道化遊戯 正義しか見なかった刑事と正義の味方になれなかった探偵の回想 三田守 その4
情勢が落ち着いてきたので加速してゆく予定
地下鉄九段下駅の混乱はぎりぎりの所で破綻を免れていた。
理由は、二人の女性の存在である。
「あら?久しぶりねぇ。組長さん元気?」
北斗千春が暴れようとした増員のヤクザたちの組長と顔見知りだった事。
「こんな所で暴れるんだぁ♡」
セレブリティパーティー仕様--つまり煽情的で色々なものが丸見え--のユーラ・タチアナが何も知らない第三者の空気を醸し出せば暴れる連中も騒ぐ連中も何とも言えない空気になる訳で。
「警察だ!話は交番で聞く!!」
「北樺警備保障です!改正警備業法の規定に従い警察の指揮下に入ります!!」
発火点の寸前で止められた事を理解していたのはゲオルギー・リジコフのみ。
隣に居た三田守は何も理解できずに呆然としていたが、だからこそあわてて駆けてきた小野健一警視を見つける事ができた。
「小野のおやっさん!
何でこんな所にいるんです?」
「三田の坊主だってそろそろ会場に行かないとまずいだろうに」
「だ・ん・な・さ・まと、小野さん」
北斗千春の笑顔がとても怖い。
このまま事件に突っ込もうとする小野と、それにかこつけて逃げようとしている三田守を察したからだが、二人とも北斗千春の顔をみようとはせず、ユーラに無言で説明を求められたゲオルギーは沈黙で答えるしかなかった。
人がそろうという事は情報がそろうという事である。
状況が落ち着いた九段下駅はあちこちに警備のメイドが立ち、利用客に笑顔を向けている。
ここで三田守の情報とゲオルギーの現場情報が夏目警部からの情報を得た小野健一に提示される。
「……脱税か。
どうりで、大騒ぎになる訳だ」
小野健一の呟きに、三田守は首をかしげる。
「脱税でここまで騒ぎになるんです?」
「坊主。税金ってのはな、払わないと怒られる金じゃない。
誰が、何処から、どうやって持ってきたかが問題になる金なんだよ」
言いながら小野は、三田から受け取ったメモを軽く振った。
タクシー運転手のご祝儀とやらは、三田経由で渡された時点では単なる与太話にしか見えなかった。
だが、夏目から聞かされた司法取引の話と、ゲオルギーの見た現場の違和感と、改札口で拾われかけた連中の騒ぎが重なると、その与太話が急に輪郭を持ち始める。
「花嫁の元男は、香港筋の洗濯機を売りに来た可能性が高い。
で、今改札で暴れていたのは、そいつを先に拾わせたくない連中と、自分の方が高く売れると勘違いした連中だ」
「勘違いって……」
「司法取引ってのは慈善事業じゃない。
値札の高い順に見られる。そう思えば、ああもなるだろうさ」
小野の視線が改札口の向こう、まだざわつきの残る階段の奥へ向く。
そこには、ほんの数分前まで誰もが同じ方向を見ていた痕跡があった。
喧嘩。急病人。救急導線。どれも本物だ。だが、本物だからこそ利用された。
「で、だ」
小野は三田とゲオルギーを交互に見た。
「お前ら、最初にホームから落ちた奴の顔、見たか?」
三田は即座に首を振る。
ゲオルギーはわずかに目を細めた。
「見ていない。だが、救急の担架が上がるのは見た」
「中身までは?」
「たしか嘔吐した客を運んだはずだ。救急車を追えばそのあたり出てくるだろう?」
小野は舌打ちする。
夏目が言っていた『本命が通った保証はない』という言葉が、いやに重くなる。
「おやっさん?」
「最初に落ちた奴。そいつが一番怪しい。
改札口の連中は、あまりにも分かりやすすぎる。
むしろあいつらは、誰かが通るための泥だ」
そこでようやく、三田も嫌なものを飲み込んだ顔になる。
「じゃあ、ホーム転落が最初の仕掛けで、急病も喧嘩もその後を隠すための……?」
「そういうことだ。
で、税金の話がここで出るってことは、ただのマネロンじゃない。
表に出せない金を、表の制度で洗おうとしている奴がいる」
ユーラが静かに口を開く。
「税という形で公が噛めば、その金は急に“まとも”に見えるものね」
その何でもないような説明に、三田がぎょっとしてユーラを見る。
小野はむしろ納得した顔で頷いた。
「樺太酒造の支社長さんは、やっぱり場数が違うな」
「商売女の成れの果てですもの。修羅場の匂いぐらいは分かるわ」
「怖い会話ですねぇ……」
三田がぼやくが、北斗千春の視線が刺さってそれ以上は言えない。
むしろ小野の方がその空気を無視して、さらに話を進めた。
「夏目。改札で拾った連中の中に、税理士か会計屋崩れみたいな顔した奴はいなかったか?」
『今確認させています。
それと、捕まった男の一人が“帳簿は別だ”と喚いていました』
「帳簿か」
小野の顔つきが刑事の顔に戻る。
「帳簿を持ってる奴と、金の流れを知ってる奴は別口だな。
だったら、元男はやっぱり香港筋の線だ。
他の連中はそいつを売るか、自分の札を売るかで群がった」
ゲオルギーが低く問うが、ユーラがやんわりと訂正する。
社会主義国から資本主義国に変わった場所の企業で東京支社長なんてやっている女は、金と女の威力を知り尽くしていないとその地位を守れない。
「それで終わる訳ないじゃない。
ヤクザにマフィアがここに突っ込んでくる以上、ケジメをつけてる事態が起こっているんでしょうね」
「ケジメをつける事態って何です?」
何も知らないからこそ三田守はユーラに聞いてしまい、ユーラはとてもいい笑顔で三田守に笑顔を見せる。夜の女の顔でなく、資本主義を生き残ったエグゼクティブの顔で。
「情報だけで、司法取引を勝ち取れるなんて奴らも考えていない。
逃げた先での生活資金も必要になる。
つまり、奴ら、マネロン中の金を持ってここに逃げ込んだのよ」




