第三十話 月花に笑う
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「はぁ……。もっと、おっきくつくっとけばよかった……」
「あまり気にするな。もともとは、セッカが、セッカ自身のためにつくった家なのだろう? ならば、後悔の必要はない」
「ありがとう」
木に寄りかかり、服の余韻が触れる近さで座る二人。
目の前には、花の月。その上には、満天の星空。
二人がそれぞれを眺めながら、静寂を落とす。
気まずさではない。暗黙の了解とも捉えられる、得も言えぬ安心感。
近くでせせらいでいる川の音が、頭のなかを軽くしてくれているようにも感じられる。このまま自然ととけ合ってしまいそうだ。
「セッカは…………」
口火を切ったのはヨヅキ。
呼吸をするように――感情ひとつ乗せないで、ただ通り過ぎていく風のようにきく。
「んー?」
セッカもまた呼吸の延長線上に返事を乗せる。
「セッカは……この先、どうするんだ?」
「んー……みんなを集めてぇ、埋めてあげてぇ――」
――静止。
そこで少女の未来がプツリと途切れる。
『もうあんな景色を見たくない』という理想はあっても、その手段はわかっていない。
願いを叶えるための道しるべが存在しているわけもなく、今見えているちっぽけな世界の規模でしか、セッカは夢を語れなかった。
そんなセッカに、ヨヅキは口を挟まない。
なにを言っても、今は雑音にしかならないとわかっていたから。
「…………」
セッカは、自身の足を抱きしめ、夜空を見上げる。
もちろん、そこにこたえがあるとは思っていない。しかし、ヨヅキの見ている景色を見れば、新しくなにかが生まれると――
セッカは光に手を伸ばそうとするが、途中でためらった。
花の月に向き直り、そして、隣にいるヨヅキに視線を向け、心からの声を発する。
「どうするか、なんにも考えてない!」
吹っ切れたような元気な声――それは、自らで孤独を選んだ証明でもあった。
「そうか」
ヨヅキは横目で見て、吐息にまぜて呟いた。
(ぎゅう……)
静寂に置かれた、ひときわ目立つ、かわいらしい空気の流れる音。
ヨヅキは視線を落とし、セッカの腹を見る。
セッカは、ヨヅキの目を見ながら背筋を伸ばし、真っ赤な顔をさらに赤くして、自らの腹を叩く勢いで手の平を押しつける。
「セッカ……」
「あはは……。お腹すいちゃった……。あれー……? いつもはお腹がなっても、気にならなかったのに、ヨヅキにもきかれてるって思うと、ちょっと恥ずかしい……」
もう片方の手で首の後ろをさすりながら、セッカは調子の取れていない笑いを漏らし、瞬きを増やす。
「なにか、腹を満たせるものはあるのか?」
「うんっ、あるよ! ちょっと待ってて」
言いながら、セッカは尻をパタパタはたいて立ち上がり、小さな家に飛び込んでいった。
「……まさか、草、か?」
私は、予感していた。
きっとあの少女がこれから持ってくる食べ物は、昼間に食べたモノと同じなのではないか、と。
アレは、あんなにも小さな子どもが食べるべきモノではない。
小腹が満たせるといっても、限度がある。アレばかり食べていたら、あっという間に飢えて、あの世行きだろう。現段階でも、すでに痩せすぎだ。
もう少しマシなモノを食べてほしいが…………
「おまたせー!!」
両手それぞれ、なにかを鷲掴み、小走りでセッカが向かってきた。
セッカは、私の座っている場所まで近づいてくると、徐々に速度を落としていき、やがて私の隣までたどり着く――そして、地面に落下するように腰を下ろした。
草の毛布がなければ、ケガをしてしまいそうな勢い――しかし、子どもながらに自然慣れしたセッカは、私から視線を外さないままでも、その地面が痛くないと理解しているようだった。
「はい!」
元気よく、月光だけでもわかるクッキリとした笑顔で、セッカは鷲掴んだ手を私の肩まで伸ばす。
その手のなかにあったのは、二つの茶色。
「これは、干し肉? 草よりは、まあ……」
「そう、肉! 一緒に食べよ!」
そう言ったセッカは前のめりになり、「ん!」と言って、手は私の口元にさらに近づく。
その手と、セッカの顔の間――どうしても視界にうつる、血だらけで、骨を浮かばせるほど痩せ細った腕。
空腹感を感じていない私には、食べ物は必要なかった。食欲がないだけでなく、食べなくても、生命活動に問題ないことも、なんとなく理解できていた。
だから、私に差し出した二つの干し肉は、セッカに食べてほしい。
が、言えなかった。
「……ありがとう」
感謝を伝えるとともに、私の手の平ほどの二つの干し肉を両手で受け取った。
セッカは「ぜんぜん!」と言ってから、「よっ、よっ……」と尻で跳ねて、座る位置を微調整。
木に寄りかかり、服の余韻が触れる近さで座った。
「いただきまーす!」
食事前の挨拶を元気に済ませ、セッカは干し肉に頬張りつく。
歯を出して、ミチミチと音を出しながら、肉を噛みちぎろうと奮闘。
頭を後ろに、手を下に引っ張って、干し肉をちぎりにかかる。
「い”い”い”ぃぃぃ……」と数秒間、震えながら唸って――やがてセッカは干し肉との戦いに勝利する。
しかし、力の余韻で頭が後ろに飛んで――
(ゴンッ!)
「いっっっ……たーい……」
鈍い音をならして、寄りかかっている木に後頭部が激突。
「大丈夫か?」
「えへへ……だいじょぶ、だいじょぶ……」
後頭部をさすりながら、セッカはこたえる。
子どもらしさのような部分が垣間見え、私はどこか安心感を覚えたような気がした。
それと同じくらい、セッカが食べている、セッカの手の平と同じ大きさの干し肉を見て、私はどこかやるせなさを覚えたような気がした。
(ミシャミシャ……)
セッカの苦戦の仕方から、もっと歯と顎に負担がかかると思ったが、意外とすんなり噛みちぎれ――そのまま咀嚼。
「…………」
「フンギィ“ィ“ィ“……」
隣では、相変わらず苦戦し続けるセッカ――白い歯を出し、顔を皺くちゃにしている。
脇を開き、歯を軸にして干し肉を回したり、顔を捻ったりして、『なんとしてでも肉を食らってやる!』と、気迫のあるセッカの震えに、思わず私は、咀嚼を遅くして魅入る。
干し肉はミチミチ音を立て、端から繊維が切れていく。そのちぎれように、肉塊となった村人が脳裏を過ることは必然だった。だからといって、気持ち悪さは湧いてこない。嗚咽感なく、私はする必要のない咀嚼を続け、セッカの結末を見届ける。
そしてついには、セッカの歯を境目に、干し肉が分断――その瞬間、今度は頭が吹っ飛ぶことなく、干し肉が噛み切れたことに本人が驚愕しているかのように、セッカは体をギョっとさせる。
歯を口のなかに収めて、ゆっくり咀嚼を始めると同時に、セッカは私の方を向いて、目元に皺を寄せ、口を閉じたまま笑んだ。
私も、自分が考えられる精いっぱいの笑顔を返し――再び花見。
「セッカは、この肉を、どうやって手に入れたんだ?」
「えーっと……」
セッカは首を絶妙に傾け、目玉を上へ――自身の記憶を探るようにこたえる。
「おじいちゃんの家にね、一週間に一回、花を変えに行ってたの。そのとき、おいしいご飯を食べて……あっ! ねぇねぇきいてよ、ヨヅキ! このご飯がとってもおいしくてね! なんか、肉と野菜が……こう、いい感じに入ってて……で、そのうえにブワァーってかかってる茶色いのが、もっ、とにかくおいしかったの!」
うるさいくらいの身振り手振りを加えて、持っている食べかけの干し肉を振り回すようにセッカは語る。
私がきいたことと少しズレつつあるが、私は「そうか」とセッカの波濤に抵抗しない。
思い出を、あまりに嬉しそうに話すものだから、今さら干し肉の入手方法の話に戻してやろうとは思わなかった。
「でね!」と付け加えようとした直後、しかしセッカは障壁に阻まれたように唐突に落ち着きはらい、息を吸う。花畑に向き直って、冷静に――
「いつも横に干し肉を置いてくれてたから、食べ終わったら、それを持ってここまで帰ってくるんだ」
そう言って、セッカは、空になった口に再び干し肉を入れ、今度は勢いよく噛みちぎらず、しゃぶるように食べる。
おじいちゃんの話をするセッカは楽しそうで、思わず私はきいてしまった。
「セッカの、昔のことを、もっときかせてはくれないか?」
「!! もちろんいいよ!」
***
夜も更け――
欠伸が増えてきたセッカは、ときおり、首をカクリと落としながらも、追放までの経緯を語った。
目の前に広がる白い花に、二人は視線を向けていた。
「そうか。セッカはそのとき、家を追い出されたんだな」
「うん……。でも…………わかんないんだ」
「追い出された理由……か……?」
「それもだけど…………おじいちゃんが……そのとき……最後に、なんて言おうとしてたか……かな……」
言葉の節々に寝息を含ませ、セッカは言う。
話をきいている私は、昼間と同じ調子――唇を包むように手を添えて……思考。
「セッカが一週間に一回、花を変えに行っていたのは、追い出されたあと、なんだよな。…………では、そのときに、おじいちゃんに話をきけなかったのか?」
「…………」
セッカは、ゆっくりと、虚ろな目を私に向けて――
「…………無理だよ」
その言葉を最後に、セッカは目を閉じ、首を落として寝息を立てる。
「…………」
私は、想像してしまった。
だれも生き残っていない村――セッカのおじいちゃんも例外ではなく、すでに亡くなっているのだと。
セッカは、おじいちゃんの話をするとき、とてもうれしそうに笑う。
しかしきっと、それと同時に、おじいちゃんの話をするたび、彼はもうこの世にいないという事実を突きつけられている。
私ごときが考えていいことではないが…………
本当に――
本当に――
――かわいそうな子だ。
私は忘れない。
子どもながらに、すべてを悟ったような…………彼の死に、もう諦めがついているかのような…………あの笑顔を。




