争》。
この村は狐の国に近い。分類としては《アマツ王国》だが、立地的には狐族の領土内という、なんとも面倒な場所にある。
現状最強の龍族が狐族に攻め入れば、魔法道具による簡易的な結界があるとはいえ、この村にその余波がくる可能性があった。
だから、《アマツ王国》から結界の専門家を呼ぶことにした。オヤジも結界の魔法を使えるが、専門ではない。どっちかっつうと攻撃魔法の専門家だ。
ただ、今の王国には余裕がない。戦争のあれこれがあったからな。
もし、村長が叛徒をかくまっているなんて知られたら、協力してもらえないどころか、村が焼き尽くされるかもしれない。
だから、オヤジに選択肢を与えてやった。
一つめは、今すぐにソイツを殺すこと。最初から叛徒なんていなかったことにしてオヤジが村長を続けるか。
二つめは、オレに村長を継がせて、ふたりで村を出ていくか。
今までのオヤジを見ていればどちらを選ぶかはわかりきっていた。けど、
オヤジが選んだのは、三つめだった。あんな不完全な魔法まで使いやがって。なんでだよ。
オレは、きっとまちがえてしまったんだ。
オヤジがいなくなったことが村人にバレたら面倒だから、しばらくは、家にひきこもって魔法の研究でもしてることにしとこう。
村のみんなには、オレが正式に村長になったって報告して、戦闘魔法の練習を再開させた。
村の不満が一気になくなっていくのを感じて、オレが村長になることはまちがっていなかったんだって思えた。
オヤジの家の片づけをしようと思って、夜に向かったら、だれかが入っていくのが見えた。
いなくなったのがバレると思ってすぐに駆け寄ったら、ソイツだった。花を持ってトビラの前でくたばってやがる。
ほかのヤツに見つかったら面倒なことになるから、もう近寄ってこないでほしかった。
オレはソイツを寝かせて、飯をつくってやった。あのオヤジがあんな魔法まで使った相手だ。ここで死なれても寝覚めが悪い。
ただ、かかわりすぎると不幸にされるから、村全体に、なにがあっても叛徒は無視しろよーって呼びかけた。
それから、一週間に一回、ソイツは家にきて、花を添えていく。オレが用意した飯をおいしそうに無遠慮きわまりなく貪りやがる。その間、隠れておかないといけないの、怠いったらありゃしねぇ。
予定どおり、《アマツ王国》の結界の専門家がきた。まさか《光の賢人》とかいうとんでもない方がくるとは。それほどまでに、この村のことを高く買ってくれているんだな。てか、顔こわ。
その方が、オヤジのことをきいてきたときは肝が冷えたぜ。
とにかく、これでもう村は安全だな。村人も隣の《アオバ村》まで逃がしたし。
最悪だ。
見られた。
よりにもよって《光の賢人》に。
オレは焦りまくった。どうにかしてごまかさないとって思って、叛徒の味方ではないと示すために出た言葉が、ゴミでもありましたかーって無理筋すぎるだろ。
とりあえず引きはがすことには成功したけど、そのあとの会話は緊張したぁ。
なんか心変わりされるんじゃないかなーって、冷汗で溺れかけてたんだけど、なんか《光の賢人》の顔が和らいでたような気がする。どうなってんだ、マジで。
戦争が終わった。
我ながら完璧な作戦だった。きっと正解の道を選べたからに違いない。
ソイツもどうやら生きてるっぽいしな。
それから約二年。
詳細はよくわからないが、《アマツ王国》と龍族が協力するらしい。
いい機会だ。借りを返すついでに、ウチを優遇してもらおう。これは村長として、当たり前の行為だよな。
どうにかこうにか媚び諂って、機嫌をとって。って思ってたら、兵士が急に立ち上がった。
トビラの前になんかいるらしい。
その人がトビラを開けたら、見覚えがありすぎる雨着がいた。
なんでこういうときにいつもソイツは出てくるんだよ。奇跡か。いや、これは叛徒だからか。
だからオレはあの技を使ってやった。ゴミでもいましたかーって。
効果覿面。兵士は少しだけ話して、すぐにこっちに戻ってきてくれた。
前回のこともあったし、今回は焦り少なめでいけたと思う。村長だし、これぐらいの問題はサクッと乗り越えていかないとな。
あれ?
明かりがつかなくなった。
魔法が使えなくなった?
そんな馬鹿な。
本当だ。
なんだろうこれ。
ちょうどよかった。《アマツ王国》の兵士にもきこう。
なにも知らない?
これじゃ、魔法の練習ができないから、原因がわかるまでは休みか。
ん?
地震?
すごい魔法を使えるやつがこの村にもいたんだな。
叫び声か?
なんだよ、ドアバンバンすんじゃねーよ。ったく。
トビラをあけた。
地獄だった。
なんでこうなったんだろう。
どうすればよかったんだろう。
死ぬ瞬間って、こんなにも世界が遅く感じるんだ。初めて知った。
あっ、そうだ。
生きてるかな。あのゴミ。
やっぱり殺すべきだったのかな。
殺さなかったから、こんなことになってるのかな。
叛徒は叛徒なんだ。不幸を振りまく存在なんだ。
あれ、あの子を助けたのって最初はオヤジだったよな。
じゃあ、オヤジをあのとき村に連れてこなければ、あの子はアイツに殺されてたのかな。
きっと、オヤジとあの子を引きはなさなければよかったんだ。
二人いっしょのときはなんだかんだなにも起きなかったし。
オレが叛徒にゴミって言ったのがダメだったのかな。
それが邪神の怒りに触れたんだ。言わなければよかった。
オヤジが戦争でおかしくならなければこんなことには。
そもそも戦争から遠ざけていればこんなことには。
幼馴染二人を結婚させなければこんなことには。
魔法なんか学ばなければこんなことには。
あんな子どもに、情なんか持たなければ、こんなことには…………。
どこでまちがえたのだろう。
ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ、きっとまちがいだったんだ。
まちがいだらけの人生に、意味はあったのかな。そんな規模の話をしてる時間なんて、もうないんだった。
もし、
願ってもいいなら、
オレの選択はなにもまちがっていなかったと、だれか証




