12・お姫様、ニーケ?
遅れました
私のライバルのピックアップが一通り終わって、皆が雑談を始めた頃。それでも私はお姫様を眺めていた。来賓のための関から離れず、ぴしりと背筋を伸ばしたままどこか遠くを見ている。……のではないか。
というのも、彼女がいる地点と私が立っているところは距離があるので、視力が平凡レベルの私は核心を持って言えることがない。期限が悪そうだな、とは思うが。ただの無表情かもしれないが、むっつり感がすごい。さくこが拗ねているときの顔に似ている。
「……」
ああ、やばいかもしれない。
思い出すのは、今じゃない。人目がつくところ、「王女クリス」でいなければならないときは、違う。
「あら、泣いているの、クリス」
いつの間にかクリス呼びになっていたクオン嬢の美貌が間近にあり、ぎょっとした。
「あ、いえ……あれ?」
目元にひんやりした感触があって、涙を流す寸前だと気付いた。
「えっと、なんでもなくて」
「そう?」
しつこく食い下がっているわけではないが、見透かすような視線に困る。何と言えばいいのか。
「郷愁っていうか……。こんな豪華なパーティーにお姉様がいたらどれだけ素敵かと考えてしまって……」
一応本心からの台詞であって嘘ではないが、とっさの言い訳にお姉様を用いてしまったことが少しだけ後ろめたかった。
「他国から来たのだから、寂しくなって当然よ」
「はい」
正直まだ罪悪と懐かしさの間にいたのできつかったが、笑う。説明できない事情で心配かけるのも嫌だし、人前であまり「自分」をさらしたくなかった。
「クリス、顔を洗ってきたらどうかしら」
はい。手渡されたのは、レースに縁取られたなめらかな手触りのハンカチ。
「いや、でも……」
「今日の主役は貴女なのよ」
とっさに、「げぇ」という表情になった私に、クオン嬢は笑うことも呆れることもなく、ただただ真剣な眼差しを向けた。
「これは、大切なことだわ」
ギー並みににこにこ笑っているクオン嬢にしては、強い語調だった。
「大国オラディアの王妃になるというのは、人に注目されることと同義。見られるからには恥のない姿でいなければいけない」
事実を教えてもらっているだけ。それなのに、糾弾されているときみたいな居心地の悪さを感じた。自分の中にやわらかい塊があって、それが「私」だとする。クオン嬢の一言は、その「私」を細い針でちくちく突き刺していく。逃れるつもりなのに掴んで話さない。決して強い力ではないのに。
「貴女はそれを、自覚するべきだわ」
とどめだった。
頭の中にいろいろな気持ちが散らばる。私だって家族から離れたくない。お姉様の夢を叶えたい。誰かのために自分の人生を使うなんて無駄。今の命に執着はない。どうして私がこんなことに。王女様なんてキャラじゃないし。自分を偽ってまで生きる必要があるの。お姉様が私にくれた命。本当に。自分でなりきって美化しただけじゃないの。どうなんだろう。
わからない。
「私」は、何がしたいのだろう。
与えられたのは、たったの二言三言。それから数秒しか経過してないだろうけど、私はフリーズするくらい大量に感情を溢れさせていて、意味がわからなくなっていた。
「はい。ありがとうございます」
この場から消えてしまいたくて、持っているはずなのにクオン嬢からハンカチを受け取って化粧室へ歩き始めた。
情けないとか無様とか、そんな単語が浮かんでぐるぐると回った。何をどうすればいいかが明確にわかったわけではないが、このままでいてはいけないとは理解した。
できることなら目をつむっていたかったが、そうするとそこここで楽しそうに交流している紳士淑女にぶつかってしまいそうだったので俯きながら行った。
誰もいなかったので、ザブザブと顔を洗った。クオン嬢のハンカチで拭うのはすごく申し訳なかったので、自前のものにした。借りたのに未使用というのもそれそれで失礼な気がしたので、あくびをしまくって出した涙を吸い取らせてもらった。
よけいもったいない。
我ながらアホである。こういう行動が、自覚がないと言われる由縁だろう。
呆れながら化粧室を出る。
「クリス様でよろしいでしょうか」
背後からかけられた声によろしくなかったらどうするんだよ、との思いは呑み込んで何でしょうかと返事をする。いたのは、メイドより身なりのいい、多分侍女。ぴしりと伸びた背筋に整えられた髪型と自身のある面立ちをしている。きっと上流階級の家に仕えているのだろう。だが。
「…………勝ったな」
私の侍女であるパーフェクトミーナの相手ではないな、はっはっは。いや、私が勝利したわけではないから偉そうにする必要はカケラたりともないけど。
「わたくし、オースティン公国のニーケ姫にお仕えしている者です」
ああ、あの絶壁の姫君の。
「殿下がクリス様とぜひお話がしたいとおっしゃるので、参りました。お時間はありますか」
もちろん、ないに決まっている。クオン嬢や伯爵を待たせているのだから。
「ありま__」
「おや、クリス王女。どうなさったのですか」
何故、来た。
私は場違いな人物をあおいだ。
「ギー……」
どうも、と薄い笑みを刻んで、彼は私に尋ねる。
「遅いとクオンが言っていたので、様子見に来ました。私より彼女の方が適任だと申告したんですがねぇ」
確かにギーをよこした理由がわからない。ここは女性用の化粧室のすぐ近くなのだ。
「壊しましたか」
何がだ。腹か。
いよいよ私に対して慇懃無礼が標準となってきたギーを睨みつける。
「オースティンの公女様にお呼ばれしたんですよ」
「ああ、そうですか」
感慨もなさそうに頷くと、声を潜めた。
「貴女、断るつもりではないですよね」
「どうして」
「ここで断って悪い印象を残したら評価が下がるということを考えて行動しているのなら、別にいいのですが」
そうだった。オースティンはオラディアの同盟国だ。王子妃(仮)に異議を唱えるのなんて簡単だろう。
「クオンには私から伝えておきますが……どうします?」
「……お受けします」
公女様__面倒だからお姫様でいいか__の侍女に導かれた来賓席には、王族の風格を纏った少女が優雅に座っていた。
言わずもがな、オースティン公国の巫女姫様だ。
ところでその、「巫女」というのはあだ名なのか揶揄なのか。自称だったら相当な中二病ではないか。
お姫様を警護していたすごいいかつい強面のお兄さん達が、ひょっこり登場した私を目にした途端散開した。残ったのは、執事っぽい男性とさっきの侍女だった。
「はじめまして、クリス様」
椅子に腰掛けたまま、可憐なお姫様は名乗る。
「わたくし、……ニーケ・ラウリと申します」
ラウリというのが名字なのだろうか。ライティアやオラディアは国名と同じだが、オースティンは違うみたいだ。やっぱり勉強は必要だな。
「姫様」
執事が窘めるように囁くと、お姫様は「きっ」と眉をつり上げ何かを堪えるように唇を噛んでから、半ば泣きそうにして言った。
「みっ」
最初私はお姫様が噛んだのかと勘違いした。が、誤解はすぐとけることとなった。
「わたくしの名前、は…………み……ミニョロ・ニーケ・ラウリ…………なのです」
ミニョロ。
ニョロ。
それは。
名乗りづらかろう。
スペイン語で小指をメニーケというそうです。
ミニョロはイタリア語だそうです。
私のキャラは多国籍です。
……すみません。




