道化遊戯 正義しか見なかった刑事と正義の味方になれなかった探偵の回想 ゲオルギー・リジコフ その3
ゲオルギー・リジコフの懸念は案の定的中した。
警視庁からの連絡が届いたのは、彼が仕事に入って一時間もしない内である。
『警視庁より通報。
九段下駅コインロッカーに不審な荷物を入れたとの電話あり。
公衆電話の110番通報で、公衆電話に警官を派遣中。
爆発物処理班は警視庁にて待機中。
最寄りの警官は、九段下駅のコインロッカーをチェックしてください』
この一報が入った瞬間、九段下の全警官及び警備員に緊張が走る。
即座に、九段下交番所長の夏目警部の声が続く。
『九段下交番の夏目です。
この件については、九段下交番が責任を持ちます。
全ての警官及び警備員は、九段下交番の警官の指示に従ってください。
九段下駅警備員は駅職員と共にコインロッカーを閉鎖し、一般市民を近づけないように。
ただし、大事にはしないように』
政治が絡む微妙な指示に難しい事を言ってくれると、バイザー越しに苦笑する。
これが完全装備になると、対生物化学装備マスクをつけて立つので完全に顔が見えなくなるのだが、彼の立っている九段下桂華タワー地下入口の警備員にその命令は来ていないあたり、事を大きくすると都知事や首相が警備を見学する名目で彼に会いテロ阻止の感謝を述べる事ができなくなる事を避けたいのだろう。
「いやな手だ」
マイクをオフにしてゲオルギーはぼやく。
本命が九段下桂華タワーなのが分かっているが、放置するわけにはいかない手を打ってくる。
世界がテロとの戦いに移った今世紀、地下鉄での大惨事もコインロッカーの爆発も経験したこの国でその対応は間違いではないが、それによって本丸の守りが間違いなく削がれる。
(……だとしたら、次はどんな手で守りを剥いでくるつもりだ?)
テロの場合、準備段階で大体足がつく。
そのあたり日本を含めた先進国の警察は無能ではない。
だが、劇場型犯罪の場合、手を打ったその事実が次のトリガーとなる。
目の前をメイド姿の警備員が駆けてゆき、駅職員が立入禁止テープを張っているのが見えた。
「すいません。ゲオルギーさん。
九段下交番に来ていただけるとありがたいと」
いつの間にか来ていたメイドは笑顔でゲオルギーの後ろに立っていた。
センサー等は起動していなかったとはいえ、元国家保安省治安維持警察強化外骨格大隊の人間の後ろに気づかれずに立つあたり、己が引退した身であると同時に彼女が現役の工作員という事を思い知らさせる。
「……夏目警部が、か?」
低く問うた声に、メイドは笑みを崩さぬまま小さく一礼した。
「ええ。正確には、夏目警部と小野管理官の両名が。
『顔を出してもらった方が早い』と」
「それを先に言え」
「申し上げる前に、疑いの目で見ていらしたのはそちらでしょう?」
返す言葉が見つからず、ゲオルギーは少しだけ肩をすくめた。
こんな状況で、目の前の相手を疑わずに動く人間は長生きできない。
だが同時に、その疑いを真正面から受け止めてなお平然としている女もまた、並の警備員ではない。
「いい。案内しろ」
「かしこまりました」
メイドが半歩前に出る。
ゲオルギーはその後に続きながら、バイザーの表示を確認する。タワー地下入口周辺の熱源反応、動体反応ともに大きな変化はない。だが、こういう時に信用しすぎると痛い目を見る。機械が平穏を示す時ほど、人間の勘が騒ぐのを彼は知っていた。
地下入口から交番へ向かう短い通路は、ふだんなら過剰なほど整然としている。
今日は違った。メイド姿の警備員が忙しく往来し、駅職員が足早に通り過ぎ、立入禁止のテープが少しずつ駅側へ伸びている。どこか慌ただしいのに、声は皆ひどく抑えられていた。
大事にはしないように。
夏目の指示が、現場の全員の喉元を締めているのだろう。
その時、階段下からの声で立ち止まる。
「誰か来てくれ!人がホームから落ちた!!」
駅員が半蔵門線ホームに呼ばれ、ゲオルギーとメイドが立ち止まる。
声は自然に出る。
「これも誰かの手だろうな?」
「偶然かもしれませんが?」
「偶然なら俺たちが笑われておしまいだ。
偶然ではなかったら、笑われた方がましな事態はここ最近いくらでもあっただろう?」
「たしかに……」
駅員と警備員がコインロッカーに封鎖に動く中でホームで人が落ちた事で駅員が更に下に降りる。
となれば……
「こちらゲオルギー。
今、九段下の交番に移動中だったが、少し待機して改札口の所を警戒したい。
何かするとしたら、人がいなくなったこの改札口だ」
九段下交番からの返事が来る前に状況が動いた。
今度は都営新宿線ホームからだった。
「誰か来てくれ!
ホームで男が吐いて痙攣しているぞ!!
誰か救急車を!!!」
現在近場で動けるのはゲオルギーとメイドしかいない。
ゲオルギーはため息をついてメイドに言い放つ。
「行けよ。ここは俺が守る」
「申し訳ないですがお任せします。
五分もせずに増援が来るはずですので」
メイドが都営新宿線ホームを駆け下りてゆく。
五分。メイドの言った時間にゲオルギーは苦笑する。
「五分……テロリストにとっては十分すぎる時間だよな……」
ちゃんとマイクを切った上でのぼやきは誰にも聞かれる事はなかった。
九段下駅
ホームドアはまだないよなと確認していたら『バカの壁』なるものが出てきて笑う。
【魔改造】トンネルをブチ抜いた駅の大工事 壁の撤去から8年後の改造第2弾とは|東京メトロ・都営地下鉄九段下駅【小春六花
https://www.youtube.com/watch?v=3LCjE8MlmZg




