表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマリッカ ~魔法が消える日~  作者: 沢木キョウ
第一章 出会い 雪月花の夜編
31/35

第三十一話 大人だから



 ***



「ん……」


 足先に広がる温もりと、目の奥にズキンとくる痛みで、セッカは目を覚ます。


 風に揺蕩う木の葉の陰が自らに降り注いでおり、足先だけは、その(とばり)からはみ出し、陽光にさらされていた。


 視界を少し上に上げると、セッカが大好きな白い花畑。

 そして、そのなかには、お世辞にも馴染んでいるとは言えない、クロがいた。

 彼女は、土の上で正座をし、片手でおくれ毛を軽く押さえ、もう片手で花びらの裏を支えて、花の観賞していた。

 

 まさしく、“美の擬人化”と比喩するに相応しいほどの美しさが、そこにはあった。


「おあよぉ。ヨヅキぃ……」


「ああ、起きたか。よく眠れたか?」


「うん……ヨヅキは? よく眠れたぁ……?」


 目をこすりながら、ふわふわときいたセッカに、ヨヅキは立ち上がり、歩み寄りながら言う。


「私には睡眠の必要がなくてな」


「一回も寝てない……ってこと?」


「そうだ」


 セッカは、目をこすっている裏側で眉をピクリとだけ動かして、手をはなした。

 目の前まで歩いてきたヨヅキの顔は、陰で少し見えにくいが、やはり昨日と全く同じ――目の下にクマもなく、顔全体の皺も少ない。嘘をついている素振りもなし。


 ヨヅキの言ったとおり、本当に彼女には睡眠の必要がないのだと、セッカは察し、「へぇー」と軽く受け流す。


「自分が起きるまで、なにしてたの?」


「御覧のとおり、花を見ていた」


「気に入った?」


 起床したばかりのためか、セッカは力の入っていない笑顔できく。


「さあな」


 ヨヅキは目を瞑ってこたえる。


 セッカは「そっか……」と言って口を横に広げて「ふぅー」と息を吐き、自分の両頬を同時にバチンと勢いよく叩いた。


「ぃよしっ、ヨヅキ」


「ああ」


 ヨヅキは、木に寄りかかっているセッカに手を伸ばし、セッカはその手を深くつかんだ。


「続き……行こっか!」



 ***



「ふいぃぃぃぃぃ!!」


 と、全身を赤くして力んでいるセッカを横目に、


「…………」


 力むようす一切なく、淡々と仕事をこなすヨヅキ――


 二人は死体を運んでいた。

 ヨヅキは穴を掘り終わったため、セッカの死体運びに協力していた。


 もちろん役割分担も行っている。

 

 セッカは、セッカにも運べる場所にいる死体を。

 ヨヅキは、セッカが運べない場所にいる死体を――瓦礫の奥にいる死体や、串刺しになってしまっている死体など、それぞれ運んでいた。

 つまりは、子どもが手を出すと危ないような場所を、ヨヅキが担当している。


 作業中の会話はほとんどない。


 それぞれが、それぞれの作業に集中しているというのもあるが、それ以外にも要因はあった――


「…………」


 ヨヅキが運ぶのは、必然的に、より凄惨な死体となる。

 そのほとんどの顔は、判別できないありさまで、しかしヨヅキは、彼らを運ぶときは背中を支える横抱き――その顔を見つめながら、死体を、集めている場所まで持っていく。


 顔が残っていれば幸運、表情がわかればさらに幸運という状態。

 

 そんななか、ヨヅキは白髪まじりの老人を探さずにはいられなかったのだ――



 ***



「これで…………さー、いー、ごっ!」


 掛け声とともに、セッカは死体を広場まで運んだ。

 ヨヅキは穴のそばに立って、見下ろしていた。


「おつかれ」


「ふー! ヨヅキもおつかれ!」


 地面に尻を押しつけ、セッカは額に手の甲を当てて言った。

 足をまっすぐ伸ばし、背中を沿って、空を見上げる。


「こーんなに早く終わったのは、ヨヅキのおかげだよー!」


「セッカが昨日からがんばっていた成果だ」


 セッカの視界には満天の青空と、その中心には、熱を発して真っ白く光る球体――片目を閉じ、口端に皺を集めて、額に置いていた手を下にずらす。

 目が覆われる高さまで動かし、直視したら目に痛みをもたらすであろうそれを、しかしセッカは指の隙間から細目で見上げる。

 行動と結果は不均衡なはずだが、それでもセッカは、真上にある光を、ただの興味か――つい見てしまっていた。


 雲はなく、目と光の間を横切る動物はいない。たまに虫が入ってくるだけで、ほとんどの光はセッカの瞳めがけて降り続けていた

 光の残影が視界を支配し始めたころ、セッカは「っと……」と、振り子のように頭を振って、背中を丸めた。


「そうだね。自分は、ちょっとだけ、がんばった……かも」


 口元には笑み、眉間には皺を寄せて言ったセッカは、すぐにヨヅキの顔を見た。


「でも、けっきょくはさ、たぶん、ヨヅキがほとんどやってくれたよね! ありがとう。見てて思ったんだけど……ヨヅキって、すごーく力持ちじゃない?」


「私は、大人だからな」


「へぇー、大人って、みんなそんなに力持ちなの?」


「……ああ」


「ふーん。『大人だから』かぁ……」


 セッカは足を抱えて小さくなり、自身の膝と膝の間に顎をおさめた。

 そして下唇で上唇を押し出して、眉を上げた。


「……さて、ここからは集めた死体を穴に埋める作業になる。セッカ、もし虫やニオイがきついなら――」


「自分もやる」


 ヨヅキの発言を遮って、低めに言ったセッカ。




 彼女の心には引っかかっていた――「大人だから」という言葉。


 ヨヅキが手伝ってくれたことで作業が急激に進んだ。これは、まぎれもない事実。

 もしかしたら、ヨヅキがすごい理由として、『ヨヅキが大人』というのもあるかもしれない。


 しかしどうにも、セッカの頭のなかでは、その言葉が、「子どもだから仕方ない」に思えてならない。


 ならば、今の自分は、無力なのか――

 ならば、いつになれば、『大人』になれるのか――




「わかった。具合悪くなったら、いつでも休んでいいからな」


「ありがとう」


 話を遮られたことなど気にせず、ヨヅキは体よく返す。

 そこに乗せたセッカの感謝は、真剣そのものだった。



 ***



 耳元でなり続ける羽音――


 服の内側まで入り込む不快な気配――


 息を吸うことも憚られる腐臭――




 止まらない震え、浮き出っぱなしになった鎖骨、噛みしめられた奥歯――それが、穴のそばにいるセッカ。


「どんどん、持っていくぞ」


「うん……」


 冷汗を垂らし、セッカは息をのむ。


 力持ちのヨヅキが、セッカのもとまで死体を運び、セッカが穴に落としていく流れ。

 今のセッカの役割を介することなく、直接死体を落としていくことも可能だった。


 それをさせなかったのは――セッカだった。




「…………」




 以降の会話はない。


 ただ黙々と作業をしていく。

 ヨヅキは死体をセッカに渡し、セッカはそれを転がして穴に落とす。


 序盤――

 ひとり……またひとりと冷たい身体を落としていくと、その衝撃で、肉や体液が飛散して――穴底でベチャリと音を立てる。

 川で足をバタバタさせたときに出る音と似ていた。

 でも、楽しさなんて、ちっともなかった。


 死体を落として、穴底に音が響くたびに、セッカは肩を懸命に上下に動かして、鼻から吸って鼻から吐く、震えた深呼吸をする。なんども息をのみ、なんども唇を翻す。

 

 落ちた衝撃により、暗闇のなかで、ひしゃげてしまった彼らを見ると、セッカはどうにも自らが殺したのではないかと、罪悪感に襲われる。

 瞳は揺れ、瞬きの回数は増え――深呼吸に荒々しさが伴っていく。


 それでも、血に塗れたセッカは目を逸らさないで、ひとりひとりと向き合う。




 作業が進んでいくと、序盤に落とした死体は、積み重なった新たな死体によって埋もれていく。

 そうなった者は、もう二度とだれの目にも触れられはしないだろう。

 ボロボロの村には、彼らの生きた証など存在せず――すでに弄ばれてしまった彼らの屍のみが、その存在証明だった。


 残念ながら、セッカは村人と親しくない。どの死体を見てもだれがだれだか、いまいちピンとこない。

 どの人が、どんな性格なのか、どんな声なのか……生い立ちや得意なこと、好きなことや嫌いなことも、セッカは知らない。

 思い出がなければ、いくらがんばって彼らを忘れまいと奮闘しても、その姿が埋もれた瞬間、記憶は、死に方の悲惨さだけを残して、あとは夢のように霧散していく。




 ひとり――




 またひとり――




 悲しいはずなのに、涙は出ない。

 

 人生で流せる涙の総量は決まっていて、それがセッカは極端に少なく、たった数年でそれを超えてしまった。と、セッカは思った。


 人でなしの自分にできることは、彼らを穴に落としてあげることのみ。


 自身の記憶のなかに、鮮明に残してあげられないのだとしても、今だけは――


 彼ら、ひとりひとりと対面できる今だけは、しっかりと向き合いたい。




 そうして、ひとり――




 またひとり――




 子どもを落とし――




 老人を落とし――




 女を落とし――




 男を落とし――




 やがてセッカは最後の死体を落とし――うつむく。



 ***



 穴の隣で待機しているセッカのもとに死体を運ぶヨヅキ。


 仕事を忠実にこなしていくだけだが、セッカが白髪まじりを穴に落とすときだけは、つい彼女の顔色を確認してしまう。

 しかしセッカは、みな平等に、真剣な眼差しをもって、落としていく。それぞれで差は存在していない。子どもから年寄りまで、ひとりひとり、心を込めて……



 ***



「……埋めるぞ」


「うん……」


 不快感を強制する虫の羽音のさなか、ヨヅキがスコップで土をかぶせきるまで、セッカはガタガタの爪が食い込むほどの握りこぶしを腿に乗せて、黙って正座――土に埋まっていく死体を見ていた。


 茶色い土が彼らの服にかかり、顔にかかり、口の中に入っていき、風穴のあいた腹を満たし――上から見える人数を減らしていく。




 やがて、穴は完全に埋まり――こうして、真の意味で、村人のいない村が完成した。




「ありがとう。ヨヅキ」


「いや……」


 ヨヅキは無表情のなか、瞳だけを横に逸らした。

 セッカは痺れた足でフラフラと立ち上がり、いつもの調子で言う。


「もうひとつだけ、やりたいことがあるの」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ