第二十三話 会いたかった
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自分は最初、森に入った。
昨日、ここにくるとき、森に人がいたのを思い出したから、その人を運びにいくことにした。
森はキレイだった。
昨日はほとんどしなかった動物の声がチラホラきこえてくるし、なんといっても、木の隙間から差し込んできてる太陽の光がすごくいい。
光が柱みたいに並んでて、これがほんとにさっきまでいた世界と同じなのか疑っちゃいそうになる。
茶色の木と、緑色の葉と草、地面も薄茶色で、赤色はほとんどない。「この鮮やかな世界が日常なんだよ」って、自分の暗くなった心にも光が届いてきてるみたい。
いつも森で過ごしてたから、こういう光景は見慣れたもののはずなのに、今見るこれは、あまりにもキレイで開いた口が塞がらなかった。
光の柱が示してる道を歩いて、少しばかりの懐かしさと一緒に森を進んでいくと、道の真ん中に、ヒトが倒れてるのが見えてきた。
下半身がなくて、中身が飛び出てる、仰向けで、真っ赤な――昨日のヒトだ。
自分は、歩く速さを変えないで、そのヒトに近づいた。
髪が長くて、力のこもってない皺の少ない顔――村のなかでは珍しく、若そうな顔立ちだった。
胸も大きいし、くびれもある。村では男たちにモテモテだったに違いない。
けど、今のこの人の長い髪は真っ赤でカピカピ。
皺の少ない顔も血だらけで赤い。それに人形みたいに表情がピクリとも変わらない。ちょっとだけ見える肌も青白くなってて不健康そう。
虫がいっぱい周りを飛んでるし、かわいいとか、美しいとか、もうそういう話じゃなかった。
自分は女のヒトの様子をひととおり見てから、腕を握った。虫は気にならなかった。
血が乾いて、昨日よりは滑らなくなってたから、すぐに持ち上げられた。冷たかった。
自分は女のヒトを引っ張った。
「ふいぃぃぃぃ!」と、ちゃんと寝たからか、手元も足元も、昨日より、よく力が入る。
村とは違って、足元がゴツゴツしてるから、それだけ気をつけてれば、とても順調に運べた。
たまに女のヒトの体が、そのゴツゴツに当たっちゃう。そしたら『ガリッ』て痛そうな音がなって、地面に血が飛び散った。
できれば丁寧に持っていってあげたいけど、自分にはそれができる力がない。だから、引っかかるたびに、心のなかで『ごめんなさい』って言い続けた。
光の道を戻りながら、声を出して頑張ってたら、遠くからこっちを見てくる動物が何匹か目に入った。おびえてるみたいで、近づいてはこなかった。
たまに持ち変えたり、障害物を避けるために引っ張る方向を変えたりして、上半身だけの冷たい女のヒトを、昨日より、すばやく運ぶことができてる。
そんな、死体を運ぶことに慣れつつある自分が、少し嫌いになった。
***
森を歩き回って、今日、最初に運んだ女のヒトの他にだれかいないかなって探してみたら、やっぱり何人かいた。
女のヒトも、男のヒトもいたし、親子っぽいヒトもいた。
そしてもうすぐ、ヒトがいそうな場所をひととおり見終わる。
村を歩くよりも、やっぱり森を歩いてた方が、心が落ち着く感じがする。
たまに顔を出してくる、生きた動物も、見てて安心する。
けど、不思議だなって思うこともあった。
「はぁー……」
両手を軽く広げて、光の温かさを体に染み込ませて歩いてたら、
「あっ……やっぱり……」
木の下で仰向けになってて、下半身のないヒトがいた。髪は短いから多分、男だと思う。
周りは真っ赤で、木にもたくさん血がついてた。
自分は、歩く速さを変えないで、そのヒトに近づいた。
肩幅があって、腕にコブがついてる、力強そうな、おっきいヒトだった。顔には力がこもってなくて皺も少なかった。
上半身だけだからわかんないけど、自分の百倍くらいは強そう――それが森にいたみんなと同じ死に方をしてた――
――みんな同じ……。
そう。このヒトを運ぶ前の何人かも仰向けだったし、下半身――もっというと腰から下がなかった。
村のヒトは頭がなかったり、腕がなかったり、足がなかったりしてた。
けど、森にいるヒトはみんな一緒。
この森で倒れてるヒトと、村で倒れてるヒトは、なにか違う理由で死んじゃったのかな。それともたまたま?
そういえば、あのおっきくて、黒いドロドロの……ヒト? は二人いたよね。アレがそれぞれのやり方でみんなを食べちゃったんだとしたら、ちょっと納得できるかも。
でも、もしそうだとしたら、自分はなんで食べられなかったんだろう?
見つかってなかったから? あのとき、たしかに目が合ってたと思うんだけど……。
体が細くて、おいしくなさそうだったから……とか?
だったら、自分は運がよかったから生き残れたのかもしれない。それなら、なおさらみんなのために動かないと……。
自分は今日運んだみんなと同じように、両手で男のヒトの腕をつかんで持ち上げた。
「よいしょっ……お、重い……」
見た目どおり、男のヒトの腕は持ち上げるだけでも、とても重かった。大きな岩を動かそうとしてるみたいに、ずっしりしてる。
「ふぅー……」と長く息を吐いてから、胸が膨らむくらい大きく吸って……今までで、いちばん気合いをいれて、
「そりゃあああ!!」
男のヒトから見たらきっと、豆くらいしかない体重――それを全部かけて、大声も出して、引っ張った。
息が切れそうになったら呼吸を止めて、顔にも力を入れて、引っ張り続けた。
「…………ぷはぁ!!」
動いた!
全力を出しても、一歩くらいか……。
でも、これならいける!
息を整えて、もういちど気合いを入れた。
「だあああああああ!!」
***
…………
「ふぅーー……やっと村についた……。あともう少しだ!」
「うぅぅぅ!」
「ふんんん!!」
「くぅううう!!」
…………
「……もう少し……もう少しでみんなに会えるよ……」
「ふんぬぅぅぅ!!」
「ぐぐぐぐぐぅぅぅ!」
みんなが集まってるところに、かなり近くなってきて、自分の気合いはもっと大きくなっていった。
ここに来るまでずっと力を入れてたから、手はピリピリを通り越して、グサッて木に刺され続けてるみたいな痛みになってた。
いっかい手をはなして休んでいいのかも……って思いもしたけど、目標まであと少しだって考えたら、ここは最後までやりきろうっていうやる気が湧いてきた。
「ふぅー」と息を吐いて、最後の握りなおしをした。
心のなかで「せーのっ……」て呼吸を合わせながら肩を上げた瞬間、
(コツ……コツ……コツ……コツ……)
動きを止めた――きこえてくるはずのない音だったから。
昨日、村を全部見て、だれも生きてないことを自分の目でたしかめた。
ごはんを食べてるときも、みんなを運んでるときも、今日も……――生きてる人がだれもいないから、ずっと静かだった。
だからこれはきこえるはずがなかった。
森の方からこっちに近づいてくる、足音――それも、ちゃんと履物をしてる生き物から出るような音――
――人間?? だれか生きてたの??
そう思ったら、ワクワクした。
ずっと音がなくて、胸のなかがおかしくなりそうだったから、自分以外のだれかがいるっていうだけで、心に風が吹き抜けた気がした。
抑えられないウキウキを顔に浮かべて、コツコツとこっちに近づいてくる足音の方を向いたら――
…………だれ?
服のほとんどが黒くて、ところどころに赤が入ってる、生まれてから見たことない格好の女の人。片方の袖がフリフリしてて、キレイだなって思った。
髪は腰の上くらいまで長くて、真っ黒――その先っぽは少し白みがかってる。肌も村の人よりは少しだけ白っぽい。
目はキリッとしてて、高そうな身長から、夜空みたいな瞳がまっすぐこっちを見てきてる。
まるで、本当に“夜”そのものが人になったみたいで、つい見惚れちゃった。太陽の眩しさも、この人を見てたら和らぐって思えるくらい惹きつけられる。
「…………」
女の人から目がはなせなくて見続けてたら、気づいたときには自分の目の前まで来てた。そこで立ち止まって、なにも話さないまま、向こうも目を見続けてきてる。
なぜか黙って見つめあうだけ――気まずい。
目をパチパチさせて、なにかこっちから話しかけよっかな……って思ったとき、女の人が先に口を開いた。
「君は……」
柔らかくて、芯があって……でも無感情そうな――冷たくて落ち着いた、女の人のなかでは低めの声。
久しぶりにきいた、人の声は、どこか懐かしくて――肩の力が自然に抜けた。
優しそうな女の人は少し間を置いてから、さっきより重い声で自分にきいてきた。
「なにものだ……?」
とても短くて、あっさりとした質問――意味がわからなかった。
自分はこのへんに住んでる、みんなに嫌われてる子どもでしかない。
【魔法】も剣も使えない――ホントウのホントウにただの子ども。
なにものなのか? ってきかれても、それっぽいこたえを出せるわけがない。
「おじいちゃんの子ども!」とか「今ちょっと疲れてる女の子!」とか言っても、これはきっと女の人が求めてるこたえじゃないと思う。
だからといって、「村長です!」って、ふざけて嘘をつくわけにもいかない……真剣そうな雰囲気だし……。
というか、逆に自分がその質問を投げ返したいくらいなんだけど……。
はっ!? もしかして、名前をきかれてるのかな……?
「初めてあった人には自分の名前を言うものだったな」って、おじいちゃんが……言ってたっけ?
覚えてないけど……そういうことだよね!
名前かあ…………うーん……
……あっ!!
じゃあ、自分が言うべきこたえはきっと、ムスコが言ってきてたアレかも――




