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15・荒ぶる王女クリス

私はムリだから。


今回は今までよりもっと卑屈。

 まず、そこに着たとき私は甘やかな香りに驚いて、咄嗟に目をつむった。何回かこの城でかいだことのある、控えめな香りだ。なんとなく、真っ白なイメージが浮かぶ。清楚系、みたいな。

「クリス様」

 一緒に来たミーナに軽く小突かれ、はっとする。開いた視界に映ったのは広い庭だった。掌より二、三まわりほど小さな花がたくさん咲いている。それは私の想像に反した、赤みの強い黄色をしていた。これ、なんか存在感すごいな。

「ようこそ、クリス・二ア・ライティア」

 優雅に、可憐に、愛らしく。

 多分、「なこ」の、そしてさくこの物語で小指の姫君に相当するであろう少女は告げる。

 挨拶だけでも高貴で何より堂々としている。

「そこに腰掛けるのです。はやく座ってはどうなのですか?」

「あ、は、はぁ」

 別に何を考えたわけでもなかったのだが、「ははぁー」みたいな返事になってしまった。早速王女らしくないな、私。

 偉そうに(実際身分で言えば私より上だが)腰掛けているミニョロ殿下のいる四阿まで向かい、きょどりながらぎこちない所作で猫足の上品な椅子に腰掛ける。ガタガタと音が鳴ってしまい、くすりと漏れた笑い声が耳に届いた。上目づかいでこっそりうかがうと、まん丸く大きな瞳を細くしているお姫様を発見してしまった。右頬が絶妙(悪い意味で)な角度でつり上がっている。

 なんっなんだ。舞踏会のときの大人しい様子とは全然違う。もっと言えば、初めて目にした我が侭お姫様っぷりとも違う。あのときは、もっと寂しそうで大人しかった。でも、今は。…………すっげえ悪者っぽいわ。

 きっと、すごく甘やかされているのだろう。小さくても豊かな国家、自然の多い土地、そこで育まれた自由な性格。そんなところか。それに比べて私は……。うん。まあ、うん。親のために節約! ってほど良い子じゃなかったし、何ができていたわけでもないんだけどね。でも、なんか、悔しいなあ。

 美人で、マナーもしっかり身についていて、したいことをしたいようにできる環境があって、多分、思い切り可愛がってくれる優しい両親がいる。あ、いや、お父様がでれでれしていても気持ち悪いとしか感じられないけども。

「はぁ」

 自分の頭の中を駆け巡る阿呆な発想と嫉妬にも近い感情が馬鹿らしくなってき溜息をつく。このお茶会、私はいつまでボロを出さずにいられるものか。




 お茶会の場所として指定されたのは、王宮の客人用の区域にある庭だった。客人ならば誰が出入りしてもいいらしいが、他に王宮に滞在している他国の貴族は社交や街の流行に関心があるらしく、あまり屋内で籠もっている人は少ない。というわけで、庭でお茶をしても誰も来ない。らしい。

 シャンファンの受け売りを思い出し、心の中で繰り返す。


『ひいさん、誰も来ない分、腹割って話せるんじゃない?』


 昨日クオン嬢に会った帰り道に、シャンファンは眩しいくらいの純粋な笑顔で言った。


『あの人と仲良くなれればもっと立場がしっかりするでしょ。まずは敵意がないって伝えれば、どうにかなるっしょ』


 私はただ微笑むだけにした。

 シャンファンは素直で、年下だけどすごくしっかりしている。だからこそ、王子に仕えられているんだろうけれど、そういうところだけじゃない。まっすぐなんだ。誰かを信じられるんだ。羨ましい。私はできないから、そうなりたいけど、ムリだし。クオン嬢みたいに親切な人の前でだって自分を全開に出せないから。

「…………」

「…………」

 くいっ、とカップを傾けミニョロ殿下はお茶を飲む。私はただ、澄んだ茶色の水面を眺める。対して美しくもなければ個性もない顔と目が合う。

 何やってんだろ。

 私、こんな無言タイム味わうためだけに慣れない場所に来てるのか。いや、自分から話を切り出すのが上流階級の作法なのか……。

 ただ紅茶の中の自分とまばたきしていたら、令嬢達より短めの髪の毛がするりと方から落ちた。紅茶に入りそうになったので、慌てて掴む。やたらつやつやしているし、手入れこだわらなくてもさらさらしているのは自慢なんだけど、家族とは少し色味が違うのは嫌だった。

「………………た……の、髪」

「へ、はいっ?」

 なんか「ええ? 何? 聞こえないよ?」みたいないニュアンスになってしまった私に、生粋のお姫様はちょっとびくっとしていたが、後戻りはできないと覚悟したようで。

「貴女の髪は、黒なのですね」

「髪の毛、ですか」

 私の髪は前世も現世も黒なのだ。

「瞳もです」

「目も、黒ですね、確かに」

 せっかく異世界人に生まれたのに私の目は混じりっけのない黒だった。変な虹彩だっていいじゃない、第二の人生だもの……。

「貴女はいいですね」

 いささか突き放すような口調をしていた。

「貴女は私が持っていないものを手にしているのです」

 は?

「脳天気なその馬鹿な顔も、幸せの証と言うことなのですね」

 はい?

「なっていないマナーも」

 ちょ。

「何もしなくても保証される立場も」

 ちょっ。

「私には許されないものなのです」

 ちょっと。

「いいですね、ぽっと出の庶民は」

 何それ。

「何ですか、それ」

 割とすぐそこで、バンッ、と大きく音がした。次いで、両手にビリビリと衝撃が走った。無意識のうちに私は、テーブルを叩いて立ち上がっていた。

「ミニョロ殿下は私の、私の国の何をご存じなのですか」

 海色をした目はいっぱいに開かれ、戸惑いを隠さず私を見上げている。

「私と同じように生きても、そう断言できますか?」

 自分から車に突っ込んで死んで、生まれ変わって、王女だったけど国は貧しいけど大好きな家族がいて、けどお姉様は死んじゃって。カモ捕まえろって他国送り出されて、おかしい青年と変な貴族と知り合って、今よくわからないお姫様とお茶してて。

 何が、どこが、いいんだよ!

「った、わたくしは! 貴女が何と言おうと羨ましい! 貴女はわたくしじゃないのです! だからっ! だから……!」

 しばらく睨み合っていたが、これ以上いる必要性が見いだせなかったのでこれまた気づかぬうちに蹴倒していた椅子をたてると一礼した。

「ご無礼申し訳ありませんでした。失礼します」






「やっちまったあぁぁぁぁぁ!」

 被った布団の中での絶叫は、夜の静寂に消えましたとさ。

 ちゃんちゃん。

 ちゃんちゃん、じゃないよ、私。

 …………シャンファン。私、敵意だけあらわにしちゃったよ。

昨日は寝てしまった……不覚。

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