第六十話 上代絹江は絵で飯を食いたい
第六十話 上代絹江は絵で飯を食いたい
カリカリと、ペンを走らせる音が通路に響く。
正直に言って、暇だ。まさか、ダンジョン内でこんな時間を経験する事になるとは。
アーデルブラントが逃げようと藻掻いているが、特に問題ない。こいつの筋力……頭蓋骨だけの存在にこの表現が合っているのかは不明だが、筋力は低く、魔力が多めなだけだ。
ガッチリと固定し、一応手元の魔物と周辺を警戒する。
「……よし。今度は右を向かせてくれ」
「あ、はい」
『ガッ!?』
ぐりん、と。柄頭の上でアーデルブラントの向きを変える。
なんか罪悪感を抱きそうになるが、ズメウの霊的災害で目撃した悲惨な光景を思い出すと、それもすぐに薄れた。
「……何か、聞きたい事とかあるか?」
「え?」
「暇そうだったからな」
突然絹江さんに話しかけられて、咄嗟に言葉が出てこなかった。
今もアーデルブラントとスケッチブックを交互に見る彼女に、少し考えてから返事をする。
「はい。その、すみません。一応、警戒はしているのですが……」
「構わねぇよ。悪いな、付き合わせて。その内、埋め合わせはする」
「はあ……」
「腕、辛くないか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか」
会話がそこで途切れ、再びペンを動かす音だけが通路に響く。
思い切って、こちらから質問をしてみる事にした。
「あの、どうして魔物の絵を?」
『絵』に関する異能は存在する。描く事で対象を呪ったり、封印したりすると聞いた事があった。
しかし、打ち合わせの段階で聞いた絹江さんの異能にそういったものはない。
本当に、ただ絵を描いているだけだ。
「そうさなー……まあ、一番は売る為だな」
「販売、ですか?」
「おう。認められたい。そして、金にしたい」
その返答は、意外な程シンプルなものだった。
少し驚いていると、彼女がチラリとこちらを見てニヤリと笑う。
「幻滅したか?もっと、崇高な思いでアタシが筆を動かしているんじゃないかって」
「いえ、そういうわけでは……ただ、普通の理由だったので」
「アタシは変人である自覚はあるし、むしろ変人側でいたいと思っている。だが、別に頭の天辺から爪先まで異端ってわけじゃぁないのさ」
通路に響く音に、くつくつと、彼女の笑い声が加わる。
「人並みに自己顕示欲はある。散々アタシの絵を、『ただ精巧なだけ』『君の絵には心がない』『写真の様に正確だが、写真以上の価値はない』と言って来た奴らを、見返したいのさ」
「それは……すみません。僕には絵心がないので、写真ぐらい正確なら十分だと思うのですが」
「アタシもそう思う。なんだ、気が合うじゃないか」
だが、と。絹江さんは続けた。
「アタシとお前はそうだが、人の数だけ、好みってのは存在する。ある人間にとっては心を動かされた名画でも、別の人間には子供の落書きにしか見えない事もあるのさ」
「まあ……確かに」
自分も、世の人達が絶賛するピカソの絵がよく分からない。
ピカソ以外でも、独創的過ぎる名画には感動よりも疑問が浮かんだものである。はて、これは何を書いているのだろう?と。
「きっと、絵に何を求めているかで変わるんだろうな、そういうのは。アタシは、ただその瞬間を自分の手で切り取りたい。写真も悪くないが、絵に描く方がより『手応え』があるんだ」
「はあ……」
「なんて、この感覚も人それぞれだわな。分かってくれとは言わねぇよ」
そう告げて、彼女のペンが止まる。
「……よし。描き終わった。そいつはもう良いぞ」
「了解」
『ガァ……!?』
メキャリと、巨大な頭蓋骨を両の掌で粉砕する。
バラバラに散らばった白い破片が黒い靄に変わり、小指サイズの魔石が床に転がった。
「約束通り、今回の探索で手に入る魔石はお前らで山分けしてくれ。そもそも、アタシはあまり戦力にはならんからな」
「……分かりました。あの、絹江さん」
「あん?」
首を傾げる彼女の手元へ、視線を向ける。
「もし良かったら、貴女の絵を見せてもらえませんか?」
「……いいぜ」
ニヤリと笑った彼女が、スケッチブックを差し出してくる。
小さくお礼を言って受け取り、描かれている魔物の絵を見た。
「……本当に、写真みたいですね」
「だろう?」
ペンだけで描かれた、白黒の怪物。あまりにも精巧に描かれたそれは、もしも製作途中を見ていなければ写真かと疑っていたかもしれない。
ページをめくると、まるでアニメの設定資料みたいに様々な角度から、様々な箇所が丁寧に描かれている。
更に別のページを見れば、そこにアーデルブラント以外の魔物も描いてあった。恐らく、これまでに彼女が遭遇してきた魔物だろう。
コボルト、クレイジー・ボア、スケルトン、ブラックラット……他にも、何種類もの怪物がリアルに描かれていた。
「……凄いですね」
「随分と素朴な称賛だが、まあ、悪くはねぇな」
ひょいっと、スケッチブックを回収した絹江さんが、小さく肩をすくめる。
「これ以上は有料だ。ま、『アルフ』でコーヒー飲みながらならタダで見ても良いけどな」
「っと、そうでした。ここは、ダンジョンでしたね」
つい、彼女の絵に集中してしまっていた。
あまりにもリアルだったもので、角が疼いてしまった程である。意識が、実際に今いるダンジョンではなく、絵の中の『敵』へ向いてしまったのだ。
そんな自分を、絹江さんは楽しそうに見ている。
「捨てたもんじゃないだろ?アタシの絵は」
「はい。思わず、そこにいるんじゃないかと警戒してしまう程に精巧でした」
「さっきよりも嬉しい感想だ。そう言ってもらえると、アタシも絵で飯を食っていく夢に自信がもてる」
彼女が肩をすくめたのと、ほぼ同時。
大気中の魔力の流れが、変わる。
すぐに剣を床から抜き、正面を向いた。目を凝らすと、遠くから複数の魔力がこちらへ向かって来ているのが分かる。
「敵が接近中。数は4……いえ、5体。既にこちらの位置は把握している様ですね」
「来たか。呑気に絵を描いていると、よくこうなる。頼んだぞ、耕太。メイ」
「はい」
「かしこまりました」
ここまで無言だった犬吠埼さんが、自分の隣へ来る。
そして、小さく深呼吸をした。
次の瞬間、彼の異能が発動する。
空気が揺らいだかと思った直後、その姿が変貌したのだ。
品のあるロングスカートはなくなり、黒い外骨格と体毛に覆われた強靭な足が現れる。足首から先は鳥の様になっており、3本の指で石畳の床をガッシリと掴んでいた。
豊満な胸部も、分厚い鎧の様な外骨格に覆われ、腕もまた鋭い爪を有したものへ。
顔は左半分が羽毛に、右半分は外骨格に覆われ、普段側頭部にある獣の耳が硬質な輝きと共に上へ向く。
全身が二周り程大きくなり、ゆっくりと爪を構えた姿は、『怪人』と呼ぶ他ない。
否、実際そう呼ぶのが正しいのだろう。
『異能:怪人化』
人ならざる姿と力を得る能力。彼の場合、キキーモラに関する生物がより顕著に、戦闘に適した形で出る様だ。
『お嬢様へは、絶対に近づけません』
ギチギチと、その爪を鳴らして彼が睨む先。アーデルブラント達が、暗闇から姿を現す。
伝承では1人の騎士だったが、魔物化の影響か、はたまたこの魔物を見た人が彼の話を作ったのか。何にせよ、現代においてこの怪物は群れを成している。
迫りくる5体に、自分と犬吠埼さんが同時に駆け出した。
『ガガガガッ!』
笑い声の様な、詠唱。ここへ来るまでに唱えていたのだろう。最後の一節が紡がれ、その空っぽの眼窩から呪詛が放たれた。
しかし、効かない。
自分は固有異能で、犬吠埼さんは素の魔力量で何もせずとも呪いを打ち払う。
異能や魔法にも相性はあり、多少は物理法則の影響を受ける事もあるが……最も重要なのは、やはり魔力だ。
構わず突撃する自分達に、アーデルブラント達が動揺した様に揺れる。
「しっ……!」
『セェアア!』
片手半剣があっさりと頭蓋骨を叩き割り、隣の個体を黒い爪が切り裂く。
そして、自分達の間を縫う様に火の玉が1体のアーデルブラントに着弾した。燃え上がったその魔物が、瞬く間に黒焦げとなる。
一瞬だけ、視線を背後に向けた。そこには、『霊装』のペンで空中に魔法陣を描く絹江さんがいる。
詠唱の代わりに、魔法陣をその場で作成するタイプの術式。魔力の『起こり』から発動まで、随分と早い。
平然と次の魔法陣を描く絹江さん。威力こそ璃子先輩より低いが、速射という点では圧倒的と言えよう。
もはや、戦闘とすら言えない。一方的な蹂躙でもって、アーデルブラントのダンジョンを進んでいった。
* * *
『封鎖所』に戻って来たのは、ダンジョンに入ってから2時間半後。
と言っても、半分ぐらいは絵を描いていた時間である。討伐数は、合計で17体。魔石1つにつき1万円。17万を2人で分ける形だ。
魔物の強さで魔石の値段はあまり変わらないのは、こういう時嬉しい。
……まあ、対霊庁が魔石の値段にバリエーションをつけよう、って言っているそうだけど。
当然と言えば、当然である。自分含め冒険者の大半は、楽に稼げるのなら楽をしたいし。
その分、手強い魔物がいるダンジョンは放置されやすいと聞く。これでは、冒険者制度の意味がない。
閑話休題。封鎖所を出てバス停に向かいながら、絹江さんに話しかける。
「あの、本当に絹江さんは魔石いらないんですか?」
「おう。アタシは結局、1体しか倒していないしなー。何より、絵を描くのを手伝ってもらったからな」
そう言って彼女が左手を斜め後ろに出せば、分かっていたとばかりに犬吠埼さんがスケッチブックを手渡す。
……何というか、ガチのメイドさんだな、犬吠埼さん。
「……大丈夫ですか、犬吠埼さん」
「はい。ワタクシは問題ありません、坊ちゃま」
「……メイド化現象っていうの、進行していません?」
「……はっ!?」
やっと正気に……正気に?たぶん正気に戻ったのか、犬吠埼さんが立ち止まってビクリと跳ねた。
その際に、メイド服の下で爆乳が『たゆん』と揺れる。
いけない。彼の性自認は男なわけだし、そういう目で見ない様にしなくては。
いや、二刀流だから良い……のか?って、そんなわけない。別に好きでもない相手から、見られたいとは普通の女性も思わないだろうし。
小さく咳払いをして気を紛らわせ、さっさとバス停に向かい1人でスケッチブックを確認する絹江さんへ向き直る。
「あの、絹江さん」
「おーん?どうした。絵のモデルになる気になったか?ヌードと女装、どっちが良い?」
「どっちも嫌です」
「……褌か?アタシは赤色を推すが、希望があれば聞くぞ」
「違います。そもそもモデルになる気はありません」
「ちっ……じゃあ何だよ」
面倒そうに顔を上げた彼女の手元。スケッチブックを一瞥し、再び絹江さんの瞳に視線を戻す。
「『アルフ』に帰ったら、また見せてもらっても良いですか?それと、今度美由さんやロッソさんにも見てもらいたいのですが……」
「あー……まあ、良いぞ。でも見る時は、喫茶店で注文しろよ。席代っつうか、アタシも偶にはあの店の売り上げに貢献しなきゃだしな」
「それは勿論」
……偶に、考えていた。
もしも魔力の籠った紙のレシピが完成したとしても、カメラに映るのは黒い影だけ。
それでも魔物の位置を把握するのには十分かもしれないが……戦うには、少々厳しいのではないか、と。
だが、もし……周辺景色と複合するAIに、シルエットと一致する姿がデータとして入っていたら?
「店での注文以外でも、また、魔物の絵を描く時に、予定があったらお付き合いしますよ」
「あん?何だよ突然。もしかして、そこで悶えているメイドの乳を鑑賞する為か?いいぞ。ついでに2人でヌードモデルにな……無理か。あいつ入浴時以外でメイド服脱ぐと、発狂するし」
「そういうのじゃありませんよ」
小さく肩をすくめて、答える。
……何か一瞬聞き捨てならない言葉もあった気がするが、あえて無視する。
犬吠埼さんは男。肉体が犬耳爆乳美女でも中身が男。変な妄想は、とても失礼。駄目絶対……!
「ただ、もしかしたらこっちからも絹江さんに何かお願いするかもしれません」
「……アタシは脱がんぞ?人並みに羞恥心はあるからな?たぶん」
「ちゃうわ」
どんだけ人の事を性欲魔人だと思っているのか。
まあ、自分も健全な男子高校生なので。その評価は間違っていないかもしれないけど。
不思議そうにこちらを窺ってくる絹江さんに、営業スマイルを向ける。
まだ自分の考えが正しいか分からないが……もしかしたら、『明るい未来』への一歩になるかもしれない。
喫茶店へ向かうのが、いつも以上に楽しみでならなかった。
「オレは男オレは男オレは男オレは男……!パチンコ競馬競艇ネットで他人を炎上させるのが大好きな駄目人間……駄目人間?ご奉仕!ご奉仕!いや、いや!違う!」
……犬吠埼さんの発狂、バスが来る前に治まるかな。
乗車拒否されたらどうしようかと、ちょっと不安になった。
読んで頂きありがとうございます。
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