閑話 首輪をつけるモノ
閑話 首輪をつけるモノ
サイド なし
東京都某所。
月が見下ろす建ち並ぶオフィスビルの1つ。その最上階にて、2人の男が相対している。
「ふっ……『参加者』の集まりはどうかな?ブリッツ君」
1人は、泉原臨時総理。
革張りの上質なソファーに全体重を預け、ワイングラスを手に笑っている。
「はい。続々と、参加を受諾する返事がきています。これも、先生の人徳のおかげですね」
もう1人は、このビルの上部を拠点とするクラン『アース』のクランマスター。ブリッツ。
白銀のまつ毛に縁どられた瞳を細め、彼は泉原臨時総理の顔色を窺う様に笑みを浮かべる。
「ふっ。まだ私の名は出していない。これは、各地の異能者が賢い選択をしたというだけの事さ」
「流石、謙虚でいらっしゃる……!では、異能者達も一箇所に集まる必要性を実感している……のかもしれませんね」
「その通り。その上、彼らは運が良い」
ワインを一口含み、舌の上で転がした後臨時総理は続ける。
「次の『クラン総会』……そこで、私自ら壇上に立つ」
「おお、遂に……!」
ブリッツが膝の上で拳を強く握り、笑みを深める。
「先生が自ら、彼らに、異能者達にお声をかけてくださるのですね……!」
「ああ。異能者達は、これまで多くの苦難にあってきた」
ブリッツの言葉に、泉原臨時総理はくつくつと笑う。
そして、グラスを軽く掲げ、照明越しに中のワインを眺めた。
「理解なき民衆からの、冷ややかな視線。周囲からかけられる、謂れのない罵倒。ネットでは好き勝手誹謗中傷され、テレビでは事あるごとに問題視される。そんな生活を送ってきた」
「悲しい事です……」
まるで心からそう思っているとばかりに、大仰な仕草でブリッツが頷く。
「しかし、それは必要な痛みなのだ。彼らは比較的賢いが、それでも大半はただの『犬』に過ぎない」
そんなブリッツを眺めながら、泉原臨時総理の口元が歪む。
およそ人を人とは思っていない、歪な笑顔がそこにあった。
「そこへ、私自ら温かな言葉をかけてやる。そうすれば、彼らの凍り付いた心はたちまちに溶かされるだろう。真の理解者が現れた事に、歓喜せずにはいられまい」
なぜ、日本のメディアが、他国から見ても不自然なほどに異能者を迫害する動きを見せていたのか。
なぜ、日本には反異能者の感情があふれ、差別をする動きが多いのか。
それらは、当然人々の中から溢れ出てきた『異物』への拒否反応が主である。しかし。
それを後押しした存在が、いる。今まさに、この部屋に。
泉原臨時総理の言葉に、ブリッツは感服したと言わんばかりに頭を下げた。
「誠に、その通りかと……!」
「はっはっは!泉原『誠』だけにな!はーっはっはっはっは!」
「は、ははは……!」
哄笑をあげる泉原臨時総理に、ブリッツは少しだけ顔を上げ、どうにか苦笑を浮かべる。
だが、すぐに臨時総理の顔から笑みが消えた。
「私はこんなつまらないギャグを言う人間ではないよ、ブリッツ君。もっと、ウィットに富んだ返しをしてくれなくては」
「も、申し訳ありません……!」
「総会では頼むよ。私が舞台に立つのは確定だが、君にも手伝ってもらうのだからね」
「はい!肝に銘じておきます……!」
冷や汗を流しながら、ブリッツが深々と頭を下げる。
それに小さく鼻を鳴らした後、泉原臨時総理は再びワインを味わった。
「……君とは長い付き合いだ。今は亡き我が恩師から紹介され、こうして面倒をみている。彼の墓前に、胸を張れる人間になりたまえ」
「はい!先生にも、祖父にも、心から感謝しております……!」
「まあ、安心したまえ。私は君を見捨てはしない。未熟な所は多いが、磨けば光るものがある。私の傍にいれば、いずれ一角の男になれるだろう」
「ありがとうございます!ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
「うむ」
ワイングラスを机に置くと、泉原臨時総理はソファーから立ち上がる。
そうして、彼は窓際にまで歩いた。外には、夜の闇を打ち払う様に地上の星々が輝いている。
「……私は、天に愛された男だ」
腰の後ろで手を組み、泉原臨時総理は何かを思い出す様に目を閉じた。
「幼き頃から、愚鈍な周囲とは違い私の才能に気づいてくれた恩師に出会えた。学生時代においても、この才能に嫉妬するバカ共を、素晴らしい先輩が黙らせてくれた」
窓際に立つ泉原臨時総理に合わせる様に、ブリッツも立ち上がる。
「そして、政治家になった今も……私を見下す愚か者は、『勝手に』いなくなってくれている。いやはや。これを運命。否、天命と言わず、何と言う」
ブリッツへと振り返った泉原臨時総理が、その両手を広げた。
平々凡々とした顔に野心を隠す事なく浮かべ、全てを見下しながら語る。
「世界は私の玩具箱だ。この世に私の覇道を妨げる者はいない。魔物も異能者も関係なく、私こそが世界の中心なのだかな!」
「おっしゃる通りです、先生」
首を垂れる美丈夫に、臨時総理は満足気に頷く。
靴を鳴らして近づく彼に、ブリッツの肩が一瞬震えた。それを押さえつける様に、臨時総理の手が乗せられる。
「……だと言うのに、最近は今更になって異能者の味方面をする恥知らずが多い。真の飼い主を、忘れない様にしたまえ」
「は、はい……!私は、決して、貴方以外を主とは……!」
「ああ。分かっているとも。君は賢い男だ。だからこそ……他の犬に、分からせてあげなさい」
「はっ……!」
もう1回ブリッツの肩を叩いた後、泉原臨時総理は部屋を出て行った。
それから30秒ほど、彼は頭を下げたままの姿勢でいた後。
「っ……!」
今にも吐きそうな顔で己の服を内側から燃やし、隣の部屋へと足早に逃げ込んだ。
そして、置いてあった肉切り包丁で次々と己の体を削ぎ落していく。鬼気迫る表情で、執拗に、念入りに、自身を切り裂いていった。
切断と再生を繰り返す事、およそ30分。ようやく満足したのか、全裸のブリッツが部屋から出てくる。
「ふぅぅ……」
『随分と、苦労している様だな』
安堵の息を吐くブリッツへ、何者かが声をかけた。
しかし、彼の他に人影はない。かと言って機械越しに発せられたわけでもない声に、金髪の偉丈夫は驚く事なく不敵な笑みを浮かべた。
「おや、ノックもなしにやって来たのですか。御歳のせいか、人の家を訪ねる際のマナーを忘れてしまったらしい」
『呼びつけたのは貴様であろう。わざわざ使いをやった事を喜びこそすれ、一々口答えをするな』
ペタペタと、ブリッツが全裸のまま歩く。泉原臨時総理がいたのとは別の窓際で立ち止まると、パチンと指を鳴らした。
瞬間、彼の傍に白い椅子と机が現れる。ヨーロッパの庭園にでもありそうな、瀟洒なデザインのそれら。ブリッツは、そこへゆっくりと腰かけた。
長い足を組む彼の反対側。もう1つの椅子には誰も座らず、代わりに机の上へと1匹の虫が飛び乗る。
それは、茶色いバッタだった。
成人男性の人差し指より大きいが、それでもここは高層ビルの最上階。誰かが持ち込んだのか、エレベーターに間違えて乗ってきたのか。
否。このバッタは、『自力でこのフロアまで飛んできた』のだ。
待ちゆく人々に気づかれる事なく、窓ガラスをすり抜けて、この場所にいる。
ギチギチと、バッタの口が開いた。
『しかし、使い魔を送ってやった甲斐があったと言うもの。あの様なモノに頭を垂れるとは……随分と苦労している様だな?』
「おや、分かって頂けますか。未来の為とは言え、やる事が多くて困ってしまいますよ」
嘲笑を含んだバッタの言葉に、気にした様子もなくブリッツは肩を竦める。
そして、その口元が歪む。
「まあ、お山の大将を続けている貴方には分からない苦労でしょうが」
『……吠えたな、小僧』
感情の映らない複眼が、ブリッツに向けて殺意を飛ばす。
それに対して、やはり彼は動じない。
『あんなモノの犬になっただけあって、よく鳴く子犬だ。躾が必要と見える』
「おや、まだまだ吠えてほしいと?ワンワンワーン。庭の虫と遊びたいワーン!」
『貴様!儂を虫と呼ぶか!』
「はっはっは!ご冗談を!その姿で虫呼ばわりされない理由が、どこにあるのです」
『小僧……!』
「───いい加減、本題に入ろうか」
ひじ掛けに右手で頬杖をつき、ブリッツがニタリと笑う。
一切の温度を感じさせない瞳は、虫のそれにどこか似ていた。
「いつまでも見栄を張るなよ。素直に、『貴方様の軍門に下ります』と言えば良い。掲げる旗を変えるのは、早いほど良いぞ?」
『……戯言を。貴様の下につくほど、零落したつもりはない。手を組むとしても、それは対等な同盟だ』
先ほどまでの怒気を少しずつ抑えながら、バッタは口を動かす。
『貴様とて余裕はあるまい。昨今の人界には、続々と強者が現れている。神代にも劣らぬ様相だ。それでいて、人そのものが増えている。英雄以外の人間も、ただの餌ではないかもしれん』
「歳を取ると弱気になる。だが、その視点は正しい。人間を舐めないのは良い事だ。しかし……そこまで現代への見識を持っているのなら、目を逸らしてはならないものがあるのではないかな?」
『…………』
沈黙したバッタに、ブリッツは左掌を向けて、笑う。
そのゴツゴツとした白い指が、3本、たてられた。
「貴方は、3体目だ」
彼の言葉に、バッタの足が僅かに後退る。
「ギリシャ。イタリア。そしてここ、日本。出現が確認されているのは、この3カ所」
『……何を言うかと思えば。我らは元より、人の様に個に拘る事はない。それもまた別の側面として、受け入れるまでよ。随分と視野が狭いな、小僧』
「おや、本当に気にしていないと?」
『当たり前だ。無論、『別の儂』が立ち塞がった時は、食い殺してまた1つに戻るがな』
「ふむ。それもまた道理。しかし、それは『かつての神代』における事。今の貴方が……他の貴方を食い殺して1つになれるかは、分からないな」
『何が言いたい……!』
「今の貴方は、ただの残滓に過ぎない。霊脈に溶け込み、希釈された状態で世界各地に分散している。もはや、『神格の側面の1つ』ですらない」
『ふざけた事をぬかすな!』
ミシリと、白い机に罅が入る。
バッタが発した怒声が部屋に響き渡り、窓が揺れた。
『たとえ一度は世界に溶けようと、再び儂は魂と体を得た!肉の体など、そもそも我らには必要ない!そんな事も分からんか、小僧!』
「魂を得た?これは異な事を。その様に痩せ細った霊格に、本当に魂が宿っているとでも?」
『ッ……!』
「自覚なされよ。貴方は神格の側面ではなく、『影法師』に過ぎない。ただのコピーなのだと、ね」
『寝しょんべんを垂らしの、小僧が……!』
「はっはっは!過去しか語る事がないのか?今も、未来も語れない様では、神を名乗るなど到底できまい。少なくとも私なら、己が恥ずかしくてたまらんだろうな!」
『ッッ……!!』
「それに」
ギチギチと歯を鳴らすバッタだが、いつの間にかその体がブリッツの手に握られていた。
『ッ!?』
「そもそも、私と貴方では『格』が違う。主神でもなく、零落し、それどころか世界に溶けた『元』神と、私ではね」
バッタを握るブリッツの掌に、金色の炎が灯る。
それは一息に虫の体を燃やし尽くす事はなく、ジリジリと焼いていった。
『が、ああああ!?』
「ははははは!どうかな?使い魔越しでも、やろうと思えば本体を焼く事など容易い。まだ力の差を示してほしいのならば、満足するまで火力を上げてあげよう!」
『やめ、やめろ!消えたく、ない……!まだ、また……!』
必死に藻掻くバッタを、ブリッツは解放する。
机の上に落ちた虫は、体のあちこちを黒く染め、微かに煙を上げていた。
『が、ぐぅぅ……!』
「さて……もう一度尋ねよう」
頬杖をやめ、ブリッツは苦しむバッタに顔を寄せる。
それは視線を相手に合わせるのではなく、相手の瞳を覗き込む為に。
白銀のまつ毛に縁どられた切れ長の碧眼が、真っ黒な碧眼を見つめる。その奥の存在を、まるで見定める様に。
「我が軍門に下るか、再び霊脈から新しい自分が現れる瞬間に立ち会うか……選ぶと良い」
『……くっ』
バッタは小さく呻き声をあげた後、羽を広げた。
『……後日、その問いに答えよう』
「おや。まだ考える時間が必要だと?」
『当たり前だ……!この様な事を、軽率に決める事などしてはならぬ……!』
そう告げるや否や、バッタは逃げる様に窓へと跳ぶ。
本来なら衝突するはずが、その体はするりとガラスをすり抜けて夜の街へと飛んでいった。
バッタを見送ったブリッツは、やれやれと首を振る。
「まったく、優柔不断な事だ。それが許されるのは若者だけだと言うのに。歳を取るというのは、やはり恐ろしい」
背もたれに体を預け、彼は組んだ足の上で指を組む。
「仕方がない。あんな姿になろうと、神の影だ。もう少しだけ待ってやるとしよう。ああ、だが……」
ブリッツの視線が、窓から映る夜景に向けられる。
ビルが、家が、車がそれぞれ光を発し、まるで昼間の様に明るい東京の街並み。
それはまるで人工の星空であり、宝石の海にも思えた。
たとえそれが綺麗なものばかりではないとしても、人類の積み重ねが作った1つの芸術。文明の証。
彼は、その夜景を見下ろして。
「醜いな。本当に」
そう、吐き捨てた。
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