閑話 木でも森でもなく、山を
閑話 木でも森でもなく、山を
サイド なし
某県某所。ごく普通の住宅街にある、これまた普通な外観の家。
その家が公安の拠点の1つだなどと、近所の人間は誰も疑っていない。ごく普通の夫婦と、異能者に『なってしまった』可愛らしい娘の3人家族が暮らしていると思っている。
自室にて、遠海虎毬は仕事用のスマホで上司である佐藤へと電話をかけていた。
『────ふむ。分かった、報告ありがとう』
「はい」
普段通りの様子で、遠海は言葉を続ける。
「対象の人間関係は、徐々にですが正常なものへ近づいています。安定した精神状態をこのまま維持できるかもしれません」
『本当に良かったよ。我々も、好き好んで子供に危害を加えたくはないからね。それに……今の彼をどうにかしようと思ったら、こちらにも被害が出そうだ』
「まあ、暗殺する場合、順当にいけば多少の負傷者が出るだけで終わるでしょうけど」
『実戦に『順当にいけば』なんてものはないからねぇ。即死させられなければ、大変な事になる。ついでに、彼程の異能者を仕留めきる火力となると、事後処理だけで何人の首が飛ぶのやら……』
「その時は佐藤さんが頭丸めた後に切腹で。私が介錯します」
『物理的に首が飛ぶのは嫌だなぁ……あと、なんで1回頭を丸めさせたのかな?』
「いや。この世への未練を断っておいた方が良いかと。ハゲの妄執とか恐いなって」
『ハゲじゃないが?君ね、本当に最近はそういうの駄目だからね。訴えるよマジで。幾ら君が小学生にしか見えない顔と体型でも、限度があるんだよ』
「その発言もセクハラですよハゲ。間違えた佐藤さん」
『くぅ……!私は、私はまだハゲじゃない……!●平さんよりは、ある……!』
「比較対象が磯●さんちのお父さんな段階で、手遅れだと思うんですけど」
『……うん、この話はやめよう!私も安田君から君がイカっ腹だと聞いたのは忘れるから』
「分かりました。でも私は、最近調子に乗っている糸目の後輩を締める予定を絶対に忘れません。誰がイカっ腹じゃ、誰が。腹筋の縦筋ぐらいあるわ」
『そこはどうでも良いや。2人で仲良くケンカしなさい』
「はい!」
『んー、良いお返事』
そんないつものやり取りの後、佐藤がごく自然な様子で問いかける。
『それで、遠海君。例のタイヤ痕の持ち主について、進展は?』
彼の問いに、遠海も気負った様子なく答えた。
「ありました。やはり、アレは特殊なゴーレムかと」
『ほう。こっちでも、一応多少の目撃情報は集めていたけど、確定したのかな?』
「確定できる程の証拠はないですね。ただ、状況から見て『アルフ』が所有している事だけは間違いありません」
椅子に腰かけている遠海が、机の上にあるタブレットを操作する。
そこには、ネット上に上がっているズメウによる霊的災害の時に撮影された、『ケニング』の映像。
どれもぼやけている上に、全体が映った物もない。遠海も鮮明化を試みたが、元々がネット上での拾い物。その上、やって得られた効果も薄い。
夜だった事、停電中かつ電波障害が起きていた事、そしてフルスロットルでありながら事故を起こさなかったパイロットの腕が重なった結果である。
だが。
「これまでに見つかったタイヤ痕が、完全に一致しています。そして、そのタイヤ痕があった場所と時間に、矢広耕太はいました」
痕跡を消せるわけでは、ない。
『では、操作しているのは矢広耕太なのかな?』
「いいえ。以前にもお話しましたが、彼ではないでしょう。可能性が高いのは、井上璃子か小鳥遊美由ですね」
『ふむ……』
「どの様なゴーレムかは不明ですが、高い戦闘能力を有しているのは間違いありません。米国で現在作成中の物より、遥かに強力です」
『実質、世界で1番か。ただの喫茶店を拠点にしているクランが持っているのは、不自然……って、今のご時世じゃ言えないよねー』
電話越しに、佐藤が額を押さえたのを遠海は察する。
彼女も、上司の嘆きまじりの言葉に頷いた。
「はい。我々が知っているゴーレムではなく、異能で直接動かす……ようは、ワンオフである可能性がありますので」
『量産可能なやつだったら、菓子折り持って技術提供のお願いに行くんだけどねー』
「どうします?多少強引にでも、その辺り調べてみますか?」
『いや、よそう。小鳥遊美由だっけ。彼女、かなり警戒心が強いんでしょ?』
「はい。何度か、尾行に気づかれかけました」
ズメウの霊的災害があった日を思い出し、遠海が僅かに冷や汗を掻く。
最終的に、小鳥遊美由は遠海の尾行に気づく事はなかった。しかし、彼女は尾行しやすい位置やセオリー通りの動きをした場合にいる位置を、度々警戒していたのである。
「何らかの訓練を受けた……というより、実地で学んだって感じですね。付け焼き刃というには鋭いですが、正規兵と言うには鈍い」
『うーん。徴兵された素人が、数年軍隊で活動した……みたいな感じ?』
「かも、しれませんね。まあ私も軍人の動きに詳しいわけじゃありませんが」
『どちらにせよ、その子に無理矢理近づくのはやめておこう。うちは人手が足りていないんだ。君みたいに優秀な人員に、危険な事はさせられないよ』
「私、この前ただの尾行中に小銃と魔法で十字砲火されたんですけど」
『事故は起きるものだから……』
「日本でこんな事故起きると思っていなかったんですけどね」
口から魂が出そうな顔で、遠海がぼやく。
20を超えるズメウに取り囲まれた時は、彼女も流石に死を覚悟した。軽傷で済んだのは、3割運である。
『ま、兎に角ご苦労様、遠海君。引き続き頼むよ』
「了解。それで、佐藤さんの方はどうです?東京は」
ギシリ、と。遠海が背もたれに体を預けながら問いかける。
背が低い事もあって、その足が床から離れプラプラと揺れていた。
『大変だよ。例の泉原臨時総理が掲げた、避難所の集中化プラン。賛成と反対で、かなり割れているね』
「そりゃあ、そうでしょうよ。コンパクトシティとは完全に別ですからね、アレ」
遠海が、若干冷めた目で虚空を睨む。
「確かに、自衛隊や警察が救援を送り易くするとか、避難所1つ1つの防衛力を高めるのは大事ですけど……正直、解体と建て直しだけで、かなりの時間とコストがかかりますよ?それに対して、霊的災害は予測不可能ですし……」
『そうだね。だが私は、このプランを悪くないと思っているよ』
「え?」
佐藤が賛同したのが予想外だったのか、遠海が揺らしていた足を止める。
「マジで言ってます……?」
『ああ。確かに、この政策により少なくない被害が国民に出るだろう。その犠牲に、心が痛まないわけではない』
遠海の問いに、佐藤は揺らぐ事なく答える。
『だが、我々は木ではなく森を見なければならない。その過程で、肥しになる覚悟をもった上で、だ』
電話越しでも、佐藤が柔和な顔のまま、光のない瞳で己を射抜いている事が……遠海には、分かった。
彼女の細い喉が、小さく鳴る。
『地獄への特急列車。それに乗ると決めたのは、君も同じだろう。遠海君』
「……そうですね」
小さく深呼吸をした後、遠海は再び虚空を睨みつけた。
その先に、誰かがいる様に。
「ですが、それでもこの政策が国の為になるとは思えません。木が人であるのなら、国とは山です。木々が減った山は、崩れやすい」
『……一理ある、かもね』
電話越しに佐藤がため息をついたのを聞き、遠海も力を抜いた。
『んまっ!私達がここで何を言おうと、居酒屋で飲んだくれが政治について語っているのと変わらないけどね!』
「ですねー。本当に、政治家先生達に公安の一職員がアレコレ言えるのなんて、漫画やアニメの中だけですよ」
『とか言って、君、意外と大物政治家相手にコネとか持っていたりしない?』
「伝手はありますが、コネとまでは言えませんよ。てか、それ言ったら佐藤さんの方こそ米国のお偉いさんに知り合いがいるって聞きますけど」
『知り合いと言える程の付き合いじゃないさ。それに、お偉いさんだが政治家でもない』
「何にせよ、私達末端には雲の上の話ですよねー」
『雲の上で決まった事を、地上で右往左往しながら対応するお仕事だからねー』
椅子の上で軽く伸びをした後、遠海は立ち上がる。
「それじゃ、私からの定時報告は以上です。他に、何かお伝えすべき事ってありますか?」
『いや、特にないね。私もこれから人に会うから、この辺りにしようか』
「了解。じゃ、失礼しまーす」
『うん。またね、遠海君』
通話を終えた後、遠海は手の中のスマホを暫く眺める。
「またね、か……」
くしゃりと、彼女は己の前髪を手で押しつぶした。
「……マジでいつも通りでやんの、あのオヤジ。皺の数と髪の毛以外、20年前から全っっ然変わらねぇじゃん」
尻尾をだらりとさせた遠海の口元に、笑みが浮かぶ。
ただでさえ小さなその背中は、いつも以上に弱々しいものであった。
────コンコン。
ノックの音に、遠海は背筋を伸ばし、表情筋を意識しながら顔を扉へ向ける。
「おう、誰?」
「安田です、先輩」
「入っていいわよ」
「失礼します」
部屋に入って来た安田に、遠海は軽く両手を広げた。
「悪いわね、本当に。取りあえず座り」
「先輩」
彼女の言葉を遮り、安田は言葉を続ける。
普段通り糸目の彼女は、淡々とその唇を動かした。
「言われた通り、佐藤さんがここ1カ月の間使用したと思しきホテルを調べましたが」
「どうだった?例の時計は、見つかったの?」
「いいえ」
ハッキリと、安田は首を横に振る。
「彼が娘さんから貰ったという時計は、どこにも落ちていませんでした。ホテルの落とし物や忘れ物にも、なかったそうです」
「……そう」
ふにゃり、と。遠海は尻尾を自身の足に絡める。
「悪いけど、引き続き調査をお願い。電車やタクシー、公安で使っている車も。私も、可能な範囲で調べるから」
「分かりました」
「……本当に、ごめん。あんたも疲れているのに」
申し訳なさそうに目を伏せる遠海に、安田は肩をすくめる。
「らしくないですよ、先輩。もっといつもみたいに傍若無人としていなきゃ、佐藤さんに気づかれますよ?」
「……そうね」
「それに、先輩じゃホテルに泊まろうとしても無理ですからね。家出か何かと思われて、受付で門前払いされますから」
「…………そうね」
「だから、先輩はここでどっしりと構えていてください。ただでさえ豆粒みたいな身長なのに、夜中まで動き回ったら更に縮みますよ」
「………………そうね」
ゆっくりと、何度も頷いた後。
遠海は、向日葵の様な笑顔を安田に向けた。
「ありがとう。そうやって挑発して、あんたなりに私を元気づけようとしているのは、分かるわ」
「おや。流石に露骨過ぎましたか。でも、それで先輩が元気になってくれるのなら、私は」
「だから、いつも通りのノリでいくわね」
パタパタと、スリッパを鳴らして笑顔の遠海が安田の目の前までやってくる。
両手を自身の背にやりながら、やや前傾になりながら彼女は後輩を見上げた。あざといとも言える仕草だが、童顔かつ小柄な遠海がやると違和感がない。
その手にいつの間にか握られていた、特殊警棒を除いて。
「安田、野球やるわよ。あんたボールね」
安田は、逃げ出した。
しかし回り込まれてしまった。
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