第一章 エピローグ 中
第一章 エピローグ 中
サイド なし
「ふーむ」
某県某所。
田舎とも都会とも言えない街の、駅前にあるビジネスホテル。その一室にて、特徴のない顔の男性が写真を眺め小さく唸っていた。
右手で様々な角度で写真を見た後、彼、佐藤は左手のスマホへと話しかける。
「やっぱり妙だね。このタイヤ痕」
『ですよね』
電話の相手、遠海は、僅かに喜色を含んだ声で言葉を紡ぐ。
『走っている間に車幅が何度も変わっている上に、中々の馬力です。それでいて、通っている箇所から車幅は決して大きくない。付近の壁についた痕跡から、幅は150センチから200センチの間かと』
「そうだねぇ。推定される重さは?」
『知り合いに頼んで計算してもらいましたが、500キロは超えていないそうです。300よりは、重いそうですが』
「軽自動車未満、大型バイク以上か……」
『どんな車両なのか、想像もつきません。二足歩行のロボットか何かですかね。足裏に車輪をつけた』
「……案外、そうかもしれないね」
写真を机に置き、佐藤はベッドに腰かける。
「避難所の体育館。そこの目撃情報で、『人型ロボットを見た』という証言が幾つかあったのは、知っているかな」
『はい。しかし、ゴーレムか何かを見間違えたのでは?いえ、戦闘可能なゴーレムという段階で、とんでもない事ですけど』
「まあ、そうだね。でも、異能者達も全員が全員、その力をつまびらかに政府へ報告しているわけじゃぁない」
『…………』
「君の事を疑っているわけじゃないよ。ただ、そういう人もいるってだけさ」
『ええ。それは理解しています』
日本人として普通程度の長さをした足を組み替え、佐藤は続けた。
「結構。話を戻すが、異能者は現在マイノリティーだ。日本で確認されているのは、およそ1万人に1人。異能に目覚めても黙っている、あるいは自覚がない人間もいるかもしれないが、全体で見れば誤差の範囲だ」
『異能という特殊な力を持った、マイノリティーですか……』
「碌な事にならない、っていうのは。まあ想像しやすいよね」
『ですね』
「まだ確定情報じゃないが、お隣さんでは『異能者狩り』が行われているそうだ。異能者を完全に国家が管理し、運用。交配を含めた数々の実験を行っているらしい」
『聞いています。日本の覚醒者も、狙われている様ですね』
「そうだねぇ。まあ、狙っているのはあの国だけじゃない。日本における異能者と非異能者の溝は、どんどん深まっている。懐柔も誘拐も、難しい事じゃない」
『例の連続殺人鬼には、本当に迷惑をかけられますよ』
「本当にね」
2人の脳裏に浮かぶのは、とある事件だった。
『神奈川県連続密室殺人事件』
その名の通り、神奈川県で発生している連続殺人である。
1つの市に留まらず、神奈川県全体を標的にした犯行。それだけでも凶悪であるのに、全ての犯行が密室状態で行われていた。
物理的に不可能な犯行、壁に描かれた犯人からのメッセージ、そして防犯カメラに撮られた犯人がテレポートする瞬間の映像。
これらの事から、犯人が異能者である可能性が非常に高い。
ネットやマスコミへ犯人からの手紙も届いており、被害者は先月から合計8人となった。
霊的災害のニュースが世間を騒がせる一方、この事件も多くの注目を集めている。
また、海外でも手段や状況こそ異なるものの異能者による犯罪が取り沙汰されており、非異能者から異能者へ向けられる視線はより厳しいものになりつつあった。
「魔物が基本的に非異能者では目視出来ないっていうのも、意識の差を生んでいるかもしれないねー。見えない何かより、見えている脅威の方が人は怖いものさ」
『今回の霊的災害で、魔物の映像を得られるかと思ったのですが……』
「まともに映らないとはね。心霊写真とも言えないよ、アレじゃあ」
街で暴れるライカンスロープの姿を、複数のカメラが捉えている。だというのに、その写真や映像は全て靄がかかった様になっており、何が映っているのかまるでわからない。
「魔物は魔力で構成されており、複雑な動きをしている為、大気中の魔力と反応し周囲の磁場に大きな影響を与える……うーん。非異能者の私には、さっぱり分からないよ」
『安心してください。私もよく分かっていません』
「学者さん達も、案外よく分かっていないかもねー。これも、あくまで仮説だし」
他人事の様にケラケラと笑いながら、佐藤は懐に手を入れる。
「話を戻そうか。日本は異能者の数が比較的多いが、それでも足りていない。なんせ、『ダンジョン』は増えている。ゆっくりとだが、確実にね。その上、強力な魔物も出現しやすくなっているそうだ」
『……本当ですか?』
「たぶん、間違いないと思うよ。ダンジョンの発見報告や、内部にいる魔物の様子から見て、このままだとまずい事になる」
懐から手を抜いた後、佐藤は鞄を漁り出した。
「お隣さんじゃないが、我が国も次代を考えなきゃいけないかもね。遠海君。男子高校生と結婚とか、興味ない?」
『仕事ならやりますが、私的にはやりたくないですね。これでもお巡りさんですので』
「はっはっは。君が職業倫理のある人間で安心するよ」
『……それより、何ですか。このゴソゴソって音』
「ああ、ごめん。ちょっと探し物をね」
鞄から意識を外し、佐藤は机の下や玄関を確認していく。
『……盗聴器ですか?』
「いや。そういうのはもう全部調べたよ。ただ……」
『ただ?』
「……何を調べていたんだっけ?」
『はあ?』
間の抜けた佐藤の言葉に、遠海が呆れた声を出す。
『どうしました。もうボケたんですか』
「酷いなぁ。今はそういうの、言っちゃいけないんだよ?それに、私の記憶力はまだまだ健在だよ。君が何年何月何日何曜日にうちへ配属されたか、言ってあげようか?」
『必要ありません。……異能により何か影響を受けている可能性は?』
「ないと思うが、自覚がないタイプの異能もあるからね。念の為、この後調べてみるよ」
『そうしてください。では、失礼します』
「うん。2度目の高校生活、満喫してきてね」
『セクハラで訴えますよ、爺』
「まだ爺じゃないよー」
通話を終え、佐藤は身支度を済ませて部屋を出る。
自分の身に何が起こったのかを把握せねばと、急いでいた。しかし、焦りはない。冷静に、的確に、周囲への警戒を怠らず不自然にならない動きを維持する。
公安として、既に20年以上働いているベテラン。現在は佐藤と名乗っている彼は、非常に優秀な男だ。
しかしそんな彼がどういうわけか───ベッドの下を覗く事は、一度もなかった。
* * *
東京某所。
オフィスビルが立ち並ぶ街の中で、とあるビルのフロアに彼らはいた。
豪華な調度品が、それぞれの強みを生かす配置をされた部屋。東側の壁は全面ガラス張りになっており、そこから美しい夜景を眺める事が出来る。
広々としたスペースで、贅沢に空間を残し中央に置かれた革製のソファー。透明な机を挟んで、2人の男が向かい合っている。
「いやはや。先生のおかげで我がクランも良い拠点を得る事が出来ました。何とお礼を言って良いのやら」
そう口を開いたのは、黄金の美丈夫であった。
大理石の様に白い肌に、彫りの深い顔立ち。炎を連想させる赤みがかった金髪を後ろに撫でつけ、切れ長の碧眼は白銀の長いまつ毛で縁取られている。
ワインレッドの派手なスーツに、金色のネクタイと、ホストでも中々着ない様な恰好であったが、現実離れした美貌をもつ彼にはよく似合っていた。
「いえいえ。感謝される様な事はしていません。ただ、友人同士を引き合わせただけですから」
答えたのは、対照的にごく普通の男であった。
30前後に見える黄金の美丈夫とは違い、50過ぎの黒髪黒目の男。少し大きめの泣き黒子以外、特徴と言える部分がない人物。着ているスーツも、上等な物ではあるが黒色で、ネクタイも青色である。
だが、知名度という点において、ほとんどの芸能人を彼は上回っていた。
『泉原誠臨時総理』
元防衛大臣にして、現在、日本の政治におけるトップに立つ男である。
「ははは。総理に友と呼んで頂けるとは。光栄ですな」
「いやぁ、総理と言っても、臨時に過ぎませんよ」
謙遜する様に手を軽く振った後、彼は目を伏せた。
「前総理達が一斉に霊的災害で亡くなり、急遽この椅子に座っただけに過ぎません。国の為に生き、努力を欠かさなかった彼らの為にも……私は、このバトンを大切に次の総理へ運ぶだけですよ」
「そうでしたか……しかし」
うんうんと頷いた後、黄金の美丈夫は続ける。
「今の日本には、貴方の様な方が必要だ。清濁併せ吞む覚悟と、新しい時代に適応する勢い。それを兼ね備えた政治家は、泉原先生以外にはおりません」
「……買いかぶり過ぎです。しかし、ご期待に沿える活躍はしてみせましょう」
机に置かれたグラスを手に取り、泉原臨時総理は優雅にワインを口に含んだ。
舌の上でその味を楽しむ彼に倣い、美丈夫もワインを飲む。そして、目を見開いた。
「これはまた……先生が持ってこられたこれは、いったい……」
「美味しいでしょう?私のとっておきです」
「この様な味は初めてです。そう言えば、お預かりした時も聞いた事のない銘柄でした。いったいどこが……」
「当然です。これは、異能を使って作られたワインですから」
慣れた様子で足を組み、泉原臨時総理は続ける。
「待ってください。異能を使って作られた品は、販売禁止のはず。それに、アルコール類に関しては酒税法もあります。どの様なルートでこれを……?」
冷や汗を浮かべる美丈夫に、彼は小さく肩をすくめた。
「安心してください。きちんと合法的な品です。日本と違い、既に異能ときちんと向き合っている国は存在する。アメリカとイギリスが、今はその分野で最先端と言えるでしょう」
ワインをシャンデリアにかざしながら、臨時総理はその口元を引き締めた。
「私はね。日本は、一刻も早く変わるべきだと思っているんですよ」
「…………」
語り出した泉原臨時総理に、美丈夫はグラスを机に置き背筋を正した。
「異能者に怯え、無理解のまま過ごすわけにはいかないのです。世界は今、変化の時を迎えている。それに乗り遅れては、未来の日本人に示しがつかない」
「おっしゃる通りです、先生」
「幸運な事に、日本は強力な異能者が多数います。そのアドバンテージを捨てるなど、言語道断」
臨時総理が、視線を目の前の男へ移した。
「この国には、貴方の様な素晴らしい人間もいるのですから。『ブリッツ』さん」
黄金の美丈夫、ブリッツは、照れた様に苦笑を浮かべる
「それこそ買い被りですよ、先生」
「いいえ。このクラン『アース』こそ、日本を新たなステージに導く重要なファクターだ」
不敵な笑みを浮かべ、泉原臨時総理はワインを一息に飲み干した。
「……近い内に、冒険者制度が改正される事でしょう。その時に備え、力を蓄えておいてください」
「おお。となれば、遂に……!」
前のめりになったブリッツを、臨時総理が睨みつける。
瞬間、黄金の美丈夫は弾かれた様に背筋を伸ばした。その額に、じんわりと汗が浮かぶ。
「何を言いかけたのかは知りませんが……世の中、どこに目や耳があるか分かりません。軽率な発言は慎んだ方が身のためですよ?ブリッツさん」
「ええ……ええ……!勿論ですとも、先生」
「……本当に、理解していますか?」
「はっ。この国の未来の為、一市民として、協力を惜しみません……!」
滝の様に汗を流すブリッツが、深々と頭を下げる。
それをつまらなそうに見下ろしたあと、泉原臨時総理はグラスを机の上に置いた。
「ならば結構。残りのワインは貴方に差し上げます。今日は帰らせて頂きますよ」
「はっ……!本日は貴重なお時間を、誠にありがとうございました……!」
「いえいえ。私達は歳こそ離れていますが、友人ではないですか。そう、畏まらないでくださいよ」
未だ頭を下げるブリッツに、泉原臨時総理は先ほどとは打って変わって爽やかな笑みを浮かべる。
「ですから、顔を上げてください。ブリッツさん」
「し、しかし……!」
「よしてくださいよ。これじゃあ、まるで私が虐めているみたいじゃないですか」
ブリッツへ近づき、肩を掴もうとする泉原臨時総理。その気配を察知し、彼はすぐさま立ち上がった。
バネを使った人形の様な勢いに目をパチクリとさせた後、臨時総理はクスリと笑う。
「貴方は、本当に面白い人だ」
「はっ!恐縮です!」
「元気なのは良い事です。今後とも、お互いに頑張っていきましょう」
そう言って、泉原臨時総理が右手を差し出した。
ブリッツは一瞬躊躇した後、自分も右手を伸ばす。
がっちりと握手をした瞬間、臨時総理が彼の耳元へ顔を寄せた。
「人間……ほどほども大事ですがね」
「っ……!」
ぶわりと、再びブリッツの顔から汗が吹き出し、毛が逆立つ。
それを愉快そうに眺めた後、臨時総理は手を放して踵を返した。
「では。本当に私はこれで。楽しかったですよ、ブリッツさん」
「……はい」
唇を青紫にした美丈夫を置いて、泉原臨時総理は部屋を後にする。
彼は肩で風を切りながら歩いていき、ビルを出た。運転手に促されて車に乗り込んだ後、視線をビルの最上階へ向ける。
このビルの、上から3フロア。東京でも好立地とされているここの、それだけの空間を占有するクランなど日本ではたった1つだけだ。
ブリッツにそれだけの資金とコネを与えたのは、泉原臨時総理に他ならない。防衛大臣時代から、『回帰の日』から、彼は使える人間を探していた。
「……元はとらせてくれよ、ブリッツ君」
走り出した車内で、臨時総理は革張りの背もたれに体重を預けた。
「この私の為に……精々頑張ってくれたまえ」
醜悪な化け物の様な顔をした彼を乗せて、車は夜の東京を駆けていく。
それを窓から見下ろしていた、黄金の美丈夫。ブリッツは車が遠ざかっていくのを確認し、大きくため息を吐いた後。
臨時総理が持ち込んだ酒を、ゴミ箱に放り込んだ。
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