第二十九話 懐かしい輝き
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セッカに連れられ、私たちは薄暗い森のなかに踏み入った。
私が歩いてきた道とは別方向に向かっている。
視界状況があまりよくない道でも、セッカはすべてが見えているかのように突き進んでいく。
「セッカ」
「んー? どうしたのー?」
「セッカは視力がよかったりするのか?」
セッカは口と鼻を近づけ、静かに瞬きを数回。
直後、目をかっぴらいて、
「……急に!? 本当にどうしたの!?」
「いや……ここは足場が悪くて、かつ今は薄暗い。もっとゆっくり、慎重に歩むものだと思うが……しかしセッカは足元にそれほど気を配ってないように見えたんだ。まるで道がハッキリ見えているように。な」
「あー、そゆこと……」
セッカは落ち着きを取り戻し、冷静にこたえる。
「これは、視力がいいってわけじゃなくて、もう、何回も通ってる道なの」
「こんなところを……何回も……。そういえば、黒いドロドロがきたとき、森に独りだったと……。それに、その身なり……。まさか、セッカは森で暮らしている…………のか?」
「うん。こっちに、自分の家があるの」
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「この川の近くに家があって――自分の好きな場所がね、もう少しで見えてくる」
「…………」
すっかり陽が落ち、背中から見えていた少女の赤が闇夜に溶けたころ、川のせせらぎに乗せて、セッカは穏やかに言った。
ここまでの道のり、動物はほとんど見えず、みな、息を殺しているようだった。
きた道とは別に、村まで一直線に伸びる殺意の道が存在しているようで、きっとそれに怯えているのだろう。
この川にも他の動物は見えていない。ゆえに静寂。
***
下流に向かって歩き、少し。
ついにセッカは立ち止まり、指を差す。
「あれが好きな場所。だよ」
そこに広がっていたのは、私たちをほのかに照らす、白い光。
地に広がる夜空。暗闇を色づける、花の月――
「花でできた夜月……か。キレイだな」
「うん……」
セッカは目を細め、笑って頷いた。寂寞感を漂わせながら……。
「…………」
「ヨヅキは……あまり気に入らなかった……?」
人差し指同士をツンツンしながら、有無を言わせない愛くるしい眼で、セッカは私の顔をのぞき込む。
私は少女の眼を見て、できるかぎりの優しい笑顔をつくって言う。
「そんなことはない。とても……輝いている」
セッカは一瞬、ハッとしたようすで浅葱を震わせ、鼻から空気を吐く笑顔を私に見せて、花に視線をうつす。
その目の奥には、『好き』が伝わる、輝きがあった。
「…………自分はね、花が大好きなの。キッカケがなにかあったからとかじゃなくて、とにかく、大好き」
「…………」
「あえて挙げるなら……キレイなのもそうだし…………おじいちゃん、みんなとのつながりみたいなものもあったから。かもしれない…………。でも、もう……」
――涙だけが流れていない泣き顔で、少女は笑った。
私には返す言葉が見つからない。
セッカの言葉の意味が、二つとも理解できなかったから……。
「そうか……」
咄嗟に出た言葉は、ひどく残酷な、たった三文字。
目には見えない涙を流している幼い子に、慰めのひとことすら与えられず……頭の片隅に『記憶がないから』という言い訳が浮かんでしまった私は……
――最低だ。少女が喉奥に押し殺している焦がれの塊は、吐いてしかるべきものなのに…………
「…………変な話しちゃった。好きなものなんて、ひとそれぞれ、だもんね。自分だけが気持ちよく話しちゃったらダメだよね…………。あそこに家があるの。はやく行こう」
手の平で涙を拭う仕草をしたセッカが、花畑の横に立つ木を指差し、夜にふさわしい落ち着いた声色で言った。
「す…………ああ、そうだな」
出そうになった謝罪の言葉と同時に、少女に気を遣わせる己の冷淡さを噛みしめ、私はセッカについていった。
私の反応から、闇夜に紛れて自身の表情がうまく隠れていると思っているだろうセッカは、態度を変えない。ここにくるときと同じ、目的地をまっすぐ見据えている、頼りがいのある背中だ。
しかし私には、すべてハッキリ見えていた。見えすぎるほどに。そのうえでの、あの三文字――
もういっそ、セッカに私のことを軽蔑してほしいと願うばかりだ。
セッカは、歩きながら唇を震わせて、月を眺めていた。
忌憚なく述べるなら――私は、あの月に、感動はしなかった。
そのとき、同時に妙な懐かしさを覚えていた。
あの輝く花に…………ではなく――
花を眺める少女の放つ、その目の輝きに。
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「ど?? 自分でつくったんだよ!」
錆びた鈴の音のような虫の鳴き声が響く森のなか――
セッカが背中を反らして両手を腰に据える自慢げな態度で見せびらかしてきたのは、家……というには、村人の家をつくった方々に対して少々失礼とも思える、太めの枝と草を木に隣接させて組み合わせただけの、家“らしき”もの。
よくいえば、秘密基地。
悪く言えば、家畜小屋未満。
これが家だと言われなければ、そう認識できないほど、自然に溶け込んでいる。建築技術のない動物でさえ、これより快適な家をつくってそうだ。
セッカはおそらく、出来栄えではなく、この家が森の一部としてうまく擬態していることに胸を張っているのだろう。そうとしか考えられない。
この森には、そこそこ厄介な動物もいたようだし、身を守るために考えてつくったのだとしたら、それはなかなか……。幼いながらによくやる。
だがまあ、それはそれとして、
「あー……そうだな。えーと…………、いい感じだな」
反応に困る。
どこで引っかかるか不明なセッカの地雷をどう避けるか考えた末の、曖昧過ぎる返答。
それをきいたセッカは、安心したように肩の力を抜き、すぐに「でしょでしょお!」と再度、顎を上げて、眉と目の間を広げた。
「さっ、中に入ろう!」
嬉しそうに言って、四つん這いになったセッカは、家の入り口……のような場所に敷きつめられた葉を左右に除けて、「はっじめってのー、おっきゃっくさーん!」と陽気に歌って、森に棲む獣さながらの帰宅を見せる。
子どもひとり入るのがギリギリの大きさでつくられた玄関――私は、左右に揺れるセッカの尻が家のなかにスッポリ収まっていくことに「おー」と感心。そして生じる疑念がひとつ…………
「あ」
完全に帰宅を終えたセッカ。直前までは明るかったはずが、なかからきこえたのは籠った声。
「どうした?」
と、入り口の目の前で足を抱えてしゃがみ、家のなかをのぞきこむ。
四つん這いになったまま体を回転させ、彼女はこちらに顔を向けていた――片眉をピクピクさせて目玉を横にずらす、気まずそうな笑みで、セッカは言う。
「これぇ、ヨヅキ、入れない…………」
疑念が確信に変化した。




