13・主人公について思案するクリス
「それが、主人公が主人公たる由縁なのだろう」
ミニョロ殿下は、「オラディアと同盟を結ぶ国の王族である自分が、王子妃と交流を深めるのは重要だと考えているのでこれからもよろしく」という旨の話をした。
それだけだった。
何を期待したわけでもなかったが、あっさりしすぎていて拍子抜けしてしまった。まあ、手応えなんてなくていいのだけれど。人生、障害物は少ないに越したことはない。あえて難しい道を選べ、とは中学生時代の恩師の言葉だが、いくつかある壁をいくつか選らんで先に行くだけでも人は成長できるから、無気力だっていいと思う。私はそうして過ごしてきた。特に今は、クリスとしての自分に固執していないので、ゆるいくらいが丁度いいのではないか。
あっけなさを引きずってその場を後にしていると、クオン嬢が私を発見してくれた。舞踏会の会場で人を見つけるのは記憶力に自信のない私にとって至難の業なので、とても助かった。が、クオン嬢の周囲は異様なくらいのオーラがあるので、できそうな気がしないでもなかった。
「何もなかったかい?」
まず伯爵がそんなことをのたもうた。
「何って何ですか……」
「いや、ね。仮にも王女殿下で王子妃(仮)である人間に仕掛けるとは思えないが」
その「(仮)」は大事なことなのか。だから二回言ったのか。私はそれほどまでに受け入れられていないのか。いやでも、クオン嬢の一味が私のバックアップにいるから認められて__うん、わからない。
「相手はオースティンの巫女姫だ。それに、彼女は、ほら。婚約者だったからね」
……私は、エイミス卿に対しては好感を持っていた。親戚のおっちゃんみたいに気さくだし、害がなさそうだったから。だけど、わかった。こいつはただのオヤジだ。
「ところで」
私は強引に話題を変えた。
「巫女姫、って何ですか。あだ名ですか?」
「あら、知らないの?」
クオン嬢がまばたきをした。
「すみません。私は学が浅く、世情にも疎いので」
勉強は苦手だけど、してはいる。それでもよくわからない。と、カミングアウトすると何故かクオン嬢が頭を撫でてきた。眼差しが愛玩動物へのものとそっくりだった。
「わたし、あなたのそうやって自分のことを包み隠さず全て言えるところがすごく羨ましいわ……」
「純粋なのはいいことだな」
私は純粋なんかではない。そんな綺麗なものではなく、ただの卑屈な開き直りである。けがれきった親父伯爵を微妙な気持ちで睨んでいると、頭上にあった手が動きを止めたことに気がつく。
「ねえ、クリス」
クオン嬢は小さな声だった。
「あなたの正直さは、とても危ういわ」
だから、そんな崇高なものでは__なんて、言えなかった。顔つきが結構真剣だった。
「周りに人がいて、耳に入る情報全てが武器となるのが社交界と認識して。それが歪められて伝わろうと、一度発信したら皆にとっては事実も同じよ」
なこだった頃、学校で出会った女子が次々浮かぶ。彼女達の話は情報交換の場所で、脚色も多かった。つまり、そういうことだ。
「弱みをさらけ出すな、ということですか?」
「ええ。そう。わかっていてよかったわ」
考えていたよりずっと、王子妃という地位は疲れるのかもしれない。そして私は、明確な思惑もなく二つ返事でなると決め、他人から権利を奪った。言葉にすると現実味が薄れていくばかりだが、何だかぞっとすることではあった。
壁に耳あり障子に目あり。西洋ファンタジーじみたこの世界にはふさわしくないが、この格言を心に置いておいた方がよさそうだ。
……これで、私が私でいられる時間がもっと減る。
クリスも含めて自分だと断言できるほど、私は多くを経験していないし今生に親しみも持っていなければ執着もない。物語の主人公達が主人公たる由縁と、私が貧乏王族名由縁はここにあるのだ。彼女達には、全うしなければならない事柄(使命だったり何だったり、他の誰かでは代用がきかないもの)があり、私にはない。
もう少しちゃんと本を読んでおけばよかったと、今更後悔する。そうしておけば、異世界転生もちょっとは楽になったかもしれないから。
クオン嬢はその後、舞踏会が終わるまで貴族の人々の説明をしてくれた。世間話をするように、噂話をするように、私に知識を植え込んでくれる。すごくわかりやすかった。ためになったし、興味深かった。
それでも、気まずい私は早く舞踏会が終わればいいのにと時間の長さを恨めしがっていた。
舞踏会の次の日の朝、私は王子様と朝食を摂っていた。心なしか彼の顔色は悪く、キラキラオーラも翳っていたものの、憂いを帯びた表情がまた似合っていたので美貌って素晴らしいなあ、と私を感心させた。
王子様は、サラダとゆで卵をつつくと無言で食堂を後にした。足取りもおぼつかないようで、よっぽど疲労が溜まっているのか。だが私は元気もりもりで、デザートの果物もしっかりとおいしく平らげた。メイドさんが、クリス様は本当に美味しそうになさいますね、と食後の紅茶を淹れてくれて、ちょっと照れた。
「殿下は、あまりお顔に感情を出されない方なので、クリス様がいると場が華やかになります」
そんなことを私の前でいっちゃってもいいのだろうか。が、よっぽど王子様は無表情なのだろう。そうでなければこの閑散とした朝食風景で、のほほんと馬鹿みたいに食べ物をむさぼっている私が華やかに見えるはずがない。
ストレートの紅茶で口直しをして、私は自室に戻った。この後にマナーの授業と、ミーナによるチリに勉強がある。頭を使うのは体を使う次に苦手だけ、することもないので真面目に取り組もう。
部屋でふと、王子様の剣技を思い出した。流れる水がごとく、ただそこに存在するだけの姿だった。上手く表せないが、滑らかでその動作一つひとつが当たり前みたいに洗練されていた。反撃のために相手を観察しているはずなのに、虚空を見つめていると錯覚するくらい何もない。
爽快だった。
綺麗だった。
顔の威力も何割か作用していただろうが、そういうことだけではない何かがあった。圧倒して、周りの全てを吹きとばすくらい華麗な身のこなしが脳裏から離れない。あんな風に立ち回れたら気持ちいいのではなかろうか。
口座の時間を待って椅子の上でぼんやりしていると、部屋のドアがノックされた。ミーナが対応向かっている間に私は故郷から持参した本を開いた。読みかけのページには、お姉様が作ってくれた押し花の可愛らしい栞が挟まっている。
手にとって、光に透かしたり角度を変えたりしていると、ミーナは私に封筒を差し出した。
「オースティン公国の王女殿下からです」
香水の優しい香りが漂う桃色の封筒は、模様がお洒落で肌触りもいい。どことなくリッチだ。中に入っている便せんもうっすらピンクがかっていて、女の子らしい筆跡で埋められている。こんな字がかけるようになりたいものだ。私は前世で書道の教室に通っていたから、どことなく筆っぽい字になってしまうのである。
時候の文章もきちんとしていた。初めて目にしたときの、わがままな金持ちというイメージとは異なっている。まあ、私はこれでも王子妃候補だから当然か……。
簡潔に明日会ってお茶でもしましょう、という内容の手紙を読み終わると、私は閉まった。返事はいつしたためるのがベストか。クオン嬢に連絡でも取って聞いてみよう、と私は先送りにした。




