第二十四話 嬉死んで、苦死んで……そして悲しんで
『第三話 村』がここにつながります
「ゴミ……?」
「…………」
沈黙が走る。
私は、生きている人が血だらけの少女だったという想定外に、問いに対するこたえが“ゴミ”だというさらなる想定外が重なり、言葉を見失う。心の揺れは相も変わらず凪いだままではあるが。
この子どもが言う、 “ゴミ”とは、私が想像しているゴミで間違いないのだろうか……?
受けこたえは問題なく行えそうだが……これはやはり……
返答虚しく、なおも少女を見つめ続ける無感情――気まずさゆえか、愛想笑いでごまかし始めた少女に、黒い女はようやく口を開く。
「単刀直入にきこう……君は、“人間”か?」
「えーっとー……うん……?」
「ならば――“ゴミ”とは、どういうことだ?」
私の認識が間違っていないのであれば、自らを“ゴミ”だと名乗る人間は、たいてい普通ではない。育った環境や、出会いに恵まれなかった者が、己を卑下するために用いる言葉だ。
しかしこの子は、それを平然として言った。嘘をついているとも思えない。
さらには、血だらけの姿で、見るも無残な死体を集める異常性。
まさか、名前自体が“ゴミ”というわけでもなかろう。
問答の内容によっては、この場から早急に立ち去ることも検討しなければならない。
少女は、持っていた男の腕を、そっと地面におろしながらこたえる。
「それはね、 “ムスコ”が自分を呼ぶときによく言ってた名前なの」
「…………」
「……?」
「……君には、子どもがいるのか?」
少女は首を傾げてから左右に振った。
「そうか……。家族……は、いるか?」
「家族? おじいちゃんのこと?」
「……その人には、なんと呼ばれていた?」
「んー…… “お前”、とか、 “おい”、とか?」
「……君に、名前はあるのか?」
「わからないけど、多分…… “ゴミ”でしょ? “お前”でしょ? “おい”でしょ? “アレ”でしょ? あと……」
「待て」
事もなげに、この少女は指を折って、自らの名前を数え始めた。
それがどれほど哀れみに満ちたことかも理解できていないように――。
多くをきかずとも、この子どもの境遇はだいたい察した。
出会ってからずっと感じていた違和感――私の問いに、つまることなく過酷を返す、見た目、不相応の精神。
彼女はわかっていないのだろう――“普通の人間”というものを。
前提として、私が想像している“普通の人間”が間違っている可能性も否定できなくはないが……認識が間違っていなければ、おそらく、『名』というものを親から与えられるはずだ。
それが自覚できていないということは、そもそもこの世界に“名づけ”という概念が存在していないか、あるいは、それほどまでに……
――忌み嫌われているか。
止められた少女は、眉を上げて私を見上げる。
「君の境遇は、その……なんとなくではあるが、理解した」
少女は「はぁ」と、わけもわからず曖昧な返事をする。
「して……これは、どういう状況なんだ?」
「みんなを土に埋めようとしてる」
「土に? ……なぜ?」
「おじいちゃんが教えてくれた。死んだら土に埋めてあげるのがいいんだって。だから、村のみんなをここに集めて――集め終わったら掘って、埋めてあげるの」
この子のやろうとしていることは理解できた――死体を引っ張っていたのは、おじいちゃんとやらの教えにしたがった結果で、後ろにあるのは途中経過だということを。
「そうだったのか。それでこんなことに……」
「ん?」
「なんでもない」
一見の異常性についての説明はついたわけだが……
「……この人たちは……なぜ死んだのだ?」
「…………」
「なぜ……君は生きているのだ?」
平静だった少女の顔に少しずつ、陰がかかっていった。
言葉を紡ごうと必死に口をパクパクさせるが、やがて噤んで、うつむいた。
やっと見せてくれた人間らしい表情。
これまでの落ち着きはらったようすは、この子なりの現実逃避。というわけか。
無理もない。
生と死を理解したばかりの幼子にとって、現状は見るに堪えないものだろう。
死体の状況から見るに、死んだのはつい最近――まだ一日も経っていない。その短時間で精神が追い込まれないわけがない。
現実から目を逸らしているのだとしても、こうして問答が及んでいるというだけで、この子は優秀だといえる。
この顔ができるということは、まだ“普通の人間”としての感性は死にきっていないとも……
――十分か。
私は最初、この子が猟奇殺人を起こしたと思っていた。
村人を殺し、自らを返り血に染め、なに気ない顔で死体の山を築き上げる――そんな歪んだ子ども。あるいは子どもの形をしたナニカ。
殺せる方法が存在するのであれば起こりかねないと、私は本気で思っていた。
そう邪推している私こそ、真に歪んでいるのかもしれない――そこにいたのは、ただただ哀れな独りの子どもだったのだから。
「……すまない。変なことをきいてしまっ――」
「わからないの」
「…………」
「なんでみんなが死んで、自分だけが生きてるのか……」
「……哲学の話か?」
「テツガク……?」
「……すまん。気にしないでくれ」
「……みんなを殺したのは、多分、あの黒いドロドロ」
「災害……いや、生き物か?」
「わかんない。昨日、森のなかにある川に独りでいたとき、地震がした。奥から大きい黒いドロドロが二人、歩いてきてて、目が合った。歩いてたから、生きてはいるんだけど、死んでもいるような見た目だった。そのときはなにもなくて、ドロドロは村の方向に歩いていった。そのあと森で昼寝して、起きたら村から悲鳴がして、急いで来たら、みんな死んでた」
「そういう意味での、『自分が生きている理由がわからない』ということか」
「うん。せめて逆であってほしかったのに……」
「…………わからないな」
私の淡泊な同意に、少女は一瞬、唇を震わせたが、往生際よく、すぐに笑った。
「確認だが、君は、この村の生まれか?」
「うん。多分」
「ならば……なぜそのように動くことができる? 嬉しくはないのか?」
「……どうして?」
「今から話すことが正確に伝わるかはわからないが……君を“ゴミ”呼ばわりし蔑んだ村人が死んだんだ。その……『ざまぁ見やがれ』とは思わないのか?」
この子のボロボロな外見からして、昨日の今日でここまでになるとは思えない。もっと長い間、親から適切に子育てをされていないような身なりだ。村ぐるみの虐待か、それに準ずるなにかだろう。
ならば、家族や村人に恨みを持っていたとしてもおかしくはない。
こうして村人が死んだ今、心に抱えた闇が解放され、死体をさらに串刺しにしながら大笑いを浮かべても、せめる人は存在しない。
しかし、この子は、そうはなっていない。
“普通”が欠如してはいるが、冷静で、心があるように見える。
そうしていられる理由を――私は知りたい。
少女は頭巾を深く被って、私から顔を隠した。
「そんなこと、考えたこともなかった。もし、死んだみんなを見て、自分の心に嬉しいって気持ちがあったら……きっと、今よりも苦死んでたと思う。自分には生きる理由がないんだって……」
「嬉しいと、苦しむ……?」
「…………」
数秒の無言を落とし、静寂に言葉を並べる。
「だって、みんなが死んだことを喜ぶってことは、それで満足してるってことだよね。それはもしかしたら嬉しいことかもしれないけど、そのあと、私はなにをしたらいいんだろう……って、燃え尽きたみたいになっちゃって、また自分の生きる意味を探すところから始めないといけなくなる。満足しきった頭で出すこたえはきっと――『私には生きる理由がない』だろうね」
「そういうものなのか……」
「うん。でも、そうはならなかった。やっぱり、みんなが死んだことは悲しいし、もちろん現状には満足できない。だからね……」
少女は頭巾を被ったまま、日差しに顔をさらす。
「――もう嬉しくない景色を見ないために……だれかがこんな目に合わないように……私にはやるべきことがあるって……私こそが手を差し伸べなきゃいけないんだって…………そう信じてる」
風に吹かれ、頭巾が外れる。
透きとおった宝石のように純粋な浅葱色の瞳で言いきった少女。
太陽の光に反射された虹彩は、そこに新たな光源が生まれたのだと見違えるほどに、輝いていた。
自らを“ゴミ”と名乗っていた、ほんの少し前の少女から微かにだけ滲んでいた心の強さ――それが今では、太陽のようなきらめきで周囲を支配している。まるで別人のように。
それまで必要最低限しか動いていなかった私の目元にも、瞳孔に直接日光が差しただけとも思える震えが生じた。
「眩しいな……」
「…………あっ、今、自分、あまり考えずに話しちゃってたかも……」
「そんなことはない。こたえをありがとう」
「ならよかった! ところで……あなたは、だれ?」
打って変わって、くりっとした愛らしい目を見せびらかすように無邪気にきいた少女。
私は目を瞑り、顎を引いた。
「私は……」と、自身と対話しているようにポツリとささやいてから、細目を開けた。
目線の先は少女の足――目を開いていくと同時に、視線を少女の顔へと向かわせていく。
時間経過により、自身の影が少女を覆い、その翳りに燼を投じた。
「――私は、もしもの君だ」




