道化遊戯 正義しか見なかった刑事と正義の味方になれなかった探偵の回想 三田守 その4
Q.そろそろお嬢様の方を……
A.投げっぱなしジャーマンだと間違いなく悪い癖がつくんで、更新増やして道化遊戯は終わらせるのでご容赦を。
花婿控室の空気は間違いなく最悪だった。
本来探偵である近藤俊作は花婿である為に動けず。
しかめっ面をしている小野健一警視も、ここでは花婿の父親役になる為、式をすっぽかすのはまずいという義理人情が事件への足を遠ざける。
となれば、式に出たくない&目立ちたくない三田守が動かざるを得ないのだが、彼は真面目系クズを自認しているだけあって、まず自分から動くのがめんどくさいと考えていたから口に出す事はせず。
かくして結婚式前の花婿控室は居心地の悪い沈黙が場を支配していた。
「おやっさん。式に出ていい顔じゃないですよ。
俺とソフィアは犯人じゃないんだから」
「おっ。そうか。すまんな」
式の主役である近藤俊作が場を和ませようとするが、小野健一の顔は厳しいままだった。
さすがに無口のまま部外者でいられないとあきらめた三田守がそもそもの話を口に出す。
「状況が全く分からないんで、ぶっちゃけますけど、何でそいつを追わないといけないんですか?
店長のソフィアさんに手を出したわけでもない上に、死んでいるのでしょう?」
三田守の言葉に小野健一と近藤俊作が両方とも何ともいえない顔を浮かべる。
死人の元男は、式場に乱入して花嫁こと愛夜ソフィアを奪って駆け落ちなんて事を考えている訳でもなく、愛夜ソフィアも昔の男として縁も情も切れている。
あげくに、証拠隠滅の為に己を殺して見せた結果、彼を捕まえる罪がない。
三田守の顔には『面倒事なんだから放置しましょう』とアリアリと書かれていた。
「そうだなぁ……」
花婿の近藤俊作の声は、なんとなく過去を見ていた。
結婚が決まって禁煙していたはずなのだが、手が煙草を探そうとしていた。その手を止めようとしたら、小野から煙草が差し出される。
「おやっさんも禁煙していたはずでは?」
「こういう時に差し出せるから持っているんだよ。
だから中々やめられん」
互いに煙草に火をつけた時の顔は花婿と警視ではなく、探偵と刑事に戻っていた。
新参者の三田守には入れない過去が、そこにあった。
「死人なんでしょう?」
「ああ」
「だから、逮捕じゃなくて保護になる。おそらくはおやっさんの上からの命令で」
「言うなよ。公安案件だ」
「うわぁ……」
傍で聞いていた三田守が露骨に顔をしかめたのに、近藤俊作と小野健一は楽しそうに笑う。
昔、二人で事件を追っていた時のように。
「だから過去の事件じゃ掴めん。今起きた別件で押さえるしかない」
「おやっさん。また“なかったこと”にされるのが嫌なんでしょう?」
近藤の核心を突く一言に小野の煙草が揺れる。
近藤は笑って煙草をふかして言い放った。
「今の事件で押さえるしかない相手が、うちの嫁の昔の男で式前に助けてくれと泣きついてきた。
花婿としては、一発ぶん殴っても罪にはならんでしょう?」
「そうだな。何しろ公的に死んでいる男だ。殴っても死人だから訴えられんだろうよ。
けど刑事が見るのは戸籍じゃない。犯人だ。今日ここで誰が何をしたかだ。
俺は死人を追ってるんじゃない。死人扱いで逃げ切らせたくないんだ」
だからこそ、男二人の本音が紫煙と共に吐き出される。
三田守は気づかない。男二人の本音と紫煙が三田守にどうかかるのかを。
小野の携帯が震えてボタンを押すとゲオルギーだった。
「……こちら小野」
『ゲオルギーだ。悪い報告が二つある』
「言え」
『花嫁の昔の男は、まだ押さえられていない』
携帯の音量は大きく、近藤俊作や三田守にも聞こえていた。
小野の顔が固くなるが、ゲオルギーの次の言葉で近藤や三田までも固まる。
『それと、そいつを消しに来た側も、まだ見つかっていない』
電話の向こうで、少しだけ雑音が混じる。
だが、その報告だけで十分だった。
「……なるほど。
また連絡する」
携帯を切ってポケットにしまう小野に対して先に口を開いたのは近藤だった。
「おやっさん。昔の男を探してる場合じゃないですね」
小野が目だけで促す。
近藤は花婿衣装のまま、探偵の顔で続けた。
「元男がまだ捕まってないなら、消しに来た側もまだ中にいる。
しかも、そいつはまだ諦めていない」
「……ああ」
小野は低く答えた。
「今日ここで口を塞がれたら、また全部なかったことになる」
三田守はようやく気付く。
小野と近藤が三田の方を見ている事に。
「ちょっと待ってください」
三田が嫌そうに眉をひそめた。
無駄でも抵抗はするのが真面目系クズである。
「その流れ、まさか俺ですか?」
小野は三田を見た。
警視としてではなく、現場刑事の目で。
「三田」
「はい」
「悪い。行ってくれ」
「いや、悪いで済ませる気あります?」
「ない。
だが、今ここで動けるのはお前しかいない」
そう言って、小野は頭を下げた。
三田は目を見開く。
近藤が、そこで静かに言った。
「副店長」
「……何です?」
「うちの嫁の昔を、また誰かに勝手に消させるのは癪です」
近藤も三田に頭を下げた。
自分より人生が長く偉いだろう二人が、真面目系クズの自分に。
後になって三田守は気づくのだろう。
『頼む』事の意味を。『頼られる』事の意味を。
三田はしばらく嫌そうな顔をしていたが、やがて深く息を吐いた。
真面目系クズだからこそ、本当のクズになりきれないのが三田守という男だった。
「……大したことはできませんよ。
あと、ボーナスと時間外労働と有給ぐらいはもらっていいですよね?」
そう言って立ち上がった時には、もう彼の顔は“逃げたい男”のものではなかった。




