第二十七話 大切なもの
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セッカが死体を集めている場所まで戻ってきた二人。
そして目に入ったのは、穏やかな顔で横たわる真っ赤に染まった彼らの周囲を飛ぶ、小さな生き物――死体には遠目からでも確認できるほど、先ほどよりも多くの虫が集っていた。
躊躇なく死体に触れる幼き少女も、この量には、「うげっ……」と顔を皺だらけにする。
「なんであんなに虫いるの……?」
「生き物が死ぬと、そこから特殊なニオイが発せられる。その臭いにつられて虫が集まるわけだ」
セッカはスンスンと鼻の穴をあけて遠くから臭いを確認――直後、「ぐっ……」と鼻をつまみ、鼻声で言う。
「たしかに、なんか臭う……。腐った食べ物みたいな……。自分、あの虫がいなくなるまで、あまり近づきたくないかも……」
猫背になり、眉をひそめて言ったセッカに、虫の気持ち悪さも臭いも全く感じていない私が無情につけ足す。
「そう思っても無理はない。が、残念ながら、しばらくはこの状態が続く」
「えー……」
「むしろ、時間が経つとさらに増えていくぞ。これはまだマシな状態だ」
「そんなぁ……」
完全に肩を落としたセッカが、力ない声で、
「虫ぃ……虫ぃ……虫かぁ……いつもは気になんないんだけどなぁ……あそこまで増えてるとぉ……虫ぃ……無視できないよぉー……えへ……えへへへへ……」
不気味な笑いを披露した。
もし今が冬であれば、こんな大惨事にはならずに済んだだろう。しかし、この天気と、この気温……見るからに、虫が活発に動く条件がそろっている。さらに、セッカが死体を一か所に集めてしまったことで、増殖が加速してしまったのだろう。
雑草すら食べる普通知らずでも、本能的に気持ち悪がってしまうのも無理はない。
ここでひとつ、私が気を利かせてみるとしよう。
私はセッカの肩にそっと手を置き、
「セッカ……あの虫たちも、きっと、彼らを弔ってやりたいと願い、ここに集まっているのだ。気持ち悪がってやるな」
頭のなかを空っぽにすれば、理屈がとおっていなくもないと思える程度の嘘を並べた。
ちなみに、私自身も、自分で言ったことをよくわかっていない。が、それっぽい言葉と、それっぽい雰囲気をつくり、どうにかセッカの感情を誘導できないものかと、気遣いのつもりで言ってみた。
「ヨヅキ……!」と、セッカは静かな喜びを息に滲ませ、私を見上げた。
力なく垂れ下がっていた腕をゆっくり前に伸ばし、地面と平行に人差し指を立て、ひとこと。
「いや、そんなわけないでしょ」
「…………そうだろうか?」
「そうだよ! …………そうだよね?」
ムスッとした表情に早変わりし、私に言った。
出す言い訳も見つからず、セッカの世間知らずを利用し、私は逆に疑問をぶつけることにした。
一度は否定するも、セッカは、虫たちと私の顔とを三度行き来し――やがて私の目論見どおりに揺らぎ始めた。
私は虫への歩みを始め、イタズラが過ぎたと思いセッカに伝える。
「虫が彼らを弔うなんてこと、あるわけないだろう。セッカはなにを言っているんだ?」
「そっちが言ったんでしょ!! もーお! ヨヅキのイジワル!」
「そんなに膨れるな。ほんの冗談ではないか」
セッカは腕を組んで、フンッとそっぽを向くも、その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
機嫌を損なっていないことを確認した私は、本題へと移行する。
「……死体があるかぎり、虫は増える。無論、いつか終わりはくるだろうが、そこまで待つのは非効率だ。つまり、死体を集めるのも大事だが、早めに処理することも大事だということだ」
「というと?」
「まずは穴を掘る」
***
「…………この家にもないか。そっちはどうだ?」
「こっちの家にもそれらしいものはなかったよー!」
私たちは、とある道具を探すため、分担して、崩壊した家の瓦礫を漁っている。
近くの家から手当たり次第に調べているが、その道具はなかなか見つからない。
頻繁に見つかるものといえば、変色しきった料理、木でつくられた壊れた家具、土や血のついた服や靴、折れてしまった剣や杖など。人間の臓物らしき肉も転がっている。
どれもこれも使えなくはないが……もっと適しているものがあるはずだ。
仕方ない。次の家を調べるか。
そう思って一歩踏み出したとき、『トンッ』と、つま先になにか触れた気がした。
瓦礫とは違う、軽くて、しかし、かたさもある感触。
「ん……」と視線を足元に向けると、そこには四角くて真っ赤な、なにかがあった。
私は、明らかに加工された四角いそれを拾った。
触れたときに確信したが、赤の正体は、やはり血。
表面は革らしきもので覆われていて、大きさは両手で持つとちょうどいいくらい――片手で持つと、そこそこの重量を感じるそれを、私は知っている。
本……か?
どんなことが書いてあるのか、気にならないと言えば噓になる。本には、さまざまな情報が記されており、この世界のことや、村が襲われた理由、もしかすると、私に関係するなにかが書かれている可能性もないわけではない。
しかし、この本は血塗れ――無理やり開くと、血が乾燥しているせいで、中の紙が破れてしまいそうになっている。内容が気になりはするが、本を破ってでも見たいというまでの知識欲は私にはなかった。
だから、開かなくてもわかる情報だけを手早に仕入れることにした。
表面だけでも、本に書かれている大まかな内容が伝わる部分があることを私は知っている――表紙だ。
本の表紙と思われる側を見ると、塗りたくられたように、そこにも血がついていた。赤くなく、わずかに見える茶色に、掠れた文字が刻まれていた。
「……『―――記』?」
表紙の右側に見えたのは『記』の文字。つまり、この前にも、おそらくなにか文字があったということだ。
軍記……戦記……古記……――日記か?
文字の掠れ具合からして、これは何十年も読み込まれた古い本。だれかの思い入れのある大切な本であれば、なおさら、破ってまでめくるのは野暮というものだ。
私はそう結論づけて、その本を見つけた場所にそっと置いた。
「…………おーい!! ヨヅキー!! 探してたものって、もしかしてこれー?」
自分の呼ばれ方が“ヨヅキ”だということに不慣れで、反応に遅延が発生しつつも、私は声のした方向を見る。
そこには、長い木の棒の先端に、薄く、湾曲している錆ついた鉄がついている、セッカの身長ほどある道具を、それをわかりやすく示すように、全身を使って支えている彼女がいた。
セッカが「おっとっと……」と、その重さにギリギリ耐えている姿を見るに、あれはなかなかに重量のあるものらしい。子どもひとりで扱うには大変そうだ。
***
「で、ヨヅキ……。それ、どう使うの……?」
死体と虫の祭りが開かれている場所で、顔を引きつっているセッカ――彼女が見つけてくれた道具を、片手で持って説明する。
「これは、『スコップ』という道具だ。この鉄の部分を地面に突き刺し、純粋に穴を掘ったり、農作業に用いられたりもする。人によっては必需品となる便利な道具――のはずだ」
「へぇー!! …………あっ! ということは、それを使って穴を掘るんだね!」
「そういうことだ」
「それなら、自分で使う用のスコップを、もうひとつ探してくるー!」
二人で共同作業することを前提で話を進め、言いきる前に走り始めたセッカに、私は「待て」と静止を促す。
急な静止に、セッカは走る勢いを止めきれず、「とっとっとっとっ……」と軽やかさの欠片もない、前傾姿勢の跳ねを見せる。こける寸前、足の指で地面を思いっきりつかみ、なんとか停止。なにもなかったかのように振り返り、「どうしたのー?」と、私に当然の返しをする。
私は、セッカに風を送るように手首を上下に三回ほど動かして、手招き。セッカは素直に従った。
「スコップを探してくる必要はないぞ」
「え? なんで? 二人分、必要なんじゃ……」
「いや、一人分でいい。なんせ――君は掘る必要がないからだ」
「!!」
セッカは悔しそうに手を握りしめた。
道具を持てるかどうかもあやしいほどに、小さくて、細くて……そして何時間も心休まっていないであろう血と土だらけの身体を見て、私は言った。
「……勘違いするな。セッカは、あの虫の大群が苦手なんだろう? いっぽう私は驚くほどに気持ち悪さを感じていない」
セッカは、私の服の裾をつかんで、ヘタな笑顔を向けてきた。
「あっ! 今……ちょうど虫に慣れてきた! だから、ヨヅキがひとりで無理しなくても大丈夫になったよ!」
私に「えへっ」と笑いかけ、裾をつかむ手に悲哀がうつる。
「安心しろ。私は、無理をするつもりはない。セッカの方こそ、無理をしようとしているだろ」
「ぜんぜんぜんぜん!」
首を横に全力で振るセッカ。
私は、裾をつかむセッカの手首を包むように握って、裾からはなすように優しく動かす。
「…………本当に勘違いをしているぞ。これは効率の話なんだ」
「……こうりつ?」
「今回は二つの作業が存在している。ひとつは穴掘り、ひとつは死体集め。これらは順番にこなしていく必要はなく、同時進行でも問題ない作業だ。私は、虫が苦手ではないから穴を掘ることができるし、もちろん死体を集めることもできる。だが、私はこの村にきて間もない。彼らがどこで死んでいるかは、セッカの方が知っているのではないか?」
「だいたいは……」
「だからこそ、セッカには、死体集めをお願いしたい」
「でも……!!」
その先の言葉が見つからず、下唇を噛むセッカ。
私は屈み、セッカの頭に深紅を乗せた。
「無理して苦手なことに手を出す必要はない。だれかを頼ることも、きっと、人生においては大切になる…………。覚えておけ」
セッカは頭の上に乗った私の手に触れ、不満そうにうなずく。
私は「だから……」と、若干の上目遣いで言って、セッカの浅葱を見つめた。
「私にできないことがあれば、セッカが助け……セッカにできないことがあれば、私が助ける。そんな関係に――……トモダチのような関係になれたらと思っている」
そのとき――
セッカの浅葱に光が差した――闇に染まった私の瞳すらも照らしてしまうほどの、まばゆい光。
この少女と出会って、まだ数時間。私の心に友情が芽生えた感覚はない。ただ淡々とセッカにこたえ続ける、地味な作業を繰り返しているだけだった。
今もそう。
セッカがなそうとしていることを、どうすれば効率よく行えるか考え、セッカが悲しんでいるときは、それらしい言葉で慰める。
そこに感情はなく、すべて上辺だけ――
なのに…………
「トモダチ……?」
「……ああ」
セッカとは、トモダチという曖昧な関係が、なによりもしっくりくる。
「トモダチ……うん! トモダチになりたい!」
セッカは頭に乗せた私の手を両手で握って、照れ笑いを浮かべた。触れた手から温度は感じられなかった。
「そうか。では始めよう。セッカ、そっちは任せたぞ」
「うん。ヨヅキも無理しないでね。疲れたら休んでね」
なぜ私は、トモダチが最適だと考えたのだろう。
「疲れられたら……な」
「おー! 自信がすごい! 自分だって、頑張っちゃうぞー! じゃっ、またあとでね!」
性格も、体格も、ここにいたる経緯も――
なにひとつ合っていないのに。




