第一章 エピローグ 上
第一章 エピローグ 上
『あの霊的災害から一夜明け、その被害の大きさが鮮明になってきました』
『出現した魔物は目撃者の証言により、ライカンスロープである事が判明しました。この魔物は非常に狂暴で残酷な性格をしており』
『死者87人、負傷者51人、行方不明者39人と、これまでに日本で発生した霊的災害の中でも5番目の被害規模です。この事に専門家は』
『だからですねぇ!政府の初動に問題があったのではと、言っているんですよ!現地の警察や市役所から連絡があってから、自衛隊が到着するまでにどれだけの尊い命がですね』
『今回の霊的災害では、珍しく魔物側が非異能者にも姿を視える様にしていました。これはまだ、世界でも数例しか報告されていない事例です。その理由について、議論をすべきだと』
『非異能者でも魔物の姿が視えていたとの事ですが、映像は残っていないんですよね。それどころか、どの映像も随分とぼやけて』
『泉原臨時総理は会見にて、今回を含めたこれまでの霊的災害で亡くなった方々への冥福を祈ると共に、今後の対策について会見で』
『本当なんです!角の生えた人が、もの凄い速さで化け物をばっさばっさと切り倒して、銃みたいなのでバーンと!』
『避難所にいた人々の証言から、ゴーレムを連れた大鎌使いの異能者が建物を守っていたという事が我々の取材で』
『魔物は非異能者にも見える状態であっても、カメラには映らない。これはとんでもない事ですよ。我々は、もしかしたら異能者抜きではこの脅威に対処できない可能性が』
『今朝、異能者による連続殺人の新たなる被害者が』
日曜日。
テレビは、当然と言えば当然ながらあの一件一色になっていた。チラホラと、推定石山さんやケニングの話も出ている。ついでに、自分も。
あの後、自分達は『霊装』を解除し避難する住民達に紛れて街を離れた。その結果、『謎の異能者達』として扱われている。
ネット上では早速なりすましが横行している辺り、やはりおっかない世の中だ。
あの場に残らなくて正解だったとつくづく思う。でなければ、こうして喫茶店でのんびりと過ごすという、贅沢な休日は過ごせなかった。
「はい、お待たせぇ!ホットケーキセットねー」
「あ、どうも」
「ありがとうございます」
「良いってことよー!」
今日は和風メイド姿の璃子先輩が、その立派なお胸様を張る。
「昨日は2人とも、あの霊的災害に巻き込まれたって話だったからね!今日は奢りだから、たっぷり食べていって!」
「……奢ってくれるのは、マスターでは?」
「そうとも言う!」
そうとしか言わないと思う。
カウンターの向こうでコーヒーを淹れているマスターに会釈すると、はにかんだ笑顔で小さく手を振ってくれた。
「しっかしさぁ。巻き込まれたって話だったけど、2人とも元気そうで良かったよ」
「はい、まあ」
「なんとか」
「ご両親も心配したんじゃない?家で一緒にいてあげなくて大丈夫そ?」
「たしかに、滅茶苦茶心配されましたけど……心配され過ぎて、ちょっと」
バカップルとなりつつあるうちの両親だが、自分に愛情を注いでくれているのもわかってはいる。
だが、この歳になると親から過剰に心配されるのは何となく恥ずかしい。
最初は鬼の血が暴走していないか懸念しているのかと思ったが、どうもそんな事はなく、シンプルに息子の体調を慮ってくれている様だ。
それが、少し嬉しいけど何となく照れくさい。
「ほーん。思春期かいオタク君。両親に甘えられる間は、たっぷり甘えた方が良いぜー」
「そう言われましても……」
「美由っちはどうなん?親御さんはなんて?」
「あっ」
璃子先輩の問いに、思わず声を上げる。
話を向けられた当人は、普段の無表情で。
「いえ。私の両親は既に他界しています。心配される事はありません」
さらりとそう言った後、淡々と『いただきます』とホットケーキに手を合わせて食べ始める。
油の切れたブリキ人形みたいな動きで、璃子先輩がこっちを見てきた。
「……マジ?」
「……はい。そう、らしいです」
小鳥遊さん以外の面々に、非常に気まずい空気が流れる。
璃子先輩は持っていたお盆をそっと近くのテーブルに置き、彼女に話しかけた。
「その、ごめん。無神経な事を聞いちゃって」
「?いえ。璃子先輩には伝えていなかったので、知らないのは当然かと」
「そ、そっか……なんか、その……マジでごめん」
「いえ。ですから、謝る必要はないと思うのですが」
トボトボと撤退した璃子先輩を、マスターが頭を優しく叩いて慰める。
……どうしよう、この空気。
じっとしていても余計に気まずいので、自分も手を合わせてホットケーキを頂く事にした。
「……あ、美味しい」
「でっしょー!」
復活はや!?
バヒュン、と音が出そうな勢いで璃子先輩が戻って来た。
「そのホットケーキ、実はあーしが作ったんだよねー。超よく出来ているっしょー」
「え、璃子先輩が?」
改めて、皿の上のホットケーキを見る。
3段重ねの厚みがあるそれは、ふんわりと柔らかい。フォークを突き立てれば、一瞬どこまでも沈んでいきそうな感覚さえあった。
ぷつりと、表面を貫いて刺さった部分をナイフで切り取れば、艶やかな蜂蜜で彩られたホットケーキの黄色い断面が食欲を誘う。
口に入れればほろほろと崩れていく食感に、くど過ぎない甘味。だが若者の舌には物足りないと思った瞬間に、蜂蜜の甘さが包み込んできた。
美味しい。派手な味ではなく、素朴な、どこか懐かしさを覚えるホットケーキだった。
「ふふん。お祖母ちゃん直伝だからねー。素材から拘ってんのよ、素材から」
ドヤ顔で胸を張る璃子先輩に、初めて心から尊敬したかもしれない。
……何とも、不思議な感覚だ。
昨日、自分は普通に生きていたらしない様な経験をして、多くの死を目の当たりにした。
暫らくは、彼らの姿を夢に見るだろうと思っていたし、実際昨夜は悪夢にうなされたものである。思わず大声を上げて夜中に跳び起きて、珍しく静かに眠っていた両親を起こしてしまい、心配されたものだ。
しかし、今は呑気にパンケーキを食べて、当たり前みたいに『美味しい』と思えていた。
自分は、薄情な奴なのだろうか。それとも、心が壊れているのだろうか。
そんな不安が頭をよぎるが、口の中に残る甘みに意識を向けると、やはり幸せな気分になる。
笑顔を浮かべる彼女に、気づけば小さく頭を下げていた。
「……美味しいです、璃子先輩」
「はい。これは素晴らしい物です。これは素晴らしい物です」
「センキュー!オタク君&美由っち!大事な事だから2回言ってくれたのかな?」
両手でピースする璃子先輩を横目に、次の1口を頬張る。やっぱり、美味しい。
これは、ついつい箸……もとい、フォークが伸びてしまう味だ。
しかし、ずっと食べていると口の中に甘さが溜まり過ぎる。そこでコーヒーを口に運べば、こうばしい香りと苦み、そしてミルクのクリーミーな味わいが舌を書き換えてくれた。
リセットされた口内に、再びホットケーキを招き入れる。これは、無限ループなのでは?
よもや、田舎の喫茶店に永久機関が存在していたとは意外としか言いようがない。
目の前の小鳥遊さんも、瞳をキラキラとさせながらホットケーキを食べている。その頬は、リスみたいになっていた。
2段目に入り、上に載っていた蜂蜜が足りなくなってくると、璃子先輩が何も言わずに追加の蜂蜜をくるりとかけてくれる。
一瞬だけ目が合った瞬間、『バチコーン!』とウインクをされた。
キュン……。
やばい……この人の事、好きになってしまいそうになる……!
そんな楽しい時間も、終わりは来てしまう。やはり、永久機関はまだ人類に早すぎた様だ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末様とは言わないぜ……なぜなら、あーしの料理は粗末の対極にあるからなぁ!」
高笑いと共に、空になったお皿を運んでいく璃子先輩。
今回ばかりは、一切否定のしようがなかった。
入れ替わりで、マスターが追加のコーヒーを持って来てくれる。
「あ、ありがとうございます」
「あはは。うちの子がごめんね。少し、騒がしかったかな?」
「いえ、そんな事は……たぶん、ないです」
「完全否定してくれよオタク君!?いや、でも物静かなギャルはいない……か?」
世の中にはダウナーギャルも存在すると思います、璃子先輩。
相変わらずのなんちゃってギャルっぷりに苦笑していると、マスターがほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。あの子、学校にきちんと友達はいるみたいだけど、ぎゃる?って言うのは中々出来ないみたいで。矢広君や小鳥遊ちゃんにはそれが出来るから、嬉しいみたい」
……はたして、アレで『ギャルをやれている』と言って良いのだろうか。
そして『ギャルをやる』というのは正しいのだろうか。日本語というか、概念的な意味で。
「くっ……!クラスメイトは全員オタク君ならぬオタクちゃんだけど、中学からの知り合いばっかで気づいたら普通にオタトークをしている自分が憎い……!」
「良いじゃないですか……学校で楽しく喋れるお友達がいるのなら」
流れる様な自慢しやがって。何様だこの似非ギャル。
……リア充陽キャ様か。ふふ、どうしよう。勝ち目ゼロだわ。靴舐めた方が良いっすかね。
「お、オタク君?何か闇堕ちしてない?大丈夫?話きこか?おめめのハイライトが行方不明だよ?」
「いえ。お話する様な事はないので、大丈夫です」
だって、何の話題もないのだから。皆無なのだから。
遠い目をする自分に、マスターが冷や汗を流す。
「まあ、その。これからも璃子と仲良くしてあげてね」
「はい……」
「わかりました」
「んもー。仲良くというより、あーしが優しくしてあげる立場なんだぜ☆」
「あっはっは」
「待ってオタク君。その笑いの意味イズなに?」
「あっはっは」
「ちくしょう!目が『この似非ギャルが。薄い本耐性0の貴様がギャルを名乗るなど100年早い』って言っていやがる!」
「いやそこまでは思っていないです」
「エッチさだけが、ギャルの全てじゃない!それがわからない貴方が!」
「だから思っていないです」
「それでも……守りたい夢があるんだ!」
ダッシュで店の奥に駆けて行こうとする璃子先輩の襟を、マスターがキャッチする。
「ぐえー」
「璃子。お皿洗いがまだだよ」
「いやー。この熱きパトスは部屋でゲームする他に解消の手段がですね」
「お小遣いの前借。その条件は、なんだったかな?」
「くっ……この運命からは、逃れられないのか!」
「はいはい。ちゃんとバイト代も出すから、頑張ろうねー」
仲良くカウンターの向こうに向かう祖母と孫に、再び苦笑する。
そして、エルフと言えど洗い物しながらなら聞き取れまいと、小鳥遊さんに話しかけた。
「小鳥遊さん。昨日の件なんだけどさ……」
「はい」
一瞬だけ眉間に皺を寄せるも、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。
「『ロッソ・ヴェンデッタ』は、私の知る彼女ではない……あるいは、そうなる前の状態にあるようです」
「だよね」
あの時、状況から考えて石山さんと思しき人物は、全力で避難所の人々を守っていた。しかも、痛みと恐怖で泣きわめきながらも、他の異能者に『安全な場所にいろ』と言える気概ももっている。
変人ではあるが、悪人とは到底思えない。せいぜい、回覧板で注意喚起されるぐらいの脅威度だ。
小鳥遊さんの知る未来で、彼女にいったい何があったというのだろう。
「彼女に、接触してみるべきでしょうか……その心を、見定める為に」
「そうだね……ただ、どういう理由で会いに行くかだけど」
同じ避難所を守ったよしみで……というのも、変な話だ。戦友と気安く呼べる関係でもない。
正直に、未来の話をするのはまだ躊躇われる。それこそ、マスターみたいな人なら、相談をしても良いのではないかと思っているけれど……。
というか、いっそ本当にあの人へ相談してみようか。
今回、幸いな事に『魔物は可視化状態でもカメラにはまともに映らない』という、謎の特性が功を奏してケニングの存在が広がる事はなかった。
しかし、再び中破状態に逆戻りしてしまっている。その事も含めて、誰かに相談したい気分だった。
「そうだ、2人とも」
噂をすれば、ではないが。マスターが手を拭いながらこちらに話しかけてくる。
「あ、はい」
慌てて背筋を伸ばして顔を向けた自分達に、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「実はね。新しい子が、うちに加入してくれるかもしれないんだ。その時は、仲良くしてあげてね」
「え?新しい冒険者ですか?」
自分達に続いて、3人目の新人。いや、璃子先輩も数日しか違わないのだから、4人も今月だけで加入する事になるのか。
異能者の数を考えると、随分と多い。
「うん。ええと、たしか名前は……」
マスターは少しだけ、思い出す様に首を捻った後。
「石山岩子ちゃん、だったかな?何だかロッソ……何とかって名前も一緒に書いてあったから、外国の人かもしれないね」
件の人物の名を、告げたのだった。
ゆっくりと、小鳥遊さんの方を見る。彼女も、そのアメジスト色の瞳を限界まで見開いて自分の方を見ていた。
『ロッソ・ヴェンデッタ』。本名、石山岩子。
並行世界の未来において、虐殺者の汚名を轟かせた彼女が───すぐそこまで、迫っていた。
歴史の針は、とっくに違う動きをし始めていたのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
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