14・臆病な王女クリス
「かわいそうね」
「いいと思うわ。これをきっかけに、貴女も王女らしさを学んでみるのはどう?」
クオン嬢は手元にある分厚くて大きい本を読みながら言った。
「何事も経験だわ」
ざっくりと自分が王女らしくないことを突きつけられ、軽くショックを受けた。いや、べつにいいんだけれど。知っていたし。そういう風に振る舞ったこともなかったし、そうしなかったし。
でも、それなりに、くる。
自分の駄目な部分なんてわかっているのに、どうしてか無性に悔しい。
ミニョロ殿下から手紙が届いた後。マナーの講義を終えた私は付いてきたシャンファンと一緒に王宮の図書館に向かった。
国史の本を集めた一角のテーブル。奥の隅というおよそ日光の届きそうにない場所が彼女の定位置らしく、「何か困ったことがあったら相談をしに来て頂戴」と舞踏会の日に告げられたのであった。
「わたし」
新しい本を開きながらクオン嬢は溜息をついた。彼女の傍らにはあと五、六冊ほど、辞書サイズの本がつんである。まさか今日中に読み終えるつもりなのか。それとも持ってきただけなのか。
「あの姫君は苦手だわ」
意外だ。クオン嬢に苦手な人間などいるのか。あんなにフレンドリーなのに! 人がいっぱいの場所で孤立しない程度には社交的なのに! とりまきたくさんいるのに! リア充なのに!
「なによ、その顔」
若干むっとした表情のクオン嬢がわたしを睨む。
「ああ、いえいえ」
「思いきり目が泳いでいるわよ」
「……」
「そういうのを直した方がいいわね」
「はい」
「相手に考えていることを気取られてはいけないの」
「はい」
私は王子様の婚約者として相応しくないから、欠点を探していけばきりがないだろう。このままお説教モード突入か、とひやひやしていたらクオン嬢は「まあ、いいわ」と仕方なさそうに微笑んだ。
「何を考えているかわからないの」
それは。
「……彼氏さん、ですか?」
「はぁ?」
呆なのか照れなのかわからないが、「飄々ニコニコ」なクオン嬢が、大声を出して眉をひそめた。
「どうしてそうなるのか全くわからないわ……」
呆れていらっしゃるようだった。
「え。じゃあ、誰ですか?」
「今までの会話から察しなさい」
「ミニョロ殿下ですか」
「その他に誰が?」
……。私のこういうすっとぼけたところは、確実に直さなければいけないだろう。このままだとクオン嬢にしばかれる日も近いな。
クオン嬢は仕切り直すようにこほん、と空咳を一つ。
「わたしは王族の血を継ぐ侯爵家の長女よ。当然、同盟国オースティンの大公女とも顔を合わせることになるわ。ましてや相手は人質。価値を見極める必要があるの」
「はい、クオン嬢先生」
私は手を挙げる。
「人質、って?」
「オースティンは海に面した小国、というのは貴女でも知っているわよね」
「はい」
ミーナから大陸の地理を教わるとき、最低でもこれだけは覚えてくださいと言われた国に、オースティンもあった。名実ともに大国であるオラディアと「迷信大国」なオースティンが同盟関係にあるのは有名だし、王城が湖に囲まれているというところが私の興味をひいた。日本のお堀みたいだと思ったのである。
「同盟を結んだと言えど国の規模が違いすぎる。だから万が一のことがないように、婚約者候補という名義でたった一人の嫡子を献上してきたのよ。こちらは人質がいるから手荒なまねをしないで、って」
つまり、ミニョロ殿下も政略結婚のためにここまで来たということか。
……舞踏会では皆悪のりして恋敵がどうとか騒いでいたが、王子様のことを本当人心から隙で好きで結婚したいと思っている女性は少ないのかもしれない。彼は見目麗しいけれど、多分優しいのだろうけれど、あまり喋らないしよく解らないしつかみどころがない。社交の場で輝くオーラと笑顔を見せていた人物の素__私が知っているのが素であればの話だが__を知ってなお、慕っていると言える人はどれほどいるのだろう。家の経済、名誉、そういった事柄関係なしに想っている人は、いるのだろうか?
それってなんか、さみしい。
っていうのもやっぱり、王族である心構えがないいからこその発想なんだろうな。
「最初に話したときの印象は、「我が侭」かしら。お姫様らしいと思ったの。可愛らしい服に、有能な侍女。からっぽそうな頭と華奢な肢体に可憐な容姿。何でも自分の描いたとおりの生活を享受している」
私はミニョロ殿下を思い出す。「わたくし」という一人称や「なのです」とか、そういう口調は確かに偉そうかもしれない。が、敬語だし。ま、少ししか話をしていない私にお姫様の人物像を図り知るなんてムリだし何もわからんのだけれど。
「いつだったかしら。わたしがそう言うと、ギーが意外だって言ったのよ」
「ギーさんが?」
今まで黙って本棚を眺めていたシャンファンが振り向いた。クオン嬢は頷く。
「ええ」
「へ〜え」
シャンファンは目を丸くする。どこか面白そうだった。
「お嬢様もギーさんも人を見る目はありそうなのにな。どういうこと?」
「そこなのよ」
クオン嬢は右手の人差し指をたてた状態で左右に振る。
「ギー曰く彼女は「静か」なのよ」
「あ、それわかるかも。あんまし喋んないし」
「会ったことあるの、シャンファン?」
私が聞くとシャンファンは頷いた。
「ひいさんが来るまでは俺、若様の警護担当してたからね。若様が会えば俺もついて行かなきゃ」
自分の護衛をぽんとよこすなんて。王子様は本当にすごい。自分の命をまもる者がたくさんいるんだろう。
「ギーと私じゃ意見が食い違うからメイディオにも聞いたのよ。そしたらねぇ」
思い出し笑いならぬ、思い出し苦笑をしてクオン嬢が言った。
「「挙動不審」ですって」
「挙動不審、ですか」
「若様がマジでそう言ったの?」
「そうよ」
まったく、レディに失礼よね。クオン嬢は肩をすくめた。
私はさっぱりわからないのだが、つまりミニョロ殿下とはどういうお姫様なのだろうか。我が侭で、静かで、挙動不審。それってただの変な奴じゃないか。
私があまりにも怪訝な表情だったらしく、クオン嬢は顛末を語ってくれた。それをまとめるとこうなる。
王子様は結婚に何かを感じるタイプではなく、おまけにそれが望まない相手だったとしても気にしないというすさまじい興味のなさだった。なので突然婚約者ができても動じずただ事実を受け止めた。受け止めたが、それだけだった。
陛下は息子を心配し、というか好きでもない男の元によこされた相手の姫君を不憫に思い、なんとか二人の距離を近づけようと会話の場を設けたという。要するに、お見合いみたいなものである。
愛想なしの王子様では親しくもない女性と一緒でも沈黙の時間しか訪れないだろうと思っていたギーやクオン嬢は、からかうためにお見合い終了直後の王子様をとっつかまえて問い詰めた。
「会話が絶えなかった」
およそ信じがたい発言だったため、クオン嬢は詳しい説明を求めた。
「彼女は終始挙動不審だった」
という一言から始まった王子様の解説によると、話題を決めあぐねているうちにミニョロ殿下はせわしなく視線を動かしながらもオラディアについて質問をしてきた。その次は王子様の趣味。そしてオラディアの名産。王子様の好きな本。オラディア貴族の情勢。王子様の好きな場所……。一言一句を耳にするたびいちいち青くなったり赤くなったりする姿が王子様には挙動不審に映ったそうだ。
「え……」
私は人の心の機微に敏感なタイプではないが。まあ、なんと言うか。
「それって、あの」
「お姫様がホの字ってことじゃん?」
私が確証はないし、と言いよどんでいるうちにずばりとシャンファンが断言した。
「わたしはそう睨んでいるわ」
クオン嬢の白魚のような指がうずたかく積み上げられた本の一つに伸びる。まさか、先程のやつは読み終わったのか。
「あなた、大変よね、これから」
面倒を見ると申し出てくれた割にクオン嬢は結構淡白だった。
「私の推測どおりあの姫君が我が侭で恋敵に容赦はしない、という性格ならばオースティンから何かされるかもしれない」
私、恋なんてしていないのに敵認定されてしまうのか……?
「もしくは、ギーの言うように物静かなのであれば慎重に付き合っていかなければならないわけよね」
駆け引きなんてゆとり世代に浸かりまくった私には高度すぎてできないだろう……。
「ね。大変でしょう、王女って」
「……」
黙った。何も見つからないから。それは、ぐうの音も出ないとかではなくて。セピア色のインクで何事かを記されたページをひたと見つめるクオン嬢の長い髪がさらりと滑り落ちる。そうしていると、彼女の視線も、表情も、わからない。
棘のある言葉。
冷たい言い方。
察することのできない内心。
優れていて、完璧で、そんなお嬢様が私をどう思っているのかが気になった。いや、百合とかではなく。
適した表現が難しくてないというか、困るんだけど。クオン嬢が私に何を感じ、どうしてほしくて、今の台詞を選んだのか。
勘にすらならない思い込みだけど、クオン嬢は私に善良な気持ちだけで近づいているわけではない、んじゃないか。何かを伝えたいのではないか。
その何かが、わからない。
それがわかればどうにかなるような、どうにもならなくて悪化してしまうような。
怖くて、踏み出せない。
でも、できたら。今よりは。少しでも。彼女に認められるだろうか。
「ひいさん……」
そろそろ帰らない? その続きはアイコンタクトだった。私への助け船。または、飽きたのか。それとも。ああ……。考え出すときりがない、やめにしよう。
ええ、そうね。呟きよりも小さい私の声。王女・クリスの返事。
相変わらず伏せられた顔からは読み取れないが、クオン嬢の雰囲気がわずかばかり強張ったような、去れと言外に告げられたような感じがして、読書の邪魔にならないようにそっと立ち上がった。
「……」
かすかにクオン嬢の顔が動いた気配がした。けれど、一瞬だけで。
「ありがとうございました」
「ごきげんよう」
しゃんとした背に会釈した私に、綺麗なご令嬢は応える。
シャンファンは、私の一歩後ろを付いてきている。はずだ。足音とか、そういうのが彼にはない。でも、振り向けばいるだろう。確認はしていないけれど。多分そうではないか。
「かわいそうね」
ぽつり。と淋しそうな響きをもって、私の耳に届いた。
何がですか。
向けたのは、誰にですか。
私。
ミニョロ殿下。
王子様。
それとも、クオン嬢自身、貴女、ですか。
やっぱり私には、そんなことすら聞けそうにない。
クリスはぐずぐず悩む子です。考え出したら止まらなくてつらい子。
次に区切れたらでサブタイトルの名前しばりから脱却する予定です。




