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アマリッカ ~魔法が消える日~  作者: 沢木キョウ
第一章 出会い 雪月花の夜編
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第二十八話 第六感



 ***



 作業を始めて数時間。日が落ち始めた。


 私は休憩をいっさい挟まず、スコップで穴を掘り続けている。

 動き続けているにもかかわらず、身体への負担は全くない。このままいくと、言葉どおり、無限に活動できてしまうほどだ。


 そして、新たに気づいたことが二つある。


 まず一つは、私の両手にずっと残っていた浮遊感が、スコップを持ち始めてから、和らいだ気がすること。

 完全に馴染んでいるわけではないが、この、 “なにかをつかむ”という動作に私の身体は安心感を覚えるのだ。

 私は、もしかすると、なにかを持って作業する仕事にでも就いていたのかもしれない。このような予想をできただけでも、セッカの手伝いをしてよかったといえる。まさに嬉しい誤算だ。


 二つ目は、セッカのように汚れていないこと。

 土を掘るという、どれだけ慣れていても必ず汚れそうな作業だが、私の服には全く土がつかない。

 服だけが特殊なのかと思いきや、肌も汚れていない。服からわずかに顔を出している腹は、掘る前後で色味が変わっていないように見える。脚もまたしかり。

 舞った土が、運よく私に当たらなかったのだろうか。


 穴を掘る手を止めて、底から上を見上げると、雲ひとつない橙色、そして素早く動き回る無数の黒い粒があった。


「やはり増えているな、虫」


 そう呟いた声が反響した。


 ずっと掘ることに集中していたため、音が響くほど、ここまで大きな穴になっていることに気がつかなかった。土が想像よりも柔らかかった影響もあるだろうが。


 『そろそろやめてもいい頃合いか』と考えていたとき、


「っしょ……ハァ……っしょ……」


 こちらに近づいてくる、サァーという土の上でなにかを引きずっている音と、もう耳なれた踏ん張りがきこえてきた。


 私が穴の下にいるとき、何度もこの声がきこえた。セッカもきっと休まず動いているのだろう。息遣いも荒い。


「セッカ、きこえているか?」


「あっ……うん……!」


 姿は見えないが、穴の上から、吐息多めの声が飛んでくる。


「今日はそろそろ終わりにしよう」


「わかった……!」


 その返事をして、セッカは「ふぅー……」と大きく呼吸し、ズサッと座り込む音を立てる。

 

 セッカの疲労感的にも、ここらで終わるのが妥当だろう。

 私も作業を切り上げて地上に戻るか。


「ヨヅキー! そこから上まで戻ってこれるのー? 大丈夫ー?」


「ああ」


 と、返事をしてはみたが、今、私がいる位置は、けっこう深い。

 ざっと、私の身長の三倍ほどの深さといったところか。両手を広げても側面に触れられないほど幅も広い。


 さて、ここから上まで、どう戻るか。


 壁をよじ登るか……、セッカに手伝ってもらうか……――いろいろ手段はあるが……まあ、()()()()がもっとも効率的で、楽だろう。


 私は空を見上げて踵を少し浮かせ、軽く膝を曲げた。


 スコップを地面と平行に、鉄の部分が自分の背中側にくるよう片手で持ち、腕の反動をつけないで、膝を勢いよく伸ばした。




 地面には砂埃が巻き起こり、風が顔にあたった。


 振袖はひらひらと舞い、それは鳥の翼のように、風を支配する。


 足の裏に感じていた、なにかに接触する感覚がなくなっていることに気づく。


 空が急激に近くなって、視界の端にうつっていた土の壁は一瞬にして消え去る。

 

 すばしっこく動く黒い粒たちとの距離も刹那に縮まり、一呼吸の間もなく黒地帯へ。だがしかし、彼らは私のことを認識もしていないようすで、なんの干渉もない。




 穴の出入り口に配備された怪物は、ただそこにいるだけで、私の行動の邪魔はしないようだ。

 現に、私が虫たちを上から見下ろすことができる位置まできたが、なにも起きていない。

 私が掘った穴の暗闇と同化し、まるで最初から虫なんて存在していなかったかのよう。


 こうして、私の身体は空中へ放出された――勢いは弱まることなく、その後も高いところまで一直線。


 空中でも、私の身体は驚くほど自由自在に動く。

 今は抗う必要がないため、したがっているが、やろうとすれば重力すらも支配下に置ける気がする。

空を舞う私は、それほどまでに解放されていた。


 やがて勢いは落ち着き、最高到達点へ。


 夕焼け空は静かで、水中にいるかのように柔らかな風が四方八方から私を包む。


 空中の浮力は、私の羽をたなびかせ、毛、一本一本に自由を与える。


 遠くに見える、私が目覚めた黒に沈みゆく太陽は、半円になってもなお世界を照らしている。

 

 昼間よりは目に優しい。直接見ても痛くならないほどには。


 地上すべてを照らしているであろう、あの夕日は、とても美しくて、清らかだった。


 なんの不純物もなく、橙色を周囲に色づけていて――


 だがやはり、私には眩しすぎる。




「ちょちょちょちょちょちょ、ちょっとおおお!! だだだだだだだっ大丈夫ううううう!?」


 あの絶景から目を背けて下を見ると、果てしなく続く森、ボロボロの村、村の一角に敷き詰められた死体の台、そのすぐ近くにある黒穴と――なんかワチャワチャしてる子ども……。


 私を見上げながら、前後左右に動き回り、手も忙しない。

 なにをあんなに慌てふためいているのやら。


 私が腕を組んで「ん?」と首を傾げると、その子どもは疲労を忘れて叫び散らかす。


「『ん?』じゃないよ! 『ん?』じゃ! えっ、自分がおかしいのかなあああ!? ヨヅキが空を飛んでるように見えるんだけどおおおおお!!」


「…………本当だ」


 あらためて自分を見ると、たしかに浮いている――飛んでいるというより、見えない足場があるかのように。


 無意識だった。


「今戻る」


「えっだ、大丈夫なのかな……? 本当に……」


 自身の手をくわえながら、あわあわと待つセッカ。

 私は、彼女の十歩手前ほどを目指して、自由落下を決め込んだ。


 橙一色空模様を見上げ、目を瞑り、浮力を取り去る。


 停止していた身体は急速に落下を始める。


 それに抗おうと下から突き上げてくる突風、無から生じた耳鳴りのような轟音。


 しかし私は、これらを無視するかのように、直立して落下。平衡感覚の乱れはない。


 目を瞑っていても地面との距離が手に取るようにわかる。


 足裏にも実は目がついているとか、空気の流れから把握できるとか、そういうことではない。


 ――いわば、『第六感』。


「危ない!! ヨヅキいいいいい!!」


 落下地点に迫る小さな駆け音。

 そこからきこえる、心からの心配の声。


 その小さな身体で駆け寄って、いったいなにができるというのだ。

 私を受け止められるわけでもないだろうに。

 まあ、きっとセッカは、なにも考えずに飛び出しただけだろうな。疲れてるのに、よくやる。




 ――安心しろ。




 落ちる身体はそのまま地面へ一直線。


 走りが間に合わないと悟ったセッカは手を伸ばし……


「ぐっ……」


 しかしそれでも届かないと思い、落下地点へ、下敷きになる勢いで飛び込んだ。


 ――それでも、まだ…………




 セッカの努力は無意味に終わり、無様に臥す。


 地面に顔面をぶつけた衝撃で感情を整理できていないまま、ついにそのときがくる。




(サッ……)




 セッカの前、目と鼻の先からきこえた落下音…………森を駆け回るときに響く、軽快な足音のように、重々しくてずっしりした…………


「…………えっ?」


 セッカは顔を上げる。


「なにを寝ているんだ? 眠くなったのか?」


「ぃよかったぁー……」


 あっけらかんとして立っていたヨヅキ――セッカは安堵の息をこぼす。

 セッカはヨジヨジと上体を起こして、ヘタっと座り込む。


「ヨヅキって、空飛べたんだね……先に言っといてほしかったかも……」


「さあ、どうだろうな。自覚はない」


「あんな高いところから落っこちてもピンピンしてるのに、今さら自覚ないって言っても、無理があると思うよ!!」


 セッカは腕を組んで、「フンッ!」と鼻をならしてそっぽを向く。しかし、すぐに「でも」とつけ足して、


「生きててくれて、よかった……」


 胸に手をあて、眉を晴らした笑顔で言った。


 黒く染まりゆく世界――消えゆく夕日の逆光を浴びて、朴訥(ぼくとつ)とした月は宣言する。


「安心しろ。私は、死なない」


 「うん……」としなやかに微笑むセッカに手を伸ばす。


「立てるか?」


「ありがとう!」


 セッカを立ち上がらせて横を見ると、昼間よりも圧倒的に死体が増えていた。

 高くは積まれておらず、薄く広くといった集まり方だ。


「かなり進んだな」


「うん! 今日はずっと頑張ってたから!」


「あと、どれくらいだ?」


「んー、半分超えたくらいかなー。あと一日頑張れば集め終わるかもって感じ! ヨヅキの方はどう? 穴、掘れた?」


「ああ。これで半分ほどなのであれば、村人全員を問題なく入れられるくらいには掘れた」


「えー!! すっごい! すーーっごいよ!! さすがだね!!」


 なにを根拠に「さすが」というのか、やはり引っかかる。これがセッカなりの褒め方なのだろう。無粋はやめて、素直に礼でも言っておくとする。


「…………ありがとう」


「こちらこそ、ありがとっ!」


「私への礼はいい」


 そう言うと、セッカは腰に手をあて、私に説教するように顎を突き出した。


「これでいーの! ヨヅキは『ありがとう』って言うのに、自分が言っちゃダメなんて、そんなのズルい! だからいーの!」


「……わかった」


 子どものありがたきお叱りに、私はしぶしぶ返事をする。

 セッカはニコッと笑って、


「じゃっ、今日はここまでね!! ほら、スコップ置いて、ついてきて!」



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