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第五十九話 絵師

第五十九話 絵師





 絹江さんから、奇妙なお誘いを受けた翌日。


「よし、行くか」


「はい、お嬢様」


 早速、自分達はとあるダンジョンの前まで来ていた。背後のバス停から、バスが走り去っていく。


 なぜかいる犬吠埼さんは良いとして、彼女が恭しく手に持っているボストンバッグに視線を向けた。


「……あの、やっぱり僕が持ちましょうか?」


「いいえ。メイドたるもの、主人からお預かりした荷物を坊ちゃまにお持ち頂くなど」


「僕はお坊ちゃまじゃありませんし、貴方はメイドさんではないはずですが……」


「……はっ!?」


 くわっ、と。犬吠埼さんが目を見開く。


 楚々としたメイドさんの顔から一転、彼?は冷や汗を流しながら虚空を睨みつけた。


「あ、あぶねぇ……奉仕欲を満たし過ぎて、逆にメイド化現象が進んでいたぜ……」


 どうしよう。本人は必死なんだろうけど、字面と見た目がギャグでしかねぇや。


「まあ、アタシはメイがメイドでもメイドでなくとも、手伝ってくれるのならどっちでも良いけどな」


「それはそうと絹江さん……本気なんですか?」


「何がだ?」


「いや、ダンジョンで魔物の絵を描くって」


「あん?」


 猫背ぎみの彼女が、下からこちらを睨みつけてくる。


「なんだよ。不満があるのなら、昨日の段階で言えよなー」


「いえ、不満ではなく、疑問というか……」


「ああ、なんだ。そっちか」


 眉間に寄せていた皺を消し、彼女は小さく息を吐いた。


「本気も本気。マジだぞアタシは。命を懸けるレベルでな」


「それは……なぜ?」


「愚問過ぎんだろ」


 小さく鼻を鳴らし、絹江さんが笑う。


「絵描きだぜ、アタシは?」


 答えはそれで十分だとばかりに、彼女は自動ドアへと歩いて行った。


 何となくこれ以上聞くのも野暮に思えたので、犬吠埼さんと共に封鎖所へ入る。


 犬吠埼さんに受付の人や交番のお巡りさんの視線が集まるも、絹江さんは全て無視して更衣室へ。


 自分も男子更衣室に向かうが、ふと犬吠埼さんはどうするのかと彼を見た。


「えっと……犬吠埼さんは、更衣室はどうするんですか……?」


 本人曰く、精神は男性のままらしい。しかし、肉体は女性である。


 封鎖所には更衣室が2つしかない。場合によっては、順番にどちらかの部屋を使うか……?


 そう考えていると、犬吠埼さんは首を小さく横に振った。


「いい。オレはメイド服以外を着るつもりはない。もしも着るとしたら、女中服かメイドビキニ、あるいは元祖メイド服だ」


「元祖……?」


「麻の服にロングスカート。頭に頭巾スタイルだ」


「あ、はい」


「メイドに関する衣装以外を着るとな……体内のメイド因子が防衛反応を起こし、急激に活性。メイド化の進行が早まるのさ……!」


「大変ですね」


 もの凄く真面目な顔で喋る犬吠埼さんに、どうにかツッコミを堪える。


 メイド因子ってなんだ。聞いた事ねぇよそんなもん。ギャグなのかシリアスなのか分かんねぇよ……。


 だが、本人は必死だし、『回帰の日』以降は種族のアレコレに他人が口出しするのはマナー違反だ。


 表情筋を総動員し、真面目な顔を維持する。


「そんなわけで、オレはここで待つ。お前は着替えてこい」


「はい、分かりました」


 そう告げて更衣室の扉を閉めた後、着替えながら考える。


 え、あの人メイド服のままダンジョンに入るの……?


 確かにいざという時運搬しやすい格好をしろと、対霊庁からは言われているが、義務程の強制力はない。もしも真面目な職員さんが犬吠埼さんを目撃したら、厳しく注意されるだろうが。


 しかし、万が一彼がダンジョン内で気絶とかした場合、滅茶苦茶運びづらそうだな……。


 そう思いながら、支度を済ませた。



*    *     *



 上下ともにジャージの絹江さんに、何かの作業員みたいな格好の自分、そしてメイド服の犬吠埼さん。


 当たり前ながら受付の人から奇異の目を向けられるも、奥に通されて鉄の扉を潜る。


 その先には、もはや見慣れてきた異界への入り口。


 背後で、重々しく鉄の扉が閉まる。室内にその音が響くと同時に、『霊装』を展開した。


 いつも通り額当や胸当の具合を確認し、念のため杖のマガジンと薬室も目視で確かめる。


 その後、2人へと視線を向けた。


 何とも、揃って『いかにも』な格好であった。


 まず犬吠埼さん。正直、魔力の流れを見なければ『霊装』かも分からない。なんせ、先程までと同じくメイド服なのだから。


 強いて変化している箇所を挙げるのなら、モブキャップではなくメイドカチューシャを頭に載せている事ぐらいだろう。


 ついでに、その表情や雰囲気も完全に瀟洒なメイドさんになっていた。


 次に、絹江さん。こちらは、何となく中世の職人風である。まあ、実際の中世は知らないのだが。


 肘まで腕まくりした簡素な薄緑色のシャツに、同じ色のベレー帽。薄茶色のロングスカートに、体の前面の大半を覆うクリーム色のエプロン。


 肩から布製の鞄を斜めにかけ、靴は革を紐で編んだ物を履いている。


 言っては何だが、2人とも戦闘向きとは思えない。まあ、異能者を見た目で判断するのは愚かな事だが。


「ほぉん。中々派手だな、お前の『霊装』」


「まあ、どうも……」


 絹江さんが、しげしげとこちらの格好を見てくる。


「黒に金、鬼の面頬ねぇ……言動は地味なのに、格好はイケイケじゃねぇか」


「です、かね」


 褒められているのかは分からないが、あまり見られると恥ずかしい。


 面頬の下で頬が赤くなるのを自覚し、小さく咳払いしながらゲートの前に立つ。


「んん……では、行きましょうか」


「おう」


「はい。お嬢様、お坊ちゃま」


 ……もはや何も言うまい。


 2人がそれぞれこちらの肩を掴んだのを確認した後、楕円形の入り口へ足を踏み入れた。


 慣れる事のない、吸い込まれる様な感覚。その直後に、足裏に硬い石畳の感触が伝わってくる。


 剣帯に吊るしたランタン型のLEDライトが、罅割れた石造りの通路を照らし出した。


 幅は、10メートル前後。高さは4メートル程。壁にはボロボロのタペストリーが飾られている。かなり劣化しており、どの様な文様が描かれていたかは分からない。


 燭台こそあるがそこには蝋も油もなく、明かりは自分達が持ち込んだ物のみだった。


 ゆっくりと剣を抜き、背後を振り返る。犬吠埼さんもエプロンの肩紐にL型ライトをつけており、ハッキリとその姿を見る事が出来た。その隣に、絹江さんもいえる。


「では、手はず通りに」


「はい」


「おう。頼んだぞー」


 犬吠埼さんがブラックライトで周囲の壁を照らすと、『D-11』という自衛隊のマーキングが現れる。


 スマホで地図を確認した彼が、小さく頷いた。


「おおよその位置は分かりました。前進いたしましょう」


「了解」


 短く答え、慎重に歩き出す。暗い通路に足音を響かせながら歩く事、約1分。


 たったそれだけ進んだだけで、魔眼が『敵』の襲来を告げる。


 まだ遠い。しかし、魔力の流れが相手の接近を教えてくれたのだ。


「敵です。前方、正面から来ています。数は1」


「承知しました。お嬢様、私の後ろに」


「おう。2人とも怪我はするなよ」


「はい」


 自分達が立ち止まった事で、通路からは足音がしなくなった。


 だが、確かに正面から何かが近づいている。その姿が、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がった。


 それは、白い頭蓋骨。


 人のソレに近い形状だが、明らかにサイズがおかしい。成人男性の、胴体程もあるのだから。


 あえて言うのなら、巨人の頭蓋骨。それが浮遊しながら、こちらへゆっくりと向かって来ている。


『ガ……ガガ……』


 開かれた口から、不気味な笑い声が聞こえて来た。眼球の存在しない眼窩に、赤い光が灯っている。



『アーデルブラント』



 ドイツに伝わる亡霊。騎士であったが、フォーベスレート城に住む姫に一方的な恋慕の情を抱いたあげく、殺害した罪人とされている。


 死してなお、その邪悪な思念は消えていない。頭蓋骨のみとなっても墓から現れ、人々を襲うとされている。


 この魔物が実際に生きていた『元人間』なのかは分からない。


 分かっているのは、ただ1つ。


『ガガガガ……!』


 その悪意は、今を生きる人間にも向けられているという事のみ。


 笑い声と共に、アーデルブラントが加速する。急接近する巨大な頭蓋骨。伝承に巨人であるという記述はないが、まるで抱えている怨念に比例したかの様な頭は、人を丸飲みに出来る大きさだ。


 だが、その黄ばんだ歯が噛み付くより先に、空っぽの眼孔が禍々しい光を一瞬だけ強く放つ。


 笑い声に聞こえたのは、呪文。詠唱が果たされ、呪詛が自分を襲った。


 ……まあ。


『……ガ?』


 効かないのだが。


 固有異能もあるが、保有する魔力量にも差がある。普通にレジストした自分に、アーデルブラントの口から詠唱ではなく、疑問の声が漏れた。


 それに構わずずんずんと近づき、


「ふん」


『ガァ!?』


 剣の峰で、軽く頭蓋骨を殴りつけた。


 脆い。それだけで罅が入り、大きな音をたてて石畳にぶつかる。顎の骨もちょっと欠けた様だ。


「おーい。スケッチする前にあんまり壊すなよー」


「あ、すみませーん」


『ガ、ガガ……』


「よっこいしょ」


『ガー!?』


 剣を石畳の隙間に突き立て、柄頭の上に巨大な頭蓋骨を乗せた。左手で眼窩の辺りを掴み、右手で顎を掴んで詠唱と移動を出来なくする。


 何やら必死に暴れている様だが、力は大してないらしい。対霊庁のホームページでも、『相手を衰弱させる呪詛と、念力で石くれやナイフを飛ばす以外に攻撃手段はない』と書いてあった。


 念力の方も魔法の一種なので、詠唱が出来なければ関係ない。


 ズメウどころかライカンスロープよりも弱いので、拘束は問題なさそうだ。


 まあ……アーデルブラントって、伝承でもただの姑息な『ストーカー』だし。


「固定、できました」


「よーし、そのまま頼むぞー。メイは警戒を頼むなー」


「かしこまりました。お嬢様」


「そんで、アタシはっと……」


 スケッチブックを取り出し、鉛筆を構えて絹江さんが笑う。


「楽しい楽しい、お絵かきの時間だ」


『……!?』


 口を開けた状態で拘束したアーデルブラントが、声なき悲鳴を上げた気がした。





読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
アーデルブラント「なんなのだこれは!どうすればいいのだ?!」
>なぜかいる犬吠埼さん 付き従ってしまったんやな。もはや専属化してそうな感じね。 >「麻の服にロングスカート。頭に頭巾スタイルだ」 ヴィクトリアン通り越して始祖も始祖か。色々な意味でキマっている。 …
メイドに関する衣装以外を着るとな… ビキニがありならメイドって名付けたらもう何でもいいのでは……
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