第二十二話 夢だと願って――
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「ふぅー……」
最後のひと口を噛みしめて、息を吐いた。
すぐには立ち上がらないで、気持ち悪くないことをちゃんとたしかめてから、ゆっくり立った。
食べ始める前は、ギリギリ見えてた家も、完全に夜になったせいで、すっかり見えなくなってた。
灯りがひとつもない村は、びっくりするくらい真っ暗だった。
歩きにくそうだけど、みんなの血とか、バラバラになった身体とか――そういうのがわかりづらくなってくれるのは、ちょっぴりありがたかったりもする。
暗くなったけど、眠くはない。っていうか冴えてる。
きっと、昼にしっかり寝たからだと思う。
自分は、さっき自分が決めた場所に向かった。
その道も、来たときより暗くなってて、歩きやすかった。けど、やっぱりニオイはきつかった。さっきよりも鼻に響いてきてる気がする。
だから、早歩きしたり、たまに駆け足したりした。
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「始めよっと」
自分は初めに、広い場所からすぐ見えるくらいの距離にある、村でいちばん最悪なところに近づいた。倒れてる鉄の人とか、ぐちゃぐちゃになってる村の人とかがいる、大きな建物のところ。
近づいたら、雨がさっきまで降ってたからか――雫がポタポタ落ちる音が、ひそやかに響いてた。
もう一回、みんなのことを見たとき、直接は見れなくて、息がうまく吸えなくなった。
ニオイもひどかったし――また口から出てきちゃいそうなくらい、気持ち悪さも湧いてきた。
『二回目だったら、少しは慣れてるかな』って、ここに来るまでは思ってた。
――だけど、全然ダメだった。
曲がりすぎてる身体とか、皺だらけの顔とかを見たら、みんながどうやって死んじゃったのか――どのくらい苦しんだのか――どういう感情だったのか――そういうことを自分の頭が勝手に想像しちゃう。
それがきつくて、『これなら、自分も今ここで死んだ方が楽なんじゃないか』って考えちゃいそうになった。
だから、自分はとにかく動くことにした。
動いて動いて、動き続けて、辛いことは考えないよう決めた。
そこら中に転がってる死んだ人の、腕があれば腕、なければ足でも、首でも、皮でも、内臓でも――つかめるところをつかんで、引っ張る。
何人も同時には運べないから、一人ずつ。
一人目は、頭がなくなった、男の人だった。
自分は、おじいちゃんと住んでたときから、他の人たちとほとんどかかわってこなかった。外に出ることもなかったし、出たとしても、目を合わせないように、近くに人がいたらできるだけ下を向くようにしてた。
なんとか覚えてるのは、おじいちゃんとムスコと野菜屋さんの三人くらい。
今、自分がつかんでる人も、だれだかわかってない。みんな同じような服着てるし、この人は頭もないし。
腕はまだあったから、持ってくために腕をつかんだ。濡れてたし、冷たかった。
おじいちゃんに触ったときは温かかったのに……。
そして、「ふんっ!!」と息を強く吐きながら、自分よりも大きな体の人たちを、広い場所に持っていき始めた。
男の人の腕を両手でしっかり握って引っ張ってたら、どうしても、首の切れた面が目に入ってくる。
自分の腕から出てた血よりも、もっと黒い血が溢れてて、それが全身を覆ってた。
もちろん腕も血だらけだったから、引っ張るのに苦労した。
つかんだところがネットリしてて、うまく力が入らなくて、何回も握りなおした。
自分の力は思ったよりもなくて、ひと息で、自分の一歩よりも短い距離しか進まなかった。
動かせないよりは全然よかった。何回もやればいい話だし。
引っ張り続けて少し進んで、男の人がすった道を見てみたら、その人の体と同じ色になってた。
よく滑る腕をもういっかい強く握って、また引っ張り始めた。
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夢中で引っ張ってたら、意外とすぐに目的地に着いた。
男の人の腕を、地面にそっと置くみたいにして手をはなそうとした。
だけど、腕と手がくっついちゃってて、すぐには置けなかった。
何回か手を上下に振って、剥がそうとした。
そのとき、自分は感じた。
男の人の手から感じる、ものすごい金属のニオイ――
そこに紛れる、肉を焼いたみたいな香ばしさと、甘じょっぱい香り。
きっとこの人は、食事の準備をしてるときに死んじゃったんだと思った。
考えないようにしてたのに……もしこの人に家族がいて、みんなに料理をつくってる途中で死んじゃったんだとしたら――家族が死ぬ瞬間も見たんじゃないのかなって、想像しちゃった。
それは悲しくて、辛いことなんだろうなっていうのは、頭ではわかってる。
でも、もう涙は出てこなかった。
自分はずっと独りで過ごしてきたから、大切な人が死ぬっていう感覚が、ちゃんとわかってなくて、それで涙が出てくれないんだと思う。
自分は奥歯を噛みしめて、手をもっと力強く振った。
なんとか剥がれて、自分の手は自由になった。
そっと置こうと思ってた腕は、勢いよく地面に落っこちちゃって、『ドサッ』って音がした。
ずっと握りしめてた手を見てみたら、色を塗ったみたいに赤くなってた。全然痛くないのに。
でも、それが横たわる男の人の血だってことに、すぐに気づいた。
そしたら、なんだか、『目の前の人を殺したのは自分なんじゃないか』って思えてきた。本当にやったわけじゃないのに。
手が震えた。
喉が震えた。
「ごめんなさい……」
そう思ったときには、その人に謝ってた。
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それからも運び続けた。
そうしないと、どうにかなっちゃいそうだったから。
暑くて、途中からは腕をまくって作業してた。それくらい体を動かして、気を紛らわせてた。
ひとりずつ引っ張ってたから、みんなの顔とか、身体とか――運んだ人、全員見た。
顔が残ってた人は、みんな苦しそうな顔だった。笑顔の人はだれもいなかった。
身体が全部残ってる人はほとんどいなくて、痛そうだった。
大きな建物と、広場の道は、みんなを引きずったせいで、赤黒くなってた。
つかんでる手も滑るし、足元も滑るようになったから、自分は何回も転んじゃった。そのたびに、自分の体には、みんなの血がついた。
木に貫かれてたり、高いところで死んじゃってる人は置いといて、近くにいる運べそうな人を集め終わったときには、手だけじゃなくて、腕も、足も、顔も、服も、全部に血がついてた。
そのころにはもう、自分がどんな顔をしてるのかわからなくなってた。
ひととおり集めて、もういちど村を眺めたら、そこには人のいない血だらけの世界があった。
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「ん……」
久しぶりに感じた眩しさで、気がついた。
どうやら自分は、疲れて寝ちゃってたらしい。体のあちこちが痛いし、ちょっとだるさもある。
太陽が真上にあるから、昼くらいだと思う。光が温かくて、心地いい。けど、なんだか悪い夢を見てた気がする。
辛くて苦しくて、すごく悲しい――そんな夢を。
いつもどおり、とりあえず花畑に向かうか……。
寝ぼけた頭で考えながら体を起こそうとしたら、地面からなにかに引っ張られてるような感じがした。
なんだろうと思って目をこすったとき、自分の手が赤黒くなってることに気づいた。
頭は一気に覚めた。
体中の血の気が引いたのを感じて、地面から体を無理やり剥がして起きた。
周りを見渡すと、そこは村だった。
昼になってるのに、だれも見当たらない、なんの音もきこえない、家も崩れてる――そして、血だらけ。もう草とか地面とかよりも、血のほうが多いくらい。
自分は最初、そこが自分のよく知ってる村だってわからなかった。
寝ながら、フラフラと別の村に来ちゃったんじゃないかって考えた方が、まだありえると思えるくらいの変わりようだった。
冷汗が出て、息が止まった。
その光景は、起きたばっかりの自分を立ち尽くさせるのに十分すぎるものだった。
「どういうこと……?」と、つい呟いちゃうくらいに不気味で、背中が冷たくなった。
呆気にとられてたとき、
(ベチャッ……)
「!?」
すぐ後ろから、重いなにかが水に落ちた音がきこえた。
なにもきこえない村だったのに、急に大きな音がなって、びっくりした。肩に力が入って、ビクッ! てなるくらい。
雨は降ってないし、生き物の気配もなかったから、余計にこわかった。
もうこのときには、自分の真後ろにいるのがなんなのか、なんとなくわかってた――夢であってほしいと願うほどの“アレ”だって。
自分は両腕を体の前に押しつけながら、恐る恐る振り向いた。
「…………」
――完全に思い出した。
――なんで自分が森じゃなくて村にいるのか。
――なんでだれもいなくなってたのか。
――なんで家が壊れてて、血だらけなのか。
――辛くて苦しくて、すごく悲しい……その理由を。
「みんな……」
目の前には、自分が運んできた死んだ人の山。みんなの肌の色は白っぽくなってた。顔は見れなかった。
その地面には赤い水たまりがあって、太陽に照らされてキラキラ光ってた。
夜に見る花畑とか、朝に見る川のキラキラとか――そういうのとは全然違う、目を覆いたくなる眩しさで、自分は目じりをきっと引き締めた。
あまりよくない目覚めだったけど、自分はすぐに作業の続きに取りかかった。
見えてる範囲の人は運んだけど、村にはもっとたくさんの人が、寂しく待ってる。
だから早く――みんなを会わせてあげたい。
それくらいしか、今の自分にはできないから――




