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周回遅れの召喚勇者 ~キモくてニューゲーム~  作者: 行広主水
第2章「そもそもなんで俺なんだ」
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2.「これは、詫びだ」

 ユター村では一泊した。オリオン一座の興行が大成功だったのか、それとも単に辺境には珍しい美女であったからか、チェイネは下にも置かぬ歓待を受けている。

 日出郎たちは完璧におまけで、魔人種ディアボロスあかしたる角をあらわにしたジャベリナなど、近寄られることさえなかった。この村に来た時に最初に声をかけてきた中年男が、綺麗どころの一気に増えた日出郎たちを、嫉妬とも羨望とも言えぬ目で見ていた程度だ。


 村長宅で一泊の後、それぞれ騎竜サウルスまたがってユター村をった。

 ちなみに女性二人がそれぞれ鸞竜オルニスに乗り、男二人は麟竜エラポスに相乗りだ。主と認めた少年以外の男は決して乗せぬ、と息巻いていたインテであったが……


「じゃあ僕も乗らない」

「ぶるっひん(そんな、主よ)!?」

「君が勇者様を乗せないって言うなら、君には荷物を運んでもらって、僕らはボンゴに乗るもん」

「ぶひぃん、ひひひぃん(なんたる屈辱、そればかりは許容できぬ)……っ!」


……というような会話が、日出朗の通訳を介してなされ、結局いまの形となった。甲竜ホプラスボンゴが荷馬ならぬ荷竜なのは変わらず、だ。

 鸞竜二頭が加わったことで運ばねばならない飼料が増えたが、一部の荷物を鸞竜自身に分乗させたため、運ぶ量にはまだ若干の余裕がある。ゴルンゴドにて収納のための泉宝を手に入れられたら、水や飼料用の物を調達するのも良いだろう。


 その二頭の鸞竜だが、オリオン一座では特に名前はつけていなかったというので、少年のリクエストに応じて命名することにした。

 以前からチェイネが乗っていた、鮮紅色ワインレッドの鱗と淡紅色チェリーピンクの羽毛を持つ竜が、アルト。ティコが乗っていた消炭色チャコールグレーの鱗と濃紺ネイビーの羽毛を持つ竜は、タント。

 相変わらず車の名前が由来であるが、べつに日出郎は車好きというわけではないし、そもそも運転免許も持っていない。乗り物につける名前など思いつかなかっただけだ。


 最初はインテに小柄な二人が同乗し、日出郎はタントに騎乗するするつもりでいたのだが、上手くいかなかった。近づけば威嚇される、乗れば振り落とされる、背を見せればついばまれる……と酷い嫌われようである。

 ところがジャベリナが近づくと、鸞竜は王女にかしずく騎士のように恭順きょうじゅんの姿勢を見せるのだ。どうも騎竜というのは、女尊男卑の傾向があるように思えてならない。


「おめェが重くてキモいから、拒否られてるだけじゃねーの?」

「いちいち人の心をえぐりにくるね、お前さん」


 なんて会話をしつつの、旅立ちであった。


 ¶


「……あれから、一週間がったわけだが」


 太く重く、きしるような男性の声がする。答えたのは、甲高くてどこか耳障みみざわりな少年の声。


「あれからって? あんたが無駄な手柄稼ぎを思いついて、わざわざ辺境まで雑魚を狩りに行った日から? 余計な手間をかけたせいでちゃんとり損ねた日から? その上、現場も崩れちゃってなにもわからくなっちゃってから?」


 なお言いつのろうとするのを、柔らかで妖艶ようえんな女性の声が止めた。


「くだくだしい嫌味はしなさい、グレイ。古墳の入口は完全に埋まっていたし、生きてはいないでしょう。それに、念のため確認をしようとしたベルフを止めたのは、貴方でしょう?」

「だってさあ、崩れた岩場に穴を掘ってもぐって、なんてやってらんないじゃん」


 豪華な調度に囲まれた、薄暗い部屋。そこには四つの影があった。重厚な執務机に尻を乗せ、けたけたかしましい細長い影。窓際に立って、重苦しい空気を放っている重厚な影。応接用の長椅子にしどけなく体を預けた、婀娜あだっぽい影。

 そして床に這いつくばり、がくがくと震える影。窓から差し込む日差しが角度を変えて、その姿を浮き上がらせた。仕立ての良い服に身を包んだ、恰幅かっぷくの良い壮年の男だ。


「アンタもそう思うよねぇ? 領主様」


 細長い影からの嘲弄ちょうろうするような問いかけに、壮年男はびくりと体を震わせ、丸まるように頭を床にこすりつける。


「わ、わたくしには、わかりかねます……」


 彼を知る者がいたら、一様に驚愕しおののいただろう。傲岸不遜かつ唯我独尊で知られる、ケルテレーンの領主である男だ。

 勇者だろうが格上の王侯貴族だろうが横柄な態度を貫くその彼が、今は赤子のようにおびえ、奴隷のようにぬかづいている。


「ちぇ、つまんない答え。もうちょっと頓智ウイットとか諧謔エスプリとか、気の利いたところがないと……殺しちゃうよ?」

「ひっ、ひいっ! お許しをっ!?」

「よさんか、グレイブン」


 窓際で揺れた影から発されるのは、呆れたようないたような、倦怠けんたいの声。


「パルチザーネ、一週間が経った。仮に勇者が生き延びたとして、王都を目指すならこの街を通るだろうと網を張ったが、やはり徒労のようだ」

「そうね。臆病風に吹かれてどこかに引き篭もっている可能性もあるけれど、その程度の小物であるなら、無視しても良いでしょう」


 問われて頷き、長椅子の影が閑麗かんれいな動作で立ち上がる。自身も執務机から尻を離しつつ、細長い影が混ぜっ返すように言った。


「案外、ゴルンゴドあたりに向かってたりして」

「なんの理由があってだ。武装を補充するにせよ、王都に向かった方が堅実だろうに」


 まさか道中の食生活を充実させるため、などという理由は想定するはずもない。


「まあ万が一にも勇者が生き延びて、何故だかゴルンゴドに向かったとしても、あそこには『あいつ』がいるわ。任せてしまって良いでしょう」

「ハハッ。生き埋めになってた方がマシ、ってことだね」


 そんなことを言いながら、影たちは部屋を、ケルテレーン領主の執務室を出て行った。何処いずこへ行くというのか、その姿があらわになることも、その目的が知られることも、ないままに。


「邪魔をしたな、領主よ。これは、びだ」


 最後に部屋を出た、窓際の影。彼は淡々と言ってその手に得物を、穂先の半ばから左右に炎と翼が膨れ上がった斧槍ハルバードを、虚空から掴み出した。

 疑問を差し挟む余地もない。ようやっと恐怖から解放される、と安堵しかけた領主の体を、無造作に振るわれた斧槍が両断した。


「えひゅっ……?」

「あの世で勇者に会ったら、伝えておけ。貴様の出遅れは致命的であったな、と」


 恰幅の良い体が斜めにずれ、遅れて噴き出す大量の鮮血とともに転がる。それをかえりみることもせず、影たちは部屋を、ケルテレーンを去っていった。


 ¶


 ユター村をって一週間。多少のんびりしたペースであったが、日出郎たちはとうとうゴルンゴド峡谷きょうこくに辿りついた。

 と言っても全長数百キロメートルに及ぶ長い長い谷であるから、そのほんの入り口に過ぎない。踏破とうはすることなど考えてはおらず、目的とする集落までおもむいたら、そのままとんぼ返りする予定だ。

 それにしても、と日出郎は行く手を見て――見下ろして、何度目かになるかわからない溜息を吐き出す。


(なんとも、遠近感の狂う眺めだなあ)


 あたりはなだらかな平原であるのに、そのただ中に巨大な亀裂が穿うがたれている。入り口となる部分こそ幅十数メートルほどであるが、斜面を下り奥へ奥へと進むほどに亀裂は広がり深まり、やがては地平線まで覆うほどの底知れぬ谷となっているのだ。

 中途までは崖に挟まれ薄暗くなっているが、峡谷の幅が1キロメートルを越えたあたりから、普通に日が差し込むようになっている。その先はというと谷底、と言うよりは左右を高山に挟まれた荒れ地、といった様子で圧迫感はほとんどなさそうだ。

 そしてそんな下り斜面が、視界のずっと奥の奥まで続いている。畏怖すら覚える、圧倒的な眺望ちょうぼうであった。


「勾配は緩やかですが、平坦になることもないんですね」

「地の底まで続いていそうですわ」


 岩だらけの斜面を見下ろし、ハチェトリーたちも、うそ寒そうに言葉を交わしている。一人平然としているジャベリナは、外見だけなら自分より年長な者たちに、小馬鹿にしたような声をかけた。


「あァン? 魔界にまで通じてるわけじゃねェんだ、ビビんなヨ」


 そういう問題ではないのだが……と残り三人は困り顔である。なお、彼女の出身地であるハイベルグ帝国には、魔界に通じる泉宝スフェラの門が存在していたが、魔王討伐後にアクスレイたちによって封印されたらしい。

 ゲームの『ファイナルラストファンタジア』ではクリア後に挑戦できる裏ダンジョンが魔界の一部、という設定だが、魔界そのものに赴くことはない。大気の組成すら異なる、魔物以外は生きていくことも困難な地であると言う。


「出てくる魔物も、ソラ、精々があの程度さ」


 鸞竜オルニスのタントから降りて、少女が生み出した二叉槍で示す、その先に。岩場の陰から様子をうかがっていたのか、細身の影が次々と姿を現した。

 全身が毛むくじゃらの人間型をしているが、四肢の先端が鶴嘴つるはし、あるいは砕氷斧ピッケルような形状で硬く鋭く尖っている。また剛毛に覆われた頭部は首が極端に短い、肩から頭頂まで斜めに繋がったような形状で、ぽかりと黒く空いた木のうろのような眼と口だ。


【ピックフットLv.10】

 【幻人型。ピック状の手足を有す類人猿で、登攀が得意。叫び声を衝撃波もしくは麻痺音波に変換可能。歯はなく、得物を粉々に砕いてすすり喰らう】

 【体30 敏18 感18 知9 精12|HP90/90 LP25/25 EXP10】


 手足はどうやら鳥類の鉤爪のようなものらしく、ちゃっ、ちゃっ……と軽いが硬い音を地面との間に響かせている。

 ジャベリナは『あの程度』と評したし、魔王が猖獗(しょうけつ)を極めていた頃のゴルンゴドには、比べ物にならないほど強力な魔物が跋扈ばっこしていたのだろう。しかし魔王が倒された今となっては、充分すぎるほど強力な魔物だ。

 しかもそれが、見える限りで計五体。日出郎は、数日来の死闘を覚悟した。


「なんだか間抜けな外見ですね……一先ひとまず動きを止めます」


 だが。特に気負う風もなく愛騎インテの背から降りて愛刀(スタークリス)を抜いた少年が、みじかな集中の後、魔物どもが襲いかかる前に術を放つ。


「――〈雷縛バレビン〉!」

「取りこぼしは任せとけ、突ッ込んでいいゼ」


 間髪入れず、少年の放った稲妻に撃たれながらも動きを止めなかった猿人に、ジャベリナの投じた二叉槍が突き刺さった。

 その横をすり抜けるように、自身の鸞竜アルトの背から跳び降りた勢いのまま歩を進めたチェイネが、恐れもせず鉈を抜いて無造作に打ちかかる。


「勇者さまは奥の二体を。こちらは、お任せくださいな」


 踊るような足取りで、全身を痺れさせた相手の首筋とも肩口ともつかぬ部位へ、刃を叩き込んだ。辺境の農家で使うような鉈ではあるが、無防備に晒した肉体を断つには充分であったらしい。

 けに一度、逆方向からもう一度。その二撃をもって、猿人は哀れ息の根を絶たれて臙脂えんじ色の魔晶石へと変わる。慣れぬ得物だというのに、チェイネの動作は不安の欠片も感じさせない。


 どうにか麟竜インテから降りた日出郎も、気圧されつつも腰にくくりつけていた鉈を抜いて、硬直したピックフットに駆け寄る。虚ろな目がこちらをにらんでいるようだが、象明グリフに書いてあった厄介そうな咆哮は放たれない。


「でい、やあ!」


 内心の怯弱きょうじゃくが反映されたかのような腰砕けな声とともに、さして鋭くもない刃が振るわれた。湿った布団を叩いたような嫌な感触とともに、猿人の偏平な頭部に鉈が食い込む。

 立木を相手にしているようなもので、なんら恐れることはないのだろうが、それも相手が自由を取り戻すまでだ。再び動き出してしまえば、10レベルの脅威と直面しなければならない。そう思うと気ばかり焦り、なかなか有効打を与えられぬまま攻撃を繰り返した。


 ようやく日出郎の相対していたピックフットが絶命し、その体が消滅する頃には、既に戦闘は終了している。ジャベリナとチェイネが残りを二体ずつ、きっちりほふったのだ。功労者は早々に相手の八割を無力化したハチェトリーだが、二人も充分な仕事を果たしたと言える。

 そして日出郎の耳元で、鳴り響くファンファーレ。


【ヒデロウ・イサカ】

 【越界種エグザイル・日本人/男・25歳/勇者Lv.8】

【特性】

 【肉体Lv.22 敏捷Lv.20 感覚Lv.21 知性Lv.22 精神Lv.19】

 【HP:78/78 LP:81/81 EXP:8/176】

【技能】(4)

 【召術:〈氷河グラシア〉Lv.4、算術Lv.3、召術:〈砂漠エリモス〉Lv.3、刀剣Lv.2、召術:〈火山イフェス〉Lv.2、体術Lv.2、盾術Lv.2】

【妙技】

 【共枢言語※、共闘共栄※、共有才産※】

【召術】

 【〈小凍コルド〉〈凍装コルルド〉〈大凍メガロ・コルド〉〈凍縛バコルド〉〈小嵐ラハガ〉〈嵐装ラハガド〉〈大嵐メガロ・ラハガ〉〈小炎フレイ〉〈炎装フレイド〉】

【装備】

 【なまくらな鉈Lv.2、叡智の額冠Lv.36、鎖帷子Lv.5、剛毅の大盾Lv.40、革のサンダルLv.3】


 達成感など、ほとんどなかった。数々の激戦を経てそれなりに強くなったつもりであったし実際、特性レベルにおいては仲間内でも一番なのだが、どうにもそれを生かせているようには思えない。


「ううう、不甲斐ない」

「そんなことありませんよ。力量レベル差を考えれば充分、ご立派です」


 そう言ってなぐさめてくれるハチェトリーも、しっかり成長しているようであった。


【ハチェトリー・フォンテ・ブラウム】

 【天人種セレスティア・ラフガルド王国人/男・14歳/召導師ロギマグスLv.9】

 【体11 敏14 感16 知19 精25|HP57/57 LP88/80(88) EXP2/207】


 技能点の使い方は、もう協議してある。前回のレベルアップの後に気づいたことであったが、何故か彼の技能点が2点、余っていたのだ。

 召術士ロギアス時代に複数の源泉クヴェレ系統の技能を向上させ、余分に技能点を消費していたのだが、そ分が再計算されているのだろう……というのが日出郎の推測だ。再計算された理由は不明だが、なんとなく〈共有才産〉で互いの技能を参照し合ったせいじゃないかな、と思っている。


 ともあれその2点に今回のレベルアップによる分を加えれば、少年の技能点は5点になるのだ。当然、【召術:〈雲海シネフォ〉】を5レベルに上げるべきだろう。

 範囲攻撃の要たるハチェトリーに対し、日出郎の方は剛毅の大盾を手に入れて以来、パーティ内での役割が変化してもっぱら盾役を務めている。しかし先ほどの醜態を考えると刀剣技能も上げるべきか、あるいは回復役も担う少年の負担を減らすため、自分も召術技能を伸ばすべきか。


「まあでも、そうだよな。レベルは一番下なんだし、無理がしない方がいいよな」

「そうですわよ、勇者さま。それに初めての相手だったのですから、本領が発揮できなくても仕方ありませんわ」


 欺瞞ぎまんめいた言葉を口にする日出郎に対し、チェイネもいたわるような声音で言う。


「あァン? それを言ッたらおめェらも同じだろ。あんま、そのデブを甘やかすんじゃねーヨ」


 しかし勇者贔屓(マニア)の二人のフォローに対し、辛辣な意見もあった。


「なんですかその物言い、勇者様に失礼ですよ」

「そうですわよ、リナは不敬ですわ」


 ぎゃあぎゃあと言い争いが始まる。あっという間に蚊帳かやの外に置かれた日出郎は、チェイネはお嬢様なのに時々どっちかと言うと『お嬢様の取り巻き』っぽくなるなあ……などと関係ないことを考えたりしていた。

 そうして明後日あさっての方向にれた視線が谷の行く手、崖のふもとに転がった岩の隙間すきまで止まった。なにかがそこに、ひそんでいる。日出郎の視線に気づき、さっと姿を隠す動作で、かえって存在が確信できた。


 なおめている仲間たちに声をかけようとして、急に彼女らが黙り込んでは相手の警戒を深めるか、と思い直す。ゆっくりとその場を離れ、慎重に岩の方へ歩み寄った。そうして、隙間を覗き込む。

 まるで同調シンクロするように、向こうも体を伸ばして、こちらを窺おうとしていたようだ。思わぬ形で真正面から見つめ合う形になってしまい、硬直する。


(女の、子?)


 半疑問形になってしまったのには、わけがある。その娘は顔の造作こそ整っていたが、表情というものがまるでなく、人間味に乏しかった。

 岩の隙間はそれなりに広い空間があるようだったが、光がほとんど差し込まず、少女の色彩もまたあやふやだ。


 モノクロ写真に映った人形を見ているような、そんな感覚。細い銀縁の、少し古めかしいデザイン――この世界では文明の最先端かも知れないが――の眼鏡をかけている。人間だとすれば10代後半、チェイネよりやや年下くらいであろうか。

 長い髪をアップスタイルにまとめ、前髪は真っ直ぐ切り揃えられていた。目が大きく鼻筋がすっと通って、ふっくらした唇は小さい。無機質な愛らしさ、あるいは倒錯的な美貌だ。


 耳はヘッドフォンあるいはイヤーマフのような形状をした、硬質の器具で覆っている。歳相応に発達した肢体を包むのは、白い脚衣ショース帯鉄鎧バンデッドメイル

 この鎧が見ようによってはタイトスカートのビジネススーツのようにも見える、なかなか嗜欲的フェティッシュなデザインで、製作者の趣味を感じさせた。


「君、は……?」

「アナタ、は……?」


 互い同時に、問いかける。細く涼やかだがやはり無機質な、しかし蠱惑的こわくてきな甘やかさを秘めた声。無意識であるかのように何気なく持ち上げられた手は、指先が金属製の筒になった、奇怪な革手袋に包まれていた。

 自分も無意識に呼応し手を持ち上げる、日出郎。最近は少し硬く筋張って来た彼の手と、手袋に覆われた彼女の手とが、触れ合おうとした瞬間。


「勇者様、そこに誰かいるのですか?」


 ようやっと主の行動に気づいたハチェトリーが、言い争いの輪を抜けて、小走りに近寄って来た。


「ああうん、岩の隙間に――」


 従士に応えて一瞬だけ振り返り、また向き直ると、そこに眼鏡の少女は存在していなかった。ただぽかりと穿うがたれた、空隙くうげきがあるだけ。

 眉をひそめて中を覗いてみるが、自分ではとても通れないような細い隙間が奥へ奥へと伸び、やがて闇と同化するのみだ。人形のような少女の姿は、どこにも見えない。


「人が、いたんだけど」


 夢かうつつか幻か、まるで霞のように消えてしまった。外見からして非現実的であっただけに、まるで幽霊でも見たような気持ちになって、少し背筋が震える。

 そこへ空気を読まず容赦もない、ジャベリナの突っ込みが入った。


「なんだ、おめェのキモさに逃げだしたか」

「だから隙あらば人の心をくじこうとするの、やめようよ」


 軽い調子で泣きを入れれば、それだけで怖気おぞけは消え失せる。考えてみればこんな調子で遠慮なく喋り合える相手など、ファラスに来るまではいなかった。

 なるほどリア充が精神的に強いのは、こういう仲間がいるからか、などと感心する。そう思うと誰が相手でも態度が変わらず、もちろん日出郎に対しても同じように接する少女の存在が、ひどく得難えがたいものに思えてきた。


「……な、なんだヨ?」


 突如としてアルカイック・スマイルを浮かべた彼を、ジャベリナは胡乱うろんな顔で見やる。その三白眼も、生意気盛りの妹や姪のようなものだと思えば、不思議と愛らしく見えた。


「いや、ジャベリナは可愛いな、と思って」

「フォアッ!?」


 思ったことをストレートに伝えたら、目を真ん丸にして硬直しながら跳ね上がるという、玩具めいた動きをする少女。珍しくも、彼女を動揺させることに成功したようだ。

 思わぬ成果に悦に入る日出郎を、ハチェトリーとチェイネが軟派男を見るような、じとっとした視線で見つめた。

【ケルテレーン領主】

 ダリル・R・ネイサン、48歳。家族は妻が二人と息子三人、娘が二人。家柄はかなり立派なのだが、疑り深く傲慢で強引な性格のため、中央政界からは遠ざけられている。


【ピックフットLv.10】

 見た目は不気味だが、こう見えて同族は大事にする。発する怪音波は昭和特撮っぽいエフェクトが発生するのだが、お披露目の機会はなかった。なお衝撃波の方は「ウララーーー!!」と大音量で叫んで、砂山を崩したりする。


【眼鏡】

 ファラスにおいては例外的なほど発展している。と言うのも古代から様々な種類の眼鏡型泉宝(スフェラ)が遺されており、見本が豊富であったため、現代でも製造技術が確立したのだ。

 よって、ファラスには眼鏡っ子が普通にいる。やったね!


【じとっとした視線】

 日出郎ロリコン疑惑が爆誕した瞬間であった(嘘)。

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