12.「まだまだ戦いは素人かい?」
大盾というだけあって、その盾はかなり大きい。辺に丸みを帯びた凧形で、最長部は縦で1メートル横で80センチメートルといったところであろうか。
本体は金属光沢を帯びた深い青、縁や表面の装飾は白金のようだ。ハチェトリーに渡した流星蛇行刀と揃いの色合いだな、とふと思う。
盾の中心には直径10センチほどの透明な宝玉が据えられ、その左右からは一対の翼、斜交いには交差する剣を意匠化した装飾が成されている。
美しい盾だ。しかし日出郎の目には、美術品と言うより、モーターショーで展示されるコンセプトカーのように映る。金属質な外観もさることながら、戦うため、道具として扱われるための機能美を備えているからだろうか。
「伝承に謳われるとおり、いえそれ以上の美しさですわ。これを本物の勇者さまに献上して、私は勇者さまと……ああ……!」
上気した頬を押さえ、チェイネは身悶えする。それを呆れたような目で見やりつつ、ティコは盾を指さした。
「まあ、あそこから外さないことには話になりやせんがね」
「言っている間に自分で外そうとは思いませんの? まったく……」
分銅鎖を束ねて腰帯にかけつつ、身軽に岩々を飛び越えて、彼女は石像に取りついた。
ところが両手で盾を掲げ持とうとするも、石像の凹凸に足をかけて必死に盾を引っ張った挙句、保持することが叶わず足元に落としてしまった。硬く重い音を立てて、その場に転がる大盾。
「な、なんて重さですの……!」
慌てて石像から下り、裏面を見せて転がっている盾の持ち手を掴む。
「んんっ……ふっ、んーっ……ううんっ、ふぅうーっ!」
声を出しつつ懸命に、どうにか持ち上げようと悪戦苦闘しているのだが、いいところ僅か数センチ浮き上がる程度の様子であった。
無意識に漏れる声がなんだか色っぽいなあ、なんて馬鹿なことを考えつつ日出郎も、ハチェトリーを伴って獣人たちの所へ歩み寄る。
「駄目ですわ。この盾、重過ぎて、とても持ち上がら……」
「どれどれ」
思わず愚痴りかけたチェイネの横から、日出郎は手を伸ばした。
盾の裏面、中央より上の位置に、正方形を描くように革帯が取りつけられている。水平方向の二本を纏めて掴むことで、縦向きでも横向きで構えることができる構造のようだ。盾本体のみならずその革帯も、不思議な力が働いているのか経年劣化をまるで感じさせない。
試しに縦向きの帯ふたつを纏めて掴んで、引っ張り上げてみる。厚紙か合板で出来ているかのように、盾は軽々と持ち上がった。防具として取り回すに必要な程度の重さを残し、それ以外の重量をどこかに捨ててきたような軽さだ。
「……うそ、です、わ」
その場にへたり込んだチェイネは呆然とした面持ちで、申し訳なさそうな表情を浮かべる日出郎を見上げた。
「だーから言ったでしょう? この方こそ勇者様だ、って!」
すかさずドヤ顔でハチェトリーが勝ち誇る。普段は天使のように良い子であるのに、勇者にケチをつけるような存在と相対すると途端に大人げなくなるのは、彼の大いなる欠点であった。
またも睨み合う少年と美女を後目に、狐猫人は関心しきりで頷く。
「なるほどねえ。確かに旦那が、勇者ってわけだ」
構えて見せてくれよ、と言われたのでこんな感じかな? と当たりをつけて盾を持ち上げてみた。
四角形の革帯は、掴んで持ち上げても良いし一方に腕を通してもう一方を掴んでも良い、融通無碍な構造だ。
【剛毅の大盾Lv.40】
【不朽鋼製の凧状盾。同行集団の構成員を庇った場合、ダメージを[レベル%]遮断。中央部の宝玉に攻撃召術を受けることにより、対応する源泉の防衛術式を自動発動。勇者専用】
朽ちた遺跡に放置されていたことが信じられない、凄まじい性能であった。
惜しむらくは力量の低い日出郎では、十全の効果は発揮できないことか。それを表すかのように、盾を構える彼の姿には威厳や強固さといったものが感じられない。
「ぎごちねえなあ。まだまだ戦いは素人かい?」
「あはは、面目ない……なあ、ハチェトリー。そのへんにしとけって」
ふと気づくと、背後で少年とチェイネが互いの手を掴み合う『手四つ』の体勢で、プロレスよろしくぎりぎりと押し合いをしていた。
「姫さまも。やめときなって……そら、やばいのが来たぜ」
半笑いで付き従う主を宥めていたティコが、不意に真剣な声を出す。かすかな震動が肌を伝い、なんだ? と思った瞬間。
凄まじい爆音とともに、頭上から圧倒的な質量と勢いを伴った『なにか』が、砂礫を撒き散らしながら墜ちてきた。
¶
いつか見た光景。違うのは場所と居合わせた人員と、そして圧倒的に不利な地形。
「ぶぅろはぁぁあああ……っ(こんな所にいただか、勇者)」
降り注ぐ砂と瓦礫、差し込む光。それを浴びてゆっくりと体を起こしたのは、かつて辛うじて退けた岩の巨人であった。
「な、な、ななな、なんなんですのっ!?」
砂まみれになった髪を振りながら、チェイネが金切り声を上げる。
「すまん、巻き込んだ。あいつは、俺を狙ってるんだ。どうやってここを嗅ぎつけたか知らないが……あんたらは、逃げてくれ」
大型鉄槌を手に起き上がるカタパルトロールは、日出郎と同様に防具を新調していた。
前のものと違い、胴体全体と肩や腰を覆う、鈍色の鎧を纏っている。金属の輪を編み上げて形作られているが、鎖帷子ほどの密度はない、輪状鎧というやつだ。
他に革製の肩当てや脛当てを帯びている他、ハンマーを持たない方の手には木製とはいえ籠手を填めており、ただでさえ堅固な防御力がいや増している。
ばきん、と嫌な音がした。
なにかと思えば頭上にかかった橋状の岩石のうち一本が、根本から折れて降り注いで来るところであった。
「行けっ! 早く! ――〈凍装〉っ」
巨木に等しい岩石が落ちてくるより早く、日出郎は傍らに控えた少年に、召術強化の術かける。流星蛇行刀を抜いたハチェトリーは、阿吽の呼吸で攻撃召術を解き放った。
「――〈大雷〉!」
突き出した短刀と刀身に添えた手、そこから耳を劈く爆音と共に稲妻の束が放たれる。
万全の援護、迅速なる集中、新たな武器の力。非の打ち所がないこの雷撃で、斃すとまではいかずとも甚大な痛手を与えられる。
そう、確信した。だが。
「おおおっ!」
トロールが木製の籠手に覆われた拳を振り上げると、巨体に襲いかかるはずだった稲妻の束は、残らずそちらに殺到した。そして周囲を震動させながら、拳は地面に叩きつけられる。
バヅンッ! と空気が灼き裂かれる音がして、オゾン臭を漂わせながら雷撃は雲散霧消した。
「な、なんだありゃ」
思わず樹製の籠手を睨むが、象明は浮かばない。誰かが使用中の装備品は、今の叡智の額冠では確認できないのだ。
「ぼはっはっふぁっはっ(もう、びりびりは効かねえだっ)!」
「くそっ」
高笑いしながらハンマーを振り上げるトロールの前に、咄嗟に跳び出て盾を翳す。
銅鑼のような音が響いて、凄まじい衝撃が日出郎を襲い、けして軽くはないその体が呆気なく吹き飛んだ。その先にあるのは、乱杭歯のように突き出した岩々。
(まず……っ)
「――メガロ・ラハガっ!」
日出郎の背が叩きつけられるより早く、鋭くも雅やかな声が響いて、吹き荒れる旋風が地面を薙ぎ払った。岩が砕けて砂礫と化し、風圧によって大幅に減速されたことで、日出郎はさしたる痛みもなく地面を転がる。
それを成したのは〈砂漠〉の力を用いた中級の攻撃召術、〈大嵐〉。そしてそれを放ったのは。
「貸し一つ、ですわよっ!」
両手を突き出し術の余波で指先を震わせる、チェイネであった。逃げろと言ったはずだが、少々後ろに下がった程度でほとんど動いていない。
「チェイネさん、どうして」
なお彼女の背後、10数メートル先の壁に大穴が開いていて、そこからティコが顔を覗かせていた。
地面からは1メートル半ほど、穴自体の大きさは直径2メートルといったところか。チェイネたちは、あそこから来たものと思われた。
「勇者専用装備を携えた者が戦っているというのに、私がおめおめ引き下がれるはずありませんわっ!」
凛とした顔で言い放つが、その声は少し揺れている。力量を考えればこれまでもそれなりに魔物と戦ってきたのかも知れないが、流石にカタパルトロールほどの大物と相対したのは初めてだろう。
「でも助かった、ありがとう」
「ふ、ふんっ。あくまで貸しですわよ、貸し」
目を逸らしつつも、高飛車に言うチェイネ。なんというか大変濃厚な『ツンデレ』の気配を感じるが、悠長な会話を楽しんでいる状況でもない。
野牛のような咆哮とともに、カタパルトロールが得物を振りかざして突進してきた。
あくまで狙いは勇者ということか、〈雷〉系の召術を対策してきたからか、ハチェトリーには目もくれていない。
日出郎としては最初の一撃で怯ませた後、早々に逃げ出すつもりであったのだが、まさか〈大雷〉が全く効かないとは予想外であった。
「ごぶぁ、ぼっふぉ(さあ勇者、ぶっ潰れろ)!」
覚えたばかりの〈凍〉系の範囲召術を使おうにも、この状況で盾を離すわけにはいかない。
「勇者様っ。――〈塊装〉!」
少年から、防御強化の術が飛んできた。それでも真正面から受け止めては先ほどの二の舞であろうから、斜め前に踏み込むようにしてハンマーに立ち向かう。
腕が引きちぎられそうな衝撃。それでも目論見通り鉄塊を受け流し、空振らせることに成功した。だが、地面に炸裂したハンマーが、いつかのように岩礫の散弾を撒き散らす。
「いぎぁっ」
チェイネは日出郎が、ハチェトリーはカタパルトロール自身の巨体が遮る形になって、岩礫を喰らわずに済んだ。しかし日出郎はハンマーを受け流すために盾を使ってしまったため、体が開いた状態で、半身に礫を浴びてしまう。
直前に〈塊装〉をかけてもらっていなかったら、血達磨になっていたかも知れなかった。
激痛に思わず歩兵剣を取り落とし、その場で蹲りたい衝動を必死で堪える。トロールの方も、自分が発生させた岩礫をまともに食らって、痛みに呻いていた。
「勇者様っ!」
そんなトロールの後ろを回りこんで、ハチェトリーが駆け寄って来る。逃げろと言いたいところだが、少年は聞きはしないだろう。どのみち、自分たちが降りてきた入り口は位置が高い上に道が細く、逃走路に使えば格好の的となってしまう。
となればチェイネたちが使った穴へ逃げ込むべきか。大きさを考えると、上手く飛び込むことができれば、巨体のトロールは追って来れないはずだ。
けれど穴の位置が高いため、そのまま駆け込むことできない。
「くそ、こんな時、ジャベリナがいてくれたら」
思わず呻いた。相手を一時的に行動不能にする彼女の技は、こういう局面では頗る役に立つ。
無論ないものねだりだ。偶々一度だけ手を貸してくれた、本来は敵であるはずの彼女が、都合よくこの場に――
「呼んだか、あァン?」
――現れるはずは、ないのだが。
頭上、まだ残っていた方の岩石の橋梁。高さ6メートルほどのそこに、しゃがんだ姿勢で槍を担いで、赤目の少女がこちらを覗き込んでいた。
「ちょっ、なんでいるの!?」
「ンだと、カスデブ。ジャベリナ様がいてくれたらなァ、ッて泣いてたのはお前だろうがよコラ」
泣いていない。だが、この局面でこの登場、泣きたくなるほど嬉しいのは確かだ。
日出郎が呆然と頭上の少女を見上げている間に、気を取り直したカタパルトロールはスレッジハンマーを構え直し、大きな一歩で瞬時に間合いを詰めてくる。
「ごぉう(死ね)!」
「まだオレが話してんだろッ!」
横殴りの一撃が襲いかかるより早く、ジャベリナが橋から落下しつつ投げつけた縛魂叉槍が足元の岩に突き刺さり、朱黒の魔法陣が描かれた。途端に固まる、トロールの巨体。
「今のうちだ、あそこから逃げよう!」
「はいっ」
「えっ、ちょ、どうなってますの!? なんで魔人種があなたを!?」
ハチェトリーを伴い、混乱し立ち尽くすチェイネの手を引いて、大慌てで穴に向かう。肩車をして少年に登ってもらい、次いでチェイネを……と思ったら、なんだかもじもじしていた。
「あ、スカートか。えーと、絶対に上は見ませんから」
そう言って穴の下の壁面に手を突いて、肩に乗るよう促す。後方ではカタパルトロールが出鱈目な吠え声を撒き散らし、魔法陣の拘束を打ち破ろうとしていた。
躊躇している場合ではないと判断したか、チェイネは日出郎の肩に手をかけるとぐっと体を引き上げ、そのまま肩に足を乗せて、穴に這い上がる。鎖帷子を着ているとは言え、長靴で踏まれるとけっこう痛い。
「あ、コラまだ動くな」
さて自分も、と壁から手を離したところ、いつの間にか近づいてきていたジャベリナにも足蹴にされた。
思わず振り仰ぐと、彼女が身軽に跳躍して肩に飛び乗ってきたところで、裾の短いスカートから白い足と黒い下着が見える。
「覗くなヨ変態」
顔面を踏まれた。
¶
穴の先は折れ曲がり細かく枝分かれした、自然の洞窟であった。
隕石孔が出来上がった時の衝撃で地中が割れ砕け、その裂開作用によって生まれたのであろう。かつて古墳であった場所は、どうやら日出郎たちが踏破した部分だけのようだ。
「まったく、危なくなるといつもいつも、真っ先に逃げ出して」
松明と地図を持って先導するティコの背に、チェイネがぶつぶつと文句を投げる。
「すいやせんね、あっしは戦いは専門外でやして」
へへへ、とどこ吹く風な小男であるが、【肉体】以外は軒並み主より上なわけだし、戦えないとも思えないんだがなあ……とハチェトリーに傷を癒してもらった日出郎は、内心で首を捻る。
しかしそれより、気になることがあった。一列になって洞窟を行く、その順番は獣人二人の後ろにハチェトリー、続いてジャベリナ、最後尾に日出郎だ。
「それでジャベリナは、なんでここにいるんだ?」
赤いワンピースの腰回りあたりに入った切れ間から伸びて、ゆらゆらと揺れる彼女の黒い尻尾を見ながら、尋ねた。
「あァン? どこにいようがオレの勝手だろォ……なんだよハチ公、眼くれてんじゃねえヨ」
「ハチ公ってなんですか!?」
顔だけ振り返って半眼で少女を睨んでいたハチェトリーが、意外な呼び名に頓狂な声を上げる。まあ確かに忠犬っぽくはあるよなあ、なんてほのぼのする日出郎。
チェイネたちには道すがら、ラヴォエラス砦の襲撃事件の際に助けてもらったことを伝え、敵ではないと重ねて主張している。
そもそも魔人種と言うのはこの世界における人間種族の一種であり、『魔』とはついても魔物ではない。その証拠に、たとえば死亡した場合は死体が残り、魔晶石となったりはしない。
しかし古来より領土欲が強く、度々他人種の土地を侵略したため、敵対意識を持たれがちではあった。殊にここ十数年は魔王ニグラウスを盟主と戴き、魔物を支配下に置いて世界全土に征服戦争を仕掛けていたのだから尚の事、憎まれ恐れられている。
(うーん、世界大戦の後のドイツとか日本みたいな扱いなのかね)
以前ハチェトリーの話を聞いた時にはそう思ったものだが、当時の世界情勢や国内の事情から戦争を起こさざるを得なかった国家と、魔物という人類そのものの天敵を束ねる存在に与した集団とでは、話も違ってくる。
敗戦国と犯罪者は別物だ。そして魔人種に向けられる目は、どちらかと言うと後者であった。とは言えそれはこの世界の人間の認識であって、日出郎のものではない。
「で、なんで?」
重ねて追求したら、渋々、という感じでジャベリナは説明を始めた。
「……大した話じゃねえヨ。オレはオレで、あの野郎を追ッかけてただけさ。怖気ずいたと思われちゃ、面子に関わるからヨ」
砦で別れた後、彼女は彼女なりに逃げたカタパルトロールを追っていたらしい。
魔物の群れを引き連れていたため痕跡を追うのはさほど難しくはなかったが、数が多いので攻めあぐねている内、唐突にトロールが居留地から飛び立ったのだという。
「で、まあブッ飛んだ地面を伝ッてみたら、お前らがいて、オレ様を呼んでるのを聞きつけたッてわけヨ」
トロールの飛翔能力を考えると、かなり急いで駆けつけてくれたのだろう。打つ手のない状況を仕切り直させてくれたことには、感謝の念しかない。
「となるとしかし、謎が残りますね」
「あ゛? 魔人種の仁義をわかッてもらおうとは、思ッてねェヨ」
疑問を呈したハチェトリーに少女は食ってかかるも、歩調を緩め後ろ歩きを始めたチェイネが、少年の言葉を引き継いだ。
「そこではなくて。あのトロールは、どうやってここを、この人たちの居場所を知ったんですの?」
「そりゃお前……。……き、気合で?」
しらーっとした空気が流れる。ああこいつ馬鹿なんだなあ、という認識がチェイネたちにも共有された瞬間であった。
「でも、どうしますの? この場は切り抜けられたとして、あいつはまた追ってきますわよ」
「ハチェトリーの〈大雷〉が封じられると思わなかったからなあ……チェイネさんの〈大嵐〉で、有効打を与えられると思います?」
「難しいですわね。恥ずかしながら私の召術は威力に欠けますし、なにより召力がもう、あまり残っていませんから」
言われて彼女の象明を見ると、LPは残り11にまで減っており、〈大〉級の召術は撃てて後一発だ。ハチェトリーの流星蛇行刀を一時的に貸し出したとしても、焼け石に水だろう。
「オレを当てにすんなヨ? 召術は牽制くらいにしかならねェ」
元から当てにしてないよ、などと言うつもりは毛頭ない。前の戦いの時にも頼んだことだが、ジャベリナのLPはいざという時に縛魂叉槍の能力を発動させるため、温存すべきだ。
となると日出郎自身が、ということになるが自分が召術に集中してしまうと、前衛をジャベリナに頼り切ることになってしまう。勝ちの目があるかどうか、微妙なところだ。その陣形では剛毅の大盾が全く機能しないのも、微妙に痛かった。
ゲームであれば4レベルの戦闘系技能二つで修得できる妙技について、期待もしたが聞いてみるとハチェトリーは高い順に【召術:〈雲海〉Lv.3、召術:〈密林〉Lv.2】、ジャベリナは【槍矛Lv.4、召術:〈火山〉Lv.3、投擲Lv.3】で、二人とも条件を満たしていない。
チェイネはそこまで細かく自身の象明を読み取れないようだが、話を聞いているうちにどうも【鞭鎖Lv.4、召術:〈砂漠〉Lv.3】くらいはありそう、と類推できた。
「ティコさんはどうです? どの源泉の召術が使えるんですか?」
分かれ道で立ち止まり、手製らしき地図を広げて道を確認していた小男に聞いてみる。当人よりも先に、同じく立ち止まったチェイネが苦笑いとともに答えた。
「ティコは召術なんて使えませんわ。力量だって3ですもの、偵察と明かり持ち以上のことは期待しないでくださる?」
「え、12レベルでしょ? 召術だって特性を考えると、えーっと、合計で6レベルないと計算が合いませんし」
叡智の額冠で確認するとティコの【特性】からLPの基本値は35、実際の最大LPは56なので56÷35は1.6。つまり召術技能レベルの合計は6。伊達に算術技能が2レベルあるわけではない、このくらいは暗算できる。
「……なにを言っていますの?」
「勇者様……僕があの人の象明を見ると、チェイネさんの仰るとおり、職業の欄は『旅芸人Lv.3』になっています」
ハチェトリーが険しい顔になり、身構えた。対照的にニヤニヤと笑いながら、ジャベリナが一歩、進み出る。
「オレもご同様だなァ。でも、勇者専用装備の効果で見ると、違うもんが見えるらしィな。あァン?」
「え? え? ええ?」
自分の発言をきっかけに空気が変わったことに、日出郎は動揺を禁じ得ない。
どういうことか飲み込めず混乱するが、先頭と最後尾で離れているため、ティコの様子が今ひとつわからなかった。
「…………いや、妙な鉢金つけてるなあとは、思ってたんでやすよ」
小男の口調は、変わらない。少し猫背で地図を覗き込む姿勢も、もう一方の手に掲げ持った松明も、変わらない。
だが、纏う雰囲気が、明らかに変質していた。首を捩じるようにしてこちらを見る、その目。獣そのものの目が、黒々とした穴としか思えなくなる。
彼の背負った暗闇がびりびりと震えるのは、威圧されているからか。否。
「てぃ、ティコ?」
「おっしゃるとおりでさぁ、あっしはレベル3の旅芸人なんかじゃあねえ。それに、偵察と明かり持ちだけが精々の小物でもねえ」
空気の震えは、ティコの背後、先ほどまで向かっていたその先から。分かれた道の双方の、その奥から。
「――ッ!? おいデブ勇者、戻れッ! 来た道を全力で、まッすぐ走れ!」
「えっ? だ、だってあっちにはトロールが……」
「いいから走れ! ハチ公、乳猫、お前らもだ! すりつぶされるぞ!!」
横様に蹴り飛ばされ、なにがなんだかわからぬまま、日出郎は走りだした。
そしてすぐさま、行く先に勝ち目の乏しい強大な敵が待っているとしても、向かわねばならない理由を悟る。
震動と騒音が、ぞっとする勢いで後方から迫っていた。ジャベリナに強引に引っ張られ、押され、ハチェトリーもチェイネも追従する。
「手前ェ、マジか」
赤い瞳に浮かんだ怯えを気取られぬよう目を細め、自身も駆け出しながら、少女はティコに尋ねた。
今や異様な迫力を纏ったティコの背後から、小鬼が、鳥骸骨が、蟻人間が――夥しい数の魔物が、現れた。
【剛毅の大盾Lv.40】
ゲームの主人公は大抵この時点で盾術技能を上げることで修得できる、自動的に仲間を庇う妙技を持っているはずなので、効果は更に高い。
【輪状鎧Lv.4】
巨大なリングをたすき掛けに装備しているわけではない。なお、日出郎は神社仏閣で見かける透かし模様のようだな、と思った。
【桑木の籠手Lv.10】
装着者の[レベル÷5]以下の〈雲海〉系の召術を無効化する。特殊効果はそれなりに強力だが、防具としての性能はすこぶる低い。
【大嵐】
〈砂漠〉系3レベルの範囲攻撃召術、消費LP10。追加効果で稀に転倒、流血。
【石礫】
攻撃力だけなら1レベル召術に匹敵。トロールが自爆を考慮せずにハンマーをぶん回したたため、もろに食らってしまったようだ。




