閑話 怪物と英雄の境界線
閑話 怪物と英雄の境界線
サイド なし
警察署から、火の手が上がっている。
その炎は周辺の建物にも燃え移り、何軒もの家々が赤く染まっていた。もうもうと、黒煙が夜空に昇っている。
駆け付けた消防車から水が垂れ流されている今も、火の手は広がり続けていた。
そう、『垂れ流されている』。
付近の消火栓と連結した消防車。放水用のホースは地面に投げ出され、勢いよく水が噴き出ていた。
その傍に広がる、赤い水たまりを洗い流す勢いで。
「はあ……はあ……!」
物陰に隠れた親子が、息をひそめて隠れていた。
赤ん坊を抱えた女性が、バチバチという自宅が燃える音を聞きながら、ブロック塀の傍で蹲っていた。
本来なら、一刻も早く逃げ出すべき状況。しかし、彼女は動けない。
車を取ってくると言った夫が、最期に上げた悲鳴。道路から聞こえたそれが、逃げ道に『なにか』がいる事を告げていた。
「おぎゃー!おぎゃー!」
「し、静かに……!お願いだから、静かに……ごほっ、ごほっ!」
赤子があげた泣き声に、母親は必死にあやそうとする。しかし、彼女も漂ってきた煙にせき込んだ。
このままここにいては、『なにか』に襲われる前に死ぬ。
なけなしの勇気を振り絞り、赤子を抱えた母親は立ち上がった。
そして、気づく。
「えっ……」
銃が、浮いている。
大半の日本人にとって、縁のない物体。僅かに返り血がついた自動小銃が、誰もいないのに住宅街を浮遊していた。
ポルターガイストとでも、呼ぶべき現象。母親が知覚できたのは、銃の部分のみ。それを握る存在が、爬虫類じみた顔面に愉悦の笑みを浮かべた事には気づけなかった。
ゆっくりと、舐める様な動作で銃口が母子に向けられる。
母親は喉を引きつらせ、我が子を庇って背を銃に向けるしか出来なかった。しかし、それは無意味としか言いようがない。
とある銃器工場から『カラミティ』に横流しされた、後進国では未だ正規軍が用いている正規品。軍用の銃と弾丸は、常人の肉体など容易く貫通する。
必死に逃げようとする母親の背に、魔物……ズメウは、ゆっくりと引き金を絞ろうとした。
「があああああああああああああっ!」
だが、それは夜の街に響き渡る咆哮によって止められる。
慌てて、そのズメウは声のした方に体を向けた。周囲で人の死体を貪っていた他の個体も、一斉に武器と爪を構える。
声の主は、若い女だった。
腰から生えたコウモリめいた翼で、凄まじい速度を出している。2階建ての屋根より低い高さを、大鎌を手に飛行していた。
彼女が、『ロッソ・ヴェンデッタ』が、眼帯を毟る様に解き、色の違う両目で怪物達を睨みつけている。
「どぉおおけええええ!」
『GAAAAAAA!』
血走った瞳の彼女へ、銃持ちのズメウが一斉に銃口を向ける。そして、間髪容れずに引き金を引いた。
けたたましい銃声を上げ、鉛玉が吐き出されていく。訓練などしていない彼らの狙いは滅茶苦茶だが、下手な鉄砲も数を撃てば当たるもの。
『魔装』を貫通し、彼女の柔肌を弾丸が抉っていく。瞬く間に眼球が潰れ、頬が抉れ、腕が千切れ、腸がこぼれ出た。
だが。
「ぐっ……おおおおおお!」
止まらない。
無数の弾丸を受けてなお、彼女は一切速度を緩めず右腕を振り上げる。肘に弾丸が直撃するも、即座に再生。大鎌を近接型のズメウに叩き込んだ。
『GAAA!』
迎撃に繰り出した貫手。それと衝突した鎌は、止まる事なく爪と爪の間に滑り込み、そのまま指の間へと潜り込んで肘まで真っ直ぐ切り裂いていった。
鮮血と悲鳴を上げ、そのズメウがよろめく。その傍を通り過ぎながら、ロッソは翼を消した。
ぐちゃり、と。再生しながら両の足で彼女は着地する。
ぼとぼとと肉片と共に弾丸を地面に落とし、その端から再生する姿は。
『GA……GAA……!』
ズメウ達から見ても、『異形』としか言いようがなかった。
「ころ、す……ころす……殺すぅ!」
『GGGGOOOOO!』
周囲を取り囲む魔法型のズメウ達が、一斉に銃撃を行う。それを一身に受け、血肉を散らしながら、しかし彼女は前進。
手近な近接型のズメウ目掛けて大鎌を振りかぶる。
『GAAA!』
だが、それより先に顔の右半分が貫手によって抉り飛ばされた。
尋常な生物なら間違いなく致命傷。即死のはずだ。
だというのに、頭を半分失った体は平然と動き、大鎌でズメウの腹を引き裂く。まるで巨大な肉食獣に襲われた様に、怪物は内臓を地面にこぼした。
『GAAAAA!?』
『GOO!GGGOOOOO!』
ズメウは、人間並の知性をもつ。
人の様に武術を使い、人の様に武器を用い、そして人の様に恐怖した。
コレは、自分達とは異なる存在。自分達を殺す為に降り立った、化け物だと。
その身に銃弾を、爪を、牙を受けながら、彼女は構う事なく大鎌を振り回す。唯一心臓だけは庇う仕草を見せるも、それに気づく前に5体のズメウは全て魔石へと姿を変えていた。
「はぁ……はぁぁ……!」
荒い息を吐きながら、ロッソは大鎌の刃を力なく地面につける。
その時、彼女の耳が足音を捉えた。即座に得物を構えたロッソに、音の主は悲鳴を上げる。
「ひぃ!?」
「人、間……」
先程の、赤子を抱えた母親。彼女を、ギョロリと目玉を再生させながらロッソは目視する。
そして、母親もまた『ダンピール』の姿を直視してしまった。剥き出しの脳みそを頭蓋骨が、皮膚が、そして髪の毛が覆い、地面に落ちていたはずの目玉があるべき場所に収まった瞬間を。
「ひ、ひああああああああ!?」
絶叫を上げ、赤子を抱えた母親は走って行く。
それを見て一瞬何かを言いかけるも、ロッソはすぐに踵を返した。
彼女が探している『母親』は、今の女性ではない。自身の、母親だった。
今も燃えている家から、数軒離れた場所にある民家。そこに、ロッソは駆け込む。
「母さん!」
石山と書かれた表札の玄関を開け、彼女は叫んだ。しかし、返事はない。
真っ青な顔で家に上がろうとしたロッソだが、玄関の床に書置きがある事に気づく。
『岩子へ。私は先に避難所へ行きます。もしもこれを見ていたら、貴女もすぐに逃げなさい』
慌てた様子で書かれたそのメモを握りしめ、ロッソは大きく息を吐いた。
そしてすぐに、家を出て走り出す。
数メートル駆けた後、その勢いのまま飛翔。腰から羽を生やし、空へ舞い上がった。
「母さん……無事でいて……!」
────石山岩子は、自分の名前が嫌いだった。
病気がちだった父親が、娘には健康に育ってほしいと。そう名付けたと彼女は母親から聞いている。
無骨過ぎる名前であった事。そして彼女自身が引っ込み思案な性格だった事が災いし、小学校ではよく虐められていた。
それが理由で、両親を恨んだ事がある。しかし、孤独な彼女を優しく包み込んでくれたのも、両親だった。
彼女にとって、『世界』とは両親である。その片方が、小学6年生の頃に交通事故で他界した今、世界はたった1人しかいない。
いいや、彼女の世界は、最近になってようやく広がり始めている。それでも、かけがえのない────。
『GAAAAAAA!』
「じゃぁまぁだああああああ!」
立ち塞がるズメウの爪に、脇腹を抉られながら突撃。強引に鎌を振り抜いて、首を刎ねる。
そのまま直進するも、血を流し過ぎた。ダンピール、吸血種にとって、血液とは魔力源でもある。いくら再生するとはいえ、体外に出てしまう度に魔力を消費した。
再生能力自体はある程度働くも、それ以外の機能が停止寸前となる。ロッソは、飛行を続ける事が出来ず墜落し地面を転がった。
「が、ああ……!」
ゴロゴロと道路を転がった後、電柱に頭をぶつけ停止。額が裂け、ぶしゃりと血が飛び出る。すぐに再生するも、それでまた魔力を消費した。
ふらつきながら、ロッソは避難所を目指す。地域の避難訓練には日頃母親だけが出席していたが、場所だけは教わっていた。
大鎌を杖の代わりにし、彼女は進む。夜になった事で鋭敏になったダンピールの耳が、2種類の声を捉えた。
1つは、鱗に覆われた足が地面を蹴る、独特な足音。
もう1つは。
「うるせぇ!化け物の仲間を避難所に入れるわけねぇだろうが!」
人間の、怒声。
そのすぐ後に、ロッソにとって聞き慣れた声が聞こえてくる。
「待っておくれ!アタシは化け物じゃない!人間だよ!」
「かあ、さん……!」
ずっと聞きたかった声に、ロッソは転びそうになりながらも、足を速めた。
「信じられるか!今街で暴れているのはなんだ!異能者か、魔物か、区別がつかねぇが……人間じゃねぇだろ!」
「なあ、石山さん。あんた、人間なんだよな?じゃあ、ここを襲う奴らに止まる様に説得してくれよ」
「無茶言うんじゃないよ!暴れているのは魔物だ!説得なんかできるか!」
昔は、地元で有名な美男美女夫婦だったと豪語していた、母の声。歳を取って逞しくなったそれは、ロッソの耳によく届いた。
しかし、それに負けない怒声と、近づく化け物どもの足音。
「魔物相手でも、あんたなら出来るって!頼むよ!」
「だから、無理だって!頼むよ!中に入れとくれ!それに、娘だってきっともうすぐここへ」
「その娘は、あんたが化け物と作った子供だろう?だからっ」
破裂音がする。しかしそれは銃声ではなく、肉と肉がぶつかった音。
「いってぇ!?」
「こいつ、殴りやがった!」
「うるさい!あの子は人間だ!旦那とアタシが愛し合って産まれたこの世で一番大切な宝物だ!それを」
「黙れ、この化け物!」
「あぐっ」
鈍い音がし、その後に金属製の門扉が閉じられる音がする。
「とにかく、人間って認められたかったら外の奴らの説得を……」
「おい、アレ!」
ロッソが、避難所を目視できる位置に辿り着いたのと、化け物の足音が止まったのがほぼ同時だった。
避難所の扉を閉め、その隙間から顔を覗かせる2人の男。突き飛ばされたのか、地面に座り込んだ中年の女性。
彼らの視線は、浮遊する……浮遊して見える。銃に注がれていた。
ロッソは目撃する。ニタリと笑みを浮かべたズメウ達が、引き金に指をかけるのを。
「ま、待って」
「おおおおおおおおお!」
もはや、鎌を振るう力も残っていなかった。
得物を放り捨て、最後の魔力を振り絞ってロッソは飛ぶ。翼をはためかせ、母親に飛びついた。
その直後に、銃声が響き渡る。
「あがっ……!?」
「ひぃ!?」
「うわあああああ!」
アスファルトの地面や、鉄製の扉を叩く鉛玉。その中に幾つか、肉を抉る音が混ざる。
「岩子!?」
「ぐうううう……!」
母親を抱きしめたロッソの背が弾け、肩が削られ、骨が砕かれた。
頭にも銃弾がかすめていき、彼女の意識は薄れていく。
「逃げ……なん……子……!」
「かあ、さ……」
銃声に声がかき消されながらも、泣きそうな顔の母親に、ロッソはどうにか笑みを浮かべようとする。
その耳に、不思議と異形の声が良く響いてきた。
『■■、■■■■……』
それは、詠唱。
つまらなそうに立っている近接型のズメウ3体の後ろ。銃撃を続ける魔法使い型2体が、ぼそぼそと呪文を唱えていた。
ライフル弾でも、絶えず再生を続けるロッソを殺しきるのは難しい。しかし、同時に魔法を使った場合はどうなるか。
────史実において、それでも彼女は死ななかった。
黒焦げになり、魔法が着弾した衝撃で吹き飛ばされるも、近くの河川に落下し生きながらえたのだ。
その後、避難所は結界によって守られ、どうにか救助が来るまで耐え凌ぐ事となる。
扉の前で焼け死んだ、中年の女性を放置して。
ズメウ達の頭上に、バスケットボール大の火球が出現する。
『■■■■!』
詠唱が完了し、炎の鉄槌が彼女らに迫る。
回避は、不可能。防御する力も、ロッソには残っていない。
無残にも、彼女はそこで肉体を砕かれる────。
はずだった。
銃声とも、魔法の着弾音とも違う轟音。それがすぐ近くで発生し、ロッソはノロノロとそちらへ顔を向ける。
しばしの静寂。銃撃が止まり、彼女らとズメウ達を遮る壁が燃える音だけがしていた。
否、壁ではない。まるで『何者かに』投げ飛ばされた様に、接地面をひしゃげさせた車両。横転した車体が魔法を受け、火の手が上がっている。
その車とロッソ達の間に、誰かが降って来た。
軽い音と共にアスファルトの地面を踏みつけ、夜風に血で汚れた陣羽織をはためかせながら。炎と月光が、その姿を照らし出す。
「お待たせしました」
バラバラと、面頬が砕けて地面に落ち。
「一緒に戦いましょう、ロッソさん」
燃え盛る車を背に、少年が、ダンピールへと笑いかけた。
読んで頂きありがとうございます。
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