10・あのときのお嬢様クオン
すっこし長いかもです。
シャンファンの弁解。
「ごめん、ひいさん!」
「悪気はなかったんだ!」
「オレ、あの人と仲が悪くて……。マナーとか苦手だし、敬語も無理だから「小猿」なんて呼ばれてさ」
など。
「……いや、大丈夫よ。どうせ逃げられないことだったわけだから」
ぐったりと椅子の背にもたれかかる私は、先程マナーレッスンから解放されたばかりだ。終了後にミーナと部屋に向かっていた私はいつの間にか道を逸れていたようで、一人で王宮を彷徨っていた。それを救出してくれたのがシャンファンだった。お礼にお茶をご馳走(淹れるのはミーナ)しようとしたら、謝罪が始まったのだ。
「ほんとにごめん!」
何度も謝るシャンファンに気にするなと言う気力も残っていない。
私を強制的に連行したのは、マナーの先生だった。とてつもなく厳しかったけど、成功すると褒めてくれた。えへへ……あれが飴と鞭ってやつかぁ。悪くないな。
「って、危うくMに目覚めかけたよ!」
はっとしたついでに、叫んでいた。
「え、ひい、さん?」
「あ」
やば。つい素の口調になってしまった。どうしよう。
「ひいさ__」
「お話中失礼します、クリス様」
ナイス、ミーナ! その美人さんな顔が、より一層女神に近づいてるよ!
「夕食のお時間です」
「ええ、そうね!」
ぴょんっとジャンプするように立ち上がる。これ以上深い話にはなってほしくない。だって、せっかくの玉の輿のチャンスなのに口調が庶民じみているとかいう理由でおじゃんになったら悲しいじゃないか! というかもったいない! 日本人もよく言うらしいよ、MOTTAINAIって。あ、私も日本にいたな。そこまで「もったいない」は言わなかったけど。
「シャンファン、行きましょう」
慣れないけど板に付いたお嬢様言葉を使って、シャンファンに微笑む。
「うん」
今さらだけど「行きましょう」も何も、同席はできないんだった。そういうの、ちょっと寂しい。
「クリス様」
今まで運動といったら農耕と視察ついでの散歩くらいだったから、初めて体験する王族らしい動きに突かれた私はくたくたで、自分を呼ぶミーナの声が聞こえても起きる気になれなかった。
「んん、も、もうちょっと。あと、ちょっと……」
「クリス様」
声に呆れの成分がまざってる。うぅ。でも、眠い。
「あと、あと、ごふ…ん?」
「クリス様」
ちょっと叱ってるっぽいけど、ミーナはイイ声してるからそんなんじゃもっと寝たくなってしまう。
「おやすみ」
そして私の意識は眠りの世界へレッツ・ゴー__、
「クリス・二ア・ライティア」
声が、変わった。明らかにミーナとは別物だ。それも、男性の。
「申し訳ありませんクリス様」
私が聞き取れるギリギリの音量でそう言うと、ミーナが一歩下がった、気配がした。交代するように、誰かが前に進み出る、気配がした。うつぶせで寝ているので誰が何をしているのかはっきりわからない。だからといって顔を上げると怒られそうだし。
「起きてくれないか」
え。
「王子、様?」
がばっと起きて声の方を見た。そこにいたのは王子様で、彼はほっとしたように、けれど顔色一つ変えないで言った。
「おはよう」
「……」
おはようて。まずそれか。
「えと……用件は」
「朝食の時間だ」
「……」
それで、起こしにきてくれたのか?
……王子様は、案外生真面目でいらっしゃる?
早朝にドッキリしかけられたような感じで起こされた私は最初、嫌味かと思った。あー、はいはい、婚約者(笑)が朝食に遅れるのが迷惑ですよね、すみません……くらいの気持ちだったのだが。
「異常がないようでよかった」
後悔したのは、王子様が笑ったときだった。本当に安心したように微笑まれると、なんだか申し訳なくなった。疲れていても、規則正しい生活ができるようにしないと。早起きは三文の得、って言うし。
相変わらずほぼ無言ではあったけど、王子様が気遣ってくれたことが嬉しくて、今日の朝食も嫌な気分はしなかった。
「僕は夜までにもう少し執務をしている。用があればギーに言ってくれ」
と、王子様は先に行った。が、まあギーに頼むようなこともなさそうなので、微妙に不愉快な会話を繰り広げることもないだろう。心地良い満足(腹)感を携えて私が食堂を出たときだった。
「おはようございます、クリス王女」
「っつ!」
聞こうとも思わなかった声にびくりと立ち止まってしまう。今、食堂と廊下の狭間にいるのだが、一歩戻ってしまいたい衝動に駆られる。
「何をしているんですか?」
会いたくなかった奴、ギーが怪訝なものを見るような顔になった。うわ、嫌だな私の評価がさらにひかれていく……。
「まあ、貴女がどんなに奇っ怪な行動をしようと僕には関係ないのですが。その歩きかけでストップしたポーズのままでいいので話を聞いていただけますか。ちなみに拒否権はありません」
決してまくしたてられているわけではないのに、いきなり色々言われるというのはなんかあんまりいい気がしない。
とにかく私が「無理っ!」って言ったってどうにもならなそうだ。とりあえず、姿勢だけは正す。マナーのレッスンのおさらいってことで。
「そう言えばクリス王女。我が国の寝具はあいましたか? 風の噂では安眠が確保されていた、と聞いたのですが」
「!」
うっ。遠回しに寝坊したって言われてる。
「一国の王女ともあろう方__しかも我が国の王子妃候補者が、寝坊ですか……。ふっ」
わー、今絶対小馬鹿にされたぁ。
「貴女が舞踏会当日に寝坊しようがしまいが、今のところ僕には関係ありませんが殿下には支障がでるんですよ」
「え。ああ、外聞が悪いんですよね。以後気を付けます」
「気を付けるのは当然です。それと外聞もそうですが、殿下には大量に執務があるんです」
「それと私の関係は……?」
「殿下はなるべく貴女と食事をとろうと努力していますから」
私は、数回瞬きをする。
「えっと」
首を傾げた。
「何故?」
「はい?」
だって、殿下が私に気を遣う必要なんて皆無だし。でも、どうしてギーは黙っているんだろう。
「…………」
今度は、ギーが瞬きをする番だった。
「まあ、いいです」
「な、何がいいんですか」
「今日の舞踏会ですが」
私の台詞はざっくりスルーされる。ギーの私に対する扱いは何気にひどい。一国の王女だの婚約者候補だの言っているが、敬うつもりがなさそうだ。そうされたいわけではないからいいけど、空いても取り繕う気がなさそうなのが余計。何のための敬語なのか。いっそ暴言を吐かれた方が私的に「あ、はい」程度ですむんだけど。ああ、癖か? 一応王子の補佐だし。
なんて。
ぼんやりしていた私は、またギーに皮肉混じりの言葉を投げかけられると思っていたから、次の意外な言葉を聞き逃すところだった。
「クリス王女、貴女には」
ギーはこともなげに言う。
「花になっていただきます」
私のドレスは、花にふさわしいと言っていいものだった。私は自分の髪色があまり映えやすいと思っていなかったので、故郷ではベージュのワンピースにばかり着ていた。でも、実はいっぱいいる私の侍女達は、否応なしにすごく豪華なドレスを着せてきた。
花咲く春を思わせる鮮やかな黄色。たっぷりとふくらんだ裾には、室内の灯りを反射して輝くように多分水晶か何かが刺繍の模様に添って縫い付けられている。腰にあるシフォン生地のリボンは、動くとゆらゆら揺れて愛くるしい。
ああ、可愛いドレスだ。高級そうだけど。私が身につけていなければ、だけど。
私みたいな人間より、さくこに似合うだろうな。前世では少なくとも私よりお洒落に気をつかっていたし、髪も長くてさらっさらだし。足は私より細いのに運動もそれなりにできて、きっともててただろう。十五年か。あっちと時間の進み方が同じなら、私と二つ違いだからさくこはもう二十八。結婚して幸せになってたらいいけど。
「クリス様」
ミーナが、私の髪に香油をつけて丁寧に梳きながら柔らかく言う。
「ドレスがとてもお似合いです。髪はどのようにいたしますか?」
「え……」
ぶっちゃけ、よくわからない。背の中程まで伸びた髪を一瞥した。
「あーっと」
着替えを手伝ってくれた他の侍女はもういない。化粧台の鏡に映る私とミーナだけしか部屋にはいない。じゃあ、言ってもいいか。
「この間オラディアに来たとき、たくさんお嬢様がいたでしょ? ああいう風に巻いて盛って飾って、っていうのは頭が重そうだからやめてほしい、かな。できるだけシンプルで」
「かしこまりました」
ふふ、と笑うミーナの顔に見とれてしまう。美人さんなのに貧乏王国の王女付きの侍女なんかにしてしまって申し訳ない。彼女を選んだのは、私だから。
しばらく髪をいじられる感覚に身を委ねる。人に頭を触られるのが嫌だという人がいるけど、私はあまり苦手ではない。むしろ、好きの部類に入るかもしれない。私も小学校の頃は髪伸ばしていたから友達とか家族もアレンジしてくれた。結局、切っちゃったけど。
「いかがですか」
「素敵」
回想を無理矢理終わらせて私は笑う。空元気は得意な方だ。でも、ミーナの腕が良いのは事実。ゆるく結って生花をさしただけだけど、それがかえってドレスの雰囲気を引き立てている。
「じゃあ、行こうか」
鏡からふい、と目を背けるように立ち上がる。自分を見るのは好きじゃない。
「王子様が、待ってるからね」
部屋を出て会場の方まで歩く。入るときは、王子様と一緒だ。王子妃候補が婚約者にエスコートされないのは普通、おかしいことなのだそう。
私は道中でギーの言葉を思い出す。
『花、というのは目立てという意味ではありません。酔っぱらいの思春期野郎、もといアバネシーの馬k…ごほん。とにかく某伯爵子息に絡まれたあの日のように、ただその場にいるだけで構いません』
今、誤字と間違いそうなほど派手な失言をかましそうになってなかっただろうか。
『ひねりなく言えば、壁の花ならぬ公の花でしょうか。ただ、微笑んでいればいいんですよ。殿下の隣でそれらしく振る舞うだけ。急ごしらえの王子妃でも出来る仕事です』
やんわりした口調が、失敗は許さないと言っている。
『今回は、のんべえといざこざが起きても被害者になっていただきます。何が何でも、怯えてくださいね』
イケメンっていいよなあ。場違いな私の思考はこれに尽きた。だってさ、顔が綺麗なら人を脅そうがなんだろうが嫌な感じが減るんだから。
正装の王子様が視界に入る。その傍らにはギー。けっつまずいたら何か言われそうで怖い。そんなことしなければいいわけだけど。
「お待たせしました」
「定刻通りだ」
心なしか、王子様の表情が柔らかいような。私を安心させるた、め? いや、ポジティブシンキングすぎか。
「行こう」
手袋に包まれた王子様の手がさしのべられる。指長い、とか気を取られつつも私も手を重ねる。
どうか。どうか。
失敗しませんように。
かたく目を瞑りたい衝動に駆られる。淑女らしい歩き方も自信はない。でも、王子様の顔に泥を塗るのは嫌だ。だって、私が上手くいけば国にいいことがあるはずだから。
どれくら経過したか。げっそりした顔にはなるまいと我慢し、深呼吸する。
「大方の挨拶は終わった。あとは、自由に楽しんでいい」
「はい……」
壁の花になりたい。
私の心はかなり脆い。普段、民の前に姿を現さないことで有名な王妃殿下が今回も現れなかったため、美形殿下の凡人婚約者に大衆の興味は向き、挨拶回りの最中に浴びせられた視線は数知れず。品定めされているようで居心地が悪い。
「これで、どう楽しむというのかしら」
口調にもお嬢様スイッチが入っていることがおかしく感じる。そんなに頑張らなくてもいいのに。
陛下はどうどうと玉座に座っているが、その……身長が、高くなっていないだろうか。おかしくないだろうか。気になる。
それにしても、この後どうしよう。注目されるのは好きじゃないけど、否応なしに晒され続けるのは確実。でも、逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃだ……。殿下は約束してくれた。王族の場合、舞踏会で必ずしも貴族と交流しなくてもいいから、今回の顔見せ以降は陛下のように座っていてもいい、って。
「せめて、シャンファンがいればいいのに」
そしたら、少し楽しいかもしれない。
ってか、護衛なのにどこいったー!!
「シャンファン、というのは旋国の名前かしら」
私はぎゅんっと振り返る。後に、貴族の令嬢らしき少女がいた、
「クリス様には、旋国のお友達もいらっしゃるのね」
「え?」
「ねえ、あちらでお話を聞かせて!」
「話、ですか」
そう、とお嬢様は愛らしい笑みを浮かべる。
「わたし達、【月夜の薔薇会】の会員でいつも集まっているの。おしゃべりは好きよ。退屈しのぎにはなると思うの」
さあ、という声に心が惹かれる。ふらふらと付いていきそうになるけど、なかなか足が前に進まない。それを見て、お嬢様はぱんと手を打った。
「そうだ。先程の挨拶のときに名乗り忘れてしまったの。いいかしら?」
あ、会ってたんだ。どうやら私は出席者を把握していないようだ。まあ、急仕込みだから! 仕方ないよ!
「ど、どうぞ」
ご無礼をお許しいただきありがとう、なんて冗談っぽく。それから毛先を丁寧に巻かれた腰より長い髪を揺らして一回ターン。優雅にキメてから彼女はドレスの裾を摘んでお辞儀した。
「バーディッド侯爵令嬢、クオンと申します」
それからすっと元の明るい雰囲気に戻り、私の両手を握った。すごく、楽しそうで見ているこちらもつられそうだ。
「わたしね、前の前の舞踏会でも貴女を見かけて、ずっと気になっていたの」
「前の舞踏会?」
オウム返ししてから記憶を漁る。あ! あー、私のことをちらっと見て微笑したお嬢様じゃない、か? てことはもしかして、THEお嬢様の集まりの首領だったりするのかな。
「よろしくね、小さなお姫様」
「……」
今日で初めて自信を持って言えることを見つけた。クオン嬢は、私を馬鹿にしているのだろう。
私は、背が低い。
王子の語尾の「〜よ」は、たまにつく、って設定で、したが変更します。
後々キャラかぶり発生するので! ご迷惑おかけします!
あと、ムーンローゼズは父の意見です。ありがとう父。
何気にはまりました。




