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せっちん!  作者: 濱野乱
空蝉編
55/97

Vent9

グラウンドに陸上競技用のハードルを二列並べ、レーンを作る。

間隔は約五メートル、直線で二十メートル続くその道は、カヲリの勝利の道程。

カヲリの背後には、物言わぬ土偶が悠々と控えている。破壊を得て再構築した体は、校舎の三階ほどの高さにふくれあがっていた。


カヲリが静止する限り、このキャストは動くことがない。

だが黙っていても、熱を奪う能力があるため、短期決戦は必至である。

道の終着点に、二本の金属性ポールがそそり立つ。普段は校旗を掲げるためのものだが、そこには、せっちんクローンたちの姿がある。

「お前は、霊魂を信じますか?」

全てはこの一言から始まった。


 

Vent the last


十分前。

一号の提案を却下したカヲリは、具体的な戦略案を纏めるため、情報を募った。 

「”ふんぬ”は、たかいねつのあるほうに、むかうんじゃ」

憤怒のキャスト、cold playの能力は熱伝導、そして内部に溜めた熱を放出するという二段階に分けられることが判明している。

二号によると、分岐路で蝋燭の火を消して置けば、蝋燭が灯っている方向に憤怒は向かうため、逃げきることができると思ったらしい。


カヲリは、クローンたちが蝋燭を吹き消す場面を目撃している。

しかし予想に反し、追いつかれてしまった。

「すまぬ」

「別に責めてるんじゃないよ。どっちにしろ、戦うことになってたと思うし」

土偶のパーツが、腰半分まで完成しつつある。ハクアが液体窒素などの攻撃を試みたが、無駄だった。やはり実体化していない間は、どんな干渉も受け付けないようだ。


「虎を呼んで来ようか?」

「それはやめておいた方がいいです」

進退窮まったカヲリに異を唱えたのは、ハクアだ。

「あいつが吾輩たちの言いなりになる保証がありません。かえって場が混乱する可能性があります」


もう一度、熱を放出されたら、確実に全滅する。不確定要素は減らした方がいいというのは正論だ。それにうまくいったところで、虎の能力は敵を完全に倒すものではない。あくまで時間を稼ぐだけにしか使えない。


やはりあの無敵のキャストを倒すのは不可能なのか。こんな時、オリジナルのせっちんなら、良い案を出してくれそうな気がする。

「そうだ、あれは、どう?」

閃き少女カヲリが、クローンたちを交互に見比べる。

「あの刀、菊一文字則宗なら斬れるんじゃない?」

クローンたちは目を伏せ、ため息に似た小声を漏らす。

「むりじゃ……」

以前、虎を捕らえる際、カヲリが借りた伝家の宝刀は、クローンたちには作成できない。まして、先ほどカヲリたちを癒すのに力を使ってしまっている。

八方ふさがりだ。カヲリは頭を抱えたくなった。


ハクアは離れた所で一人、分厚い辞典をパラパラめくっている。カヲリは過敏な声を上げた。

「ハクアも考えてよ。それとも何? 本に答えが書いてあるとでも言うつもり?」

苛立ちを紛らわせるように怒声を発した自分をすぐさま恥じた。仲違いしている場合ではない。カヲリが謝罪しようとした折り、

「カヲリ、お前、霊魂の存在を信じますか?」


ハクア以外の一同は緊張を忘れ、ふいに襲った珍事に笑みをこぼした。

「何、急に」

「これ、読めます?」

辞典を披露されても黒い表紙の楔型文字を行ったりきたり、判読できるはずもない。

「目には目を歯には歯を、と書かれています。吾輩の好きな言葉です」


クローンたちは首を傾げて、カヲリと共にハクアの言葉に聞き入る。

「吾輩の考えでは、落款のない魂はあり得ません。死んだ人間の体重を計ると減っていたり、西洋ではポルターガイストのようなエクトプラズム的心霊現象が……」

「ちょ、ストップ!」

カヲリはオカルト談義に構っていられないと、制止をかける。

「それが今、何の関係があるの?」

「似ていませんか?」 

「何に」

ハクアは自身に親指を向ける。

「吾輩たち、キャストにです」


キャストと、霊魂。考えたこともなかった。確か、ゲストの魂と密接な関わりがあると聞いたし、あながち眉唾とも決めつけられなかった。

「あれが霊だとして、徐霊でもする?」

徒っぽく訊ねると、ハクアは真顔で応える。

「無論、そのつもりですが」

いよいよまともな議論に入りつつある最中、クローン一号が派手なくしゃみをした。

「さみー……」

土偶の近くにいるだけで、熱が奪われる能力が作用している。いよいよ猶予がないことを意味していた。

「魂に質量があるなら、干渉する手段は必ずあります。例えば、電磁波」


カヲリが思い浮かべたのは、電子レンジだ。

「こいつら、腐ってもあのせっちんです。微弱な力でも力場を形成させ、波長化した則宗に憤怒を追い込めば……」

つまり則宗で赤外線に似たネットを作るということだ。活路が見いだせてきた。

「……、やろう」

賛同したのは、意外なことに奥手な二号である。すかさず一号が唾を飛ばす。

「やすうけあいしてんじゃねえ! しっぱいしてもせきにんとれんじゃろ」


クローンたちを励ますように、カヲリは二人の肩を抱き寄せる。

「あなたたちは死なせない。たとえクローンでも、生きてることに変わりはないわ」

一号は勝手にせいと息巻いたが、準備をするため二号と校庭を走った。

「ただ、大きな問題が一つあります」

ハクアは、眉間に深刻な皺を刻んだ。


 (2~)


朦朧とする意識のまま、カヲリはハードルを掴んだ。指はしもやけに爛れ、感覚はない。

あとどのくらい移動すればいいのだろう。クローンが待つ終点が視野の端でぼやけ、見当がつかない。


ハードルのレーンは、土偶の逃走防止用に作ったわけではない。

カヲリが道を外れないように、道しるべの役を果たしている。

レーンから五十メートル離れた校舎側にハクアが両手のひらを重ね、祈るような姿勢でコンクリートに座っていた。


作戦開始前、ハクアはカヲリにある提案をした。

「これは体力のあるお前にしか、なせない仕事です」

まずカヲリが囮となり、土偶を誘導する。

終点でクローンが二本のポールをN極とS極に見立て、磁場を作る。磁場は則宗の効果を内包するイメージで、キャストを封じ込めることができる。ただしこれはほんの短い時間しか持続しないことがわかっている。チャンスは一度だ。


「素早く動けば、それだけ憤怒も早く動きますから、慎重に移動してください」

クローンたちによれば、早く動けばそれだけ熱を吸収するスピードも増すらしい。


だるまさんが転んだのように、つかず離れずを繰り返せば、ゴールにたどり着ける。根気の勝負だ。

この作戦で最大にして唯一の難点は、囮約のカヲリが熱を奪われるのを避けられないということにある。急がず騒がず、凍え死ぬ前にたどり着く必要がある。


「情けねえ話です……」

ハクアは、カヲリから預かった眼鏡を強く握りしめた。

「吾輩が、あの雌豚を頼みにするなんて、笑っちまいます。絶対生きて戻ってくるですよ、カヲリ」


カヲリは、背後を振り返ろうとして止めた。 土偶に爆発の兆候があれば、クローンがカヲリの元にやってくるはずだ。その時は、年貢の納め時。今は考えなくていい。

足が強ばって、進める距離は微々たるものになってきた。ハクアにもらったカイロはとっくに熱を失っている。


「あと、もうすこし!」

「がんばるんじゃ!」

応援の声が近づいてきた。後少し。気がゆるんで、ぬかるみに足を取られた。土壇場で踏ん張り、転ぶのは免れた。

気づくとふいに体が楽になっている。背中にのし掛かるような冷気が嘘のように消えていた。

「かをり! たいへんじゃ! ふんぬが」

クローンの悲痛な叫びに背後を振り返る。土偶がカヲリの背中を正面に捉えていない。つまり、別の対象に目をつけたのだ。


「ハクア……、どうして」

カヲリから奪える熱が少なくなり、遠くにいるハクアをターゲットにし始めている。誘導に失敗すれば、苦労は水の泡。もう勝ち目がない。カヲリはすぐさま行動を開始した。


ハクアに借りたジッポライターをつけ、ためらうことなく、背中に火を放つ。ウインドブレーカーの背面部には、クローンが既に燐を塗っていた。盛んに燃え、注意を引く。

「こっちを……、見ろおおおおおお!!!」

このくらいのアクシデントは想定済み。

これがカヲリの覚悟だ。

土偶が斜めになっていた体を重たそうに、軸足ごと回転させた。


火は一度大きく燃え上がり、すぐ消えた。髪が少し焦げたが、構っていられない。進む。

「やった、もう後ちょっと」

手を伸ばせば、届く距離。そこまで来て、景色が意図せず、傾斜した。顔から泥に突っ込み、倒れたと悟る。

「うそ、何で」

足が動かない。かろうじて動く手をかざす。

「やだ……、どうして」

カヲリの手は、どす黒い色に染まっていた。


クローンたちは、すぐさま異常を見て取る。

「えし、しとる……」

壊死。

熱を奪われ続けたため、血流が阻害され細胞が死につつあったのだ。

「ぼんくらども! カヲリを抱えて逃げなさい! 作戦は中止です!」

ハクアはよろめきながら、校庭を横断しようとする。

「余計なことしないでくれる……」

カヲリは芋虫のように這って、ポールに少しでも体を寄せる。射程圏内まで残り、一、五メートル弱。自分の異常は百も承知。痛みを感じないのならむしろ好都合とばかりに、体を地面に打ちつける。


ハクアは、驚きを禁じ得ない。これがあの甘ったれだった少女の姿か。出会った数週間前からすれば、格段の精神の成長である。

「則宗の、用意をして」

呼吸が止まりそうになりながらも、合図をすることができた。


バトンを渡されたクローンたちは、ポールに手を当て神経を研ぎすます。空間に変化はないが、これで準備は整った。

カヲリはついに、ポールまで辿りついた。意識を失い泥に埋まるように倒れる。


憤怒にとって巨体が災いした。ポールの結界に表面が接触している。

静電気のようなおぼろな光と音が、土偶の体に走る。接触部がぼろぼろと、粉末状になり闇に溶けていった。


「効いている……!」

ハクアが息を飲む。 

クローンたちは歯を食いしばり、則宗の結界を維持する。燐粉のような雷光が土偶の体を焼き続けた。


「なあ、へんじゃないか?」

一号が目を大きく開け、二号に訊ねた。

「しゅうちゅうしろ、いちごう。き、ぬいたらまけじゃぞ」

二号に叱咤されるとは思わず、一号は鼻白む。さっきから冷気を全く感じない。それを伝えようとしたのだ。

「こいつは、いつこわれるんじゃ。あんまりながくはつづけられ……」

土偶に小さくない亀裂が入っている。則宗の効果でああなったわけではない。蒸気が漏れるのも時間の問題だ。

「ここまでか」

一号の視線の先に気づいた二号が、ため息混じりに言った。

「あきらめるな! ばくはつされるまえに、たおすんじゃ」


一号は怒鳴りながら、力を流し続ける。だが悲しいかな、則宗は土偶の表面を削っているだけで、全く本体に届いていないのだ。このままでは爆発に間に合わない。

「いちごう、たのみがあるんじゃ」

「なんじゃ! じせいのくか! まだはやいぞ、それは」

「わらわのさいぼうをつかい、”のりむね”のとうしんをつくれ」

それは二号の死を意味していた。

「ならぬ。かをりは、だれもしなせないといった。やくそくを、たがえるつもりか」

「かをりが、おしえてくれたんじゃ。ちっぽけなわらわたちでも、やくだてることをな。ごしょうじゃ、たのんだぞ」

二号はポールに込める力を抜いた。結界が消滅する。

感傷に浸る暇はない。

決断を迫られた一号が二号の胸に手を突っ込む。二号の体は光線を放ち、一号の手に吸い込まれるように消える。

残されたのは、脇差しサイズの刀身を持ち、目を怒らす一号だけだ。

臆することなく土偶に突撃し、則宗を突き立てる。

「なむさん!」

途端に蒸気の噴出が収まり、亀裂の横断の進行も停止する。

則宗から、アラームのような電子音が鳴り出す共に合成音声のアナウンスが能力の発動を予告する。

「コンテンツノダウンロードヲ開始」

菊一文字則宗の効果は、斬りつけたキャストを消滅させ、刀に封じ込める。さらに奪った能力は、オリジナルのせっちんが自分の能力として使用することができる。

しかし、クローン作製の刀ではキャストを封じるのに数倍の時間を要した。

十秒、二十秒、無限に続くと思われた時間は、唐突に終わる。

「……、ERROR。一部ノコンテンツダウンロード二失敗シマシタ。強制シャットダウンシマス」

刀身が中程でぽきりと折れ、一号の手には柄だけが残る。これがクローンの力、命懸けの悪あがき。


それでも 一号は悪童らしい小狡い笑みを浮かべていた。

「いや、これでいいんじゃ」

土偶は相変わらず周囲から熱を奪っていたが、すぐに亀裂から薬缶のような間抜けな音を出して放出してしまい、埒が開かない。

則宗が奪ったのは憤怒の可動部と、復元機能のみ。

憤怒は自壊する際、一度完全に体を密閉する必要がある。噴射力を高める狙いがあると思われる。憤怒のスペックは、則宗となった二号が教えてくれた。

亀裂から蒸気が漏れ出す以上、熱を内部に溜められない。爆発もできず、身動きもできない。もはや単なる置物に成り下がった。


「ちきゅうおんだんかぼうしにでも、こうけんしてろ。たわけ!」

吐き捨てるように言って、土偶に背を向けた。

すぐさまカヲリの側に駆け寄る。たまらず目を背けそうになった。

「うっ……、ひでえ」

目視できる範囲だけで壊死がかなり進行していた。わずかに息はあるが、常人なら多臓器不全などでとっくに絶命していてもおかしくない。幸か、不幸か、カヲリの生命力がすさまじいために、長らえている。一号が全身を使って治癒しても、苦痛を長引かせるだけかもしれない。もはや楽にしてやるしか方法がないかと思われたが、


泥の中を音もなく、獣の影が横切る。

幻のように現れた黒虎がカヲリの傍らに立ち、頭を恭しく垂れた。主を見舞うように、礼節を感じさせる首の動きだった。

長い舌を瀕死のカヲリの頬に這わす。すると黒ずんだ部分が生気を取り戻し、肌は紫になり赤みを帯びていく。一度、崩壊した細胞は、決して元に戻らない。時間を巻き戻しているのだろう。信じがたいがそれ以外考えられない。


一号は、その奇跡に瞠目した。

もはや虎は主を足蹴にする、ならず者ではなくなったのだ。敬意と信頼を勝ち得た要因は、カヲリの身の危険を省みない気高い覚悟だった。

それはクローンたちの士気にも影響を及ぼしていた。

無理に体を則宗化させても、憤怒を討つのに失敗していただろう。一個の命として認められたからこそ、力を発揮できたのだ。

カヲリが迷わず体を張ったからこそ、全員が行動した。


そう、彼女も。

「やれやれ。終わったみたいですね」

ハクアが、いつもの憎まれ口を叩きながら輪に一歩近づく。

「今回の勝利はお前のおかげですよ。お前がいたから、吾輩は魂の在処を信じることができたのです……なんて、口が裂けても言えないですけどね」

肩をすくませ、ハクアは独りごちた。

一号は袖で涙を拭い、天を仰いだ。

「にごう、みてるか。やったぞ」

感慨に耽っていると、足の指が虫に刺されたようにむず痒い。

「あ!」

目を落とすとそこにいたのは、

「おーい……」

豆粒サイズになった二号が、一号の足首によじ登ろうとしていた。完全に則宗化する寸前で、小さな細胞を分離して逃れたのだろう。


 (3~)


ソーダ水。

飲もう。

 

喉の乾きを覚え、来栖未来はベッドから身を起こした。

目覚まし時計を手元に寄せてみれば、ちょうど午前三時を指していた。

カーテンから日が射していないわけだ。親に気づかれないように衣擦れの音を殺し、階下に降りる準備を始める。


未来の家は一戸建てで、築五年。ローンはまだたっぷり残っている。

彼女の部屋の本棚は、自己啓発本が多くを占めていた。人当たりの良さは、生まれながらのものではなく、陰の努力によるものがほとんどだ。

幸彦に嫌われないために、キャラを捏造してきた。本当は何もない空っぽの器なのだと彼に知られてなお、演じる意味はあるのだろうか。


床に落ちていた、男を悦ばせるセックスという本につまずく。付箋がたくさん貼られていた。これももう必要ないと思うと、枯れた涙も湧いてきそうだった。

「でも……、恋人じゃなくても側にいられる方法はあるんだよ。ゆーくん」

意外なほど冴え冴えとした声に未来自身驚きながら、部屋を後にした。

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