7・王子その名はメイディオ
王子は登場しますが、区切り方の都合で翔凰が出せませんでした。
前回のあとがきで、翔凰出るのかな、と思った皆様、すみません。
やつは、慇懃に礼をして見せた。
「お久しぶりですね、クリス王女」
その第一声に私は、
「あ、ども……」
軽い会釈だけになってしまた。
だ、だだだって、こいつ、こいつ……!
ギーだよ?
礼儀とか、そういうことに気を配る必要性とか全くないじゃん。って、思わせる力がギーにはある。それは力って言うより、性格って言った方が正しいか。
私を迎える役は、どうやらギーらしい。というか、なんとなく思ったんだが、この結婚も王子の意見ではなくギーが発案者なのではないだろうか。だとしたら……王子ぼんくらだな! 第一で公爵子息とは言え、補佐官に従って伴侶決めちゃうとか。うん? もしかしたら、ギーが直接オラディア国王陛下に申し出たとか? ないないないない。ここまでくると、妙に信憑性があるとしても暴走し過ぎな妄想だ。抑えようね、私。
そんな風にぐるぐる考え込んでいる私を置いて、事はとんとんと進む。ギーは慇懃無礼の無礼を上手に隠し、真っ当な王子の補佐官として私に歓迎の言葉を述べた。そのため、あっという間に私は陛下との謁見まで辿り着いた。早いな!
心の準備ができていないのだが、変なことをやらかしてしまわないか心配だ。
ミーナなみにやんわりと微笑を浮かべて前を歩くギーに付いていく。シチュエーション的にはあの舞踏会の日と変わらないけれど、向かう場所が違う。それだけにすごくドキドキする。
オラディア王国で賓客が陛下と謁見する場合、それは謁見の間と呼ばれる大きなホールで行われる。らしい。舞踏会の時は人数が多すぎるので、会場でスピーチを聞く程度だったけど、今回はサシだ。でも、観客多いだろうし。
「ここが謁見の間です。僕達は控えていますので、陛下とじっくりお話をどうぞ。義親子水入らずで話せる機会もなかなかないでしょうし」
駄目だ。ギーの笑いはどこか薄ら笑いに見えてしまう。じゃなくて。私、一人になるのか。嫌だなぁ。めっちゃ不安だなぁ。
「私一人でいいんですか? 考えてもいませんけど、暗殺とか企てているかもしれないのに」
それもそうですね。では、とギーは補足する。
「訂正させていただきます。正確に言うと、貴女と陛下は水入らずではありません。陛下の従者も同じ空間にいますから。ただ、見えるかどうかはわかりませんが」
なんじゃそりゃ。透明人間か。まあ、大国なら透明マントくらいあるよね__んなわけあるか。
だが、ここで食いつくのも変だろう。荷物持ちをしている使用人が一人いるのだが、彼に不審がられたらなんか変な噂ができるかもしれなくて嫌だ。
謁見の間を警護しているのだろう騎士が開けて重厚で、神秘的な飾りが印象的な扉をくぐって中に入る。すると、すぐにしまった。音もなく、かつ、とても速かったので、、閉じ込められたような気分だ。気のせいだね、うん。
「……」
この場所は、異質だった。他とは違う気がする。ここは、オラディア王国の王宮内にある部屋、ではなく、一個の独立した世界のようだった。と、視線を感じた。陛下が見ているのだろう。そりゃ、そうか。これから話をする相手が気になるのはごく自然なこと。
私は材質が何かもわからないつるつるした床を歩き、玉座の真正面のところで片膝をついた。顔を伏せるのは、許可が下りるまで顔を見てはいけないからだとミーナから教わった。うちの国には家庭教師なんて雇える余裕がないので、ものすごく知識が豊かな侍女が先生なのだ。
「クリス・二ア・ライティア。ただいまライティア王国から参りました。お会いする機会を賜り、まことに光栄です」
あらかじめ用意しておいた台詞を述べつつ、伏せたふりをした目で視線を巡らせる。好奇心は我慢できない。
すらすらぺらぺらと教えたとおりに言葉を紡いでいる時間にわかった、謁見の間メモ〜。その一。室内は、翡翠のようにつるぴかで宝石のような石__私は造形が深くないのでさっぱりわからないが、石と呼べるのかすらよくわからない__でできている。その二。金の飾りが随所に施されている。超高級そう。その三__。
「いいよ、顔を上げてくれて」
ここに集っているのは、私以外には陛下と、いる「らしい」従者。私は喋っていない。従者が貧乏とは言え一国の王女にタメ口はないだろう。ということは、今の声は陛下のもの、か。
「え」
幸いなことに、驚きは言葉と言うより吐息として出てくれた。うん。不敬にはならないよね、うん。
いや、でも。
こわごわと顔を上げて相手を見る。さらに呆気にとられた。
「余はあなたと親子になるのだから。余はね、自分の子どもを傅かせて喜ぶ趣味はないんだ。楽しそうに笑っている顔が一番だよ」
「は、はぁ……」
「あなたは笑っていた方が可愛らしいよ」
「あ、はい。その……恐縮です」
軽く頷く。他にどうリアクションをとればいいかわからなくて。
だって。
ちらりと上目づかいで陛下を見る。
本当に、本当にこの人が、大国オラディアの国王陛下なのか。
「?」
にこっ、と微笑まれたので、ども、と急遽しつらえた笑みを浮かべてみる。
「!」
「……?」
陛下の顔ににぱぁと笑みが広がり、私はぎょっとした。
「やっぱり、余の目に狂いはなかったんだね! あなたは世界の不幸を背負い込んだくらい仄暗くて底の見えない瞳をしているより、春の木イチゴみたいに優しく笑った方が魅力的だよ」
皮肉かな? 皮肉なのかな? 木イチゴってさ、一応、ってか割と、酸っぱいよ? ものにもよるけど。
それにしても……この人が国王陛下で義父親とか信じられない。頭があったかーい感じだよ、発言とか。あと、見た目とか。声とか。
ふわふわした羊毛を思わせる金髪。空に底があるならきっと同じ色だろうといった瞳は、澄み切っているのに、光の反射のせいか、私には濁りが沈殿している風にも見えた。温厚そうな声音は若々しいと言うか、何て言うか、子供そのもの__?
「余は貴女を気に入ったよ」
ぴょんと椅子から飛び降りてからの行動は速かった。陛下は来客が跪く床と、玉座を切り離すがのごとく存在する、やたらと豪奢な階段を踊るように駆け下り、ついついっ、と私に駆け寄ってきた。
「アンディ」
「はへ?」
「アンディキラウス」
慈愛に満ちていて、日だまりみたくぽかぽかしているのに、恐ろしい残酷さを持った眼差しが、はっきり私に注がれている……わけない、か。でも、一瞬冷や汗がぶわって噴き出たし、ぞっとしたんだけど。気のせい? この陛下が恐怖の対象になるとか、私どんだけ自意識過剰なんだよ。
「あなたは、余の名前を知らないでしょ? アンディキラウス、だから、アンディでいいよ」
さしのべられた手は、成人男性のものと思えないような柔らかい手。私はそれを恐る恐るとった。
「よろしくね。余の娘」
「あ……よろしく、お願いします」
こちらを覗き込んだ目は、やっぱり無邪気だった。
手が離れていくのを感じながら、ぼんやりと失礼なことを考えてしまった。
背、低いな。
……。
場違いな事なのは十分承知しているつもりなんだけど、どうしても気になる。目測で、百六十とちょっとあれば上々、ってくらいか。
?
「陛下!」
子を叱る親のような声が飛んできたので私はびくりとしてしまう。我が家で父が怒ることは極端に少なかったし、兄は私に甘かったから、怒った声というものに免疫がないのかもしれない。それと、今まで姿が見あたらなかった人間がいるからかもしれない。
「軽々しく玉座を降りぬよう、あれほど言ったではありませんか!」
いきなり現れた、この「微妙にくたびれた若者」感が半端ない人が、陛下の従者なのだろうか。私の勝手な印象だけど、隠密って雰囲気じゃないのだが、どこにいたのだろうか。
「そうだったかな」
陛下はとぼけているのか本当に忘れたのか、どっちつかずな態度で肩をすくめた。
「でもね、余は彼女の家族だよ。触れてはいけない理由もないし、見下ろさねばならない義務もない。王だって、家族と食卓を囲んだり、家族ですらない貴族の様子を見ながら食事をすることもあるよね」
流石に国王と言うか、どこか有無を言わせぬ迫力がある。だが、従者は少したじろいただけて、譲らなかった。
「触れていけないこともありませんが、王女はまだ、正式に陛下の娘になったわけではありません。あの、ライティア王国の、第二王女殿下です!」
わざわざ区切るとはご丁寧な。しかも「あの」付きとか。
もしかしたら、私に対する嫌みと忠告なのかもしれない。または、うっかり口が滑っちゃったとかね。
「おまえはカタイね。余は有能でもつまらない人間は嫌だよ」
「……陛下」
これはもう、お手上げというところか。従者ははあ、と重苦し溜息を吐き出して眉間をもんでいる。当の陛下はいっこうに気にしていないのだから、彼がどんなに注意しても徒労で終わるんだろうなあと思わざるをえない。
「__陛」
「さて」
従者の言葉を遮り、陛下は笑った。
「そろそろ終わりにしようかな。息子を焦らすのもおつだけど、余はサディストじゃない。このあたりで会わせておけば文句も言われないよね?」
「わかりかねます」
知ったことかと言いたげな従者。従者仕事も楽じゃないんだろうな。
「じゃあ、また後で」
「はい」
頷くと同時に私は立っていた。あれ、タイミングここでよかっただろうか。怒られなだろうかと少しおどおどしていたが、従者が扉を開けたので、いいということだろう。
「ねえクリス」
私は歩みを止めて振り返った。
「僕の名前を呼ぶときは、アンディお義父様、がいいな」
ぽかんとした。どういう答えがベストなのだろう。
「返事は?」
くりくりした陛下の瞳と目が合う。
「わかりました、アンディお義父様」
ふふ。陛下が笑みを零す。
「合格〜」
私は、アンディキラウス国王陛下をさして「義父親と思えるか」という質問をされて、はいと答えられるかどうかわからない。でも、彼を義父様と呼ぶことに抵抗は感じなかった。
ギーは、これから王子と会うという単純なことを、仰々しく飾り立てて伝えてきた。だから今向かっているのは、王子殿下のいるという、剣の訓練場だそうで。
イケメンでキラキラしてて、剣も使えるとかどんだけだよ。そんな人が夫になるというのは、どんな裏があるとしてもしっくりこない。
「どうです、陛下は」
私の前を歩くギーは、振り返らずに聞いてきた。
「どう、ですか……」
うーん、と悩んで私は後ろを見る。陛下の謁見前にはいたはずの使用人がいないのは、謁見が長引いたので先に荷物を運ぶことになったからだそうだ。
「そうですね」
使用人がいないなら、噂を流されることもないだろうし、言ってもいいだろう。
「陛下、縮んでいませんか?」
「はい?」
やっぱり、ギーはこちらに顔を向けなかった。
「舞踏会では遠目からしか見ていないので断定はできないです。でも、なんか、あのときより背が低く見えるというか」
「そうですか?」
「あくまで、私見ですが……」
舞踏会のときはもっとしっとりと重さのある声だったし、座っている姿はこの地域周辺の成人男性の身長__平均して百七センチはこえている__くらいあるように見えた、のだが、雰囲気は似ていたし、声だって近かった。
ギーは、では、と
「僕は知りませんが、種や仕掛けがあるのかもしれませんね」
マジックじゃあるまいし。
「シークレットブーツや踏み台、影武者だって可能性としてはありえますね。それならば今回は、家族になる人間の前だったから素だった、ということでしょうか」
「……王子殿下の第一補佐官が、そんなこと言ってもいいんですか?」
「不敬罪だと咎める人間はここにはいません。今の貴女にもその権限はない」
従者と同じことを言われた。まだ、オラディアの王族ではない、と。
「ああ、今のは嫌みではありませんよ。覚えておいてくださいということです。私より陰湿な輩が王宮には腐って処置方法に困るくらいいますから、これからこう嫌がらせもされるでしょう。そういうときに、悲劇のヒロインぶらないで、ただ単に事実として受け止めればいいのです」
もしかして、今のはギーなりの優しさ(?)だったのか。そうか。そうなのか。わかりづらいね。
「話を戻しますが、僕は陛下がチビだろうとミニサイズだろうと寸足らずだろうと構いません。今はそんなことに構う暇がありませんから、嗅ぎまわるのも無理ですね」
さいですか。自分で話を切り出しておきながら、私は随分テキトーな気持ちになっていた。
「もっとも」
まだ続くのか、と少しうんざりしていた。が、ギーの意外な返事は聞こえた。
「時間ができれば貴女に付き合うのもやぶさかではありません」
それはいいことなのかどうか。
「殿下から貴女の相談役になるよう、仰せつかっていますし」
えー。こいつが相談役ですか。どんだけ王子の信頼厚いんだよ、ギー。
「それに僕も陛下の身長ごまかし疑惑には、少なからず、爪の垢ほどならば、興味がありますから」
爪の垢なんてなさそうなやつが何を言う。だが、好意として受け取っておこう。
しばらく歩くと、訓練場まで辿り着いた。喋りながらだったので、道順は覚えていない。一人で来いと言われたら絶対に迷うだろう。
「ああ、いましたね」
ギーがふっと笑ったように見えた。こんな男でも、主に対する忠誠心はあるってことか。
「ほら、あそこですよ」
キン。剣が弾かれる音の方に私の視線がいく。
「っ」
思わず息を呑んでしまう。
「こちらから見て左側です」
ギギギギッと、金属同士がこすれ合う。不快にも聞こえるが、今はその場の空気にすっぽりと包み込まれてしまったせいで、ただのBGMだ。
「あの方が」
左から電光石火で刃が迫る。ガン! 剣を上手く薙ぐことができなかったようで、右側の人は少し耐えていたが、ついには飛び退った。
すごく。
すごく、すごく。
すごく、すごくすごく。
すっごく。
綺麗だ。
「メイディオ殿下です」
殿下の髪が舞った。陛下のはっきりした金色とは違う。それでも、はっきりしないわけではなくて。それこそが正しいと相手に確信させるようなきらめき。
とても本人も真面目な顔をしているのに、相手も必死なのに、まるで、踊っているように華麗な剣さばき。
シュッと空気を切り裂く音がした。
「__降参です」
陛下の手にする剣の切っ先が、今まさに相手の首を切らんとしている、という位置で止まっていた。
「……」
勝負相手の降伏宣言に表情を変えることなく、ゆるりと剣を手にした腕を下げた殿下が何も言わなかったのは、勝負が決まっていたことをわかっていたからかもしれない。
殿下はカチンと剣を鞘に収め、片手で怠そうに前髪をかきあげた。熱かったのだろう。それから、こちらに背を向けるかたちで対戦相手と言葉を交わした。
「殿下」
しばらくして相手がいなく去った頃。殿下に、ギーが声をかけた。
殿下が少し顔を上げたのが、後ろ姿でもわかった。
ゆっくりと、顔がこちらに向く。
いや。
ゆっくりではないのかもしれない。
ただ、私の中の時間だけがとてもゆるやかに流れているだけかもしれない。
ああ。
この感覚。
よくわからない。
でも。
「クリス王女です」
ギーに紹介されたが、私は礼をするのが遅れてしまった。
顔を上げると、はっきりと、肌が粟立つのを実感した。
男性にしてははんなりした印象を受けるのに、決して女性的ではない、ほっそりした面立ち。私は、そんな顔に完璧に配置された氷青の目を__
「っ!?」
目を、見つめたら……? えー、っと…………?
いっせいに花のつぼみが開くように。光が差し込んで明るくなっていく部屋のように。笑みが、広がった。王子殿下の顔に。子犬が、喜んで飼い主の元に駆けて来るときみたいな笑顔。
殿下はその笑顔のまま走ろうとしたのか一歩踏み出すが、二歩目で笑みはひゅるりと音をたてて引っ込み、歩調もおちついたそれになった。
余裕たっぷりの王子然とした態度でこちらまで来た王子は、真っ直ぐに私を見た。射貫かれるようなこの感じは、陛下のものと似ていた。やっぱり親子なのだろ……親子? あの陛下が子持ちって言うのがさっっっっっぱり、想像できない。想像も何も現実なのに。
「メイディオ・アレン・オラディア」
もっと聞きたい声。胸の染みこんでくるのに、気づけば溶けて消えている。
手を伸ばせば触れられるのではないかという距離で、殿下は告げた。
「きみの夫になる。よろしく」
これが、クリス・二ア・ライティアと、メイディオ・アレン・オラディアの、初めてのまともな対面だった。
メーディオは、イタリア語で中指だそうです。
アンディキラスは、ギリシャ語で親指だそうです。
親子の名前の由来の言葉達は、国籍が違います。どちらもひっどい名前になりましたが、クリスほどではないですね。




