16・厄介な身の上ミニョロ
「あれはあれで厄介な身の上なのよ」
小指姫の話はもうちょい続きます。
だいたい、あのお姫様はおかしいんだ。
服飾もなんかヘンテコだし。
髪型だって姫カット+もみあげ三つ編みとか二次元風だし……。
ちくしょぅっ! 私もそれくらいのキャラを持って生まれてきたかったわいっ!
いや、いかんいかん。今は悪口の時間だから。心の中を悪で満たすときだ……。私の中に潜むデビルなハートのリトル長野……おっと、前世の苗字だったわ……じゃなくてまあ、とりあえず責任転嫁しちゃえ。
ということを続けて数日。ミニョロ殿下と喧嘩別れ(違う)してからというもの、私は最後に見た彼女の怒ってるみたいな表情と露わにされた感情、そして自分の中にある行き場のない苛立ちと葛藤し、板挟みされまくって、結果、オーバーフローしていた。その解決策として用意したのが責任転嫁というわけで。とりあえず悪口を吐き出すのである。
「ひいさん、さっきからナニ百面相してんのさ?」
心底おかしそうに笑ったのはシャンファンだ。ミーナの代わりに図書館に連れて来たのである。
「百面相、まではしていないと思うけれど」
私のことだから完全に否定できないけれど。
「ひいさんって本当にお姫様っぽくないよなー。そのへんのお嬢様達なんか、いつ見たって笑ってんのに」
「そんなに、変かしら」
「うん」
即答されれば流石の私もむっとする。ナニのために退陣でお嬢様口調使っているのだ、という話だ。
「ほら、そこだよ、そこ」
ずばり、とシャンファンはぴんとさせた人差し指を私に突き出す。
「ひいさんは喜怒哀楽が出るんだ。いや、出やすい、っていうの? ずっと何考えてるかわかるわけじゃないけど、割と容易く、あ、こう思ってるんだなー、ってわかるんだ」
私ってそこまでシースルーだったのか……!?
「あとは、接してると普通の、街中にもいそうなお嬢さんっぽいのに喋り方だけおひいさんなんだよ」
おひいさん=お姫様。喋り方だけ、お姫様。「だけ」。だ・け。だけ……。
「若様の周りの女の人って大概変わり者だけどさ、ひいさんだけはなんっか方向性が違うっつーか。そこがよかったのかな−、あの人」
知らん。私は何も知らん。朝夕の食事以外は数えるほどしか会っていない相手が自分をどう感じているかなぞ、知らん。
それよりも、今までの自分の好意が意味のないものだと判明したショックが半端じゃない。わざわざ気を張って「Let's王女!」って言い聞かせていたのに、そんなに素が出ていたのか……! すごい、阿呆みたい。恥ずかしい。なんか、もう、地面に穴掘って埋めてもらいたい。
「ねー、ひいさん図書館来てんのになんで本読まないの?」
「……あ、うん、読むよ。読むよ」
大事でもないのに二回繰り返すと私はふらりとした足取りで本棚に寄った。地理の本を集めた一角。私はここに、オラディアと同盟国について学べる本を探しに来たのだ。シャンファンならば王宮にいる期間が先輩だし、解説役になると思ったのだ。
「ひいさんさ、なんだかんだで律儀だよな」
「私が?」
「他にひいさんっていないっしょ」
まあ、そうだな。
「馬鹿律儀、つーのかなー。あっさりキレちゃうくせに、相手の理解を深めようって本を読むとことかさ」
「違う。そうじゃないよ」
私は苦笑してみせた。
私は逃げたいだけだ。
ミニョロ殿下は何不自由ない暮らしをしてきたにもかかわらず、私を羨ましいと言った。しれには彼女なりの理由があるのかもしれない。それが調べてわかって、それが納得できる理由だったら、謝る。それでこの気まずさが自分の中から消え去ってくれるなら。そのためなら、いくらだって頭を下げよう。そんなことで解決するなら。いつだって、何回だって。だから、これは、罪悪感じゃないし。理解を深めたいわけでもないし。
「違うよ……」
シャンファンは笑わなかった。私の言葉を否定も肯定もせずに、真面目に悩んでるみたいな顔で見つめてきた。
「不器用なんだね。ひいさんは」
「そうかな?」
「そうだよ」
「……そっか」
全然しっくりこないけど、相槌は打った。だって私、不器用なんて可愛いものじゃないからね。
「とりあえず、シャンファン。オースティンについて詳しく書かれた本、持ってきてくれない?」
最後に「かしら」をつけるべきか迷ったけれど、シャンファンの前で装う必要性はないように思えて、でも今までの癖みたいなものが存在を主張して。
「りょーかい」
いつもの、笑顔でシャンファンは接してくれる。それが、少し、寂しい。こんな邪気のない感情を向けてくれる人にも本当の自分を伝えられないこととか、抑えなきゃいけないのにわかってほしいと思ってしまうことが、無性につらい。
「ね、ひいさん」
読書のために用意されたテーブルについてぼんやりシャンファンの背中を眺めていると、声をかけられた。
「オレ、できるだけひいさんの力になろうと思うんだ」
あ、やばい。ピュアな言動に私の心が浄化されちゃうわ。やばいな。
「それで?」
眉をぴくりと動かすとか、反応にはいろいろな種類があると私は考える。だから、クオン嬢もちょっとはリアクションとってください。内側が読めなくてこっちが怖いです。
「何か成果はあったの?」
「いえ、特には……」
わかったことと言えば、オラディアとオースティンが同盟を組むことになった経緯や、オースティンの特産物・観光名所あたり。あとは、オースティンには特に問題がないということくらいか。民の反乱もなく__表だった何かがあった記録はない__、オラディアに比べれば豊かとは言えないものの苦労や飢饉に困るようなこともなく。数代前の賢王以来若干王族にぬきんでた才覚を持った者は現れていないようだが、愚王もなし。
「それで、クオン嬢のお力を借りたく……」
自力でどうにもならないし、頼るっきゃないよね! というゆとりっ子精神が滲み出まくった結論に至った私は、図書館で読書中だったクオン嬢を訪れているのである。
「貴女から動いたの、初めて見たかもしれないわ」
「私、そんなに動いてませんか。……確かに、ここに来てからは運動していないですけど」
「そんな話をしてるんじゃないのよ、このすっとぼけ」
美女の睨みって怖い! 直に魂削られる感じ!
「貴女は何を言っても自分から行動を起こさなかったでしょう」
でしょう、て。私からしたら、ここに来たことだって、舞踏会に出席したことだって、お茶会に赴いたことだって、結構覚悟したつもりだったんだけど。あれはアクションのうちに入らなかったのか。
「クリス。貴女は今まで自分から何かをしたことがあった?」
「……」
あった……か。なかった……か。どうだ…………?
「自分の身分を考えて立ち回ったことがあるの?」
クオン嬢は多分、怒っている。
「王子の婚約者として、メイと関わったことはないでしょう」
どことなく荒っぽい雰囲気が、言葉の端々から溢れている。
メイ__きっと、メイディオ殿下……王子様、の話題だからだ。「王妃」という単語が出るとき、決まってクオン嬢の態度はこうなる。大切な幼なじみの相手が私なんかじゃ、そりゃ嫌だろうけど。
「王妃になる人間として冷静な心境でミニョロ姫と会話してもいないでしょう」
すっと自分の中の温度が消え去るような、冷ややかなもので体中が満たされていくような感覚だった。
「今はまだ、まだ、足りないの。気持ちと心構えが」
前も、同じことを言われた。そのときの気持ちや空気がくっきりはっきり蘇る。心臓が早鐘を打つ。私はどうすればいいの。何を言えばここから抜け出せるの。やめたい。どうしたら丸く収まるかな。やめて。見ないで。
「それでも少しずつ、変化しているのね」
テーブルの上でぎゅっと組み合わせていた私の手に、思っていたより少しかたい感触が重なる。女性にしては大きい方に分類されるであろう、クオン嬢の綺麗に手入れされた手だった。さらりとしたその手触りに、自分の手がぐっしょりしているとわかった。手汗が……。
「また……失望しそこねてしまったわ」
ふと見上げたクオン嬢の目が、すごく潤んでいて驚いた。初対面の時に酔っぱらいみたいなことを口走っていたのに、この人の目は据わっていた。翳りの一つもない、芯のある人の色だった。なのに、今、泣きたそうなのを必死に我慢しているみたいで、見ていて痛々しいのにすごく嬉しそうでもあった。
なんで私の成長(?)で貴女が喜ぶ、クオン嬢……!
私、そこまで人を不安にさせる頼りなさだったのか。さりげなく傷が増えていくんですけど。
あの姫君、あれはあれで厄介な身の上なのよ、とはクオン嬢の台詞である。
『ミニョロ殿下、貴女からすれば「気苦労も知らない高飛車なお姫様」以外の何者でもないでしょうけど、オースティンでは王の唯一の嫡子で女性という立場はすごく重要なの。その重責から逃れる方法の一つに、我が侭が入っているのかもしれないわね』
私の国は跡取りがいようがいまいが存続が危ぶまれるようなところだし、兄妹は一番多いときで四人だったので、あまりぴんとこなかった。
『オースティンが迷信大国なんて呼ばれているは知っている?』
それはもう。お兄様に……あの、まあ…………衝撃的な送り出し方されたときに、話題になったから、覚えている。
『世間での扱いはそんなもの。でも、あそこはオラディアと同じくらい古く歴史のある国よ』
ミニョロ・ニーケ・ラウリのことが知りたければ賓客区域の庭に張り付くことね、もちろん、面会の約束をしないで。
後に加えられたその一言に従い、私はお茶会をしたあの庭まで向かうことにした。一人で。
ミーナは侍女の格好で目立つし、シャンファンはうるさそうだし、結局一人が一番効率がいい。
「姫様、本当に、お一人で行くのですか?」
私の身なりを整えるミーナの声が、いつも毅然としているのに、心なしか不安げだった。
「大丈夫だよ。私そこまで鈍くさくないからさ」
「そんな話ではありません。お一人で行動させるのが心配なのです」
私子どもか!
「クリス様が鈍くさいなど、私は思っておりません。けれど、貴女様は目を離したときに何をなさるかわからない」
私悪ガキか!
「いやいやいや。この歳にもなって変なことはしないから」
「先日の一件をもうお忘れになったのですか」
「ぐっ」
まさにぐぅの音も出ねえ……。ミーナ……恐ろしい子! 本当にな! クオン嬢なみに、今の私に突き刺さる。
「でも、ミーナと一緒とか、ミーナにやってもらうとか、そんなんじゃ意味がないから。私がやらなきゃ駄目だから」
自分でやらないと、しこりは残り続ける。それが嫌でこんなことしてるんだから、本末転倒になってしまう。
「じゃあ、行ってくるね」
マナーレッスンまでのわずかな間、それが私に許された偵察の時間。
「その格好でよろしいですか?」
「うん」
まだ引き留めたそうな顔。ミーナは、よく私をそういう目で見る。平気だよ。私は。
「私だ、ってばれないと思うの」
「どうでしょう」
えー、って感じのミーナにひらひら手を振って部屋の外に出る。よし、誰もいない。
白いシャツとあわせた黒いプリーツスカートを揺らして私は小走りに廊下を行った。ちなみに、設定としては賓客の家庭教師といったところである。
こそりこそりと庭に辿り着き、草花の影に隠れコソコソ移動していくと視界のはしに四阿の中にいるミニョロ殿下をとらえた。ちょうどあちらから死角になりそうな垣根を探しあて、後ろに潜む。
クオン嬢は来てみればわかるとだけしか教えてくれなかったけれど、ここでこのままひっそりしていてもただ時間を無為にするだけにだが、果たして結果は得られるか。ミニョロ殿下はただひたすら、侍女を従えて本を読んでいるだけだから最悪の場合はレッスンを優先させるしかないな。
かちん、と懐中時計の蓋を閉じたとき、背中をがつん、とした痛みが襲った。
「っつ……ぐ」
背骨にクリーンヒットはしなかった。でも、すぐそこっていうか、当たっていないのが奇跡っていうか。
「あら……ごめんあそばせ」
な……。
な…………。
な、なんじゃこのテンプレ!
「足下に転がっていたのでごみかと思ってしまいましたの」
「あら、それはあんまりよ。ふふふ」
「まあ! 本当のことをいっちゃ駄目じゃないの〜」
三人くらい、知らない女性の声がしている。背後だ。でも、背中痛くて振り向けない。っていうかあんた、足下に転がってるごみ蹴るの!?
「あら、これ、ホンモノのごみ? 喋らないわよ」
「……」
大きく息を吸い込むと、おぼつかない足取りではあったが私は立ち上がる。そして、私を痛めつけてくれた人物に正対した。三人だ。三角形みたいに並んでいて、どぎつい色をしたドレスの女性がど真ん中でこちらを見下ろしている。
「道をふさいでしまい申し訳ありませんでした。私の主の落とし物を探しておりまして、つい」
「そう……」
口から出任せだったので、少し震えそうになった。嘘だとばれないか、っていうよりまた蹴られないか、っていうことが気になった。
品定めの視線に耐えていると、嘲笑された。
「お前、どこの家に仕えているの? どうせ、成り上がりでしょう?」
「は、はい」
家柄を言え、とかじゃなくてほっとした。そこまでディティールこだわってなかったから。
「間抜けな主を持つと大変ね」
「そう、ですね」
なんとなく頷くと、リーダー格の令嬢は満足そうになった。やっすいプライドだこって。クオン嬢は、絶対こんなことしないだろうな。私のこと鼻で笑ったのはなんか嫌だったけど、露骨な意地悪しなさそう。
「お前、主に言っておきなさいな」
「え?」
「そんな馬鹿やっている女が、メイディオ様の妻になれるわけがないのよ、って」
「えっと……」
どういうことだろう。私の主が王子様の婚約者候補だなんて設定ないし、あってもなんでこの人が知ってるんだって話だし。えー……。
「お前も使用人なら聞いたことくらいあるんじゃない、メイディオ様の婚約者について」
「あ、はい」
私ですからね! 実感ないけど!
「殿下直々にお選びになったそうよ。まあ、あんな田舎王女、すぐにお飽きになるでしょうけれど」
飽きるとか何ソレ。惚れ込まれてる感とかないんですけど。別にあの人に好きになってほしいなんて願望微塵もないけど。
「その後釜だってどうせ迷信大国の姫がつくのだから、変な期待、しない方が身のためだわ」
じゃあね、と三人は庭をずんずん進んでいった。
忘れていたわけではないけれど、王子様の本当の婚約者はミニョロ殿下だったのだという事実が、私の中ではっきりと浮かび上がってくる。自分の立っているところがすごく危ういのだと、今やっとわかった。
「痛い……」
呟いて、私は目尻を拭った。雫なんて一滴もないのに、やってしまった。悲しくもないけど、悔しくもないけど。でも、やらないと零れちゃいそうだ。
もう今日は帰ろう。あんな人達と一緒の場所にいるなんて嫌だ。きつく唇を噛み、草の汁やカスがついたスカートはたいて踵を返したとき。
「ご機嫌よろしくて、ミニョロ様」
もしやと私は四阿を見る。出口を塞ぐように、殿下を囲むように、三人は立っていた。
『あれはあれで厄介な身の上なのよ』
クオン嬢が今真正面にいるみたいに、あの会話が思い出された
もうちょっとで王子が出てくる……予定になっています。
そのすぐ後にごたごたが始まりますが。




