道化遊戯 正義しか見なかった刑事と正義の味方になれなかった探偵の回想 小野健一 その3
九段下交番所長は夏目賢太郎警部である。
その前任者は望んていないのに出世させられた小野健一警視であり、今は警視庁の管理官である。
つまり、勝手知ったる職場というか交番な訳で、パーティー用スーツ姿でも様になっているのは、彼が現場の人間である証拠だろう。
「邪魔するぞ」
「帰ってください。先輩。
何でパーティー抜け出しているんです?」
「現場の人間に政治なんてわからんから抜け出してきた。
お前代わりに出ないか?
その間、ここの所長するから」
そういう掛け合いができる仲だが、小野警視はノンキャリでこれ以上は上がる席もなく、夏目警部はキャリアでここで終わる事は政治的に許されない。
だからこそ、掛け合いの後小野が刑事の顔になる。
「で、お前何か聞かされていないか?」
「……いろいろ聞いていますよ。先輩に言えない事も含めて」
「いろいろ現場教えてやったんだから、少しは配慮しろよ」
「それ、前藤先輩にも言ってましたよね?
よく愚痴られたんですよ」
それでも退かないのが小野健一という刑事であり、その言わない事をうまく示唆するぐらいのことはキャリアの夏目賢太郎にはできない事ではなかった。
「まず前提から。
今回の結婚式、釣りだって事は知っています?」
「今、監察官になっている前藤から聞いたよ。
美人の秘書なんて連れて羨ましいね」
「小野さんも望めば貰えるかもですよ。彼女『豊原の娘たち』だそうで」
「……旧北日本政府のハニトラ専属部隊か。
前藤の奴食われたのか?」
「逆ですよ。豊原内部の腐敗と権力闘争に負けて樺太道警内部で粛清される所を拾ったそうで。
今回の釣りの情報も彼女たちの情報提供があったからとか。
この話も漏れると前藤先輩に叱られるんですけどね」
そんな事を言いながら夏目は話を止める気はない。
この部屋が掃除済みであると同時に、現場を教えてくれた小野刑事への感謝を会話で示す。
「そもそも何でここが釣り堀になったか知っています?」
「そりゃ、偶然にも首相と都知事がやってきて……ん?」
小野が首を捻り違和感を見つける。
刑事としては衰えていないからこそ、その違和感に気づいた。
「おかしくないか?
マフィアがお礼参りに襲うとしたら、準備で足がつくだろう!?」
「ええ。我々も馬鹿じゃないし、俺だってしくじって始末書は御免ですからね。
この警備下で害をなすような大規模な企みは、まず準備段階で見つかって潰される。
今頃、公安と所轄が連携して怪しそうな所にガサ入れしていますよ。
という訳で、問題です。
彼らは、ここで、何を釣ろうとしているのでしょう?」
「……テロリストじゃないよな。そいつらはガサ入れで捕まる。
俺が追っている男と思ったが……何かが違うような気がする……」
小野の悩み顔に夏目が示唆を与える。
自分で言ったらアウトだが、小野が気づけば夏目に責任はない。
キャリアとしての責任回避と先輩後輩の義理と恩が混じった示唆はたった一言だった。
「司法取引」
「……お前、それが何を言っているのか分かっているのか?」
「分からない方が幸せですよ。先輩……」
東西冷戦が終わり、テロとの戦いが始まった現在、犯罪もまた時代に合わせて変化しようとしていた。
ここで問題になったのは、米国が強大な軍事力と他国を圧倒する諜報力を持ちながらテロに翻弄される現在において、そのテロのコーディネーターが決定的な状況を作り出す事だ。
そんなコーディネーターがついこの間、こちら側の完全敗北という形で事件もろとも闇に葬られたばかりである。その名前を小野は『振付師』と呼んでいた。
「……奴が来るのか?」
「来ないでしょうね。今日式をあげる花婿さんもそう言っていたでしょう?」
「お前、いつの間にあいつと知り合ったんだ?」
「先輩上に上がるんだから、現場がらみは俺が引き継がないとまずいでしょう?
挨拶ついでに、式にご祝儀も渡していますよ。いつまで現場にいるつもりなんですか?」
「俺は生涯現役……って言えなくなっちまったな……」
「肩の星が増えるって事は、現場で走るより椅子に座る事が多くなりますからね。
とりあえず、前藤先輩に頼んで、先輩に美人婦警をつける事は今決めました」
「よしてくれ。現場一筋で女房ともそれで別れたんだぞ」
「諦めてください。先輩の星の数はそういう重みがあるんです。
それに、そういう政治的フォローができる人間がいないと、桜田門で蹴落とされますよ」
キャリアの凄さとえげつなさをキャリアゆえに知っている夏目が、後輩としての温情で小野にアドバイスという決定事項を押し付ける。
何とも言えない顔をする小野を尻目に、言えない事をほぼ言わずに追い返せそうで夏目が安堵したなんて今の小野が気づく訳がなかった。




